ぼっち・と・ろっく!   作:しこなで

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from [Alexandros]




あまりにも素敵な夜だから

 

 

 

 外の空気が吸いたくなった佐渡は、階段を上がって立ち止まる。

 先ほどまで荒れ狂っていた空模様とは打って変わっていた。

 沈みかけの夕焼けが微かに空を焼いて、でも、数分後には完全な闇に包まれる。ひどく不思議で、彼は思わず息を強めに吸った。

 

 結束バンドのパフォーマンスを思い返していた。

 まだまだ荒削り。学生バンドのソレと言って片付けるのは簡単だった。けれど、佐渡は「自分の直感は間違っていなかった」と内心喜ぶ。

 四人組で、構成はスタンダード。どこにでもいるバンドと変わらない。ただ、特筆すべきは彼女たちの個性である。

 

 バンドの土台として、常に笑顔でドラムをたたく伊知地虹夏。

 ミステリアスであるが、確かに演奏を固めるベース、山田リョウ。

 フロントマンであり、爽やかな歌声を放つギターボーカル、喜多郁代。

 そして──ギター。佐渡哲人が衝撃を受けた陰キャ少女、後藤ひとり。

 

 思い返すだけで血がたぎった。波打つように、全身を駆け巡っている。

 

 演奏時以外の存在感は皆無に等しい。演奏中でも、基本的には俯いていて、バンドメンバー感すらない。

 それなのに、真っ先に浮かぶのは彼女の立ち姿。ライトに照らされ、弦を弾く。長く伸びた髪は不器用に揺れる。

 立ち姿と奏でる音色のギャップ。自信がない表情から繰り出されるこれでもかという自我。抱え込んだ感情を爆発させるが如くの青春の叫び。

 あれでこそロックの根本ではないか。かつて自分たちが描いた夢物語とは一味も二味も違って、甘くて酸っぱい。

 

(あの子は……劇薬だ)

 

 良いことばかりではない。佐渡は一人考える。

 彼女のスキルは、バンドの中でも突出していた。それは単純な演奏技術という意味で。バンドとしてのパフォーマンスには改善の余地だらけだが、

 一人で弾かせれば間違いなく才能の片鱗を見せつける。

 だからこそ、あらゆる可能性が考えられるのだ。それは彼女たちにとって、あまりにもネガティブな話。これから知名度を上げていけば、必ず衝突する壁である。だから、劇薬。

 

 佐渡は雨が降っていないことを確認して、すぐ近くにある自動販売機の前に立つ。無性に炭酸が飲みたかった。

 赤いラベルの缶が落ちてくる。取り出して、ノブを手前に引く。吹き抜けるぐらい爽やか音を立てて、ほのかに鼻を抜ける嗅ぎ慣れた匂い。いつも以上に喉越しが良く感じられた。

 

「──ウチ、ワンドリンクオーダーなんですけど?」

 

 妙にトゲのある声が彼にぶつかる。視線を送ると、先ほどの金髪女、伊知地星歌が腰に手を当てて彼を見ていた。

 

「あー……もしかして関係者?」

「ここの店長」

 

 彼女の発言で、色々と合点がいった。

 あの酔っ払いから助けてもらった恩人でもあったが、妙にあの空間に馴染みすぎていた。店長であれば、彼が抱いた感覚も納得できる。

 ライブハウスでワンドリンクオーダーは珍しくない。だが、佐渡は彼女の指摘を受けるまで注文しなかったことに気づかなかった。それだけ、結束バンドのことにしか興味がなかったから。

 

「ちょっと、コーラが飲みたくなって」

「ウチにもありますけど」

「……缶のやつが良かったんですよ」

 

 佐渡の苦し紛れの言い訳である。自分でも無理があると思ったのか、彼女から顔を背けて緩む口元を隠す。だが、それは星歌も同じだった。鼻で笑ってみせる。

 

「わざわざそれを言うために?」

 

 彼の問いかけに、星歌は「うーん」と考える。

 

「いやまあ、外の空気吸いたくなったんですよ」

「仕事中なのに」

「今は暇なんで」

 

 自分にも当てはまると、佐渡は言った後に気がついた。

 台風だからと店をスタッフに任せて、自分は抜け出してライブ観賞。堪えていたが、思わず口元が緩んだ。

 星歌から見れば、特に面白くもないことでニヤついている彼が理解できなかった。気持ち悪いとすら思っている。

 

「あの子たち、どう思います?」

 

 コーラはまだ飲み終わらない。だから、佐渡は彼女の問いかけに答えることにした。

 

「荒削りですけど、これから伸びそうですね」

 

 星歌は小さく頷いた。佐渡の口は止まらない。

 

「特にあのギターの子。あの子はヤバい」

「あー、ぼっちちゃんね」

「ぼ、ぼっち?」

 

