【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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72.VS湯水(part22)

 

 

 

 

 

 

8月15日、午前11時23分。

 

私、城谷 楓は千秋ちゃんを連れてパトカーに乗り、ある“男”の家へと向かっていた。

 

私が運転する横で、千秋ちゃんはじっと窓の外を睨んでいる。

 

「本当に……明くんはいるのかな?その男の家に」

 

私が運転しながら彼女へそう尋ねる。千秋ちゃんは「正直、いる確率は30%未満だと思う」と、自身の推察をはっきり口にした。

 

私たちが向かっているのは、『真田 仁』という独身男の住むマンションであった。

 

明くんの行方が分からなくなってから、早2日。私たちは彼の行方の手がかりとして、明くんが所有していたスマホに眼をつけた。スマホには紛失時にすぐ発見できるよう、GPSで捜索する設定を付与する機能がある。よって、彼のスマホ端末の場所を検索することで、自ずと彼の居場所も特定できると推察した。

 

もっとも、ピンポイントでここ!と場所が特定できるわけではない。半径300メートルくらいの誤差は生じてしまう。その誤差を解消するために役立ったのが、千秋ちゃんが澪と喜楽里に作成させた『湯水の元カレリスト』だった。

 

湯水が自分の身を隠し、その上で明くんを誘拐し監禁するとなったら、ホテルや宿泊施設を借りるというのは難しい。少なくとも共犯者がいて、なおかつその共犯者の自宅を借りることが、湯水にとって最も都合のいい場所だと言える。つまり、スマホのGPS捜索で把握した半径300メートルの中に、湯水の元カレ宅が含まれていたら、その場所が最も怪しいと睨めるのだ。

 

そしてその元カレ宅こそ、『真田 仁』という男の家だった。

 

「年齢27歳、職業は美容師……だったよね?千秋ちゃん」

 

「そう、湯水と付き合っていたのは約2年前……真田が25歳の頃。湯水の行きつけの美容院が真田のところだったって、澪と喜楽里からは聞いてる」

 

「明くんのスマホ探索によって絞られた範囲と、その範囲の中にあった湯水の元カレの家……。私としては、ほぼ間違いなく彼の家に明くんがいると思っているんだけど、千秋ちゃんは違うの?」

 

「そうね……湯水が誘導してる可能性も捨てきれない」

 

「誘導……」

 

「スマホがGPSにて捜索できることを、あの湯水が知らないとは考えにくい。明氏が外部と連絡を取れないようにするためにも、湯水がスマホを預かり、破損あるいは廃棄するのが普通だと思う。それをせず、敢えてスマホを生かしたまま、私たちに捜索される余地を与えるようなミスを、あの湯水が犯すだろうか?」

 

「それは……まあ、確かに」

 

「もし私が湯水なら、そのスマホは囮に使う。自分たちの居場所とは真逆の方向……そこに住む元カレに明氏のスマホを託し、警察の捜索を目眩ましする」

 

「ってことは、真田は明くんのスマホを所有しているだけで、明くん本人はいないと?」

 

「おそらく。ただ、明氏のスマホを湯水から預かっている以上、少なくとも今回の事件に関与していることは明白。明氏のスマホが見つかり次第、誘拐の容疑をかけて真田を確保、事情聴取を実施して明氏及び湯水の行方を聞き出す……」

 

「なるほど……」

 

「そして、湯水もたぶんそのことを予測しているはず。だから真田は、口が固くて押し黙るか、あるいはでたらめばかりを言う人間だと思う」

 

「あ……そっか。囮の人間から情報が漏れないようにするために……」

 

「そう、それを踏まえると、真田から聞き出せる情報はおそらく少ない。だからあまり期待しないでおこう。それより、真田の住所……その付近に湯水はいないと考え、捜査する箇所を新たに決定する。ま、たぶんそんな流れになるかな」

 

「ふーむ、確かに……。でも千秋ちゃん、そこまで分かっているんなら、どうして今日は千秋ちゃんも真田の家へ行くことにしたの?」

 

