ライトニング・サンダースは改めて今回の任務の難しさを感じ始めていた。西班ではロード級が、東班では“視線”の正体たる超小型ラプチャー、及びそれによるコーリング・シグナルの発生。
彼は東班からの通信を終え、トランシーバーを胸元のホルダーに掛けた。
「指揮官、東西の班はあまり良い状況とは言えないようですね」
METAL-00メルトが尋ねた。
「ああ、イレギュラーが観測され、その部隊も全滅した区域だ。元々危険性は高かったようだな。今日まで殆ど戦闘が無かったのが嘘のようだ」
「プラナの言う通り、罠である可能性は?」
「あるだろうな。だがラプチャーにそんな戦い方をする知性があるとは思えない」
「先日のムーン・ゲイザーもそうだったが、この地一帯のラプチャーは随分と戦術のあるというか、なるべくしてなる戦い方というか……そのだな…」
「普通、ラプチャーにそのような知性はありませんからね」
「そうだ、そこなんだ。人間を殺す、前進する、銃を撃つ。それがラプチャーだ。だが、こうして人間を獲物のように罠に嵌めようとする。その戦術をとることが異常なんだよ」
単調な侵略行為こそがラプチャーのラプチャーたる所以。知性を持った戦術は人の特権。
人の特権をラプチャーが使うなど考えもしなかった。だがそれは現実に起こっている。
霧に紛れた奇襲、監視による偵察。狡猾とまでは言わなくとも、まるで人間が人間相手に戦うようなその戦術は、ラプチャーのものではないとライトニングは推察していた。
「だからイレギュラーというのは、やはり侵食されたニケではないのだろう。なんらかの意思を持って人類に仇為す存在のはずだ」
「ですが指揮官、もしそのようなものが本当に存在するならば……」
「ああ。中央政府もアーク市民も、これまでの常識を、歴史を改めなければならなくなるな」
その時だった。ジジッと無線の入る音がした。
「こちら南班! こちら南班っ!! 指揮官聞こえますか!? 現在多数のラプチャーと交戦中! ゲリラ的に住宅街のあちこちからラプチャーが沸いている状況で……何? 二人やられた!? とにかく、かなりまずい状況です! 指示を!!」
「撤退だ。すぐに拠点へ戻れ。塞がれた場合は縦陣による一旦突破だ。多少犠牲を出してで集団で生き延びることを考えろ。向こうへは通信を入れておく。合流次第、籠城だ。北班もそちらへ向かう」
「ラジャー! こちらは持ち堪えてみせます!」
「無理をするなよ!」
通信が切れる。METAL-03プラナは罠だと言っていた。監視型ラプチャーによってこちらの動きが全て筒抜けだったということか。ではそれを見て判断した者とは一体……?
「北班各員、聞こえるか? 南班が奇襲にあった。ラプチャーの大量発生だ。簡易拠点で合流次第、迎え撃つ」
全員が踵を返して走り出す中、何かに躓いたのだろうか。1機のニケが倒れた。
「ちょっと、こんな時にしっかりして……きゃあ!」
起こしにいったニケが悲鳴を上げる。様子を見ると、ただ転んだだけではなかったようだ。
近付くと、そのニケは大量の血を流して倒れていた。
「おい! しっかりしろ!……即死か…っ! 狙撃、一体何処から」
「ーーどこからも何も、真後ろだ」
ガシャリ。その場にいたニケが一斉に、声のする方へ銃口を向けた。
その先には1機のニケ。顔は口元以外、装備で隠れていているが、人間でもないだろう。ニケが立っていた。
「どこのニケだ? 所属を言え」
「んなもんねえよ。ピルグリムだからな……いや、今は違うな」
「……お前がイレギュラーか。中央政府の決定だ。おとなしく投降しろ。さもなくば、これよりお前を処分する」
「はっ、そう簡単にいかねえよ」
ニヤリと口角を上げたそれは、ライトニングに銃口を向けた。
パン! 次の瞬間、メルトが発砲した。
「指揮官、下がってください。イレギュラーは私が!」
「落ち着け、こういう時先に撃つのは……もういい、戦闘開始だ! エンカウンターッ!」
メルトが1対1で戦い始める。お互いハンドガンと体術を組み合わせた至近距離の戦い。
銃を向けてはいなされ、拳を繰り出しては避けられる。メルトは相手の打撃を防ぐために受け身を取ること、銃を避けることで精一杯な様子だった。
相手の方が一枚上手だ。このまま続ければメルトは負ける。
しかし、他のニケが黙って見ることしか出来ていないように、ライトニングもまたこの戦いに介入することができない。
それほど二人の戦いは激しく、縺れ合うように繰り広げられた。助けようと発砲すればフレンドリーファイアの可能性も十分あり得る。手出しができない。
やがて、イレギュラーの強烈な蹴りがメルトの体を大きく後退させた。よろめく隙にすかさず追い討ちをかける。
