【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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前書き

81話を昨夜に投稿していましたが、誤った文での投稿でしたので、修正の後再投稿しています。

前のをご覧になられた方は、ご迷惑をおかけしました汗

最終回の85話まで、あと少し。どうぞ最後までよろしくお願いいたします。


82.それぞれの想い(前編)

 

 

 

 

 

 

 

……毎日が、風のように過ぎ去っていく。

 

平穏で、静かで、一粒も涙を流さなくていい日が、こんなにも幸せなんだって……改めて実感した。

 

俺はまだまだ子どもだから、美結のことをこれからも守れるか心配だけど……でも、今まで全力で生きてきたように、これからも全力でありたい。

 

俺はコツコツと勉強を進めている。城谷さんや柊さんから教わり、美結に支えてもらいながら、成績をちょっとずつ伸ばしている。

 

そうしてふと気がつくと、数ヵ月の歳月が過ぎ……もう俺は高校生じゃなくなっていた。

 

3月の下旬、これから春の芽吹きを感じる日に……俺は卒業した。

 

高校に入ってから、目まぐるしく動いた日々に区切りがついたみたいで、嬉しくもあり、どこか寂しくもあった。

 

 

 

 

 

 

 

『……さくら舞い散る中に忘れた記憶と!君の声が戻ってくる!』

 

『吹きやまない春の、風あの頃のままで!』

 

 

 

「ひゅーーー!!いーぞ藤田くーん!!」

 

……とある日の日曜日。俺たちは、とあるカラオケ店にいた。

 

俺と圭の卒業を祝して、いつものメンバーが集まってくれたのだ。

 

席順は、部屋の右側にある入り口側の席から、左側にかけて横並びにみんな座っていて、俺、美結、メグちゃん、それから藤田くんに葵ちゃん、圭、城谷さんに柊さん、そして……湯水という順番だった。

 

 

『君が風に舞う髪かき分けた時の!淡い香り戻ってくる!』

 

『二人約束した、あの頃のままで!』

 

 

「へえ、藤田うめえじゃん!」

 

「公平くんはカラオケ得意なんですよね」

 

圭がジュースを片手に、藤田くんの歌を称賛する。彼女である葵ちゃんは嬉しそうに、どこか自慢気に藤田くんのことを話していた。

 

「美結はもう入れた?歌」

 

メグちゃんがカラオケの歌を予約できるタブレットを持って、美結へ尋ねていた。

 

「あ、まだ入れてない。どうしよっかな……何歌おうかな」

 

タブレットを受け取った美結は、顎に手を当てて、うーんと唸っている。

 

「ミユ!」

 

そんな彼女の元へ、湯水がやって来た。両手にはオレンジジュースの入ったコップを持っている。

 

「汲んできたわ!頼まれてたやつ!」

 

「あ、舞ありがとう」

 

「ね、ミユ。隣座ってもいい?」

 

「え?」

 

美結の答えを聞く前に、彼女は美結とメグちゃんの間に強引に座った。

 

「あ!ちょっと湯水!なんで私と美結の間に座るの!」

 

「うっさいわねー!私は美結の側近なんだから、この位置じゃないといけないの!」

 

メグちゃんと湯水がまた喧嘩している。そんな光景を、俺と美結は微笑ましく見ていた。

 

湯水は俺たちに謝った日から、この場にいる全員に一人で謝りにいった。もちろん、あれだけのことをやったんだから、すぐには許してもらえないし、未だにわだかまりがあることは事実だ。

 

しかし、それでもこの場にいられるくらいには……みんな、少しずつ彼女のことを受け入れていた。

 

これは柊さんから聞いたのだが、湯水は自分が今までにいじめていた何人もの被害者たちを訪ね、一人一人に謝罪を述べているらしい。

 

当然、今さら許してくれる人間なんて少ない。罵声を浴びせられたり、門前払いされたり、時には卵や石を投げられたり、飼い犬をけしかけられたりしたこともあったらしい。

 

それでも彼女はめげていない。今も訪問を続けて、自分を変えようとしている。

 

 

『明氏と美結氏のそばにいて、ふさわしい人間になりたいそうです』

 

 

柊さんは湯水が語っていた言葉を、俺と美結に教えてくれた。

 

 

