【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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79.それからの事

 

 

 

 

 

 

……湯水は、一命を取り留めた。

 

入院生活を二週間余儀なくされたが、むしろ二週間で済んだのが幸運だったと言える。一歩間違えれば、刃は心臓に突き刺さり、即死だった可能性もあったという。

 

中々に悪運強い女だ、しぶとい。でもその悪運強い感じは、なんとなくあいつに似合う。

 

「ねえ、お兄ちゃん。これから湯水たちは……どうなるのかな?」

 

隣にならんで歩く美結が、俺にそう語りかける。

 

「そうだな……。まあまず、100%退学だよな。下手したら、少年院とかに入れられるかも知れない」

 

「……………………」

 

「これでようやく、何の気兼ねもなく外を歩けるな。あいつの影に怯えて暮らすことも、引きこもることもなくなる」

 

「……うん」

 

美結の顔はイマイチ晴れなかった。どこか切なそうに眼を伏せている。

 

「どうした?美結」

 

「え?」

 

「何か心残りか?」

 

「……………………」

 

美結が押し黙っている間に、俺たちは目的地についていた。

 

それは、俺たち渡辺家の墓だった。湯水の仲間たちに汚された落書きなどが、そのまま残っている。

 

「さーて美結、キレイにするか」

 

「うん」

 

俺と美結は腕を捲り、墓石に水をかけて、買ってきた洗剤をスポンジやぞうきんを使ってごしごし洗う。落書きや汚れを丁寧に落として、前よりも綺麗にするんだ。

 

 

かなかなかなかな…………

 

 

ひぐらしが鳴いている、午後の四時ごろ。だんだんと夏も終わりが近づき、日が落ちるのが早くなってきた。空が赤いわけじゃないが、もうそろそろお昼も終わるというような、そんな時間だった。

 

「ふー……暑いなあ」

 

腕で額の汗を拭うと、目の前にすっとスポーツドリンクのペットボトルが差し出された。

 

「どーぞお兄ちゃん」

 

「おー、サンキュー美結」

 

彼女のくれたそれを受け取り、口をつける。ああ、冷たくて気持ちがいい。喉から腹に伝わっているのが分かる。

 

「お兄ちゃん、私もちょうだい」

 

「うん」

 

俺は彼女へペットボトルを返した。美結が口をつけてそれを飲むと、少しニコッと笑っていた。

 

「なんだ?やけにご機嫌だな、美結」

 

「ん……間接キスだなーって思って」

 

「ははは、確かに」

 

「それで……その、ちょっと嬉しくなっちゃった」

 

「くーーーー!やっぱりおいどんの妹はすこぶるめんこいのお!おおきに!おおきに!」

 

「もう!方言ぐちゃぐちゃだよお兄ちゃん!」

 

美結がクスクスと笑うのを見て、俺も嬉しくなった。ああ、こういうやり取りも、だいぶ久しぶりだな。

 

俺たちはずっと、トラブル続きの毎日だった。家出をしたり、美喜子さんが亡くなったり、湯水と戦ったり、ほとんど安らげる時間なんてなかった。のびのびとこうして美結といられる日が、本当に幸せだ。

 

(……母さん)

 

墓石についた洗剤を水で洗いながら、俺は自分の母の姿を思い浮かべる。

 

(俺は…………なんとなく、あなたにずっと負い目を抱いていた気がします。病に苦しみ、若くして亡くなった母さんを差し置いて、自分が幸せになって良いんだろうかって、そんな風に……心のどこかで思っている節がありました。死に際にも会えず、大事な時にそばにいてあげられなかった自分を……ひどく、責めてしまうことがありました)

 

墓石に書かれていた落書きが、徐々に落ちていく。

 

(でも、そんな負い目は……もうここで捨てます。俺は、美結と幸せになる。だからどうか……美喜子さんとともに、見守っていてください)

 

太陽の光が水に反射して、墓石がキラキラと光る。その光の中で、微かに虹を見たような気がした。

 

「……っし!これでいいかな」

 

水を乾拭きのぞうきんでキレイに拭き取って、ようやく掃除が完了した。墓石はすっかり、元通り以上に綺麗になった。

 

「それじゃあ美結、拝んでから帰ろうか」

 

「うん」

 

俺と彼女は、並んで墓石の前に立ち、目を瞑って手を合わせた。夕暮れの涼しい風が、俺たちの間を吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

