【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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83.それぞれの想い(中編)

 

 

 

 

 

 

 

……前面のモニターに、次の曲のタイトルが映し出された。

 

「あ、これは私ね」

 

そう言って手を上げたのは、葵氏だった。湯水からマイクを受け取り、歌い始める。

 

 

『ありったけの想いは、これだけの言葉に』

 

『愛したけど重いわ。それだけのことなの?』

 

 

「ひゅーーー!葵サイコーーー!」

 

葵氏の隣にいる藤田氏が、テンション爆上げではしゃぎまくる。葵氏は若干気恥ずかしそうにしていたが、それでも嬉しそうに頬を緩めていた。

 

 

『本当だって良いと、思えないの。アタシはまだ弱い虫』

 

『コントラクト会議、アタシはまたキミの中に堕ちていくの』

 

 

葵氏の可愛らしい声が、不思議な歌詞で彩られたこの曲に上手くマッチしている。

 

そんな歌を、他のみんなが穏やかな顔で聴いている。

 

「……………………」

 

私の学生時代には、こんなキラキラした思い出はない。

 

友だちとカラオケなんて行ったことなかったし、こんなに大人数で和気あいあいと騒いだことなんてない。いつも隅っこにいて、そこからこういう風景を眺めていた。

 

だから未だに、こんな場所にいると少しそわそわしてしまう。自分が場違いなように感じてしまうからだ。

 

「千秋ちゃん、また考えてたんでしょ?」

 

隣に座る城谷ちゃんが、私の顔を覗き込んで来る。彼女は少し眉をしかめて、むっと口先を尖らせていた。

 

「“また”っていうのは、なに?城谷ちゃん」

 

「また自分が、こういう場に相応しくないって思ってたんでしょ?」

 

「……………………」

 

「もー、そんなの気にしなくていいのに。千秋ちゃんもほら、一緒に遊ぼ?何か歌わない?」

 

そう言って、城谷ちゃんは私に曲を予約するタブレットを渡してくる。

 

カラオケ……かあ。一人で来たり、城谷ちゃんと二人きりで来ることは希にあるけど、こんな大所帯で歌うなんて、一度もなかったな。

 

「あ、私終わった。次は~……」

 

「おう!俺だわ!マイク頼む!」

 

葵氏が歌い終わると、次は圭氏にマイクが移った。彼は咳払いをひとつすると、男性的な力強い声で歌い始めた。

 

 

『この時代に飛び乗って!今夜この街を飛び立って!大空を飛び回って!命揺らせ!命揺らせ!』

 

『この風に飛び乗って!今夜台風の目となって!大空を飛び回って!命揺らせ!命揺らせ!』

 

 

さっきの葵氏とはうってかわって、激しい縦ノリな音楽だった。部屋の中のモノが小刻みに振動しているかと思うほど、空気が震えていた。

 

「うおーーー!圭いいぞーーー!」

 

「飯島先輩、ぶちかましちゃってくださーい!」

 

「っしゃー!見とけお前らー!」

 

明氏と藤田氏の声援を受け、それに熱いレスポンスを返す圭氏。まさに、若い男たちの元気なノリそのものだった。部屋全体の気温が少し上昇したようにすら感じる。

 

「……城谷ちゃん、私はやっぱりいいや」

 

タブレットを目の前にあるテーブルの上に置いて、そう告げた。

 

「私は……こんな風にみんなを盛り上げることもできない。私が歌ったら白けるよ」

 

「そう?」

 

「うん」

 

タブレットの検索ページを、私はぼんやりと見つめている。

 

「……じゃあ、私は歌っちゃおうかな」

 

城谷ちゃんは横からひょいと、私の目の前にあったタブレットを取っていった。

 

「千秋ちゃん、みんなのこと好き?」

 

「え?」

 

私は城谷ちゃんへ顔を向けた。

 

「ここにいる、みんなのこと好き?もちろん、湯水も含めてね」

 

「……………………」

 

ここにいる、みんな……。

 

 

 

