【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話 作:崖の上のジェントルメン
「あ、次は美結だね。はいマイク」
「ん……ありがと」
美結は指で涙を払い、メグちゃんからマイクを受け取って、席から立ち上がった。
ふー……と息を吐き、緊張をほぐしている。
「カラオケ……本当に久々かも。年単位で来てなかった気がする。お兄ちゃんとも、初カラオケだよね?」
「あれ?俺って美結とカラオケ行ったことなかったっけ?」
「うん、実は何気に」
「そっか……そう言えばそうなるのか」
「……ふふふ、じゃあ久々に頑張ろっと。見ててね?お兄ちゃん」
美結は咳払いをひとつしてから、歌い始めた。
『平気な顔で嘘をついて』
『笑って、嫌気がさして。楽ばかりしようとしていた』
『ないものねだり、ブルース。みな安らぎを求めている』
『満ち足りているのに、奪い合う。愛の影を追っている』
……すごい。美結、想像していた以上に上手い。というか、様になっている。歌い慣れている感じだ。
(好きだったんだな、カラオケ)
今まで満足に外へ出られることも少なかったから、中々行けなかったんだな。そっか……。じゃあこれから、たくさん一緒に行ってあげたいな。俺は下手くそだからあれだけど、こうしてメグちゃんや他のメンバーと一緒になら美結も行きやすかろう。
そうか、でもまだまだ……俺の知らない美結がいるんだな。もっともっとこれから知れたら……嬉しいな。
『退屈な毎日が、急に輝きだした。あなたが現れた、あの日から』
『孤独でも辛くても、平気だと思えた』
『I'm just a prisoner of love.Just a prisoner of love……』
美結がちらりと、横目で俺を見る。それに目が合うと、彼女は歌いながらニコッと笑った。
なぜ突然こちらを?と、彼女の行動に首を傾げていた時、横からメグちゃんが「明さん、嬉しいですか?」と話を振ってきた。
「え?嬉しいって?」
「ほら、美結の歌ってる歌は、明さんに向けてですよ?」
「え?え?ま、まじ?」
そう言われた俺は、改めて彼女の歌詞に注視してみた。
『病める時も、健やかなる時も』
『嵐の日も、晴れの日も共に、歩もう』
……お、おお、そうなのか。これが、美結から俺に向けて……。
「……………………」
ふいに俺は、彼女と出会ってから今までのことを思い出していた。
あれから数年の歳月が過ぎたと言うのに……まるで昨日のことかのように、鮮明に覚えている。
なんか、冴えない感じー。私、この人がお兄ちゃんなの嫌だ。髪もなんか特徴ないしー、顔もフツーだしー、なーんか全体的に60点って感じ
美結とか名前で馴れ馴れしく呼ばないでよね。本当のお兄ちゃんにでもなったつもり?気色悪い
私がバカだっただけじゃん……。私が、メグの気持ち考えてなくて、自分勝手で生意気で……最低で…………勝手に仲良しだって思って……
ごめんねお兄ちゃん……私、もうお兄ちゃんのこと、大好きになっちゃった
お兄ちゃん、愛してる。ホントにホントに愛してる。この世の誰よりも、あなたを愛してる
「……………………」
もし……あの当時の美結と俺が、今の美結と俺を観たら……なんて言うだろうか?
「こんな関係になるなんてあり得ない!」と、そう笑うだろうか?
