ぼっち・と・ろっく!   作:しこなで

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from クリープハイプ




ラブホテル

 

 

 

 ライブ当日は急転直下の台風日和だった。

 数日前、伊地知虹夏(いじちにじか)は「逸れるっぽいよー」なんて言っていたが、楽観的過ぎた自身を恨んだ。ライブハウス『STARRY』の控え室で、小さくため息をつく。

 

「てるてる坊主、効果無かったね」

「まあ、願掛けみたいなモノだし……」

 

 ベーシストの山田リョウは抑揚のない声で呟く。虹夏は反射的に返答してしまったが、彼女の言う通り願掛け以外の何者でもない。

 けれど、この発言に後藤ひとりはまた自己世界に溺れる。あれだけ安心感に浸っていた数日前。どうしても不安になって「てるてる坊主作ろう」と珍しく押し切った。というのに、このザマだ。

 あぁもうだめだ、私には何もない──。誰かから言われたわけでもない。自身の被害妄想として、頭の中はぐちゃぐちゃになる。

 

「お客さん、来てくれると良いけど……」

 

 バンドの顔、ギターボーカルの喜多郁代(きたいくよ)は不安そうに会場を覗いている。まばらな客席を見て不安がるが、開始時刻までまだ一時間ある。現時点では無意味に近いが、自分たちでチケットを売った経緯もあり気になって仕方なかった。

 

「この天気じゃ、来ない人も多いかもね」

 

 リョウの一言で訪れる静寂。彼女自身、悪気があったわけではない。ただ冷静に見た上で()()()()()()言っただけ。その辺、言い方を考えるのが虹夏で、二人の関係性は独特のバランスで成り立っている。

 

「ま、まだ時間ありますから」

 

 郁代がフォローに入る。リョウのことを崇拝している彼女にとって、それは無意識以外の何者でもなかった。時間あるなんて、当の本人が一番分かっていなかったのに。

 

 控え室の端で、後藤ひとりは俯いていた。

 いつものことで、メンバーたちはあえて声を掛けていない。そう、いつものことなのだ。ひとりは、そういう性格の人間だから。

 でも今この瞬間、考えていることは誰よりも熱くて、涙っぽいこと。今日のために必死に練習して、オーディションだって初めて受けた。そして、見事合格を勝ち取った。

 オリジナル曲の作詞だって頑張った。チケットノルマも達成して見せた。今日のためにTシャツだって作った。なのに──このザマだ。

 

 まるで自身の人生を投影したような展開だった。だから、ひとりは必要以上に落ち込むし、メンバーを巻き込んでしまったとすら思ってしまう。

 

 ──バンドは陰キャでも輝けるんで。

 

 いつだったか。テレビで若いバンドマンがそんなことを言っていた。

 彼女は憧れた。頑張れば、自分もあんな風になれるかもって。輝いて、羨ましがられるかもって。

 

(あぁ……私の人生、こんなもんか)

 

 考えたこともなかった。この世界には神様というのが存在して、上手くいく人間といかない人間に分けられているんだと。陰キャと対照的に陽キャがいるみたいに。

 嘘つき。あのバンドマン。ひとりの思考は深い闇に溺れていく。

 

「おーい、ぼっちちゃーん」

「へ、は、はい」

 

 手が伸びてきた感覚だった。同時に、言葉を発しづらくなった。

 現に、虹夏が両手で彼女の両頬に触れていたからである。

 

「お客さん来るか分からないけど、次もあるし」

「え、あ、あの……」

「なんだかんだ、始まったらいつも通りかもしれない」

「そうですね! 練習の成果出しましょう!」

 

 どうして。どうしてだろう。ひとりは考える。

 彼女たちは、どうしてこんなにも前を向けるのだろう。打ちひしがれるしかなかった自分とは違って。

 だが、正確には違う。前を向くしかないのだ。努力、準備してきた過程は消えることない。今日発揮できなくても、次がある。普通に学校生活を謳歌していれば、自然と学べる発想でもある。

 ところが、ひとりは何かを協力して成し遂げた経験がない。常に他力本願で受け身状態。言い換えれば、一つのイベントに懸ける思いは誰よりも強い。やったことがないから、力の入れ方が分からない。

 

 だから、後藤ひとりにとってここは異質の空間だった。

 けれど、彼女にとって──大切な居場所になりつつある。

 結束バンドのライブが始まろうとしている。

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 佐渡哲人は下北沢で小さい古着屋を経営していた。台風が直撃したこの日、当然客足は鈍く、営業時間中でありながらSTARRYに足を運んだ。数少ないスタッフからは『珍しいっすね』なんて揶揄われたが、暇しているようで特に気にしていないようだった。