『この時代に飛び乗って!今夜この街を飛び立って!大空を飛び回って!命揺らせ!命揺らせ!』

 

『この風に飛び乗って!今夜台風の目となって!大空を飛び回って!命揺らせ!命揺らせ!』

 

『貴方の期待に飛び乗って!今夜この羽で飛びたくて!この大空を飛びたくて!命生まれ!命生まれ!』

 

『この風に飛び乗って!今夜名も無き風となって!清濁を併せ飲んで!命揺らせ!命揺らせーー!』

 

 

 

圭氏は歌が終わると同時に、右腕を真っ直ぐ上へ突き上げた。その瞬間、部屋の中に拍手が起きた。

 

「圭ー!カッコいいぞーー!」

 

「バカ!知ってるっつーのーー!」

 

明氏と圭氏のやり取りに、みんなが朗らかに笑った。

 

こんなに暖まった雰囲気の中、次は城谷ちゃんが歌う番となった。

 

「さーて、じゃあ次は私かな?」

 

城谷ちゃんは圭氏からマイクを受け取り、「そう言えばこれ、妹が好きだったっけ」と、小さな独り言を呟いた。

 

またもやガラッと、部屋の中の空気が変わった。今度はバラードのような……繊細で透明感のあるメロディが流れ出す。

 

 

『空を、押し上げて。手を伸ばす君、5月のこと……』

 

『どうか来てほしい、水際まで来てほしい』

 

 

しっとりとした、大人びた色気のある城谷ちゃんの歌声に、私は思わず耳を傾けていた。

 

「城谷さん、すっごく上手いね」

 

「うんうん」

 

メグ氏と美結氏が、肩を寄せあってひそひそ話している。

 

 

『薄紅色の可愛い君のね、果てない夢がちゃんと終わりますように』

 

『君と好きな人が、百年続きますように』

 

 

……城谷ちゃんの妹さんが好きだった曲、か。そっか城谷ちゃん……今はもう、それが歌えるくらいには立ち直れたんだね。

 

 

 

妹は……あの子は、この口座に3000万円を刻むために、生まれてきたの……?

 

 

 

「……………………」

 

城谷ちゃんが通帳を握りしめて、ぼろぼろと号泣していた時のことを思い出す。

 

 

 

『薄紅色の可愛い君のね、果てない夢がちゃんと終わりますように』

 

『君と好きな人が、百年続きますように』

 

『僕の我慢が、いつか実を結び、果てない波がちゃんと止まりますように』

 

『君と好きな人が、百年続きますように』

 

『君と好きな人が、百年続きますように…………』

 

 

 

……静かに余韻を残しながら、城谷ちゃんの歌は終わった。

 

「素敵~!いい歌~!」

 

「私、あの歌プレイリストに入れようかな」

 

パチパチと鳴る拍手の中に、メグ氏や美結氏たちの呟きが混じる。

 

「……………………」

 

「どうする?千秋ちゃん。歌う?」

 

「………城谷ちゃん」

 

「ここには、あなたのことをいじめる人なんていないよ。盛り上げられなくたってさ、あなたらしい歌を歌っていいと思う」

 

「……………………」

 

城谷ちゃんは、学生時代に私を助けてくれた笑顔と変わらぬ笑顔で……私にそう語りかけてくれた。

 

私は、黙ってマイクを受け取った。そして……私が最も好きな歌を歌うことにした。

 

城谷ちゃんが歌ったものよりさらに静かで……カラオケの空気には不向きな曲。でも今……これを歌いたくて仕方ない。

 

 

『この道を進んだなら、いつかまた君に逢えるだろう。遠く続いていく時の中で、今日を懐かしむ。きっとこの場所で……』

 

 

私が歌っている様子がかなり珍しいのか、部屋の中は少しざわついている。

 

「柊さんって、こういう歌好きなんだ……」

 

「意外よね、チアキってへビィメタルとかのベースとかにいそうなのに」

 

明氏と湯水の話し声がする。いや、へビィメタルのベーシストってなんやねんという突っ込みを心の中でしつつ、歌い続けた。

 

 