『強がりや欲張りが、無意味になりました。あなたに愛された、あの日から……』
『自由でもヨユウでも、一人じゃ虚しいわ』
『I'm just a prisoner of love.Just a prisoner of love……』
美結の歌は、思いの外淡々としたメロディだった。だけど、彼女の持つ表現力がそうさせるのか……感情が真に迫るというか、心にストレートに伝わってくる。美結からの強いメッセージを肌で感じる。
「……よし」
美結は1度マイクの音声を切ると、「ね、お兄ちゃんも立って」と言ってきた。
「え?お、俺も?」
「ほら、ね、お願い?」
「お、おう……」
彼女に懇願された俺はそれに従い、恐る恐る美結の横に立った。
美結はにっこりと笑うと、右手にマイクを持ち、空いた左手で俺と手を繋いできた。
手の平同士をぴったりくっつけてる、いわゆる恋人繋ぎだ。
「ひゅーひゅー!いいぞ美結っちーーー!」
「見せつけるぜこの野郎ー!」
藤田くんと圭の野次が飛ぶ。メグちゃんや葵ちゃん、湯水も「大胆ー!」なんて言ってはしゃいでるし、城谷さんや柊さんは、微笑ましい眼でこちらを観ている。
さすがに恥ずかしかった俺は、美結に「恥ずかしいから離してくれよ」と、そう伝えるために口を開いた。
……だけど、それは彼女の歌う横顔を見て、止めることにした。
『残酷な現実が二人を引き裂けば、より一層強く、惹かれ合う』
『いくらでも、いくらでも、頑張れる気がした』
『I'm just a prisoner of love.Just a prisoner of love……』
……彼女の眼は、真剣だった。この手は、単にただこの場を盛り上げたいからじゃない。今俺は……美結からのラブレターを貰っているんだ。
『ありふれた日常が、急に輝きだした。心を奪われた、あの日から……』
『孤独でも辛くても、平気だと思えた……』
『I'm just a prisoner of love.Just a prisoner of love……』
「……………………」
……歌が終わったその瞬間、美結はこちらの方へ顔を向けて、俺の頬にキスをした。
「これからも一緒に、幸せになろうね、お兄ちゃん」
「……美結」
「ふふふ」
彼女はにこっと朗らかに笑うと、マイクをすっと、俺の前に差し出した。
「じゃあお兄ちゃん。最後のトリ、お願いね」
「……ト、トリ?俺が?」
お兄ちゃんは冷や汗をドバドバにかいて、口角がひくひくと動かしている。
「もちろん!お兄ちゃん、まだ歌えてなかったでしょ?もうそろそろ時間来ちゃうし、最後歌っちゃいなよ」
「い、いやいやいいんだよ俺は!俺、超ド下手くそだし……絶対白けるって!」
「えー?でも私、お兄ちゃんの歌聴きたいな~?」
私はわざと、上目遣いをしてお兄ちゃんに迫ってみた。お兄ちゃんは顔を真っ赤にさせて、「むむむ……!し、しかし……!」と唸っている。
「はいはーい!私も明さんの歌聴きたいなー!」
そこに、私の援軍が入ってきた。もちろんそれは、メグだった。彼女を皮切りに、この場にいるみんながお兄ちゃんへ次々と言葉を飛ばしてくる。
「ねえアキラ!私も聴きたいわ!聴かせてよ!」
「兄貴なら大丈夫ですってー!!みんなで最後、盛り上げましょうや!」
「兄貴さんがどんな歌を選曲されるのか、興味あります」
「おい明ーーー!びびってんじゃねーぞ!腹くくれーーー!」
「明くん、音痴なんて誰も気にしないから、楽しんじゃいなよ!」
「私も自由に歌わせてもらいましたから、明氏も自由に歌ってください」
「ほら……ね?お兄ちゃん」
「……………………」
お兄ちゃんはしばらくの間、物凄く迷っていた。マイクを凝視して、ぐっと唇を噛み締めた。
だけどその後……覚悟を決めた様子で、「……っし」と呟き、袖をまくった。
「分かった!ダサくてブサイクな……“ドブネズミ”な俺をさらけ出してやる!」
「「おおおおーー!!」」
お兄ちゃんの宣言に、拍手が起きた。
