殺風景で清潔なその部屋にライトニング・サンダース、エルヴィス・エドワーズ、ヴァインの三者のみが向かい合って座っている。
壁に掛けられた時計の秒針だけがカチ、カチとその場を急かしているようだった。
白いテーブルに手を組んで乗せているヴァインはなかなか口を開けずにいた。自分の見たものが重要機密だからだとか、心の整理がつかないからだとかそういう理由ではなかった。
話すと決めた以上、この指揮官に任務で起きたことは伝えたいのだが、話そうとしても脳に霞がかかり、唇が石になっていくように緊張とは違う拘束が自身を雁字搦めにする。
「話すのが難しいか?」
ライトニングが声を掛ける。
「いえ、話します……。そう決めましたから」
ヴァインの組む手に力が篭った。小刻みに震える手同士が互いを押さえつけているようだった。彼女の額には脂汗が浮き、瞳が暗くなってゆく。
「私たち、ホワイト・ダフネが互いを見失い、遭難したと確信する少し前のことでした。アイビーが無線に残した音声ではムーン・ゲイザーの霧に包まれ、ラプチャーの襲撃を受けるところが記録されているはずです」
「確かにその場面は確認した。通信状況が悪かったのと襲撃が相まって通信が途絶えていたはずだ」
「そこ、なんですよ」
エルヴィスがううん? と首を傾げる。アイビーが音信不通になったのはムーン・ゲイザーの霧に包まれた後で、その時ラプチャーの襲撃を受けていて、今ヴァインから聞いているのは記録から削除されたアイビーが見た真実で……。
「そうか! そこで、“見た”んだな」
「はい。私が直接見たわけではありませんが、任務中ほんのわずかな間だけ、無線の繋がった瞬間がありました。それも今では記録から抹消されていますが、確かに私は聞きました」
「“ラプチャーに与するニケがいる”と」
室内の空気が一気に鉛のように重くなった。ライトニングは眉間に中指と薬指を押し当て、エルヴィスにおいては天井をぽかんと見つめている。
「…………、はっ! え、待て待て、ラプチャーに与するニケだってぇ!?」
「エルヴィス、煩いぞ。今考えを整理しているんだ」
「整理できるかってこんなの! いいかい、サンダース。ニケは侵食されない限りNIMPHに刻まれた絶対命令で同士討ちはできない。そして侵食されたニケというのは珍しくない。第一次地上奪還作戦の時代から膨大な研究がなされてきたからだ。それだけ報告例がある。君だって見たことは一度や二度だけで無いはずだ。」
「それを、それをだよサンダース。わざわざ“ラプチャーに与する”とは形容しないんだよ。なぜならみんな……」
「“侵食されたニケ”と呼ぶからだろう」
「そうだ! それをわざわざそう呼ぶということは、そのニケは意識的に人類に敵対しているということだろう!? そんなこと、アークに知れたら大問題どころじゃないぞ!」
エルヴィスは頭を掻きむしり、机に拳を打ち付ける。
「エドワーズ主任、落ち着いてください」
ヴァインがエルヴィスに手のひらを向け、抑えるよう示す。ライトニングは半ば立ち上がるように、彼の肩に手を置いて荒ぶるのを制止しつつも問いかける。
「しかしだ、ヴァイン。エルヴィスの言うことは正しい。本来あってはならないはずの存在だぞ。偶然他の部隊のニケがいて、フレンドリーファイアを起こしたとか、交戦中で巻き込まれただけだったとか、そういった可能性はなかったのか?」
「いいえ。あの時、作戦区域には私たちホワイト・ダフネ以外の部隊は投入されていませんでした。中央政府による派遣申請履歴を辿っても、それは確かでした」
そうなると、本当に人類に敵対するニケがいる事になる。
「このことをミシリスは、シュエンは何か言っていないか、君の指揮官は知っているのか?」
「指揮官は作戦中に自決してしまいました。アレを見て気が触れてしまったのでしょう。シュエンCEOには私から報告しました。CEOはこのことを口外しないようにと。そのうち調査隊を出すのだとか」
ライトニングはその調査隊にハンドレッドが選ばれるだろうと予感していた。イレギュラーのニケとの遭遇に備えねば。エルヴィスの肩を掴んでいた手には、ぐっと力が籠っていた。
「文書記録:侵食されたニケについての具体的事案」
1 量産型ニケ2機が侵食。部隊のニケと指揮官を射殺後、ラプチャーの群れと共にその場を去る。
2 量産型ニケ1機が侵食。数刻の間変化なく過ごし、作戦終了後に地上エレベーター内で部隊のニケと指揮官を射殺。エレベーターから降りるところを治安維持部隊によって処分。
3 カスタムモデルのニケ1機が侵食。数分間同じ言葉を繰り返し、途中覚醒。自身で頭を撃ち抜き自決。
4 量産型ニケ4機が侵食。同時に投入されていた他部隊を壊滅させ、その場を去る。