 

『多分ね、見失っても、迷ったりしても、無駄じゃない』

 

『今はね、あの痛みが教えてくれる。君の言葉の、その暖かさ……』

 

 

 

……このフレーズで、私は自分がいじめられていた時を思い出す。そして、城谷ちゃんに助けられてた時のことも……。

 

本当に私は、城谷ちゃんがいなかったら危なかった。きっといじめっ子たちをみんな殺してたし、私も迷わず自殺してた。

 

城谷ちゃんがいつも、明るく力強い笑顔を向けてくれたから、心を強く持てた。

 

 

『その笑った顔が、勇気をくれる。あの時、見上げた空……』

 

『並んだ影が長く、夕日に伸びて、明日まで届いていた……』

 

『道は続いている……』

 

 

……この歌は、いつも私の人生を思い出させる。

 

城谷ちゃんに助けられて、立ち直って。彼女の妹が自殺して、それを機に探偵になって。

 

私の人生はずっと、城谷ちゃんへ恩を返し続ける日々だった。なんとか彼女を支えたくて、ずっと毎日必死だった。

 

……でも、明氏たちと出会って、それが少し変わった。

 

明氏も美結氏も、メグ氏もみんなみんな、幸せになってほしい。

 

城谷ちゃんはもちろん、ここにいるみんなが幸せでいてほしい。

 

あの湯水だって今、自分を変えようと頑張っている。すべての罪を消すことは難しいかもしれないが、それでも懸命に戦っている。

 

城谷ちゃんと同じくらい大事な人たちが、たくさん増えた。

 

 

『踏み出す一歩目は、小さくていい。大きな勇気がいるから』

 

『もしも不安な日は、半分貰おう。あの時、してくれたように……』

 

 

辛く苦しい人生を、みな例外なく歩んでいる。それは、あの美喜子だってそうだった。

 

だから……だから私は……。

 

 

『その笑った顔が勇気をくれる。何気ない、言葉だけで……』

 

『君が涙の日は、飛んでいくから。いつでも、どんな時も、揺るがない手と手……』

 

『道は続いている。繋がっている……』

 

 

 

「……………………」

 

歌い終わった後、一瞬だけこの場が沈黙していた。そしてその次の瞬間、「わーーーー!」と、私もびっくりするほどの歓声が飛んだ。

 

「柊さんめっちゃ上手いですね!俺めっちゃ驚きました!」

 

「すごい!私、思わず涙ぐんじゃいました!」

 

「やべーーー!柊さんパネエっす!」

 

「へー、チアキって予想以上に上手いのね」

 

各々の感想を受けておきながら、私はぽかんと……固まってしまっていた。まさかこんな扱いを受けるとは思わなかったからだ。

 

「ね?千秋ちゃん」

 

隣で城谷ちゃんが笑っている。

 

「大丈夫だったでしょ?」

 

「……そうね」

 

私は少し口角を上げて……下手くそな笑みを見せた。

 

「これを、歌えてよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わ、つ、次は私か~」

 

柊さんからマイクをいただいた私は、何回も深呼吸しながら、緊張をほぐしていた。

 

「平田、あなた歌は得意?」

 

湯水が私へそう尋ねてくる。

 

「ま、まあまあ……かな?最高得点で……81点くらい」

 

「なによそれ……。ものすごい微妙ね」

 

「う、うるさいなー!あなたを基準にされちゃ困るよ!」

 

湯水に茶々を入れられつつ、私の番がスタートした。

 

 

『君と夏の終わり、将来の夢。大きな希望、忘れない』

 

『10年後の8月、また会えるのを信じて』

 

『最高の思い出を……』

 

 

ドキドキで胸が高鳴りつつ、私は歌い始める。

 

 

『出会いはふとした瞬間、帰り道の交差点で』

 

『声をかけてくれたね「一緒に帰ろう」』

 

『僕は照れ臭そうに、鞄で顔を隠しながら、本当はとてもとても、嬉しかったよ』

 

 

カラオケって不思議なのが、歌い出すとだんだん恥ずかしさが消えてくる。集中しだすからなのかな。

 