お兄ちゃんはタブレットに曲を入力し、右手に“人”の字を3回書いて飲んでいた。
「それじゃあ……美結、マイクをくれるかい?」
「うん!」
私からマイクを受け取ったお兄ちゃんは、バクバクと高鳴る胸を左手で抑えながら……歌い始めた。
『……ドブネズミ、みたいに~、美しくなり~たい』
『写真には写らない、美しさ、があるから~……』
『リンダリンダー!』
『リンダリンダリンダーーー!』
『リンダリンダー!』
『リンダリンダリンダーーー!』
お兄ちゃんは、思い切り叫んだ。喉が破れんばかりに大声で。
部屋の中がビリビリと振動して、一気に私たちの心を掴んだ。
「おら来たーーーーー!!」
「さすが兄貴ーーーー!!」
圭さんと藤田さんが、早速お兄ちゃんの熱いシャウトに呼応する。
『もしも僕が!いつか君と!出会い話し合うなら!!』
『そんな時は!どうか愛の!意味を知ってください!!』
『リンダリンダー!』
『リンダリンダリンダーーー!』
『リンダリンダー!』
『リンダリンダリンダーーー!』
音程もリズムもズレてて、確かに技術的には上手じゃないかも知れない。でもお兄ちゃんの歌は、真っ直ぐて一生懸命だった。
それが本当にお兄ちゃんらしくて、すっごくすっごく嬉しかった。
『ドブネズミ、みたいに、誰よりも優しい!』
もう開き直っているのか、『誰よりも優しい!』のくだりで、お兄ちゃんは握りしめた左拳の親指を立て、それで自分のことを指差し、ウインクをする。
そのパフォーマンスに、みんなが声を上げて笑う。
『ドブネズミ、みたいに、何よりも~!暖かくーーー!』
『リンダリンダー!』
『リンダリンダリンダーーー!』
『リンダリンダー!』
『リンダリンダリンダーーー!』
見ている人たちがみんな、リズムに合わせて手を叩く。サビの部分では、お兄ちゃんとともに口ずさむ。
『もしも僕が!いつか君と!出会い話し合うなら!!』
『そんな時は!どうか愛の!意味を知ってください!!』
『愛じゃなくても!恋じゃなくても!君を離しはしない!!』
『決して負けない強い力を、僕はひとつだけ持つ~~~!!』
歌は最後の追い上げに入る。部屋中がお兄ちゃんの放つ熱気に包まれて、胸が熱くなってくる。
鼓動がどんどん激しくなって、止まらない。生きてる喜びを思い切り噛み締めるような、そんな感覚。
お兄ちゃんはいつも、そんな人。自分をさらけ出して、暖かい気持ちをストレートにくれる人。
それが私の大好きな、明お兄ちゃん……。
『リンダリンダ!リンダリンダ!』
『リンダリンダリンダーーー!』
『リンダリンダ!リンダリンダ!』
『リンダリンダリンダーーー!』
『リンダリンダー!』
リンダリンダリンダーーーーーー!
……歌い終わったその瞬間、「わーーーー!!」と歓声が上がった。私たちはお兄ちゃんに向かって、次々と叫んだ。
「明さん!すごかったですよ!ホントに!」
「何よアキラー!あなた上手いじゃない!」
「兄貴ーーー!ひゅーひゅーーー!」
「兄貴さんさすがーー!」
「やるじゃんかよ明ーー!いいシャウトだったぜーー!!」
「明くん良かったよー!熱かったーー!」
「明氏らしかったですね、とても好きです」
「お兄ちゃん!カッコ良かったよーーー!!」
「……………………」
……お兄ちゃんは、その光景を見てぽかんとしていた。汗を目一杯かいて、息をはあはあと切らせていた。
「……へへ」
その後お兄ちゃんは、眩しいくらいに明るい笑顔で、左手にVサインを作り、私たちへ自信満々に見せてくれた。
「あ!お兄ちゃん、採点が発表されるよ!」
「お!?マジか!?」
私がモニターを指差すと、お兄ちゃんもそちらの方を見た。
『採点結果:60点』
結果がモニターにデカデカと映されると、お兄ちゃんは口をあんぐりと開け、頭を抱えて叫んだ。
「ギャーーー!やっぱり酷いーーー!」
そんなお兄ちゃんの嘆きのシャウトに、みんなお腹がよじれるほど笑った。
次回、最終回。