 目的はあの少女──結束バンドである。実家のある金沢八景で偶然見かけた路上ライブ。電撃で体を貫かれたあの感覚は、今でも残っていた。

 

(あぁ、懐かしい)

 

 STARRYに来たのは初めてだったが、かつてライブハウスに入り浸っていた人間である。独特な暗さ、息苦しさ、けれど確かにあるエネルギッシュさ。その全てがここには詰まっていた。人はまばらだったが。

 

「あれぇ? おにーさんまた会ったねぇー」

 

 佐渡は妙に聞き覚えのある声に思わず振り向く。

 最後方で紙パックの日本酒を飲んでいる女。あの日のベーシストである。

 

「どうも」

「素っ気なーい。あははー」

 

 肩に腕を乗せてきてそんなことを言う。いわばダル絡みである。

 何より、あの日よりも酒の匂いが強烈だった。人間として堕落した形態。佐渡も決して自己肯定感は高くないが、彼女には色々と優っている気がした。

 

「お客さんに迷惑かけんな」

「いでっ!?」

 

 左肩にあった重りが急に軽くなった。何者かが悪霊を取り払ってくれたようだ。

 佐渡が視線を向けると、頭を抑えて痛がる女と、それを鬼の形相で見下す金髪の女。

 

「鬼?」

「は?」

「あぁいや……」

 

 失言と思った時には遅かった。佐渡は慌てて目線を逸らす。金髪女も初対面の人間に突っかかるのは流石に不味いと判断したようだ。失礼なのは向こうだと思ってはいるが。

 

「先輩痛いー」

「オメーがダル絡みしてるからだろうが」

「えぇ? だっておにーさんと私の仲だしぃ」

「違いますから。名前も知りませんよ」

 

 佐渡は冷静に対応する。本当なら必要以上に絡みたくなかったが、あらぬ面倒ごとに巻き込まれるのも嫌だった。最低限の返事をして、彼女たちに背を向ける。

 

「バンド、教えてよぉ」

「はあ?」

「だってぇ、この前言ってたじゃないですかぁ」

 

 間延びした声がアルコールを帯びて空間に舞う。再び、今度は反対の右肩に体重が乗る。不思議と一緒に酔ってしまいそうな勢いがあった。

 だが、ベーシスト──廣井きくりの言葉にも覚えがある。別れ際、そんなことを言った覚えが。

 あぁ、くそ。こんな早い再会は望んでいない。佐渡は後悔する。しかし、ここで自身のバンド経験を(さら)け出すつもりは毛頭なかった。

 

「もう辞めたんで」

「……ふーん」

 

 きくりは心を覗き込むような視線を送る。

 暗がりでも良く分かるぐらいに。

 

「あー私、廣井きくりって言います」

「それはどうも」

「おにーさんは?」

 

 彼女の名前に聞き覚えはなかった。だが、ここまで来て無視を決め込むのは彼に出来なかった。

 

「佐渡哲人。古着屋やってます」

「あはは。何か合コンみたーい」

「良い加減にしろ」

 

 金髪女のチョップがきくりに直撃する。右肩が軽くなったのと同時に、再び振り返って今度は視線を合わせる。

 美人だった。印象的な切れ目で、クールな声。でもどこか、しっかりと品は保っている。

 

「すみません。後輩が」

「あぁいや! 助かりました」

 

 年上か年下か分からないが、ひどく落ち着いた印象だった。

 佐渡は頭を掻きながら、少し考える。中々良い女じゃないか──と。鬼と言ってしまった事実は消せないが、上手くいけばなんて妄想する。

 あぁ、いやいや。何もない。そう言い聞かせる。昔から、妄想だけは一丁前なのだ。後藤ひとりと同じように。

 

「台風なのに、珍しいっすね」

 

 金髪女──伊地知星歌(いちじせいか)は、ふと問いかけた。

 別に彼が気になったからとかじゃない。ただ自分の後輩が迷惑をかけた相手だから。雑談程度の話。

 瞬間、暗転する。ライブの開始時刻になったのだ。問いかけ損だと内心笑うが、佐渡の耳にはしっかりと届いていた。

 

「久しぶりに、ワクワクしたんですよ」

「……どれぐらい?」

 

 初めて――と続けた言葉は、思春期サウンドに掻き消された。

 

 

 





評価してくださった方を「Special thanks」として定期的に紹介させていただきます。(敬称略)

Special thanks!
ルイン、ギルガメス、Y4HHO

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