ハンドレッド部隊の指揮官、ライトニング・サンダースはMETAL-00メルトと共に中央政府の副司令官室へ赴いていた。
先日ミシリスの研究員、エルヴィス・エドワーズの働きによりミシリスが派遣した量産型ニケ救出任務を受けることになり、失踪した部隊が基地局へ転送した記録映像を見るためであった。
「や、やぁサンダース。よく来てくれた。例の映像だが、既に準備ができている。別の用事でイージスの3人も来ているが、か、構わんかね?」
「副司令、お気遣いありがとうございます。むしろ、イージス部隊に一緒に見ていただきたい。航海の知識に富む彼女達なら遭難というアクシデントへの糸口が見つけられるかもしれません」
ライトニングが部屋の隅に目をやるとイージス部隊のヘルム、マスト、アンカーの3人が待機していた。マストはほうほう、と興味深そうにこちらを見つめている。その脇でアンカーがよそよそしく覗いていた。ヘルムは凛とした立居振る舞いでこちらへやってきて、手を差し伸べた。
「はじめまして。貴方がライトニング・サンダース大尉ね。噂はかねがね聞いています。なんでも、先日はタイラント級ラプチャーを倒したとか」
「よろしく頼む。なに、買い被りさ。どんなラプチャーだったのか、タイラント級相当だという判断だっただけで、実際は分からないことばかりだったよ」
軽く挨拶を済ませ、バーニンガムが案内する席へと腰掛ける。それとほぼ同時にヘルムが再生ボタンを押した。
地下施設の構内から映像は始まった。2機の量産型ニケが少し離れた場所にいる。アクションカメラで撮影しているのだろう。撮影者のニケが振り返ると地上用エレベーターの降り口が見えた。
「あー、あー。映っていますかね? こちらミシリス所属リプレイス、ホワイト・ダフネ捜索隊長、I-DOLL・フラワー。記録のため映像を残します。現在時刻、7時30分。ホワイト・ダフネが失踪当時に受けていた、植生調査任務の作戦域に到着」
「なお、当時の無線記録から視界を遮る濃霧や通信障害が発生すると予測されます。万が一の時は撤退重視の捜索になります。それでは、開始します。」
映像を見るに、I-DOLLモデルのフラワー、サン、オーシャンの3機で編成されているようだった。扱う武器種のバランスの良さや、リーダーを勤めるフラワータイプの落ち着いた言動から、ライトニングはこの部隊が易々と遭難するとは思わなかった。
一行はどんどん地下通路を進んでいく。天井では薄く蛍光灯が点滅しており、壁と床の隅に地衣類が所々生えていた。途中、木の根が壁を破って這っている場所も見られた。
しばらく行くと日の光が漏れ始める。出口だ。前日に雨が降っていたのか、水の張った階段を上がり切ると、地上へ出た。
屋根に覆われたアーケード通りに繋がっている通路だった。頭上を覆うアーケードはフレームが曲がり、天板のガラスがたくさん割れ落ちていた。両脇には廃墟と化した商店街が続いている。
「セール中!」だとか「閉店」など一次侵攻当時の疲弊した経済の様子や「アーク抽選券、売ります」など詐欺めいた、切羽詰まった看板や広告が何度も目に入った。
アーケードから出ると小さい通りが左右垂直に伸びていた。ビル群の壁面に挟まれ、中央分離帯に植えられた街路樹がどこまでも並んでいる。一行は角を曲がり、その通りを進んでいった。
「こちらI -DOLL・フラワー。捜索開始から30分経過。現在は視界良好、天候等も異常なし。ラプチャーとの遭遇もまだありません」
スカイスクレーパーとはよく言ったものだ。フラワーが見上げた先には、ヘラで引っ掻いたように区切り取られた青空。雲ひとつない快晴だった。
再び視線が落とされると、少し先に片側4車線以上はある、大きな通りに差し掛かろうとしていた。
「あ、旧市街地の大通りへ出ました。先程から、アーケード街に、高層ビル間の連絡通路、歩行者用デッキ……非常に立体的な構造をした都市ですね」
「うぅ……どこからでもラプチャーが出てきそぅ……、ぁあ! 今にもそこの陰から! そっちからかも!?」
「オーシャン、心配しすぎだ。私も、フラワーもいるのだ。もう少し落ち着け」
怯えるオーシャンを尻目にサンがずけずけと道路を進む。高層ビル群の内部や外壁には木々が生い茂っており、隙間という隙間から多様な植物が青々と蔓や枝葉を伸ばしていた。
木々の間から見え隠れするガラス窓からは陽光が照り返していた。地面のアスファルトは昨夜の雨を吸って黒ずんでおり、日差しの強さの反面、朝の涼しさと湿度が感じられた。
「い、今のところ、順調なようだな……」
「えぇ。地形が複雑な場所だといえ、人工物が基になったこのロケーションでホワイト・ダフネ隊が、いや、この捜索部隊ですら遭難するとは思えません。ヘルムはどう思う?」
「そうね……サンダース大尉、貴方はホワイト・ダフネの通信記録をもう聞いたかしら?」
「それなら、ここに来る前にアーカイブを確認させてもらった」
「その記録の中に“霧”という言葉が出てくるのだけれど、一体どうやって霧が発生するのかしら? 湿度の高い山中や海面ならまだしも、こんな市街地で……」
映像の場面が移り変わった。鋼鉄の足音がカメラ越しに伝わる。ラプチャーだろう。
「フ、フラワー! ラプチャー出現、11時の方向! セルフレス級4機、サーヴァント級1機だよ!」
「サン、捉えましたね!? 迎撃します、エンカウンターッ!」
戦闘が開始した。小型ラプチャーの小隊のようだ。フラワーが手始めにロケットランチャーで牽制する。爆風でセルフレス級1機が吹き飛ばされていく。それをサンのライフルが仕留める。
オーシャンはマシンガンで残りの進撃を阻み、2機目のセルフレス級を撃破。それを避けるようにセルフレス級2機が左右に別れる。それをサンとオーシャンが1機ずつ。最後に残ったサーヴァント級にフラワーの放った1撃が着弾する。
ビル風が煙と火薬の匂いを攫っていく。フラワーは胸を撫で下ろした。サンとオーシャンはバイザーを上げ、額の汗を拭っている。
「戦闘終了。小型ラプチャーとの小戦闘でしたが、こちらに負傷はありません。捜索を続行します」
そこから早送りで動画を流し、捜索部隊の活動は1日目を終えようとしていた。
「現在時刻17時20分。1日目の捜索を終了します。途中、ラプチャーとの戦闘がありましたが、作戦の続行に支障は無いとみなし、明日も続行する予定です。サン、デコイの散布を、オーシャンは野営の準備をお願い」
一旦映像が途切れると、再び画面が明るくなった。
「現在時刻8時。捜索2日目を開始します。映像を見ての通り、今日は雨が降っています」
ボツボツと雨粒がカメラに当たる音と、3人分の水溜りを踏む音がただ続いた。
「とある音楽家の手記:霧囃子」
旧時代、ある国の伝統芸能として知られている楽曲で“霧囃子”と呼ばれるものを発見した。その曲の電子データをなんとか復元できたのだが、聴き慣れない楽器だ……
この笛の音は、かつて東洋と呼ばれていた地域の楽器だろうか? それにしても不安定な曲調で、妙に不安になる。本当に霧に包まれたようだ。
古くから霧は不安な心や不可解なものに例えられてきたが、それは今の時代も変わらないのかもしれない。アークにだって霧は立つのだから……