奇妙な小型ラプチャーの発見から数刻経つ頃、日は西に傾き、遠くの空は薄紫色に滲んでいた。それまでの間にもラプチャーとの遭遇はなく、静かな行軍が続いていた。
住宅街を抜け大きな幹線道路がひた走る開けた土地に出てからは夕暮れを告げる冷たい風がゆるりと吹き、何もなくとも“今日はもう終いだ”と言われているような、そんな頃合いである。
どこまでも続くアスファルト、時折見える大型店舗や人家、それ以外は膝丈ほどの野草が生い茂っている。ちょうど視界良好、遮蔽物となる建物も散見される、そんな野営するには程よい地点に一行は立ち入っていた。
ライトニング・サンダースはハンドレッド部隊に対して呼びかける。
「全隊員へ。これよりキャンプを設営する。今夜はここでビバークだ。支援型のニケは分担に従って各方位へデコイの設置を。防御型ニケは天幕の設営、火力型のニケは周囲の警戒を。それでは各員行動開始」
ニケ達の威勢のいい掛け声と共に野営の準備が進められる。天幕を張り終えたニケ達は火を焚き、せっせと湯を沸かしている。
「飯盒炊爨、始めるぞ! 缶詰とパウチ持ってこい!」
「やったー! やっと晩御飯だあ!」
「ねえ、今日のレーションどれにする?」
戦場において、食事は数少ない娯楽の一つだ。ニケ達は基本食事をせずとも任務遂行可能だが、それをするのは極限状態の戦場でのみだ。基本的には皆戦闘食糧を持参し、各々の楽しみとしている。ハンドレッドの中にはそのようなニケが多い。
「お、23番。何食べてるの?」
ニケ達が続々と食事をとり始める中、ソルジャーF.A.が、プロダクト23に話しかける。
「おや、ファルコンさん。これは鴨飯です。この前食べたのが結構いけたので、もう一度食べようかと」
「ふうん。ところでさ、私の鴨飯缶がないんだけど」
ファルコンは眉間に皺を寄せてプロダクト23を睨みつける。
「ええ、代わりと言ってはなんですが私のホヤ飯缶をあげましょう」
「ホヤ…? 何それ」
仕方ないですね、と呆れたようにプロダクト23が携帯端末から画像を見せると、ファルコンは驚愕した。
「ゔえ!? これ食べ物なの!? 岩? また変なレーション持ってきて!!」
「いやいや……これがですね、スクイーズみたいにブヨブヨなんですよ。結構気持ちいいですよ」
余計に気持ちが悪いと悪態をつくファルコンを宥めるようにプロダクト23が続ける。
「皮を剥いでワタを取ると名状し難い食感の身が味わえるんですけど、これがまた美味しいんですよ。以前、海岸へ任務に行った時に見かけて、ライブラリで調べながら捌いたんです」
「イージスのアンカーが喜びそうな生き物ね。前回教えてあげればよかったのに」
ファルコンが意を決してひとさじ口へ放り込む。グニグニと蠢く、ホルモンのような、でも内臓とは違う柔らかさ。海綿体が如きその肉からは出汁が溢れ、そして潮風の香りが鼻へ抜けた。
「……って、美味しい!? アンタ、たまにはまともな物持ってくるじゃない!」
周りのニケはまた馬鹿なことをしているな、と二人を見て笑い合っている。ライトニングもメルト、ゴルド、シルヴァの3機と明日以降の打ち合わせをしながら夕食を楽しんでいた。
「ふふっ、あの子達ったら本当にかわらないんだから。ねえ、ゴルド…」
METAL-02シルヴァはビーフシチューを口に運びながら微笑みながらその様子を見守っていた。しかし、METAL-01ゴルドは彼女の呼びかけに答えず何かに気を取られているようだった。
「ゴルド……?」
「え? あ、ああ…二人とも、本当仕方のない子達ですよね」
「どうしたんだ? 何か気になることでもあったか?」
ライトニングも心配して問いかける。METAL-00メルトも不思議そうに彼女を見つめていた。
「いや、気のせいだといいのですが、何か見られているような気がして。でもあたりに私たち以外の気配はないですし、野鳥か小動物だとは思いますが……」
「メルト、アルゴスは今使えるか?」
「いえ、現在充電中で、再起動に少し時間がかかります」
夕食後、一度アルゴス・システムを起動させ、索敵を行ったが、気配を感じるような範囲に、それどころかアルゴスの感知できる半径500m以内にラプチャーの反応と呼べるものはなかった。唯一、微弱な反応のみが見られたが、通信でエルヴィスに聞くと、アルゴスがそもそも試験段階にある故のノイズのようなものの可能性が高いと言う。