 今から全開で褒めようとしていたのに、彼女の思わぬ発言で急ブレーキ。

 ぼっち。そのままの意味なら、決して良い意味ではない。むしろ彼女のことを卑下していて、悪口になりかねない。

 

「あだ名みたいです。よく分かんないけど。本名は後藤ひとり」

 

 星歌は無意識にフォローするが、彼は妙に納得してしまった。

 あの立ち姿と雰囲気は、陰キャそのもの。友達が居なくて、学校では教室の隅で空気と化しているのだろう。自身もそうだったから、佐渡はますます親近感を抱いていた。

 

「その、ぼっちちゃん。めちゃくちゃ上手いと思う。立ち姿も、様になってる」

 

 少し落ち着いたところで、彼は用意していた言葉を漏らす。

 それを聞いた星歌は、佐渡のことをもう一度見つめる。どこかで見覚えがあったが、頭の中にパッと浮かばない。でも見間違いとも言えない。絶対にどこかで見た顔だった。

 

「おにーさん、プロだったり?」

 

 顔から視線を逸らして、それとなく聞いてみる。

 コーラを飲んでいて、ほっそりとした顎先が妙に色っぽい。すっかり暗くなった星空には、あまり合わない。

 

「まさか。そんなわけないですよ」

「……」

 

 自身の後輩である廣井きくりの態度を思い返した。

 星歌から見ても、酔っていたとはいえ、見知らぬ男に抱きつくような女ではない。だから、何か知っていての行動だったのではないか。そんなことを考える。

 仮に結束バンドのメンバーに聞けば、きっと「考えすぎ」なんて言葉が返ってくる。だが、星歌は知っていた。酒を飲まない根の彼女を。

 だからこそ、不可解だった。彼氏にしては素っ気なさすぎるし。ちなみに、星歌は割と構ってもらいたいタイプである。本人は否定するが、根は妹の虹夏の方が男っぽかったりする。

 

「なら、女子高生好きのヤバい人?」

「何でそうなるんですか……」

「まぁ半分冗談です」

「半分本気かよ」

 

 それは遠回しに「陰湿そう」と言っているようなモノである。無論、星歌は無意識であるが。

 コーラを飲み終わった佐渡は、ゴミ箱に空き缶を捨てて、大きく背伸びをする。

 

「そろそろ戻らなくていいんですか? 店長さん」

「……そうっすね」

 

 思いのほか長話しすぎたと、星歌は自分に呆れていた。

 幸い、新たに客が入ってきたわけではなかったから、安堵のため息。

 一緒に階段を降りるモノだと思っていたが、佐渡は彼女と反対方向に歩き出していた。

 

「戻んないですか」

 

 咄嗟に呼び止めていた。佐渡は立ち止まって、半身振り返る。

 

「うん、まあ。結束バンド見れたから、満足です」

 

 彼の目的は結束バンドだけ。それ以外のミュージシャンには一切興味を示さなかった。

 星歌はそんな彼が珍しかった。対バンの場合、大抵の客は目的じゃないアーティストまで聞いていく。そこで新たにハマるかもしれないからだ。

 でも、彼は違う。完全に眼中にない感じだった。

 

「1500円、損じゃないですか」

「いいや。そんなことない」

 

 別に呼び止めたかったわけではない。でも、どうにかして説得しようとする自分が、星歌の中にいた。でも、彼はハッキリと否定する。

 

「売れるバンドを1500円で見れるなんて、安すぎですよ」

 

 断言。淀みのない、あまりにも鮮明な。

 瞬間、記憶の奥底に眠った欠片が浮かび上がってくる。いつか分からない。分からないが、画面の向こうに居る彼のことを。

 

「──」

 

 星歌は思い出した。そうだ。かつてメジャーデビューしたバンドの中に佐渡哲人という人間がいた。

 そのことをぶつけようとしたが、言葉にならなかった。喉が閉まったみたいに、自由が効かない。星歌が出会った中で、間違いなく一番の大物であった。気づいた瞬間というのは、自身が思った以上に萎縮するものである。

 

「また来ます。店長さん」

 

 佐渡は、そんな彼女に背を向けて歩き出した。

 久しぶりに胸がときめいた。こんなにも素敵な夜は、本当に久しぶりだと。

 ただ夜空を見上げて歩いていると、思い切り水たまりにハマる。バシャッ! と大きな音を立てて、履いていたジーンズとスニーカーを濡らす。派手に色が濃く変色していた。

 

「……最悪」

 

 跳ねるように水たまりから抜け出したが、後悔だけが残る。

 ふと、誰かに見られないか気になって振り返る。案の定、彼女が口に手を当てて目を細めていた。

 

「ダサッ」

 

 言いたいことを言えなかった憂鬱さを誤魔化すように吹き出す。

 こんな夜も、悪くない。

 

 

 

 

 





評価してくださった方を「Special thanks」として紹介させていただきます。(敬称略)

Special thanks!
黒蛇二等兵、まなさひ、kure、夜空

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