鉄屑の赫き   作:姫神__

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籠城

 駆ける、駆ける……。総勢60機のニケと指揮官一人。ハンドレッド部隊は窮地に立たされていた。

 

 第二グリーンフィールド義務教育学校を拠点にイレギュラーの捜索をしていたハンドレッド部隊。

 

 100機のニケが東西南北と拠点防衛の5班に分かれ、捜索範囲を広げていた最中、これまでただの違和感として見過ごされてきた“謎の視線”が監視型ラプチャーだと判明した途端、各班に脅威が迫った。

 

 東班は監視型ラプチャーの無力化に失敗。コーリング・シグナルにより多数のラプチャーを引き付けてしまう。

 

 南班は大量のマスター級、サーバント級ラプチャーによるゲリラ攻撃を受けた。

 

 そして、指揮官ライトニング・サンダースが率いる北班は、件のイレギュラーと遭遇。圧倒的な戦力差をまざまざと見せつけられた。

 

 挙げ句の果て、イレギュラーに逃げられた。否、生かされたと言った方が正しいだろう。

 

 アークの戦力を舐め腐った、粗暴なイレギュラーの振る舞いは、侵食されたニケのそれではなく、はっきりとした離反の姿勢だった。

 

 イレギュラーは純粋な力量でハンドレッド部隊主力のMETAL-00メルトを捩じ伏せ、嘲笑を残して去っていった。

 

 彼女が最後に放った言葉「ラプチャーの凄む深奥」とは、まさにハンドレッド部隊の前任指揮官が残した言葉と同一であった。

 

 疑問と屈辱の中、ライトニングは第二グリーンフィールド義務教育学校へ息を切らしながら向かっていた。

 

「東班、南班、聞こえるか!? こちら指揮官! 簡易拠点へ撤退、籠城戦だ……ッ!!」

 

 東班のMETAL-03プラナが、南班からはソルジャーE.G.がそれぞれ返事を返した。

 

「こちら拠点防衛班、リディアよ! 通信は聞いていたわ。北、東、南門を開放したから急いで! 固定砲台、罠の準備は完了よ!!」

 

 全体の通信士を務めるMETAL-04リディアが拠点へ向かう全員に対してチャンネルを開いた。

 

 拠点防衛班でもこの騒動を聞き、大急ぎで準備をしたという。負傷者はMETAL-07ルーシィの運転する装甲車に担ぎ込まれ、一足先に拠点へ向かう。

 

 ニケは自動車並みのスピードで走ることができる。だが、戦場ではラプチャーも大差ない。大昔、轍が大地を踏み荒らした時代よりも、さらに機動力の上がった戦いが今の地上では日常的に起こっている。

 

 機動性、踏破性の向上した兵器同士のぶつかり合い。これまでの銃火器を凌駕する威力。かつて閑静な住宅街だったこの街を踏み荒らし、砕き、破壊しながら戦場が形作られていく。

 

 各班の撤退から十数分経った頃、いよいよ籠城戦は始まった。

 

「現在、敵戦力は南から北東にかけて帯状に攻めてきている! 校門を突破されるなよッ! ハンドレッド、エンカウンター!!」

 

 ライトニングの飛ばした檄を皮切りに、一斉射撃が始まる。サーバント級の小型ラプチャーが爆風に巻き込まれ、次々と吹き飛んでいく。

 

 マスター級のラプチャーは一癖も二癖もある攻撃方法で防衛網の突破を試みる。神経ガス、制圧レーザー、ガッデシアムのボディを弱らせる特殊弾。

 

 固定砲台の銃座に着いたニケたちは率先してこれらを撃ち落とし、発動前に仕留め、無力化させていった。

 

 しかし、いくら戦えど攻め立てるラプチャーには際限がなかった。どこまでも、どこまでも湧いて出てくる。

 

 籠城戦に突入してから既に30分以上が経過していた。

 