「ゴルドさん、気にしすぎですよ! 私もさっきリスを見かけたし、何か小動物がレーションの匂いに釣られてやってきたに違いないですって!」
通り掛かったプロダクト12が話を書いていたのか、すれ違いざまにゴルドを気遣う。
「そうかもしれませんね、神経質になりすぎているかもしれません。今日はお先に休ませてもらいます」
また明日、と声を掛けて天幕へ入っていく姿を見送り、他の者たちはコーヒーや紅茶を飲む者もいれば、星を眺めて過ごす者もいた。
ライトニングもコーヒーを片手に明日以降の計画を見直していた。すると、METAL-05レイディから定期通信が入った。
「指揮官、こんばんは。夕食はもうお済みですか? こちら斥候部隊は異常なしです。戦闘もほぼ発生していません。夕方頃、いい場所を見つけたので明日は本隊を待ちながら陣地作成を行いますね」
レイディから送られてきた座標を見ると、もう少し進んだ先にある住宅街に建つ学校跡のようだった。旧時代の学校は災害や人災に備えて頑丈に作られていると聞いたことがある。いい場所選びをしたものだ。
「了解した。明後日の午前中には着くだろう。それまで陣地作成と定期報告をよろしく頼む」
「ラジャー。そちらもお気を付けて。通信終了」
ブツリと無線が切れると一気に眠気が押し寄せてきた。
空を見上げれば星が瞬く。暗い暗いどん底に、金の粒か、雲母の欠片か、等級も色も多様な光が一面に散りばめられている。
天幕の照明できっと霞んでいる星々もあるのだろう。旧時代、人類が地上を跋扈していた頃はロイヤルロードのような煌びやかさが夜の輝きに成り代わっていたのだろうか。それともこの輝きは変わらずあっただろうか。
そもそも、今見ているこの光たちは旧時代よりもずっと前のものなのに……。この
だんだんと星々の輝きが増してくる。照明があちこちの天幕で消され始めていた。ニケたちも眠りにつく。ライトニングは端末の画面や広げていた書類をまとめてバックパックに押し込めて天幕へ向かった。
寝袋に入り、目を閉じるとその夜空はどこまでも広がっていって、次第に彼を眠りに誘い込んだ。
眠りについたはずだった。深夜、ふと目が覚めた。押し込んでいたばねを離したように体が飛び起きる。
何かを感じる。視線だ。ゴルドの言っていた視線とはこのことか? 辺りを見渡す。指揮官用の天幕には誰もいない。
心臓の音が煩いくらい耳に響く。背筋にぞくぞくと鳥肌が立ち、冷や汗が額から垂れる。落ち着こうと手の平で汗を拭うも、その手もまた汗でびっしょりだった。
「なんだ…これは。……ッ」
急いで入り口の布を捲って外へ出る。偵察型のラプチャーかもしれない。焦っていたせいか足が絡れて仰向けに転がった。見上げる空はまだ暗い。フクロウの鳴き声や虫たちの声が響くばかりで、他には風の音しか聞こえない。
よろめき立ち、見回すと起きているのは自分だけだ。他のニケたちは誰ひとり起きてはいない。天幕を囲うようにぐるりと歩いて、不審物やラプチャーの存在を確かめるも、何もない。
遠くの家々や、その脇から点々と伸びる木々を見る。周囲を一通り観察したが、視線の正体は掴めない。
違和感を感じた時、原因が何もないというのは最も恐るべき事態だ。原因の分からない恐怖が体力を、精神を削り、判断を鈍らせる。落ち着こうと深呼吸しても鼓動が覚めやらない。
一度そういう話を聞いたから自分まで神経質になってしまったのだろうか? ライトニングは緊張の冷めないまま浅い眠りで朝を迎えた。
「指揮官、昨夜は寝付けなかったのですか? 砂漠帰りの時ほどでは無いですが、目の隈が酷いです。体調が優れないのなら、行軍の速度を落としましょうか?」
朝日の眩しさに堪えながら天幕を出ると、メルトが心配した様子で尋ねてきた。時計を見ると予定より遅く起きてしまっていたようだ。彼女は私が起きてくるのを待っていたのだろう。
「小休憩を挟めば問題ない。予定通りに進もう。面倒かけてすまないな。今度からは起こしに声をかけてくれて構わない」
大きく欠伸をしながら眼鏡を拭いているとゴルドが前を通りかかった。
「あ、おはようございます指揮官。寝坊とは珍しいですね。私の方は、おかげさまでぐっすり眠れましたよ」
「そうか……。なあ、ゴルド。昨日話していた視線の件だが……」
