ぼっち・と・ろっく! 作:しこなで
from Hi-STANDARD
男は全身を貫かれた。
弾ける弦。衝動的であるが、どこか憂いを帯びた音色。
穏やかな空間を切り裂いて、これでもかと鼓膜を震えさせる。
ひどく懐かしかった。回想。ただ感情の赴くままにギターを掻き鳴らしていたあの頃。自身の暗い性格を誤魔化すようにして、必死に青春の仮面を被っていたあの時代。
彼女は、そんな自分に似ていた。
ただひたすらに、ギターだけを見つめて鳴らす。時折見せる瞳は、何を思っているのか見通せないぐらいには淀んでいて。
それは偶然だった。夏祭りということすらも忘れて、ただ歩いていただけ。普段路上ライブがあるような場所でもなく、物珍しさもあったかもしれない。
だが、その光景は明らかに異質であった。酔っ払っているベーシストと、ピンクのジャージを着た少女。服は明るいが、自信のなさが滲み出ていた。そんな奴が、ギターを弾くという。男は、久しぶりに興味をそそられた。
結果、
思春期特有の危なっかしさ。彼女の今にも折れそうな心が透けてすら見える。けれど、ギターに対する情熱は熱くて、素人が触れてしまえば火傷しそうにすらなる。
(……ぶっつけ本番?)
純粋に興味があった。黙々と弾き続けて、ギタリストらしい派手なパフォーマンスをしているわけでもない。それでも、ここまで目が引き寄せられる。
ボーカルが居ればどうなるのだろう。
彼女はどんな雰囲気を見せてくれるのだろう。
きっと、ライブで輝くタイプのはずだ。
心の奥にしまっていた、音楽に対する感情が湧き出てくる。
もう自分には関係ないと思っていた忌まわしき音色。男は自然と握り拳を作っていたことに、いまさら気づいていた。
一瞬の静けさの後、乾いた音がパチパチと鳴る。演奏が終わり、さっきまで不安そうな顔をしていた少女は、ほんの少しだけ安堵しているように見えた。
風が吹いて、貼り紙が飛ぶ。夏祭りの見物客であろう、浴衣姿の女性2人組が「チケットが欲しい」と言っている。
あぁなるほど──。男は一人で納得する。先ほどまでは演奏に夢中で気づかなかったが、要はチケットを売りたくて路上ライブをしていたわけだ。
懐かしさが胸を覆う。ノルマを達成できなければ、自腹を切らなければいけない。自身も友人が少なく、売るのには苦戦した記憶があった。
足は自然と少女の元に向かう。
気配に気づいたようで、少女はビクリとして顔を上げた。
「ひっ……!」
怯えであった。男は少し落ち込む。
それもそうだ。適当に伸びたパーマに無精ひげ。けれど、妙に清潔感を感じるのは制汗剤みたいな香水をつけているからだ。
「演奏、すごかった」
「えっ、あっ、え、その、あ……」
狼狽えているように見えて、少女は喜んでいた。素直に褒められるのはすごく好きな人間である。だが人と接する恐怖心とのせめぎ合いで、よく分からない感情状態となっている。
「俺もチケット欲しいんだけど、まだあるかな」
少女──後藤ひとりは戸惑った。
チケットノルマ残り3枚となったところで、酔っ払いのベーシストと遭遇。引くに引けないまま連れられ、ゲリラ路上ライブをする羽目になった。そうしたら、3枚とも簡単に売れてしまった。
(売れた……。売れたぁぁぁっ!)