『あの時に抱き締められたことが、相当彼女に響いたみたいですね。自分も人を抱き締められるようになりたいって、いつも話しています』

 

 

「……………………」

 

湯水とメグちゃんは、まだまだ喧嘩を白熱させていた。

 

「ねー湯水ってば!どいてよもう!わざわざここじゃなくていいじゃーん!」

 

「あんたもしつこいわねー!無理に決まってんでしょー!?ここの他って言ったら、アキラとミユの間しかないじゃない!二人の間を裂くような真似、できるわけないでしょー!?」

 

「明さんを誘拐したあなたがそれを言う!?説得力全然ないよ!」

 

やいのやいの言い合う二人を見かねた美結が、苦笑しつつも止めに入った。

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。舞、あまり強引なことはしちゃダメだよ?」

 

「そう?分かった。ミユがそう言うならそうする」

 

そう言って、湯水はあっさりと席から立ち、美結の足元にしゃがんだ。

 

……なんか、すごい光景だな。あの湯水が、まるで主人に懐く犬みたいになってら。

 

「次、誰が歌うんだー?」

 

藤田くんが歌を終えたらしく、次の曲が流れ始める。どことなく哀愁のある、ロックな音楽だった。

 

「あ、これ私ね」

 

そう言って立ち上がったのは、なんと湯水だった。

 

「へえ、湯水……ロックとか歌うんだな」

 

俺が思わずそう言うと、湯水はこちらに振り向き、ニッと笑った。そして、藤田くんからマイクを受け取り、歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……青春ごっこを今も、続けながら旅の途中。ヘッドライトの光は、手前しか照らさない』

 

 

私はマイクを握りしめ、その歌を歌い始める。これはつい最近見つけた歌で、今まで聞いてこなかったジャンルだったけど……今はとてもお気にいり。

 

 

『真っ暗な道を走る。胸を高ぶらせ走る。目的地はないんだ、帰り道も忘れたよ』

 

 

平田の小さく「上手……」と呟く声がする。

 

ふふん、当然よ。私はほとんどの歌を100点で歌える女なのよ。上手くて当然。

 

……そう、そうやってずっと100点をとり続けてきた人生だった。勉強も運動も容姿も、何もかもを100点でいられるように、死に物狂いで生きてきた。

 

全部、親のために。

 

 

『壊れたいわけじゃないし、壊したいものもない。だからと言って全てに、満足してるわけがない』

 

『夢の中で暮らしてる。夢の中で生きていく。心の中の漂流者、明日はどこにある?』

 

 

つい先日、チアキから私の親の近況について聞かされた。

 

なんでも二人は、私が起こした騒ぎのせいで、職場や婦人会の間で白い目で見られるようになり、それに耐えかねて、パパは仕事を辞め、誰にも行き先を告げぬままに行方を眩ましたという。

 

そう、あの人たちも、私と同じように評価だけを軸に生きていた。ずっとずっとそうやって、他人に自分の生きる意味を押し付けていた。

 

でもそれは、本当に生きているの?

 

 

『生きててよかった!生きててよかった!』

 

『生きててよかった!そんな夜を探してる!』

 

 

……激しいギターのメロディの中に、どこか切ない空気感を孕んでいる。

 

これが今の私に、すごく刺さる。

 

 

『年をとったらとるだけ、増えていくものはなに?年をとったらとるだけ、透き通る場所はどこ?』

 

『十代はいつか終わる。生きていればすぐ終わる……』

 

『若さはいつも素っ裸。見苦しいほど一人ぼっち』

 

 

……アキラが私に、愛するってなんだ?って話したことが、今も胸に焼き付いている。

 

平田が私に、脇役でも生きているんだって言った言葉が、今も心に刻まれている。

 

……ミユの優しいハグの感触が、今も私の肌に残っている。

 

……ああ。

 

なんでもっと私は、素直に生きられなかったんだろう?

