鉄屑の赫き   作:姫神__

14 / 30
霧の主

 濡れた前髪が鬱陶しくて目が覚める。ライトニングは身を起こすと眼鏡のレンズをハンカチで拭い、掛け直した。

 

 辺りを見渡すと小雨が降っていた。東屋の外で寝ていたニケ達は雨除けを被って寝ていた。粗雑な性格の者は雨に打たれたまま、びしょ濡れになっていた。

 

「指揮官、目が覚めましたか?」

 

「おはよう、メルト。生憎の雨みたいだ……」

 

「ええ、きっと記録映像の通り、今日から明日にかけてが勝負になるでしょう」

 

 荷物をまとめていると他のニケが目を覚ます。

 

「おはよう、大尉」

 

「アンカーも起きたか。起きたばかりに悪いが、メルトと一緒にレーダーをかけてくれないか?」

 

「わかった。うーん……」

 

 他のニケ達が武装の点検などをしている間、メルトとアンカーは捜索隊やホワイト・ダフネの反応を探し出す。

 

「この辺りにはいないようです」

 

「確かに、反応が薄いかな……何となくの方向は映像であの子達が進んだ通りの道だね」

 

「よし、それじゃあ朝食を済ませたらすぐに出発だ」

 

 他のニケ達と火を起こす。何機かはデコイの確認に。食事といっても温めるだけのレーションだが。端の方ではソルジャーF.A.とプロダクト23が何やら騒がしくしていた。

 

「ちょっと23番、そのレーション、私が持ってきたやつなんだけど!」

 

「いいじゃないですか! ファルコンさん、いっつも同じもの食べてるんですからたまには交換しましょうよ? ね? 一口だけでいいですから!」

 

「私が鴨飯パーフェクト好きなの知ってるでしょ!?」

 

「鳥が鳥食ってどうするんですか! 私のエスカルゴパーフェクトあげますから!」

 

「猛禽類なんだから鳥食ったっていいでしょ! タニシだか知らないけど、私は巻貝嫌いなの! てか何よ、そんなパーフェクト聞いたことないから!」

 

「テトラネットで限定販売してたんですよ…ッ、でもあんまり美味しくなくてッ」

 

 そんな様子を見兼ねてか、METAL-02シルヴァが拳骨を振り下ろしていた。正座させられた二人はお姉様と叫びながら額を地に擦っていた。

 

「指揮官、おはようございます。すみません、騒がしくて。何とも緊張感のない子達です」

 

「おはようゴルド。賑やかでいいじゃないか。緊張しているよりはマシさ。それより、もう食事を済ませたのか」

 

「ええ、任務中は食事に手間暇かけていられません。あと30分もしたらデコイも効かなくなるでしょう」

 

「よし、じゃあそろそろだな」

 

 ライトニングは無線を入れ、各隊員に出発の準備を整えるように伝えた。先程の2機もせっせと缶詰の中身を平らげ、武装完了していた。

 

 

 

 2日目の行動を開始して数刻。雨も止み、ちょうど昼を過ぎたあたりのことだった。

 

 相変わらず市街地は植物の勢力が強く、あちこちの建物が木々に覆われ、草花が地を隠していた。ビル群に挟まれ小路とも呼べないような細い通路に差し掛かった時、アンカーが何かに反応した。

 

「ん! 大尉、近くにニケがいるよ。でも、動きがない……」

 

「アルゴスでも確認をします……。確かに、ニケの信号が1つ、その場から離れません」

 

「捜索隊かもしれない。進んでみよう」

 

 危ないので私が、とMETAL-01ゴルドが前に出た。

 

「他に2機……オウル、8番、私と一緒に来てください」

 

 ゴルド、ソルジャーO.W.、プロダクト08が草木を掻き分け、通路の奥へと消えていった。整地されたコンクリートは風化し、吹き溜まった砂や土が水に飲まれて浅い泥地のようになっている。

 

「うぅ、ひどく茂っていますね。視界が悪いです」

 

と、プロダクト08。スナイパーライフルを構え、スコープ越しに前方を見遣るが、腰の丈ほどあるイネ科の植物に、上からは蔦状の植物が垂れ、視界が遮られる。

 