「ああ、あれなら、やはり私の勘違いだったのでしょう。今はそんな気配全く感じませんから」
いや、違うんだと昨夜あった事を話す。これにはゴルドも驚いたようで、出発前に部隊全員に視線を感じたものはいないか、確認する次第にまでなった。
「そういうわけで、昨夜から何者かに監視されている可能性がある。この中に視線や物音、なんでもいい。不審な気配を感じ取った者はいるか?」
すると2、3機のニケが挙手をした。名乗り出たソルジャーO.W.、I-DOLL・サン、プロダクト12は昨夜同じ天幕で過ごしていた者同士だという。
「これは、昨日の夜、みんなが消灯し始めた頃なのですが……」
ソルジャーO.W.が暗い口調で話し始める。
「私、他の2人が先に天幕に入った後、自分の荷物を外で整理していたんです。そしたら、草むらのずっと奥の方から気配を感じたんです。ライトで照らしてみましたがスコープのような反射もなかったのですし、すぐにその気配がなくなったので小動物かと思っていました……」
被せるようにI-DOLL・サンが続く。
「私は夜中だ。目が覚めて、ああ、二人は寝ていたよ。なかなか寝付けなかったから一旦外に出たんだ。夜風を浴びて、月を眺めていたら視線を感じてね。しばらく視線が続いたよ。5分程だったかな。暗視スコープなどを使ってみたが何も見つけられなかったよ。そこに居るはずなのに見えなかった、そんな感じだ」
最後にプロダクト12が。
「アタシはプロペラかモーターか、何かは知らないけれど駆動音を聞いた。急いで天幕の外に出たらもう夜明け前だった。何も見つけられなくて、虫の羽音か何かかと。その時は誰も外に出ていなかったよ。ただ、天幕に戻った後にまた聞こえたんだ。でも、そんな虫みたいに小さなラプチャーなんて、聞いたことがないからやっぱり虫だったのかな…」
それぞれの話を整理すると、一人でいる時に気配に気づいたことが分かった。いや、ゴルドの場合は周りに大勢いたので、一人だけ気付いたと言った方が正確かもしれない。
「指揮官、どうなさいますか?」
メルトは判断を出すよう促している。今回は電撃戦であり、殲滅戦。行軍の停滞は命取りだ。
「このまま作戦を続行する。斥候部隊が拠点となる場所を占領し、現在陣地作成中だ。そこで準備を整えれば多少の攻撃は問題なく耐えられる。不安な要素もあるが、ここは進もう。各員、警戒を怠らずに行くこと」
ライトニングの合図で行軍が再開される。斥候部隊が選んだ拠点まであと半日ほどである。そう、この作戦は速さが命。小さな障害に囚われて行軍を止める事こそ悪手なのだと何度も心に言い聞かせる。まるで、一抹の不安を掻き消すように。
一瞬、風向きが変わった。風切り音だったかもしれない。振り返っても何もない。大丈夫だ。ラプチャー側の偵察は受けていないはず。出発前にだってもう一度アルゴス・システムで周囲の索敵を行ったのだ。そして反応はなかった。あの微弱な反応以外は……。
「士官学校での講義:電撃戦」
教官「今回は
教官「これは旧時代、人類同士が争っていた最中に発案された戦術で、当時は革命的な戦術だったと言われている。なぜか分かる者?」
生徒1「はい。これは当時の戦争の在り方を覆した戦術だったからです。当時、時間をかけて行うものとされていた戦争を通信技術、装甲車両を用いた短期決戦に持ち込んだことによります」
教官「その通り。能無しのラプチャー共にとってこの戦術は効果的だ。主要勢力を叩き、空いた隙に一点突破、敵陣後方を壊滅させることで、奴らは隊列を乱し、まともに戦えなくなる。そこから各個撃破を重ねることで敵勢力を段階的に分断させていくことが可能となる」
生徒2「しかし、現代ではニケによる歩兵戦術が主であります。どのように電撃戦を?」
教官「勉強不足なようだ。敵軍中の荒れた道を君が運転する戦車と、全力疾走するニケ、どちらが速いかな? そして、そのスピードの中で正確無比な射撃が可能かね? ラプチャーを吹き飛ばす威力の射撃をだ」
生徒2「し、失礼しました!」
教官「ニケとは、歩兵の形をした戦車だ。空はストームブリンガー、核はグラトニーといったタイラント級がある以上、ニケによる歩兵戦という名の機動戦が最適なのだ。ただし、電撃戦には注意が必要だ。何かの不都合で通信や機動、攻撃の足が衰えるようならこちらは敵陣で袋の鼠、反撃から抜け出すのは至難の業となる」