……それから俺たちは、結喜ちゃんへ会いに行った。預かってくれている慈恵園へと訪問し、彼女のいるところへ案内してもらった。

 

「結喜ちゃーん!お姉ちゃんとお兄ちゃんだよー!」

 

ベビーベッドに寝かせられている結喜ちゃんを、職員の方が抱っこして、俺たちを紹介する。

 

彼女はきょとんとした顔で、俺と美結のことを見つめていた。生後2ヶ月……。まだまだ小さくて喋れもしないけど、こちらのことを目で追ったりしてくれるだけで、彼女の意思を感じて……なんだか嬉しくなる。

 

「あの……抱っこしてもいいですか?」

 

美結がそう尋ねると、職員の方は「もちろん!どうぞ~」と言って、そっと結喜ちゃんを美結へ預けた。恐る恐る、ぎこちない手つきで結喜ちゃんを抱っこする美結の姿は、お姉ちゃんというよりは若いママって感じだった。

 

「結喜……」

 

美結が彼女の顔を覗き込み、名を呼んでみる。すると、結喜ちゃんはにこ~っと、天使のような微笑みを浮かべた。

 

「あらー!結喜ちゃんご機嫌ねー!」

 

職員の方が声を上げる。

 

「結喜ちゃんは結構な人見知りで、苦手な人だとすぐ愚図っちゃうんですけど、お姉ちゃんのことは大好きみたいですね~」

 

それを聴いた美結は、心底嬉しそうな表情を浮かべた。若干照れ臭そうにもしてたけど、それもまた可愛かった。

 

「結喜…………私、あなたのお姉ちゃんだよ」

 

慈愛のこもった眼差しで、美結は結喜ちゃんを見つめている。

 

「……お兄ちゃんも、抱っこしてみる?」

 

「おお!」

 

俺は美結から彼女をそっと受け取り、自分の胸に抱き寄せた。

 

「やあ初めまして!俺は君のお兄ちゃんだぜ!ナイストゥミートゥー!」

 

彼女に向かって、俺は精一杯の変顔をしてみた。頬を膨らませたり、目を大きく見開いてみたり。しかし、結喜ちゃんは特にそれで笑うことはなく、きょとんとした顔で俺を見つめるばかりだった。

 

「ありゃ、しまったな。結喜ちゃんの笑いのお好みじゃなかったですか」

 

「ふふふ」

 

「しっかし!んー!ベイビーの香りって良いなあ。一生嗅いでられるよ」

 

結喜ちゃんの頭を、くんかくんかと嗅ぎ回すと、彼女はにこっと笑ってくれた。

 

「おー!そっかそっか!変顔よりこっちの方が面白いか!」

 

赤ちゃんが笑う瞬間って、どうしてこんなにも嬉しくなるんだろう。ずっと笑わせてあげたくなる。

 

「なあ結喜ちゃん、いつかさー、俺と美結が君を迎えに来るから、それまで待っててな」

 

そう言って語りかけると、また彼女は笑ってくれた。

 

もちろん、彼女はまだ生後2ヶ月だ、言葉を理解してくれてるわけではないと思う。だけど、それでもなんだか……彼女は俺たちを待っててくれてるような気がして、嬉しかった。

 

 

……慈恵園を出た頃には、もうだいぶ日も暮れて、空は綺麗な夕暮れのグラデーションを彩っていた。

 

「さて、美結!そろそろ家へ帰るかい?それとも、どこかでご飯食べてく?」

 

「……………………」

 

俺がそう声をかけるが、美結はじっと黙ってうつむいていた。

 

「……?どうかした美結?具合でも悪いか?どっかで休もうか?」

 

「ううん、そうじゃなくてね……?」

 

「………………?」

 

「……あの、お兄ちゃん」

 

美結はふいに顔を上げて、俺のことを見つめた。

 

「もう1ヵ所だけ、寄りたいところがあるんだけど……いい?」

 

「ん?おお、いいけど……それはどこだい?」

 

「……………………」

 

美結は少しだけ間を開けてから、こう答えた。

 

「湯水の……病院。お見舞いに行きたいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私は、性懲りもなくまだ生きている。

 

とある病院の個室にあるベッドに寝かされて、点滴を打っている。お腹には包帯が巻かれていて、なんとなくその感触が分かる。

 

立花に刺された時は、もういよいよ終わりかなと思っていたから、こうして生きているとなると、若干肩透かしな気分になる。

 

「……………………」

 