「数が多すぎるっ…一体全部でいくらいるんだ! 弾にだって限界があるぞ!!」

 

 プラナが痺れを切らした。彼女は屋上からスナイパーライフルを構え、前線の援護に入っていた。

 

「愚痴ってないで撃ってください! 厄介なのもちらほら見えますよ。次は東南東、距離1.2km、マスター級オルガンを狙って! 神経ガスを散布させるわけにはいきませんっ」

 

 その脇でレイディが双眼鏡と周辺地図を手に支援砲撃の指示を出している。

 

「指揮官、これはかなり……」

 

 METAL-00メルトは暗い面持ちでライトニングに目配せした。

 

「ああ……ここまで劣勢になるとはな」

 

 ライトニングはこの状況を打破するために思考の中で状況を整理し直していた。

 

 一つ。ホワイト・ダフネ隊の失踪と同隊のニケ、アイビーによるイレギュラーの発見。自分達によって、失踪の元凶となった特殊個体「ムーン・ゲイザー」は撃滅され、その勢力を失った。

 

 それに伴って、ムーン・ゲイザーの能力を頼りにしていたこの区域のラプチャーが離散。結果としてラプチャーとの会敵が減少した。

 

 二つ。この区域での集団侵食、イレギュラーの追加目撃情報。イレギュラーは確かにいた。だが先程の戦闘で、侵食作用を持つ攻撃はしなかった。

 

 偶然その場に侵食作用のあるラプチャーが居たか、あるいはイレギュラーが未だその攻撃を見せていないか……。

 

 三つ。監視型ラプチャーによる偵察と、現在の状況。絶好の拠点だと思われたこの学校跡だが、今では追い詰められて袋の鼠である。

 

「考えがあると話していたな。元は籠城してこの地域一帯のラプチャーが吸い寄せられ、数が尽きるまで戦うつもりだったんだ」

 

 ラプチャーの勢力が落ちた区域であればこそ、籠城や長居するリスクは減るはずだった。

 

「だが、ここまで数が多いのは流石に誤算だった……。それにしても何故ここまで数が多い? ずっと待ち伏せていたみたいじゃないか…」

 

 あのイレギュラーの、ニヤリとほくそ笑む口元がフラッシュバックする。

 

「ーーまさか、奴はッ…我々は最初から誘い込まれて!? ホワイト・ダフネの捜索からずっと見られていたのか!!」

 

 ライトニングの目が、かっと見開かれる。その瞳は動揺で震えていた。

 

 ラプチャーは戦術を取らない。せめて、戦闘に合理的な組み合わせで群れることがしばしばある程度。

 

 そのような常識を疑ったことなど、今までなかった。だが、その非常識な布石を長期的に敷かれていたのだ。戦術ではない。戦略とさえ言えるかもしれない。

 

 やはり、あのイレギュラーだ。アレは人間のように考え、敵を陥れる策を練る。そういう存在だ。

 

「指揮官。西班がロード級2体に持ち堪えているおかげか、西側の包囲はかなり薄いです。アルゴスで見るとよりはっきりと布陣の脆弱性が浮き出ています。西へ一点突破、脱出を試みるのはいかがでしょうか?」

 

「いや、それこそ相手の思うツボだ。今、我々はこの戦場からどうしようもなく抜け出したい。そして、体制を整えたいのが本音だ」

 

「イレギュラーと戦った君なら分かるだろう? アイツは敢えてこういう状況を作り出したんだ」

 

「それでは……一体どうなさるおつもりで?」

 

 メルトの考えはある意味正しかった。戦力を集中させ、一点突破。これは対包囲戦術の基本でもあるからだ。

 

 ただし、相手は狡猾な脳を持ち合わせている。こちらが“戦術”に則って行動することを織り込み済みだろう。

 

 それは賭けだった。今回試験運用している新兵器「ミダス」と「ヌァザ」。これらは西班のMETAL-01ゴルド、METAL-02シルヴァが装備している。

 