「雨のせいでぬかるみも酷い。足をずいぶん取られてしまう」

 

 ソルジャーO.W.の方も、低い身長のためか足が泥に嵌って歩くのが大変だった。

 

 7、8m進んだ辺りで3機は足を止めた。何かが居る。

 

 3機は息を呑んだ。袋小路となった壁を背に倒れ込んでいたのは捜索隊のI-DOLLシリーズ……ではなく、資料で見たホワイト・ダフネのヴァインであった。

 

「あなた、ホワイト・ダフネのヴァインですか? 聞こえますか? しっかりしてください! ヴァイン!」

 

「指揮官、こちらゴルド。小路の奥は突き当たりでした。そして、そこでホワイト・ダフネのヴァインを発見。呼びかけには応答ありません。これよりバイタルチェックを行います」

 

 まず意識は無い。次にヴァインを寝かせ、口元に耳を当てながら胸を見る。呼吸の確認だ。微かに生温かさが耳に伝わる。息をしている証拠だ。胸もほんの僅かだが浮き沈みしている。

 

「呼吸を確認。脈拍を測定します」

 

 ヴァインの左手からグローブを外し、袖を捲ってやる。そして露わになった左手首に親指を添える。1、2、3、4、……。

 

 1分経過した。脈拍は57。正常値より少し低い、少し低いと言っても、正常値の下限を下回っているのだ。悪い状態と言えるだろう。だが、死へはまだ近くない。

 

 そしてヴァインの生が確認できたことでその様子を改めて見ることができた。が、その有様は到底、見ていられないものだった。

 

 右手の親指の付け根より上が千切れている。ラプチャーに踏まれたか、鋼鉄製の扉に挟んだか、大口径の射撃を手で防ごうとしたのか。

 

 右大腿には2箇所の銃創。小型ラプチャーの放つアサルトライフルで足を撃ち抜かれたか。

 

 そして左足首から下が無い。しかし破損の仕方が不自然だ。断面が嫌に綺麗だが刃物で切ったような痕でもない。そもそも刀身を扱うラプチャーがいるとは聞いたことがない。

 

 プロダクト08はゴルドが傷を診る傍らヴァインの髪を払おうとすると、ごわついた長髪は指の間を抜けることはなかった。

 

 凍っていたのか霜が張り固くなっていた髪がたわみ、ついにはしんなりと折れ曲がり、割れてしまった。と同時に、足の欠損が何によって引き起こされたのか思い当たるものがあった。

 

「ゴルド、オウル。これ、氷を割ったような断面じゃないでしょうか。襟元にあった髪の毛を払おうとしたら白くなっていて割れたんです。凍っていたということですよね?」

 

「確かに、指揮官もそういった特殊な攻撃を仕掛けるラプチャーは多数いると仰っていました。氷結するほどの冷気の生成、あり得なくはないです。よく気がつきましたね、8番!」

 

 話を聞きながらソルジャーO.W.は肩と脇腹付近の焼け焦げた銃創を見つめていた。

 

「こっちは近射創みたい。すぐ隣にまで接近を許したのかな。きっと霧の中で全く把握できていなかったのかも」

 

「とりあえず、ヴァインを担いで指揮官の下へ戻りましょうオウル、先頭を頼みます。8番は背後を」

 

 ごそごそと草を掻き分け出てきた3機と担がれたヴァインを見て、ライトニングは悩んだ。その破損率では目を覚ましてもまともに行動できない。彼女をどう扱うか……。

 

「参ったな……ここまで酷いと流石につれては行けない。一旦引き返そうか……、いや……」

 

「指揮官。一度アークと連絡を取ってみるのはいかがでしょうか?」

 

「あぁ、そうだな。バーニンガムへの報告も必要だ」

 

 アークへ通信を入れ、オペレーターを介してバーニンガムへ繋ぐ。

 

「サンダース。ご、ご苦労。任務はじ、順調かね?」

 

