【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話   作:崖の上のジェントルメン

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9.叫び

……美結はあれ以来、俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれる。最初はちょっと恥ずかしかったけど、だんだんとそれが誇らしいというか……美結との繋がりを実感できるように思えて、そう呼ばれるのがどんどん好きになってきた。

 

「さーて、確か卵が結構余ってたから、今日はオムライスでも作るかな~?美結も料理覚えたいって言ってたし、一緒に作るのもありかもな~」

 

そんな感じで、鼻歌交じりで学校から帰宅すると、リビングの方から声が聞こえた。

 

「……でしょ?だからね、あなたのためを思って……」

 

よく聴こえはしなかったが、声の主は美喜子さんだった。珍しく家にいるから、なんだろう?と思ってリビングに行った。

 

そこには、美喜子さんと美結がいた。四角いテーブルを向かい合って座り、美喜子さんが美結に何か話している。美結はニット帽を被って、パジャマ姿でうつむいている。

 

「あら、お帰り明くん」

 

美喜子さんが俺に気がついて、こちらをむいてきた。俺は黙って会釈する。美結も俺の方へと眼を向けたが、眼を伏せて、また顔を下にうつむかせてしまった。

 

「……どうかしたんですか?」

 

俺がそう聴くと、美喜子さんが「いや、ちょっとねえ」と顔をしかめた後、話し始めた。

 

「美結が最近学校に来ないんだって、先日先生から私に電話があってね?それでちょっと叱ってたとこなの」

 

「……叱ってた?」

 

「当然よ~、学校はちゃんと行かないと。明くんからも言ってあげて?」

 

「……………………」

 

俺はそこでは細かく返答はせず、「喉が乾いたんで、水を先にもらいます」とだけ返した。コップを二つ用意し、中に水を入れて、その二つを手に持って美結の横に座った。そして、俺と美結の前にそれぞれコップを置いた。

 

うつむく美結へと顔を向けて、俺は美喜子さんにあまり聞こえない程度の小さな声で、尋ねた。

 

「……美結、美喜子さんにまだ言ってない?」

 

美結は黙って頷いた。

 

「あまり、言いたくない……?」

 

「………………」

 

「何よ?なんの話してるの?」

 

美喜子さんがそう聴いてくるので、俺は美結の方に視線を向けたまま、言葉を返した。

 

「美結がなぜ学校に行かないのか、ちゃんと訊きましたか?」

 

「ええ、何回もね。でも何も答えてくれないんだもの。答えられないってことは、やましい気持ちがあるってことでしょ?ずる休みとか、そんなことじゃいけないわよ」

 

「……………………」

 

「ねえ美結、ママに恥ずかしい思いさせないでちょうだい?先生から電話があった時、私もう恥ずかしくて恥ずかしくて……」

 

「……………………」

 

「美結だって、学校に行かないと恥ずかしい思いするわよ?お友達も離れていくし、お勉強も遅れるし。美結は、ママ友の間では明るくて元気な子で、成績も優秀って褒められてるのに、あなたがそんな風だと、みんながガッカリしちゃうわよ?」

 

……俺はその時、自分の中にあった地雷が、完全に踏み抜かれたことを理解した。今まで積み重なった…ありとあらゆる感情が、一気に噴出した。

 

目の前にあったコップを手に取り、中の水を美喜子さんに思い切りぶちまけた。

 

「きゃあ!」

 

顔中がびちゃびちゃに塗れた美喜子さんは、眼を大きく見開いた後、席を立ち、俺に向かって大声で怒鳴った。

 

「ちょっと!!何すんのよ!!」

 

「何すんのよじゃねえだろてめえ!!」

 

俺は……美喜子さんの怒鳴り声よりさらにデカい声で叫んだ。俺の方も席を立ち、美喜子さんをこれでもかというほど睨みつけ、自分でも驚くほどに言葉使いが凄まじく乱れた。

 

「あんたが大事にしてるのはどっちだ!?美結か!?それとも自分のプライドか!?」

 

 

「……な、なによ!」

 

美喜子さんはぽたぽたと髪や顎から水が垂れるのも気にせずに、声を荒げて負けじと叫んだ。

 

「親に向かって『てめえ』とか『あんた』って!なんて口の聞き方する気!?」

 

「話をすり替えんじゃねえ!俺は訊いてんのは二者択一!どっちなのか?って話だ!まず俺の質問に答えろ!」

 

「な……!」

 

俺の拳は、怒りでわなわなと震えた。

 

「俺は……!正直、あんたに美結のことを気にする素振りさえしてほしくない!変に良い人ぶって来られるより、自分が一番大事だと開き直ってる方がよっぽど誠実だ!」

 

「そんなこと!私だってこの子のためを思って言ってあげてるのよ!ちゃんとできてないことを叱ってあげるのが母親でしょう!?」

 

「……できてないことを叱るだって?本気でそう思ってるんなら、あんたの肩にある『大人』だの『母親』だのって肩書きは、ドブにでも捨てちまえ」

 

「なんですって!?」

 

