鉄屑の赫き   作:姫神__

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捜索開始

 謎の視線に追い立てられるように、ハンドレッド部隊はキャンプ地を後にした。またしても、戦闘らしい戦闘がほとんど起きないまま行軍が続いた。

 

 一行はMETAL-05レイディの拵えた拠点の真南から接近しており、そろそろ到着という距離まで来ていた。

 

「こちら指揮官。レイディ、聞こえるか?」

 

「はい。送っていただいた座標からですと、あと10分もかからないかと。もう住宅街には入っていますよね?」

 

「ああ、こちらからも校舎が見えるところまで来た。これにて定期通信を終了する」

 

 レイディが拠点に選んだのは、学校の校舎跡だった。校門に辿り着くと、その脇には長方形の御影石に「第二グリーンフィールド義務教育学校」と記されていた。この街は、かつてグリーンフィールドと呼ばれていたらしい。

 

 商業施設がほとんどない住宅街だと、標識以外で街の名前を知る機会は少ない。

 

 ライトニングに限らず、多くの指揮官は地上に出るとあらゆる文化、風俗に興味を持つ時期がある。遺失物などから、そこで生きた人々の生活に思いを馳せ、感慨に浸るのだ。

 

 だが、それも次第に無くなる。人類の豊かさが、もう百年も前に奪われたと突きつけられるからだ。

 

 アークなど、暗く狭い鳥籠にすぎない。自分たちはそこへ閉じ込められているだけの存在でしかないーー失われた自由が、そう教えてくれる。

 

 やがて、その過程で起きた凄惨な現実を受け止めきれなくなり、興味そのものが失われる。

 

 ここグリーンフィールドの市民も、ラプチャーの降臨と共にその殆どが非業の死を遂げたのだろう。

 

 昇降口からレイディが出てくる。

 

「お待ちしておりました、指揮官。概ね拠点の設営は終わっています。少しの間お休みになってください」

 

「ああ、そうさせてもらおう。30分後に状況報告とブリーフィングを行う」

 

 レイディに案内された場所は保健室だった。引き戸を開けると、すぐ傍には合皮製のベンチ。左手にはキャビネット、部屋の右手には丸テーブル。その先にシャワールームがあり、奥には3台のベッドが設置されていた。

 

 部屋の中央には業務机が埃を被っていた。山積みになったバインダー、ファイルボックスに無造作に詰め込まれた文書。パソコンの周りには可愛らしいキャラクターのミニフィギュアがいくつも並べられていた。二頭身の小動物を模した、潤いのある瞳のそれは、旧時代に流行っていたものだ。以前、古い雑誌で見たことがある。

 

「軽く片付けておきましたので、奥のベッドは問題なく使えます。シャワーから水が出ないのは残念ですが」

 

「違いない。学校ってのは結構なんでもあるんだな」

 

 閉じた瞼の先で、光が揺れた気がした。左手首を見遣ると、もう30分以上経っている。

 

 ライトニングは知らないうちにベッドに腰掛けたまま、うたた寝をしてしまっていたようだ。慌ててジャケットを羽織ると、ブリーフィング会場に設定した多目的室へ向かう。

 

 この多目的室というのは子供たちの授業やクラブ活動で使用するのだろうか。ニケ100機が余裕を持って入れる広い部屋だ。外側の壁は一面に腰窓が設置されており、覗くと校庭を見渡すことができた。

 

「すまない、少々休み過ぎていたようだ。全員揃っているな? これよりブリーフィングを始める。レイディ、まずは状況報告から」

 

「はい、ここ第二グリーンフィールド義務教育学校は比較的新しく建てられた校舎のようです。推定では築120〜130年ほど。つまり、第一次侵攻の直前にできたと思われます。この部屋も、ニケ100機分の重さに耐えられます。拠点としては申し分ない堅牢さでしょう」

 

 彼女の報告によれば、既に軽い清掃と、簡易的な照明の設置が終わり、寝泊まりが可能な状態になっていた。また、元からあった外壁に櫓を建て、火器を搭載した銃座まで作り上げていたという。

 

「さすがだ。明日は拠点の更なる整備を進めることになるだろう。担当者は引き続き尽力してくれ。次に資料を各自の端末に送る」

 

 ニケたちは各々の携帯端末に表示される資料を眺める。そこには今回の作戦概要の他に今後の計画がマトリクス状のタイムテーブルとして表されていた。

 

「明日からは本格的なイレギュラーの捜索に出る。侵食作用を持つラプチャーも確認されている。各員、細心の注意を払うように」

 

「この学校跡地を拠点とし、捜索する方角の東西南北に対応した4班を編成する。1班20機編成とし、残り20機には拠点防衛を任せる」

 

 資料の班編成を見ると、METAL-04リディア、METAL-06ロウ、METAL-07ルーシィ、METAL-08オズマの4機が居残り組であった。

 

 リディアは通信士を、ルーシィは各隊への支援物資輸送や負傷者の移動を、ロウとオズマは拠点の防衛力強化を担う。

 

 ニケ達が資料を読み進めると、他にもMETALシリーズのニケが数機ずつ主軸となり東・西・北の班に編成されていた。それぞれに攻撃、防御、支援型の量産型ニケがバランスよく配置されている。南へは量産型ニケのみで構成された部隊が展開するようだ。

 

「指揮官、本日未明に確認された視線についてはどう対処なさいますか?」

 

 メルトが問いかけた。

 

