鉄屑の赫き   作:姫神__

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FOG SIGHT

 2日目の捜索が始まった。いつの間にここまで天候が変わったのだろうか。暗い雲の底からは大粒の雨が降り注ぐ。I -DOLL・フラワーの胸元に装着されたアクションカメラは、雨具を着たサンとオーシャンを映していた。

 

「ねぇフラワー。ホワイト・ダフネの記録でも雨が降ってから霧が出たよね?」

 

「なんですか? オーシャン。今回もそうなると言いたげですね」

 

「そもそもだな、霧というのは自然現象だ。空気中の水蒸気が冷やされて凝縮し、水滴になることで形成されるものだ。幻やまやかしの類ではないのだ。我々ニケや人間が脳の機能的に恐怖心や神秘をそこに見出しているに過ぎない」

 

「むぅ……じゃあ、サンは何でホワイト・ダフネが失踪したと思っているの?」

 

 記録の中のI-DOLL・サンが言うことは実にまともだった。そう、霧なんて気象、どこでだって体験し得る。地上なら尚更だ。現にライトニングも過去に何度か濃霧の中での任務を経験している。

 

「なぁ指揮官サン、リング・ワンデ・リングって現象は知っるっスか?」

 

 マストが唐突に質問した。

 

「登山や航海で濃霧や吹雪に見舞われた際、方向感覚を失ってしまうことだろう? よく環状に同じルートを歩み続けるからそう名付いた。まあ、遭難の一種だな」

 

「そのくらいは知ってるっスか。ホワイト・ダフネの記録にもあったように彼女たちはそういう状況に陥ったんス。ただ、それだけじゃない」

 

「遭難ってのは心理状態に悪影響を及ぼしやすいっスから。それもラプチャーのいる地上となれば別格。2人だけで探索をしていたホワイト・ダフネも、3人だった量産型の子達も、何かそういったカラクリに追いやられてしまい、結果、ラプチャーを引き寄せるような行動をとった。これが私の見立てっス」

 

 ちょうどマストが言い終えたところで、淡々と続いていた映像に変化が訪れる。雨が弱まってきたことにI-DOLL・オーシャンが気付いたらしい。

 

「あ、ねぇフラワー? サン? 雨が弱まってきたよ。明日の捜索は晴れるんじゃない?」

 

 そうだといいがな、とサンが言い放って横になる。2日目の捜索が終わり、野営をしているところだった。ビル群と繋がっている大型商業施設の中にいるようで、砕けたタイル、ヒビの入った柱、折れたエスカレーターなどが見て取れた。

 

 どんなに大きい都市でもやはり一次侵攻時の打撃は逃れられなかったらしい。アーケード街で見たものと同じような「閉店」の看板や貼り紙が無数に貼られ、その上には後々住み着いたであろう無法者達の落書きにまみれていた。もしくは心霊スポットになっていたのかも知れない、恥ずかしい相合い傘まで描いてあった。

 

 2日目の映像記録はここで終了した。ここまでは順調な捜索任務に見える。ライトニングはマストの言う霧以外の何かの可能性を想像していた。

 

 パニックになり騒いだ結果、視界の無い中でラプチャーと戦闘? 気が動転してトリガーハッピーかフレンドリーファイアでも起こしたか? ラプチャーとの遭遇率を忘れ、同じところに居続けた? 考え込むうちに別視点の考えが頭の中に湧き始めた。

 

「さ、サンダース。何かここまでで掴めたことは、あ、あるのか?」

 

「有りますよ、バーニンガム副司令。マスト、君も気付いたはずだ。ホワイト・ダフネも、捜索隊も、単なる気象遭難ではないと言うことに」

 

 

 

 時は遡ってホワイト・ダフネ捜索3日目の早朝。I-DOLL・フラワーは静かに瞼を開ける。

 

 朝4時過ぎ、夜の闇が白む。フラワーは寝ぼけ眼を擦って起き上がった。酷い薄寒さと湿気が肌に纏わりつく。寝起きということもあってか、二の腕に大きく鳥肌が立つ。吐息が象られ、また無に溶けてゆく。

 

 ふと昨日入ってきたエントランスホールに目をやると、剥がれ落ちていた貼り紙が風に吹かれ舞っていた。風が冷たい。店舗のある壁面には窓がなく、施設内は真っ暗だが、入口だけはガラス張りだった。そこから入り込んだ早朝の光が床を照らしていた。

 

 それにしても寒い。この地域は高層建造物が多く、冷えた風が吹きやすいからだろうか? それとも思っているより標高が高いのだろうか? まずは捜索のために今日の天候を確認しなければ。フラワーは誘き寄せられるように光の方へと歩き出した。何か嫌な予感がする。

 

 サン、オーシャンの寝息を他所に装備も置いたまま、音を立てないよう足を進める。朝露に濡れた長い髪が柔らかく垂れ、背に合わさり、背筋が冷える。二の腕に立った鳥肌が胸、首筋へと走ってゆく。嫌な予感が強くなる。得体の知れない恐怖が彼女の唯一人間だった部分へと近づいていく。

 

 足取りが段々と早くなる。フラワーは心拍数が上がっていくのを感じた。本当の心臓など有りやしないのに、血潮が駆け巡り、全身の熱を奪っていく。

 

「まさか……まさかっ! 晴天、雨、その次は……ッ!」

 

 肌に霜の張るような衝撃が走る。吐く息が加速する。静かに歩いていた足は踵を大きく鳴らし外へ進む。限りなく大きく開いた瞳孔が景色を捉える。息を呑むーー

 

「霧……」

 

 気の遠くなる白さ、1m先も見えないような、悍ましい濃霧が彼女を攫った。

 

 もう何処から来たかも分からない。見えるのは自分の上半身だけ。まるで腰から下を霧に喰われたようだった。

 

「あれ……? 入り口は…どっち?」




「文書記録:MIA登録者リスト(**年*月分)」

Ⅰ ジェームス・ロバート・スミス
 第64地区殲滅戦において作戦行動中に行方不明。同部隊ニケからの証言により、パニック状態を引き起こし、単独行動を行った可能性あり。捜索打切り。

Ⅱ ジョン・ウィリアムズ
 第27地区防衛戦において作戦行動中に行方不明。同作戦に参加していた他指揮官の証言により、ラプチャーの爆撃に巻き込まれたことが判明。捜索打切り。

Ⅲ リ・ハオユー
 第128地区阻止戦において作戦行動中に行方不明。目撃情報なし。捜索なし。

Ⅳ ジェニファー・アンナ・ブラウン
 第70地区探索任務において作戦行動中に行方不明。通信記録から気象遭難と判定。現在捜索中。

Ⅴ ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・イワノフ
 第241地区殲滅戦において作戦行動中に行方不明。他部隊員からの証言により、夜間の外出中に遭難した可能性あり。現在捜索中。
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