「あんたの言う『叱る』って行為は、自分の期待どおりに動かない子どもを期待どおりにさせようとする、ただの呪いだ!本当に美結を大切に思うなら、なぜできないのか?どうしたらできるようになるのか?そもそも本人はできるようになりたいと思っているのか?そこから一緒に話し合って、二人三脚で頑張っていこうと……!そういう信頼を築いてから解決できることなんだ!なんでそれが分からないんだ!」

 

「………何よ!人に水をかけるようなガキが、上から目線で語るんじゃないよ!」

 

「てめえの厚化粧を落としてやったんだよ!クソみたいな見栄なんか捨てて、きちんとすっぴんで美結と話せ!分かったか!?」

 

「…………明くん!あなたのことは隆一さんから叱ってもらいますからね!」

 

美喜子さんはスタスタとリビングを出て、風呂場に消えた。親父に叱ってもらうだって……?俺が言った言葉の意味を、あの人はまるで理解していない。

 

いや……そうだな、俺も理解してもらおうなんて思ってない。ただ自分の感情を美喜子さんにぶつけただけだ。俺も俺で……大人げないやつだ。

 

「……ぐすっ、ぅぅ……」

 

「!」

 

ふと気がつくと、美結がぽたぽたと涙を溢して震えていた。俺は……自分の大人げなさをもう一度恥じた。俺は今までこんなに声を荒げたことはない。だからさすがに美結も驚いてしまったんだろう。美結を守ろうとして怖がらせてしまっては元も子もないだろうが。ちくしょう、俺の馬鹿やろう……。

 

美結の目線の高さと合わせるために体を屈ませて、なるべく優しい声色になるよう心がけながら、語りかけた。

 

「ごめん美結……。いきなり怒鳴ったりして、怖かったよな」

 

「……ううん、違うの」

 

「え?」

 

美結は、頬を涙でたくさん塗らして、その滴が顎の先からぽたりと下に落ちた。そんな表情のまま、俺の方へ顔を向けて……俺の頬に、小さくキスをした。

 

「……………………」

 

呆気にとられた俺のことを、美結が赤くはれた……潤んだ瞳で見つめてくる。真剣で……妙に切なくて、愛おしいその眼に、俺は吸い込まれそうな気持ちだった。

 

「大好き…………」

 

「……………………」

 

「ごめんねお兄ちゃん……私、もうお兄ちゃんのこと、大好きになっちゃった」

 

「……だ、……大好……き?」

 

美結は小さく頷く。

 

「ママ……ここ最近……ずっとあんな感じで……長い間責められてて……すっごく怖くて…………。お兄ちゃんが学校に行ってる間、時々ああして私をリビングに呼んで……」

 

「……………………」

 

「たまたま……今日、お兄ちゃんが帰ってきてくれる時間になって………それで……お兄ちゃんが……うぅ、助けてくれて…………」

 

「……そうか、そうだったんだな。今まで気がつかなくてごめんな」

 

「ううん……私が話してなかったから……。だって、私が学校に行ってないのが、悪いことだって……ママの言ってることが正しいって…………そう思ってたから…………」

 

「……親の言うことが、必ずしも正しいとは限らないさ。相手も人間だ、間違えることもある。もちろん、俺だってそうだ。俺もいつだって正しいわけじゃない」

 

「……………………」

 

「だから美結の、自分だけの正しさを持ったらいい。いろんな人の話を聴いて、その中で正しいと思えるものを信じたらいい。そして、その正しさは変化したっていい。学校へ行くことが正しいと思ってたけど、ちゃんと諸々が解決しない内に行くことは、本当に正しいかな?と、そういう風に変わったっていい。だって、美結は学校に行けと急かされるのを怖がったんだ。怖いと思うってことは、それを正しいとは本心で思えなくなったってことだ」

 

「……………………」

 

「大丈夫、不安だったら俺も一緒に考えるよ。だから心配ないさ」

 

「うん……ありがとう……」

 

そう言って、美結はさらに俺の頬へキスをする。

 

「お、おう…………」

 

あまりの現実感のなさと、心臓の高鳴りが異常なほど起きて、半分頭が機能してなかった。

 

「お兄ちゃん………」

 

「……!?」

 

美結はついに、俺の唇にキスをしようとしてきた。さすがにそれは不味いのでは!?と思った俺は、咄嗟に頭を後ろに下げて避けた。

 

そのせいで、重心のバランスが後ろにかかり、俺は勢い余って後ろに倒れた。その時、後頭部を思い切り椅子にぶつけた。

 

「いったあああああああああ!!」

 

間抜けな叫びがリビングに響いた。痛みのあまりごろごろと床をのたうちまわった。

 

「だ、大丈夫!?お兄ちゃん!」

 

美結が慌てて椅子から下りて、俺の後頭部をさすってくれた。

 

「す、すまん美結……。はあ……なんか俺って、肝心なことでいつもダサいよなあ……」

 

「ダメ、そんなこと言わないで」

 

「え?」

 

「ダサくなんかない。私のお兄ちゃんは……すっごくカッコいいの」

 

「……………………」

 

なんだか照れ臭くなった俺は、鼻先を指でかりかりと掻いた。

 

 

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