虹夏のドラムになるだけのお話   作:愛と孤独

1 / 10
虹夏……好きだ!


虹夏のドラムになるだけのお話

クラスメイトの伊地知さんが好きだ。

なんとなく、そう思った。

人を好きになるのに理由はいらない。

そりゃもちろん、可愛いからとか、仕草がいいからとか、髪形が、とかいろいろある。

でも、ひっくるめて、なんとなく。

気が付いたら好きになっていたんだ。

虹夏さんは、クラスでも目立つほうだ。

根アカで、フレンドリーで、バンドやっていて。

そう、バンド。

バンドかぁ。

僕は、教室の机に突っ伏して、独り言ちた。

なんかあれだよな、ちょっと怖い世界ってイメージがある。

地下とかのくらいライブハウスで、酒とか煙草の煙とか。

やばそうなお兄さんたちが集まって騒いでそうだ。

伊地知さんも、そういう一面が?

僕は首を振った。

そ、そんなこと、ないよね。

そんなこと、ないはずだ。

 

 

その日の夜、帰宅してから、伊地知さんのことを考えながら自慰をした。

圧倒的な気持ち良さ。

手が止まらなかった。

満足感と疲労感が襲ってきて、僕はいつの間にか眠ってしまった。

 

 

目覚めると、いつもの部屋とは違う場所にいた。

というか、何も見えなかった。

僕には目がなかった。

耳もない。

手も足も。

脳さえもない。

脈打つ心臓もない。

ただ、僕はここにいるという思考が、空気の中に漂っている。

僕は、どうなっちゃったんだ?

戸惑いを感じた瞬間。

バンッ!!

激しく、ひっぱたかれた。

え!?

なんだ!!?

不良か何かにやられたのか!?

いや、違う。

僕を殴ったのは、木の棒だった。

ドラムスティック。

ズドッ。

ダタタタタタタタタタタタタタ!

リズムだ。

それはリズムだった。

僕の体を、誰かが、ドラムスティックでたたいている。

この時、僕は気が付いた。

僕は、ドラムになっていた。

僕は、ライブハウスにいた。

下北沢の小さなライブハウス。

そして、僕をたたいているのは、伊地知さんだった。

僕にはもう眼はなかったけれど、そのことは漠然と分かった。

僕は無機質でありながら、世界の空気のようなものとつながっていた。

ズドン!!

猛烈な痛みが走る。

キメの一発を、伊地知さんがたたいたんだ。

僕には神経はないけれど。

彼女のたたく力は、僕の心を刺した。

僕はまるで、パンチドランカー状態のボクサーだった。

逃げるすべも、避けるすべもない。

ただそこにいて、スティックで無残にたたかれ続ける。

ハイハット、スネア、バス。

チキショウ、とんでもない痛みだ。

気が狂っちまう。

伊地知さんは、優しくなかった。

彼女の細い腕は、無慈悲に残酷に、僕に木の棒を振り下ろす。

猛烈なスピードで連続して、たたきつける。

時にハードに、時にジャジーに。

時にブルースフィーリングをのせて。

僕のソウルをノックするんだ。

そんな、伊地知さん。

教室ではあんなに優しくて柔らかいのに。

でも僕は、なぜか嬉しかった。

伊地知さんのビートが正確であればあるほど、僕はまるで、自分が失った心臓を取り戻したかのようだ。

どくん、どくん、どくん。

跳ねる、刻む。

僕は今、伊地知さんに生かされている。

彼女の冷徹に振り下ろす鞭が、僕を跳ねさせる。

僕は鼓動。

僕はスリル。

僕はビートだ!

 

 

夢、だったのだろうか。

飛び上がって目覚めると、朝になっていた。

僕は、生きていた。

一人の人間として。

いつもの、僕自身として。

つまらない狭い部屋の、一人の住人として。

心臓が、ドキドキしていた。

僕は、前よりももっと伊地知さんのことが好きになった。

学校に行かなくちゃならない。

制服に着替えるために、服を脱いだ。

肋骨のあたりに、しもぶくれのような跡があった。

まさかね。

寝ている間にぶつけたんだろう。

 

 

通学をして、朝のホームルーム。

伊地知さんは、いつも通りだ。

僕になんて目もくれない。

友達ってわけじゃないし当たり前だよね。

いつもの可愛い笑顔で、こっそりと前の席の友達とおしゃべりなんてしちゃっている。

でも。

僕はふと思い出した。

昨日の夜の夢。

教室の優しい雰囲気と違う、伊地知さんの真剣な表情。

熱くて、重いビート。

それから……ドラムセットの椅子に乗っかっていた、小さくて柔らかなお尻の感触、とか。

思い出して、僕は少し赤くなった。

は、はは。

何考えてるんだろ。

あんなの、妄想のはず……だよね?

また今夜も、見れるだろうか?

不思議な夢を。

そんなことを考えていると、ふと伊地知さんと、目が合ったような気がした。

一瞬、僕に微笑んだような?

気のせいだよね?

そんなことを考えていると、鐘が鳴った。

退屈なホームルームが終わる。

授業が始まる。

 

僕は、なんだか気恥ずかしくなって、教科書を探すふりをした。

 

 

 

 

 

つづく

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。