「件の視線・気配についてだが、本作戦の趣旨を優先する。作戦目標はイレギュラーの発見。アルゴス・システムを使った大規模捜索が要である以上、他に気を取られて足踏みするのは好ましくない」

 

「では、ラプチャーによる偵察だった場合……」

 

 量産型ニケの1機がぼそりと呟いた。

 

「場を混乱させる発言はよしなさい。ラプチャーの偵察機ならば迎え撃てば良いだけのこと。イレギュラーや侵食型の場合は班を近くの班と合流しながら数を揃えれば対応できるわ」

 

 シルヴァが発言をたしなめた。不安は伝播しやすい。作戦発令時のどよめきも、砂漠で戦ったタイラント級の時パニックも同じだ。これは、異常事態や不安要素に揺さぶられず遂行することが求められる、そういう作戦なのだ。

 

「未知の敵が心配なのは理解している。ただ、今回の作戦はアルゴス・システムのバッテリーという制限時間がついて回る。今の所残量に問題はないが、ここまでに何度か起動させていることなどを踏まえると稼働時間は4日といったところだろう」

 

 シルヴァの意を汲んでライトニングはその場を宥める。実際今の発言がそのまま事実となる可能性は大きい。だが、レイディの見繕ったこの拠点は非常に良い。これから設備を整えれば、たちまち要塞と化すだろう。

 

 ライトニングは自らの弱い気持ちを隅へ追いやり、続ける。

 

「この作戦は皆が一丸となって突き進まなければ成り立たない。誰か1人でも怖気づけば瓦解する。1班20機編成とは通常部隊の5倍の戦力だ。そしてイレギュラーの探索範囲が広がりきらないうちは合流も可能だ。盤石な体制での作戦である事を忘れないでくれ。そして君達は幾つかの戦いを経て“人海戦術”というものに慣れてきた」

 

 だから、と念を押した。

 

「明朝6時よりイレギュラーの捜索を開始する。ここから数日間、班ごとの行動になる。拠点への定時連絡を怠らないように」

 

 全体のブリーフィングが終了した後、ニケ達は各班ごとに集まって流れを確認した。先ほどまでの不安も払拭されている。

 

 就寝前、保健室の扉がコツコツと小さく音を立てた。

 

「メルトか? 入ってくれ」

 

「失礼します」

 

 小声で断ると彼女は保健室のベンチに腰掛けた。ライトニングは鞄の中から紅茶・パーフェクトを取り出し、ティーバッグを鉄製のカップに入れ始めた。

 

「紅茶でいいか? 今湯を沸かすから待っていてくれ」

 

「いえ、お気遣いなく」

 

「まあまあ、こういう時は何か飲みたくなるんだよ。私が」

 

 ポットに火にかけると、メルトは静かに切り出した。

 

「指揮官、先日からの“視線”についてですが、やはり不安要素を残して作戦を開始してよろしいのでしょうか? ……いえ、出過ぎた発言でした。申し訳ありません」

 

 メルトはライトニングの判断を強行突破と感じたのだろう。彼女を安心させようと言葉を選んでいる間に、逆に気を遣わせてしまった。

 

「ああ……すまないな。君にはいつも気を遣わせてばかりだ。この前、指揮官室で話したのを覚えているか?」

 

「ええ。私達ハンドレッドに敗北は無いということ。私も、指揮官も同じ想いであること。今回は砂漠の時と進行が似ています。不測の事態への備えこそ肝要かと。私と指揮官は拠点に残り、防衛にリソースを割くべきだと進言します」

 

「その通りだ。だが、君は北班に入って私と行動してもらう。イレギュラーの捜索が第一目標だ。そこを蔑ろにしては作戦自体が成り立たない。作戦の要は君とアルゴス・システムだ。ヌァザとミダスの試験も兼ねている」

 

「それに、今回の班編成は砂漠での失敗を考慮したものだ。あらゆる状況に対応できるよう、相性の良いメンバーを揃えた。班ごとに戦闘のコンセプトも変えているが、それこそがハンドレッド部隊の正しい運用方法であり、強みだ。いざという時の備えも、無いことはない。それは……」

 

 話し込んでから小一時間ほど経っただろうか。夜も更け、マグカップは空になっていた。メルトは静かに保健室を後にする。

 

 ライトニングがカップを片付けていると、拭き取った布に紅い色が滲んだ。

 

「戦化粧にはまだ早いんじゃないのか? 真面目だな……まあ、伝えることは伝えた。あとはメルトが対応できるかだ」

 

 翌朝、空は晴れ、視界は良好。風も程よく、戦闘に適したこの絶好の条件だった。定刻を迎えたハンドレッド部隊は四方へ分かれ行軍を始めた。人類に仇をなすニケ“イレギュラー”の捜索開始である。




「会話記録:更生館の囚人へのインタビュー」

記者:なぜ捕まったんです?

囚人:脱獄だよ。再逮捕さ。

記者:脱獄? 罪が重くなるだけなのに?

囚人:それがなあ、脱獄王の話を聞いちゃ1回は夢見ちまうだろう?

記者:そんな囚人もいるのですね

囚人:いや、人間じゃねえよ。ニケだ、あいつは。でも全然無理だったね。監視カメラが多すぎる。

記者:そりゃアーク内は全てエニックの監視下でしょうに。知ってます? 旧時代の地上だって、監視カメラだらけで、悪さをしてもすぐ逮捕されていたそうですよ?

囚人:壁に耳、窓に瞳。一度見つかったらそう簡単にはいかないね。
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