虹夏のドラムになるだけのお話   作:愛と孤独

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9話

僕が吐しゃ物をぶちまけたことで、ライブハウスは騒然となった。でも僕はそれどころではない。胃の中が熱い。燃えるようだ。

その時だ。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

声をかけてきたのはPAさんだった。瞬時に僕の脳裏に、あの奇妙な夢がよみがえる。この女が、天井に押しつぶされ、骨ごとぐちゃぐちゃになっていった様子がよみがえる。醜い肉の塊としてプレスされていった様子がよみがえる。

 

「ふぎぇ」

 

僕はおかしな声を上げ、女の顔に吐しゃした。だが、女は、平然とした顔をしている。その顔は美しい。まるで能面のようだ。

 

「ちょっと、どうしたの? 」

 

可愛らしい声が聞こえた。ライブハウスの奥から、伊地知さんが顔を出した。

 

「って、ううぇあぁぁぁ、なにこれ! え!? え!? 藤沢君!?」

 

こんな状況だというのに、伊地知さんが僕の名字を認識してくれていることに感動した。っていうか、伊地知さん、このライブハウスにいたのか!?

 

「ど、どういうことなの?」

 

伊地知さんがわたわたする。

 

「あ、あの、PAさん?」

 

僕に吐しゃ物をぶちまけられても平然としているPAさんに伊地知さんが近づこうとした。僕は、慌てて制止した。

 

「だ、ダメだ、伊地知さん、近寄っちゃいけない!」

「へ? え?」

「その女は変なんだ!」

「へ、変?」

「だって、その、僕のゲロをぶっかけられても表情一つ変えないで」

「え、これって君が吐いたの!?」

「そ、それに昨日の夢で、その人はぐちゃぐちゃにつぶされて!」

「え!」

 

僕がその言葉を言った瞬間、伊地知さんの顔色が変わった。

 

「つぶされた?」

「う、うん」

「PAさんが、何につぶされたの?」

「え、その、天井に」

「藤沢君、ちょっとこっちへ来て」

「え、で、でも」

「いいから、早く!」

「あ、あの、僕のゲロは!?」

「PAさんなら、気にしないよ。っていうか、もう気にすることもできない」

「ど、どういうこと?」

「それを説明するから!」

 

ぎゅっ。伊地知さんの小さくて暖かい手が、僕の手を握った。僕はドキドキした。手をひかれ、立ち上がる。ライブハウスの通路の奥へ。途中で、金髪の女性とすれ違った。チケットを売っていた人だ。

 

「お姉ちゃん、酔って吐いた人がいるみたい! 入口」

「へ、マジか。ったく」

 

伊地知さんのお姉さんだったのか。どおりで美人なわけだ。妙な関心をする僕。伊地知さんは、僕を、ライブハウスのドリンクカウンターへと連れ出した。

 

「あたし、今日、バイトだから。ここで話そ?」

「う、うん」

「何か飲む? ジュースでいい?」

 

手慣れた感じに、伊地知さんがコーラをコップに入れてくれる。

 

「あ、ありがとう」

 

まだゲロが残っていた口をゆすぎたかったけど、仕方がない。僕はコーラで流し込んだ。

 

「それで、君はいったいどんな夢を見たの?」

 

伊地知さんが、真剣な顔で問いかけてきた。

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