病室って、本当にどこもかしこも白くてつまんない。壁もベッドもカーテンさえも白い。こんな場所で二週間も寝てなきゃいけないなんて、退屈すぎる。

 

「……はあ」

 

顔を左に向けると、そこには窓がある。夕暮れの赤い空が広がっていて、妙な寂寥感を覚える。

 

……これから私は、どうなるのだろう?まあまず間違いないのは、学校にはもう行けないでしょうね。そして……パパやママからも失望されて……見捨てられるかも知れない。

 

「……ふふ」

 

私は、自分で自分の発言に嗤った。

 

「もともと、見捨てられてるようなものじゃない」

 

……夕焼けの空に、黒々としたカラスが二匹飛んでいった。バサバサと羽ばたくその姿を、私はぼんやりと眺めていた。

 

 

からららら……

 

 

その時、この病室の引き戸が開かれる。そちらの方を見るため、今度は顔を右に切る。

 

「え?」

 

そこに立っていた者を見た瞬間、私は思わず声が漏れた。それは、平田 恵実だった。

 

「……………………」

 

平田は私が起きているのを理解すると、少しだけ頭を下げて、おどおどと部屋に入ってきた。

 

「……ひ、平田?」

 

まさかの人物が訪ねてきたので、さすがの私も呆気に取られてしまった。

 

平田は緊張した顔つきで、私のベッドの横までやって来た。その緊張が私にも伝播したのか、私も妙にそわそわする気持ちになる。

 

「…………な、何よ?平田」

 

「……………………」

 

「恨み言でも言いに来たの?死ねば良かったのにって」

 

「……別に、そんなつもりじゃない」

 

「じゃあ何よ?なんのために来たのよ?」

 

「……………………」

 

平田は顔をうつむかせて、「わかんない……」と、蚊の鳴くような小さい声で告げた。

 

「……ふん、だったら帰れば?自己満足的な同情ほど鬱陶しいものもないから」

 

私がトゲのありまくる言葉を平田にぶつけると、さすがの彼女もむっと顔をしかめた。

 

「……なんでそんな言い方するの」

 

「事実を言ったまでよ。文句ある?」

 

「……あなたって、本当に素直じゃない。いい加減そんなこと止めなよ。明さんや美結にも言われたじゃない」

 

「……………………」

 

「はあ……明さんと美結にお礼を言ってた時は、もっと素直だったのに」

 

「!?」

 

私は、あの瞬間のことを思い出して、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

 

「うっさいわねーーー!あ、あんなの演技よ演技!」

 

「えー……?あの土壇場で?」

 

「土壇場でも演技できるのが私なの!平田みたいな凡人には、一生できない芸当でしょうけど!」

 

「ちょっ……!またそんな言い方!確かに私、凡人だけど……私だって一生懸命生きてるんだから、そんな言い方止めてよ!これなんか前も言った気がする!」

 

「もう忘れたわよ!そんな話!」

 

「いーや!絶対忘れてない!あなたあの時、私のことぶったもん!あれ、私に言い負かされたと思ってぶったんでしょ?ああいうのは絶対に、遺伝子に刻むレベルで根に持つタイプでしょ?あなたって!」

 

「くっ……!黙って聴いておけばこの女!なによ!アキラのニセ彼女だったクセに!」

 

「あなただって!明さんから盛大にフラれたクセに!何人もの見物人がいる中でハッキリと大嫌いて言われたクセに!」

 

私と平田は、目から火花でも出ているのかというほど、互いに睨みあった。

 

その時、また病室の戸が開かれた。私と平田はハッとして、同時に扉の方へと目を向けた。

 

「「!」」

 

私も平田も、その来訪者たちに驚いていた。それは、アキラとその妹……ミユだった。

 

「あれ?メグ?」

 

ミユが平田の存在に気がつき、「奇遇だね」と言ってそばに駆け寄った。

 

「メグもお見舞いに来たの?」

 

「え?ま、まあ……そんなとこ」

 

平田が彼女の問いかけに対して、ぎこちなく笑う。

 

「ふん、お見舞いねえ……。この私にそんなことしたって、何も返ってきやしないというのに」

 

「湯水、またそんなこと言って!不貞腐れてないでさ、もっと素直に喜びなよ!」

 

「うっさいわね!平田、あなたさっきから何なのよ!部外者のクセに!」

 

「部外者なもんか!あなたとあなたの部下に、SNS炎上させられて大迷惑を被った、めちゃくちゃ当事者ですけど!」

 