「今のところは。報告がいくつかあります。まず、捜索隊の消息途絶地点まであと数時間です。ただし問題が一点。ホワイト・ダフネ隊のヴァインを発見しましたが損傷が酷く、意識もありません。このままでは作戦の続行に支障が出ます」

 

「わかった。どうやら近くに別の任務で訪れている部隊があるようだ。その部隊に救援要請を出しておこう。到着まで数時間、耐えてくれ」

 

「了解」

 

 バーニンガムとの通信内容を部隊に共有した。とりあえずヴァインを安全な場所に寝かせようと遮蔽物のある場所まで移動し、アスファルトに寝かせる。

 

「ぅう……、ん……」

 

 ヴァインが微かな呻き声をあげる。

 

「おぉ、気が付いたか。ホワイト・ダフネ隊のヴァインだな? 私はハンドレッド部隊の指揮官、ライトニ……」

 

「アイビィ!!」

 

 意識を取り戻そうとした彼女に声を掛けたのも束の間、上半身が跳ねるように起き上がり、さっきまでぴったりと閉じていた瞼が目一杯広がった。その震えは数秒前までの心拍数からかけ離れた鼓動を物語っていた。

 

 いきなり目を覚ましたために、心拍数が安定しないからだろうか。激しく息切れや咳き込みを起こす彼女を介抱しながら何があったのか聞いた。

 

「ハンドレッド部隊……噂は以前から聞いていました。まさかあなた達に助けていただけたとは。心強いです」

 

「ただし気をつけてください。私はアイビーと逸れてから気を失う寸前まで、ここで異様なラプチャーと交戦していました。」

 

「マスター級、個体名はムーン・ゲイザー。私たちは最初、この地域の濃霧を自然現象だと思っていました。だけど違った。ムーン・ゲイザーの発する冷気が周りの空気と反応して霧が発生していただけだったのです」

 

「視界を奪われ、仲間と逸れ、動けなくなってしまったようです。情けない……」

 

「そんなことはない。貴重な情報だ、ありがとう。ところで君たちの捜索隊が出ていたんだが、会わなかったか?」

 

 ヴァインははっと思い出したように捜索隊と遭遇したことを話した。どうやら、I-DOLL・サンとI-DOLL・オーシャンには出会っていたようだ。

 

「しかし、戦闘中にそのお二人とも逸れてしまいました。その時も霧に視界を奪われて…」

 

「そんなに頻繁にムーン・ゲイザーの襲撃があったのか?」

 

「ええ。この地域は降雨量が多く、ムーン・ゲイザーにとって力を発揮しやすい環境のようです。この一帯を縄張りにして迷い込んだニケの部隊を襲撃しているようです。」

 

「待ってください! 雨の後には襲撃があるという事ですか!?」

 

「メルト……。それはつまり…」

 

 ライトニングとメルトは顔を見合わせた。ゴルド、シルヴァもそれに気づいたようだった。そして、話した本人であるヴァインの顔がみるみる青くなってゆく。

 

 辺りを見回せばコンクリートが濡れて黒くなっているではないか! さらに指揮官や他のニケの武装を見ると露が滴っている。バイザーには水滴、周りの植物は花や葉を閉じている! 気を失っている間に奴らのテリトリーは完成していたのだ!

 

「今朝方、雨が降っていたのですか!?」

 

「ああ。まずいな。全員警戒態勢。私のいる地点を中心として円陣。防御に徹せよ。」

 

 どこからだろうか? シュウ…と空気が漏れる音が聞こえた気がした。妙に肌寒くなる。足元に目を遣ると薄く、冷たく、残酷な霧が立ち込めていた。

 

「ムーン・ゲイザー来るぞッ! エンカウンター!!」




「会話記録:川の主」

A:うーん……なかなか釣れんなぁ。
B:そりゃ狙いは川の主だからな。そう簡単には出てきちゃくれないだろう。
A:でも、さっきからいいアタリはあるんだけどな…。
B:そりゃ狙いは川の主だからな。周りの強いヤツ纏めて一番奥に居座ってんだろう。
A:じゃあ、どうやって釣るんだ?
B:そりゃ狙いは川の主だからな。手下を全部片付けたら表に出るだろう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。