虹夏のドラムになるだけのお話   作:愛と孤独

1 / 10
虹夏……好きだ!


虹夏のドラムになるだけのお話

クラスメイトの伊地知さんが好きだ。

なんとなく、そう思った。

人を好きになるのに理由はいらない。

そりゃもちろん、可愛いからとか、仕草がいいからとか、髪形が、とかいろいろある。

でも、ひっくるめて、なんとなく。

気が付いたら好きになっていたんだ。

虹夏さんは、クラスでも目立つほうだ。

根アカで、フレンドリーで、バンドやっていて。

そう、バンド。

バンドかぁ。

僕は、教室の机に突っ伏して、独り言ちた。

なんかあれだよな、ちょっと怖い世界ってイメージがある。

地下とかのくらいライブハウスで、酒とか煙草の煙とか。

やばそうなお兄さんたちが集まって騒いでそうだ。

伊地知さんも、そういう一面が?

僕は首を振った。

そ、そんなこと、ないよね。

そんなこと、ないはずだ。

 

※

 

その日の夜、帰宅してから、伊地知さんのことを考えながら自慰をした。

圧倒的な気持ち良さ。

手が止まらなかった。

満足感と疲労感が襲ってきて、僕はいつの間にか眠ってしまった。

 

※

 

目覚めると、いつもの部屋とは違う場所にいた。

というか、何も見えなかった。

僕には目がなかった。

耳もない。

手も足も。

脳さえもない。

脈打つ心臓もない。

ただ、僕はここにいるという思考が、空気の中に漂っている。

僕は、どうなっちゃったんだ?

戸惑いを感じた瞬間。

バンッ!!

激しく、ひっぱたかれた。

え!?

なんだ!!?

不良か何かにやられたのか!?

いや、違う。

僕を殴ったのは、木の棒だった。

ドラムスティック。

ズドッ。

ダタタタタタタタタタタタタタ!

リズムだ。

それはリズムだった。

僕の体を、誰かが、ドラムスティックでたたいている。

この時、僕は気が付いた。

僕は、ドラムになっていた。

僕は、ライブハウスにいた。

下北沢の小さなライブハウス。

そして、僕をたたいているのは、伊地知さんだった。

僕にはもう眼はなかったけれど、そのことは漠然と分かった。

僕は無機質でありながら、世界の空気のようなものとつながっていた。

ズドン!!

猛烈な痛みが走る。

キメの一発を、伊地知さんがたたいたんだ。

僕には神経はないけれど。

彼女のたたく力は、僕の心を刺した。

僕はまるで、パンチドランカー状態のボクサーだった。

逃げるすべも、避けるすべもない。

ただそこにいて、スティックで無残にたたかれ続ける。

ハイハット、スネア、バス。

チキショウ、とんでもない痛みだ。

気が狂っちまう。

伊地知さんは、優しくなかった。

彼女の細い腕は、無慈悲に残酷に、僕に木の棒を振り下ろす。

猛烈なスピードで連続して、たたきつける。

時にハードに、時にジャジーに。

時にブルースフィーリングをのせて。

僕のソウルをノックするんだ。

そんな、伊地知さん。

教室ではあんなに優しくて柔らかいのに。

でも僕は、なぜか嬉しかった。

伊地知さんのビートが正確であればあるほど、僕はまるで、自分が失った心臓を取り戻したかのようだ。

どくん、どくん、どくん。

跳ねる、刻む。

僕は今、伊地知さんに生かされている。

彼女の冷徹に振り下ろす鞭が、僕を跳ねさせる。

僕は鼓動。

僕はスリル。

僕はビートだ!

 

※

 

夢、だったのだろうか。

飛び上がって目覚めると、朝になっていた。

僕は、生きていた。

一人の人間として。

いつもの、僕自身として。

つまらない狭い部屋の、一人の住人として。

心臓が、ドキドキしていた。

僕は、前よりももっと伊地知さんのことが好きになった。

学校に行かなくちゃならない。

制服に着替えるために、服を脱いだ。

肋骨のあたりに、しもぶくれのような跡があった。

まさかね。

寝ている間にぶつけたんだろう。

 

※

 

通学をして、朝のホームルーム。

伊地知さんは、いつも通りだ。

僕になんて目もくれない。

友達ってわけじゃないし当たり前だよね。

いつもの可愛い笑顔で、こっそりと前の席の友達とおしゃべりなんてしちゃっている。

でも。

僕はふと思い出した。

昨日の夜の夢。

教室の優しい雰囲気と違う、伊地知さんの真剣な表情。

熱くて、重いビート。

それから……ドラムセットの椅子に乗っかっていた、小さくて柔らかなお尻の感触、とか。

思い出して、僕は少し赤くなった。

は、はは。

何考えてるんだろ。

あんなの、妄想のはず……だよね?

また今夜も、見れるだろうか?

不思議な夢を。

そんなことを考えていると、ふと伊地知さんと、目が合ったような気がした。

一瞬、僕に微笑んだような?

気のせいだよね?

そんなことを考えていると、鐘が鳴った。

退屈なホームルームが終わる。

授業が始まる。

 

僕は、なんだか気恥ずかしくなって、教科書を探すふりをした。

 

 

 

 

 

つづく

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。