虹夏のドラムになるだけのお話   作:愛と孤独

5 / 10
第5話

途切れた意識が、再び戻ってくると、朝だった。

いつもの僕の部屋。

住み慣れた、薄汚れた和室だ。

僕は、伸びをした。

かすかにチクっと、痛みを感じた。

 

「??」

 

背中、だったか?

伸びをした瞬間に痛んだ部分。

そっと指を伸ばす。

そこに触れると、皮が少しめくれていた。

血が出るほどではない。

 

「傷?なのか?」

 

僕は首をかしげる。

和室だから、寝ぼけて布団から這い出てしまい、畳のそげが刺さったのかもしれない。

 

「うーん」

 

何かを、忘れているような……。

……。

…………。

 

「って、伊地知さんだ!!」

 

思い出した。

あの、夢。

最後の瞬間僕は、彼女にドラムスティックを投げつけられて、ケガをしたんだった。

夢をこんなにもはっきりと思い出すなんて。

あれは……夢。

だよな?

 

僕は、首を振った。

馬鹿げている。

いったいなんだっていうんだ。

夢に決まっているじゃないか。

伊地知さんが、僕をドラムにして叩いた?

よくわからないスクリーンの中で、天井が下りてきて、女性が圧し潰された?

 

「うっ」

 

胃酸が逆流した。

僕の脳裏に、あの女性が、磨り潰された時の映像が浮かんだのだ。

人間ミンチ。

血だまり。

それは、リアルだった。

この上もなくリアル。

そ、そんな、まさか!

僕はトイレへと走る。

吐き出した。

寝起きで、胃に何も残っていなかったのだろう、酸っぱい胃酸だけが、わずかに吐き出された。

 

「す、スプラッター映画なんて、最近、見たっけ?」

 

口を拭いながら、つぶやく。

そして、時計を見た。

げっ!

もうこんな時間か!

遅刻しちまう!

慌てて制服に着替えて……気が付いた。

今日、土曜日だった。

 

「なぁんだ」

 

ホッとしたぜ。

と同時に、股間が気になってくる。

そこは、パンパンになっていた。

伊地知さんの夢を見て彼女のことを考えたからだろう。

 

「時間に余裕あるし、一発ヌいとくか」

 

僕は……自慰をした。

 

 

 

 

んでもって、昼前に家を出た。

お気に入りのダメージドジーンズと、くすんだ青のパーカーに身を包んで。

くすんだ色が好きだ。

 

 

 

 

下北沢の町は、騒がしい。

時々、どうしてこんなところに住んでるんだろうって気持ちになる。

夜っぴて騒いでるやつらがいるし、駅前はずっと工事中だし、承認欲求に取りつかれた自称アーティス様どもが吹きだまってやがる。

そんな奴らの集合体が、醜悪な肉塊になってこの街を特別な町にしている。

僕は、パーカーのポケットに手を突っ込んだ。

パーカーのフードを被った。

匿名性。

こんな町で暮らしていると、いつも他人になって、誰でもない自分を隠して息を潜めたくなるんだ。

さて、今日は休日だ。

何をしようか。

適当にぶらつくのもいい。

喫茶店で読みかけの小説を読むのもいい。

古着屋を冷やかすのもいいだろう。

僕は、てくてくと歩き……。

 

「ん?」

 

足を止めた。

そこは、薄暗い地下への入り口。

ライブハウスってやつだ。

この町には、こういう小さなライブハウスがいくつもあるわけなんだが……。

ぞわり、とした。

夢の記憶がよみがえってきた。

 

「あれも、ライブハウス……だったよな?」

 

僕は独り言ちる。

下北沢の地下のライブハウス。

伊地知さんが僕をドラムにしてたたいていた場所。

あれは、実在するのか?

いや、もちろん。

あんな惨劇は夢に過ぎないはずだ。

しかしそもそもあのハコって。

この町にある店なんだろうか?

少し、興味がわいた。

僕は、探してみることにした。

 

 

 

つづく

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。