「私の推測が、きちんと確証を持てるものかどうか、真田を観て判断しようと思ったから。現場も観てみたいし、何か他に手がかりを見つけられるかもしれない」

 

……相変わらず、千秋ちゃんの洞察力は鋭い。知らぬ間に、相手の二手先、三手先まで読んでいる。

 

「さすがだね、千秋ちゃん。あなたの推理力には、いつも驚かされちゃう」

 

「……今回の相手は、似てるかも知れない」

 

「え?似てる?」

 

「うん」

 

「似てるって、誰に?」

 

「私に」

 

……なんとも要領を得ない答えだった。私は横目でちらりと、一瞬だけ千秋ちゃんを見た。彼女は窓の外を眺めたまま、なんだかじっと考え込んでいた。

 

「千秋ちゃんに似てるっていうのは……その、真田が?」

 

「いや、湯水に」

 

「千秋ちゃんが湯水に似てる?そうかな……?私はそんなことないと思うよ?」

 

「……………………」

 

「どうして、似てるって思ったの?」

 

「……わからない。だけど、直感的にそう思う。仮面を被っていた頃は全くそう思わなかったけれど、今……明氏を必死に愛そうとする奴の行動を観てみると……私の姿とダブるところがあるのを感じる」

 

「ダブる……ところ」

 

「私にはひとつのポリシーがある。愛されるより、愛すること。それが生きることだというポリシーが」

 

「うん、よく千秋ちゃんが話してくれるよね」

 

「あの湯水も、今……不器用ながらも、明氏を愛そうとしている。だけど、その愛し方がよく分からなくて、暴走している感じ。私も一時……そんな時期があったから、よく分かる」

 

「……………………」

 

「城谷ちゃんから学生時代に、いじめのこととか……いろいろ助けてもらった時、私は最初……城谷ちゃんのこと避けてしまった。『自分が愛されるわけがない』『自分が何かを愛せるわけがない』と、そんな風に殻に閉じ籠った。城谷ちゃんには迷惑かけちゃったし、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいになる」

 

「そんな……気にしなくていいのに」

 

私は千秋ちゃんの言葉に苦笑しつつ、運転席側と助手席側の窓を少し開けた。蒸し暑くなってきたので、風を入れようと思ったのだ。

 

ぶわあーっと外から入り込む風に、私と千秋ちゃんの髪がたなびく。

 

「でも、じゃあ……今の湯水は、当時の千秋ちゃんと似てるってことなのかな?」

 

「そう……彼女は彼女なりに、自分の殻を破ろうとしているのかも知れない。今まで死体のような人生だったのが、何かを愛そうとすることで、ようやく生き始めた。そんな風に思える。もちろん、やっていることは最悪極まりないことだけど……なんとなくその感覚が、昔の私を見ているような気がしてならない」

 

「……………………」

 

千秋ちゃんのことを、私はまた横目でちらりと見やった。彼女は未だに窓の外を眺めていたが、どことなく哀しそうな……切なげな空気をその瞳にたたえていた。

 

「湯水、ひょっとしたらお前も……死にたいと思っているのかな」

 

千秋ちゃんは最後に、そうぽつりと呟いた。

 

私たちの車は、そのまま真っ直ぐ進み、真田宅へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……窓の外から見える入道雲が、びっくりするほどに大きかった。

 

その入道雲を目掛けて、自転車を走らせる日はいつか来るんだろうか?と、そんな風に思う日の午後、私はメグとスマホを介して電話をしていた。

 

『美結、明さんの行方は、まだ分からない……のかな?』

 

メグの心配そうな声が、私の耳に届く。

 

「うん……。柊さんたちがお兄ちゃんのスマホをGPSで探索して、行方を探してる最中なの」

 

『そっか……。やっぱり、湯水が誘拐したんだろうね』

 

「……………………」

 

『……でも、きっと大丈夫……だよ。あの明さんのことだから、きっと湯水のこと上手く言いくるめて、無事でいられるはずだよ』

 

「……………………」

 

『……ごめん、美結。無責任に……大丈夫とか、言っちゃって』

 

「……ううん、気にしないで」

 

『……………………』

 

「メグの方は、大丈夫?もう、変なことされてない?」

 