勢いよく放たれた回し蹴りがメルトの胴体を捉え、彼女は吹き飛ばされた。地面を何度も転がり、ライトニングのすぐ目の前で仰向けに倒れ込む。ガッデシアム製のボディが悲鳴を上げていた。
「く……うぅっ」
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
膝をつき、彼女を起こそうとするも、戦闘用のボディを抱き起こすことは叶わなかった。
「しき…かん、に、逃げて……」
「そうはさせねえよ」
イレギュラーが走り出し間合いを詰める。それを見た他のニケがライトニングを庇おうと前に出る。が、そのニケもメルト同様、一蹴され、飛ばされてしまう。
「お前か…最近“オレ達”を嗅ぎ回っている人間というのは」
「そうだ、と答えたらどうする気だ」
片膝をついたまま、見上げて訊ねるとイレギュラーはまたもニヤリと笑みを浮かべて答える。
「殺してやってもいい。だが今は殺すなと命令されている。感謝するんだな」
「お前には上司がいるのか」
「ただのお仲間さ」
「ふん、まあいい。我々に最初に顔を見せたんだ。お前が一番下っ端なんだろう。上司に伝えておいてく…」
ドスン、という衝撃が音となって意識の中を走り抜けていく。ニケの力で頭を蹴られたのだろう。ライトニングは脳震盪を起こしていた。
あっという間に視界がぐらぐらと揺れ動き、目に見えるものが二つ、三つとぶれていく。
真っ暗になる視界の中、瞼をこじ開ける。深呼吸、深呼吸。歯を食いしばり、手をついて立ち上がった。
「ほお。やるじゃねえか。人間はしぶとさが足りなくてなあ……ラプチャーの方がまだイジメがいがあったぜ。でも……お前は、少しは楽しめそうだな」
「これでも昔から体術は苦手だったんだ。頭でっかちでな……お前が殺してきた指揮官達はさぞ無能だったろうよ。あるいは、そんな雑魚しか狩れなかったのか?」
「……頭でっかちというのは本当みてえだな。お前、わざと挑発しているだろ。オレを処分する気だって無い。いざとなりゃズラかろうって魂胆をしてやがる」
「お前も、大仰な癖して勘が鋭いな。褒めたくなるよ」
互いにじっと睨み合う。瞳の奥を見透かして、相手の思考を読もうとしている。
「お前……そうか、お前は…! アハハ、ハーッハッハ!! はあ……そうだったのか」
「何がおかしい」
「いやあ、運命というものをほんの少しばかり、感じちまったんだ。まあ、今日のところは見逃してやる。“オレ達”の策にまんまと嵌ったお仲間を助けに行くこったな」
「ああ、一人撃ち殺したのも、謝りはしないからな。またオレ達は出会う。その時は本気でお前を殺す。」
「ーーお前は“ラプチャーの凄む深奥”へ辿り着けるかな? それまで楽しみに待ってるぜ、坊や」
“ラプチャーの凄む深奥”。その言葉を聞いたライトニングは、全身に稲妻が駆け抜けていくような緊張に襲われた。
ハンドレッド部隊の前任指揮官が残したメモ。そこにあった言葉がなぜ今、しかもイレギュラーの口から発せられたのか理解できなかった。
「……、まっ、待ってくれ! その深奥とは何だ!!」
必死の問い掛けにも答えず、イレギュラーは家々の屋根を飛び越え、瞬く間にその姿を消した。
「……北班各員へ。簡易拠点へ撤退する。東班、南班と合流し籠城戦に入る。イレギュラーの脅威は去った。今回は捜索が目的のため深追いはしない。もう一度言う。深追いはしない」
「指揮官、撃たれたニケはどうなさいますか」
起き上がったメルトが問いかける。
「もう大丈夫か? アンダーテイカー部隊へ通達を。ボディと共にビーコンをそこの民家に入れてくれ」
いとも容易く破れてしまった。あのイレギュラーは自身が集団の一員であるような物言いだった。あんなものがまだ他にも存在しているとは考えたくもなかった。
「これ以上被害を増やすわけにはいかない。全員、直ちに出発だ」
ライトニング、メルトが引き連れる北班のニケたちは南へ向き直り、簡易拠点である第二グリーンフィールド義務教育学校へ向かって走り出した。
拠点へ着くまで、焦燥と屈辱の思いから、ライトニングの拳は強く握り締められ続けた。
「記録:ハンドレッド部隊前任指揮官について」
氏名:ボーリアス・ゲール
性別:男
年齢:41
階級:大尉
経歴:ハンドレッド部隊の元指揮官。後任はライトニング・サンダース。現在はエリシオンの通常ニケ用関連施設で教官を勤める。
「記録:ボーリアス・ゲールのメモ」
【ハンドレッド部隊は死地へ向かう。ラプチャーの凄む深奥に踏み込んでは鉄屑をいくら詰め込もうが融けて泡となるのみである。100という数字はあまりに小さすぎる】