「まあまあ、メグちゃんも湯水も、そこまでにしようや」

 

アキラが止めに入ってきたので、私たちはピタッと、同時に話すのを止めた。

 

平田の顔を見ると、なんだか恥ずかしそうに頬を赤く染めている。全く……お互い、惚れた相手には弱いってことね。

 

「……どうだ?湯水。腹の具合は」

 

アキラにそう訊かれたので、私はちょっとすました顔で、「大したことないわ」と、そう答えてやった。

 

でも、内心……嬉しかった。もう二度と会えないとさえ思っていたアキラに、また会うことができた。大嫌いだって言われたけど、でも……こうして声をかけに来てくれたことが、私は……嬉しくて仕方なかった。

 

「……ねえ、湯水」

 

今度は、ミユの方から声をかけられた。そちらに視線を向けてみると、彼女は真剣な眼差しで……こう言った。

 

「ありがとう、助けてくれて」

 

……一瞬、何を言われているのか分からず、私はぽかんとしてしまった。そして、自分のお腹がズキッと痛んだ時、ようやくあの瞬間のことを思い出した。

 

「湯水にちゃんと……お礼を言わなきゃと思って、今日はここに来たの。あの時は庇ってくれて、ありがとう」

 

「……そう、義理堅いことね。でも言っておくけど、別にあなたを助けたかったわけじゃないから」

 

「そうなの?」

 

「そうよ」

 

私はぷいっと、彼女から顔を背けた。

 

「たぶん立花は、私があなたを殺したいことを知ってたのよ。それで、あそこに隠れて……機会を伺ってた。だって本来、私はあなたを殺して、そのせいでアキラから心底憎まれて、殺されるつもりだったんだから」

 

「……そっか」

 

「……………………」

 

「じゃあなおさら、どうして助けたの?庇わなければ、あなたの計画通りになっていたのに」

 

「……さあ、分からない」

 

「……………………」

 

「この一連の出来事で、私はイヤと言うほど学んだわ。人は思ったより、合理的じゃないってね」

 

「……そうだね」

 

……私は、背けていた視線を、もう一度戻した。アキラとミユが、並んでそこに立っている。

 

「お似合いよ、あなたたち」

 

私はそれだけを一言告げて、また視線を窓際の方へ背けた。

 

「「……………………」」

 

しばらくの間、病室の中は静かだった。夕焼けの赤い光が部屋の中に入ってきて、白い壁やカーテンを赤色に染めていた。

 

「……じゃあ、美結。そろそろ……」

 

「うん、お兄ちゃん」

 

二人の会話が、片耳にだけ届く。

 

「じゃあメグちゃん、俺たちはお先するよ」

 

「はい、また学校で」

 

「またねメグ」

 

「うん、またね美結」

 

私抜きの挨拶が交わされた後、二人が部屋の出口へと向かっていく足音が聞こえた。もう……アキラもミユも、出ていってしまうのね。

 

 

からららら……

 

 

戸が開かれる音がした。そして……。

 

 

 

「じゃあ、またな湯水」

 

「湯水、またね」

 

 

 

……と、二人から私に向かって告げられた。

 

私はなんだか、変な焦燥感が生まれた。彼らが……彼らがくれたその言葉に応えなきゃと思って、顔をまた二人の方へ向けた。

 

彼らは出口に立って、こちらを見ていた。

 

「……また、ね」

 

そう言って私がぎこちなく返すと、二人は少しだけ微笑を浮かべて、そのまま出ていった。

 

「……………………」

 

その様子を隣で見ていた平田が、私に向かって問いかける。

 

「あの二人が、優しい人たちで良かったね、湯水」

 

「……………………」

 

「普通、こんなに優しくしてくれないよ。絶対に……」

 

「わかってるわよ、平田。そんなこと、言われなくてもわかってる」

 

「……………………」

 

……ズキズキと痛むお腹に、手を置いた。

 

「……私は」

 

誰に言うつもりでもない、小さな独り言が……私の口から飛び出した。

 

「私は…………今まで、生きてて良かったと思ったことは、一度もなかった」

 

「……………………」

 

「でも…………でも、今……ちょっとだけ、そう思えたわ」

 

「……そっか」

 

平田は囁くように小さく、ひそめるような声で「良かったね」と言った。

 

窓の外に見える夕焼けが、びっくりするくらいに綺麗だった。視界の先がじわっと滲んで……鮮明ではなかったけれど、でも……胸に焼き付くくらいに、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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