『うん、澪と喜楽里が捕まってから、SNSの炎上も落ち着いていったし、藤田さんや葵さんへの嫌がらせもぴたりと無くなった。やっぱりあの二人が、湯水の命令を主で受けてたんだと思う』

 

「そっか、それなら……良かった」

 

『……………………』

 

……どうしよう、上手く会話が続かない。今こうしている間にも、お兄ちゃんが湯水に酷いことされてるんじゃないかと思って……気が気じゃない。

 

あの湯水のことだから、本当に容赦ないことしてそうで……。その不安が時間を増す毎に強くなっていって、心臓がバクンバクンって揺れる。

 

このまま、この場所に留まっているだけでいいんだろうか?何か私は、お兄ちゃんのためにできることはないんだろうか?

 

どんな些細なことでもいいから、お兄ちゃんのために何か動きたい。そうでなきゃ、気が狂いそう。部屋で一人悶々と、お兄ちゃんの身を案じている時間を過ごすしかないなんて、頭がおかしくなる。

 

もちろん、柊さんからは『今美結氏が動くのは危険です』と釘を刺されている。お兄ちゃんを拐ったことで、私のことを炙り出す計画かも知れないからだ。しかし、かと言ってこのまま何もしないのは、私もいい加減どうにかなってしまいそう。

 

『ねえ、美結』

 

「……なに?」

 

『私たちでさ、何かできること……したいよね』

 

「!」

 

『いや……実はちょっと前にもね?藤田さんたちとその話をしてたところなの。美結は立場上難しいかも知れないけど、きっと一番……何かしたくてたまらないよね』

 

「……………………」

 

さすがメグ……私の気持ちを察してくれている。そう、本当に今、居ても立ってもいられない状況にいる。下手な焦りは禁物だけど……でも、でも……。

 

『確か今、柊さんたちが明さんのスマホから位置情報を割り出して、そこに向かってるんだっけ?』

 

「そう、柊さん曰く“たぶん囮”だという話だけど、どうなんだろう……?」

 

『そう言えば、湯水は澪と喜楽里にメールや電話で指示をしてたみたいだけど、湯水のスマホの位置情報は検索できないのかな?』

 

「いや、それが電話とかは公衆電話から、メールもどこから送信されてるか分からないように、いろんな端末機器から送信されてるみたいなの」

 

『うーん、用意周到だね』

 

「うん」

 

『……どうやってるのかな?湯水の仲間の携帯とかを借りてるのかも?』

 

「仲間……うん、たぶんそうだよね」

 

『むーん……』

 

「……あ、そうだ、仲間って一体誰なんだろうね?澪も喜楽里も確保されちゃってるけど、お兄ちゃんを誘拐できるってことは、まだあと何人か協力者がいるってことだよね?」

 

『うんうん、たぶんそれが湯水の元カレなんじゃないか?って柊さんは睨んでるよね。自分に依存させてた相手だから、手駒にしやすいだろうって』

 

「元カレ……」

 

そう聞いて、一番最初に思い浮かぶのは、立花という男。私は彼に一度デートに誘われたことがあるし、それがきっかけで湯水に目をつけられるようになった。

 

そう言えば、立花は湯水のことをしつこくつきまとってたんだっけ?そこをお兄ちゃんが助けたって話を聞いたことある。それから考えると、少なくとも立花は湯水に未練たらたら……。湯水が一声かけたら、すぐに仲間になりそうな感じがする。

 

「立花は……湯水の仲間なのだろうか?」

 

『え?』

 

「あ、いや、湯水の元カレで私が唯一面識あるのは立花って人なんだけど、その人は湯水にしつこくつきまとってたみたいでね?」

 

『ふむふむ』

 

「湯水が仲間にするなら、そういう人間を使いそうだなと思って」

 

『確かに……。じゃあ、その立花の行方も併せて捜査してみると、いいかもしれないね。柊さんにそれ、伝えてみる?』

 

「うん」

 

そう言って、私は頷いた。窓の外に見える入道雲は、相も変わらず同じ場所に、どっしりと鎮座していた。

 

 

 

 

 

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