 

自分のことが嫌いであることを認めずに、無理やり見ないようにして、傍若無人に振る舞い……多くの人を傷つけた。

 

立花だって、圭だって、藤田だって、葵だって、平田だって、ミユだって。

 

……アキラだって。

 

今になって思えば、私がアキラに惹かれたのは、自分にない素直さを持っていたから……。真っ直ぐで自分を隠さず、そのままを出せる人間だったから。

 

そして、それはミユや平田も同じだった。彼女らも自分のことを隠さないで……ねじ曲げないで、真っ直ぐに……生きていこうとしている。

 

それが、羨ましい。

 

ぐちゃぐちゃにネジ曲がった私は、もう数えきれないほど、罪を重ねてしまった。気づくのが遅かった。遅すぎた。

 

でもそれは、実は無意識に分かってた。だから死にたかったんだと思う。アキラと出会って……自分がひどく惨めな、小さくて醜い人間だったことを想い知った。だからずっと、殺してほしかった。

 

人に謝ることから逃げたくて、自分の罪を忘れたくて……。だから……

 

 

 

『僕が今までやってきた、たくさんの酷いこと……』

 

『僕が今まで言ってきた、たくさんの酷い言葉』

 

『涙なんかじゃ終わらない。忘れられない出来事……』

 

『ひとつ残らず持っていけ、どこまでも持っていけよ』

 

 

 

だけど、もう死にたいなんて思わない。私は…………アキラのことを好きになってしまった。ミユのことを尊敬してしまった。

 

せっかくなら……この二人のそばに、いさせてほしい。

 

 

 

『生きててよかった!生きててよかった!』

 

『生きててよかった!そんな夜を探してる!』

 

『生きててよかった!生きててよかった!』

 

『生きててよかった!そんな夜はどこだ!?』

 

 

 

私は心からのシャウトを、その歌に込めた。

 

生きててよかったと、そう思えない人生だった。ずっとずっと、何かに抑圧されて、その不安から逃げて逃げて……自分を追い込むだけの毎日だった。

 

でも今は……今は……!

 

 

 

……苦しくて長い人生の中で、誰か一人にでも抱き締められたことがあったっていうことを……もし、あなたが心の片隅に置くことができたら、きっと…………

 

『生きててよかった!生きててよかった!』

 

『生きててよかったー!』

 

 

アキラ!ミユ!私を……私を抱き締めてくれてありがとう!本当に本当に、ありがとう!

 

私はあなたたちみたいになりたい!なってみたい!

 

そのために生きたい!生きていたい!

 

 

『生きててよかった!生きててよかった!』

 

『生きててよかったー!』

 

 

『生きていて~よかった……!!』

 

 

 

「……………………」

 

しばしの静寂の後、まばらな拍手が耳に届いた。

 

「すげ~……。初めて聴くけど、良い歌だったな」

 

「うん……凄かった。舞、歌上手いね」

 

アキラとミユが話している声が聞こえる。褒めてもらえてるみたいで、私は嬉しかった。

 

 

『採点結果:99点』

 

 

カラオケの映像を映し出すモニターに、その点数が表示された。「おー!」という感嘆の声が、部屋の中に響いた。

 

……99点、か。100点じゃなかったんだ。

 

「……………………」

 

私は、アキラとミユの方へ振り向いた。二人はパチパチと拍手をしていて、「すごかった!」と、そう言ってくれた。

 

「なんだよ湯水ー!お前超人かよ!99点とか、俺じゃ絶対無理だ!」

 

「すごいね舞!気持ちもこもってたし、とってもよかったよ!」

 

「……………………」

 

そうだ、この二人は……私が100点じゃなくても、“ここにいていいよ”って、言ってくれる。

 

 

 

偉いな“舞”。よく頑張った。でも、身体には気を付けるんだぞ?きちんと眠って……ゆっくりして、自分のことも大事にしなさい。たとえお前が100点を取れなくたって……大事な娘であることに、変わりはないから

 

もちろんだよ“舞”。とっても似合ってる。でも、あなたはそのままでも可愛いよ。いろんな色に染めなくたって……あなたらしい可愛さがあるから。人に合わせなくたっていいの。大丈夫、それを信じて……?

 

 

 

「……………………」

 

あの時……私は二人のことをパパとママだって見間違えてるフリをして……語りかけた。そして、それに合わせて二人は……そう語ってくれた。

 

よかった、100点じゃなくても……いいんだ。私は、生きていていいんだ。

 

「……ありがとう。アキラ、ミユ」

 

私は自分の気持ちを真っ直ぐに、少しも包み隠さずに、そう言った。

 

 

 

 


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