それにしても……この曲は、美結とのことを思い出させてくれる曲だなあ。

 

本当に、美結とはいろいろあった。この歌みたいに、美結から話しかけてくれて、一緒に帰ったりしたっけ……。

 

 

『嬉しくって、楽しくって、冒険もいろいろしたね』

 

『二人の秘密基地の中』

 

 

一緒にお風呂に入って、明さんにドッキリを仕掛けたり。お泊まりもして、三人で学校をサボってお出かけしたっけ。

 

あの時は楽しかったなあ……。プラネタリウムがすごく綺麗で、忘れられない。未だにあの時のチケットを、お財布の中に取っておいてある。

 

 

『ああ、夏休みもあと少しで終わっちゃうから。ああ、太陽と月、仲良くして……』

 

『悲しくって、寂しくって、喧嘩もいろいろしたね』

 

『二人の秘密基地の中』

 

 

そうそう、昔はカラオケのことも、美結にばかにされてた時期があったっけ。音痴だって笑われて、悔しくって一人、この歌を練習したっけ。それに私も、ひどいことをSNSに書いちゃって……傷つけちゃって……。

 

それでも、美結は私に歩み寄ってくれた。だから今もこうして、あなたのそばにいられる。ああ、いろんなことが遠い昔の出来事みたい……。

 

昔、悔しくて練習してた歌を、ここで美結に披露することになるなんて、人生っていつも皮肉よね。

 

 

『突然の転校で、どうしようもなく』

 

『手紙書くよ、電話もするよ。忘れないでね、僕のことを』

 

『いつまでも、二人の基地の中……』

 

 

美結、そして……明さん。

 

私たちは、いつまでも友だちでいられますでしょうか?

 

もしかしたら、いつかは離ればなれになってしまう時が、来るかも知れません。絶対にずっと一緒かは分かりません。

 

それをわかった上で、私は、この瞬間を愛したいです。

 

一緒に友だちとして、この場にいられることを誇りに思って……一生心に留めておきます。

 

 

『君と夏の終わり、ずっと話して。夕日を観てから星を眺め』

 

『君の頬を流れた涙は忘れない』

 

『君が最後まで大きく手を振ってくれたこと、きっと忘れない』

 

『だからこうして、夢の中で永遠に……』

 

『君と夏の終わり、将来の夢。大きな希望、忘れない』

 

『10年後の8月、また会えるのを信じて』

 

『君が最後まで心から「ありがとう」叫んでたこと知ってたよ』

 

『涙をこらえて笑顔で、さよなら切ないよね』

 

『最高の思い出を……』

 

『最高の思い出を……』

 

 

 

 

……歌い終わって、カラオケのモニターに『82点』と表示される。

 

「やった!自己ベスト!」

 

私がそう言って喜び、美結の方を見た。

 

彼女は、眼に涙を溜めていた。

 

「あ、あれ?美結、大丈夫?」

 

「ご、ごめんね。ちょっと……歌詞が、メグのこととダブっちゃって……」

 

「!」

 

……美結も、私と同じ気持ちだったんだ。そっか……そっか、ふふ。そっか……。

 

「美結」

 

私は彼女の手に、そっと自分の手を重ねた。

 

『これからも一緒にいようね』

 

……最初に口に出そうと考えていたのは、その言葉だった。でも、これはさっきも思ったように……絶対に約束できる言葉じゃない。だから……。

 

「……美結、いつも一緒にいてくれて、ありがとうね」

 

「……………………」

 

彼女は何回も頷いた。眼を真っ赤にはらして、唇を噛み締めている。そんな彼女の顔が、すごく愛おしい。

 

「ありがとう、メグ……」

 

震える声でそう告げる美結と、肩を寄り添わせた。

 

「……………………」

 

そんな私たちの様子を、湯水がじっと見つめていることに気がついた。私は、どうだと言わんばかりに胸を張った。

 

湯水はふっと苦笑し、「負けたわ。いい歌だったわよ、平田」と、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 


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