脳内フェス最高潮。デフォルメされたギターが天に昇っていく。彼女を褒め称える言葉を発しながら。よく分からないが、自身には特別な何かがあると、勝手に思い込む。
基本的には他力本願である。だが、実際に上手くいったせいでそれを成長と勘違いする節もあった。自己肯定感が低すぎる分、成功感を感じるラインも低いのだ。
「ひとりちゃーん。お客さん困ってるよー」
「ハッ、す、す、すみません……」
これは重症だ。男は「自分はここまでひどくなかった」と回想すらしてみせる。陰キャ特有の自己世界。人目を
こんな少女が、どうしてギターなんて始めたのだろうか。男の中でまた浮かぶ疑問。こんなにも誰かに興味を惹かれたのはいつ以来だろうと考えてしまう始末。無論、恋心ではないが。
「バンド、楽しい?」
「へっ……」
いつ買ったのか分からない長財布から取り出した1500円。震える手で差し出されたチケット。後藤ひとりは男を見上げて、ほんのわずかに視線をぶつけた。
男は、ひとりが思っていた以上に素直な瞳をしていた。自分自身に似た雰囲気すら持っていて、謎の既視感に襲われる。
「た、た、楽しい……です」
売買が終わったところで、ひとりが力無く漏らす。けれど、それは本心以外の何者でもなかった。
一人ぼっちでギターを弾いていたあの頃に比べれば、楽しいに決まっている。バンドをやりたくて始めたのだから。それも全て、自分自身を変えたいという無意識な感情から。
「楽しみにしてる」
男はそう言って、チケットを大事そうに財布へしまう。
すっかり暗くなった空を見上げて、少女に背を向けた。
「ちょっと待って、おにーさん」
一歩、二歩進んだところで爽やかさが皆無な声に呼び止められた。
振り返ると、酔っ払いのベーシストが駆け寄ってきた。酒の匂いが漂っているのに、真っ直ぐ歩ける彼女。男は少し驚いていた。
「バンドマンでしょー?」
「昔はね」
「やっぱり! どっかで見たことあると思ったー」
「多分人違いだよ」
男の冷静な対応に、ベーシストの
「なんてバンド? 教えてよぉ」
「またいつかね。それじゃ」
「ああーん。もう」
再び背を向けて、逃げるようにその場を立ち去って行った。
残された二人は、独特な男の雰囲気に呑まれたみたいに、ただ撤収作業を進めるしかない。
月が浮かんで、もうすぐ上がる花火もきっと映える。これから自分とは正反対の人たちが空を見上げるのだろう。ひとりは自虐しながらギターをケースにしまう。
「チケット、売れて良かったね」
ふと、きくりがそう言う。
「は、はい。あの……ありがとう、ございました」
「いいのいいのー。ほら、色々助けてくれたし」
しじみの味噌汁代返せと思いながら、中々言い出せない雰囲気になってしまった。ひとりはまた落ち込んで、視線を落とす。ベーシストにマトモな奴はいないのか、と心の中で毒づく。
「私も行きたかったな。結束バンドのライブ」
「あ……」
彼女としては、自身で一枚買うつもりでいた。しかし、路上ライブの効果は思いのほかあった。
加えて、後藤ひとりが持つギタースキルはかなり高い。さっきの男も、彼女の演奏に興味をそそられたのだ。演じ手から見て、誰に興味があるのかは簡単に分かるものだ。
「負けてらんないなあ」
きくりの独り言に、ひとりは少し考える。
客は敵じゃない──。彼女が教えてくれた短い言葉。でもこれは、後藤ひとりにとって大きな意味を持っていた。自信がなく、客に笑われていないか不安に飲まれていた彼女にとって。
立ち止まって聞いてくれた人たちは、彼女たちの演奏を聴きたくて止まってくれた。いわば、味方である。その考え方は、ひとりになかった。まさに目から鱗。
「──」
ひとりは何か言わないといけないと思った。
でも、上手い言葉が見つからなくて。聞かなかったことにした。
自分なんかが言うような相手じゃないと、自身を卑下して。
その夜。元プロのバンドマン──
──言い換えるなら、あれはファーストキスの衝撃だ。
これは、ぼっちが掻き鳴らす青春の一幕である。
好評なら続けようかな。