 西班の戦闘もおそらく一筋縄ではいかないだろう。20機のニケを潰すためには、ロード級2体では十分だが、絶対ではない。

 

 ならば、もう一押し何か企んでいるはずだ。それこそ、拠点側にいる80機のニケが合流しても尚、敵わないような強力な罠が。

 

「ニケ100機が敵わない罠の可能性…侵食の報告……そうか!」

 

 もし、西側に伏せられた“罠”が侵食作用を持つラプチャーなら、ニケの数が少ない方が戦い易い。

 

 操られた仲間がだんだん敵になっていくリスクがぐんと減る。合流しない方が吉と出るかもしれない。

 

 あとは、それを西班のニケ達が、新兵器をうまく使って切り抜けることが出来たなら……。

 

「西班に遊撃させる。向こうの手が空くまで、こちらは籠城を続ける」

 

「なっ、何を仰るのですか!?」

 

「ははっ、君が動揺するのは初めて見た気がするな。だがよく聞いてくれ。勝算は0ではないんだ」

 

「一体どうするおつもりで」

 

「この拠点を、要塞を……迷宮に変える」

 

「めい……きゅう、ですか?」

 

 これまでの戦闘を振り返って、ライトニングは一つ気付きを得ていた。それは、「ラプチャーは閉鎖空間に弱い」ということだった。

 

「私が赴任してから初めての任務は砂漠での殲滅戦。あのタイラント……ミシリスの連中は“ファットマン”と呼んでいたかな。あの時は競技場の廃墟を使って巨体の長所を打ち消した」

 

 その後、特殊個体:ムーン・ゲイザーとの戦いでも、廃工場の中だからこそ勝てたとライトニングは説明する。

 

「ラプチャーの一番の長所は何か、それは機動力と数だ。それを最も発揮できるのは平野だ。逆に入り組んだ都市部や屋内といった構造物に閉鎖された空間では、機動と数による暴力もままならない」

 

「そして、ここは学校だ。防火扉や銃乱射対策のパーテーションなど、頑丈な壁が多く、それらを駆使すればただでさえ複雑な校内を迷路のように仕立てることが可能だ」

 

 ライトニングが述べたのは、細長い廊下へ蟻の巣の要領でやって来るラプチャー達を迎撃、挟撃し放題。そういう算段だった。

 

「名付けて蟻塚作戦、いいだろう?」

 

「名前がふざけすぎでは……」

 

「窮地に立たされた時は、このくらいが良いんだ」

 

 ライトニングは無線を握りしめて、大きく深呼吸する。正念場、ここを耐えれば勝機が見える。

 

「拠点防衛に携わる全員に告ぐ。現在、我が部隊は窮地に立たされている。これを切り抜けるため、これより蟻塚作戦を開始する!」

 

 続いて作戦の詳細を話す。まずは西班の合流まで籠城を続けるものであること。防火扉や防犯用パーテーション等を用いて校内を複雑に迷路化させること。

 

「南班は南門を死守せよ! 東班、拠点防衛班は校舎内での迎撃、北班は敵の陽動、南班の支援だ! 東門を開いて作戦開始ーーエンカウンターッ!」

 

「東門、開門!」

 

 重厚な鋼鉄製の門がガシャン!と開錠される。鉄柵を引き摺る音がまるで合戦の合図のようにキリキリと耳を劈いた。

 

 これまでと比べ物にならない地響きのような無数の足音と、甲高い金属の軋む音が膨張していく。

 

 そこへ、黒い波が雪崩れ込んでくる。サーバント級の小型ラプチャー達が我先にと門をくぐり、互いに押し除け合いながら校庭に溢れ出した。

 

 土煙と振動が移ろっていく様子をプラナは屋上から見下ろす。

 

「すごいな……西側にはもう殆どラプチャーがいないぞ」

 

 プラナはスナイパーライフルの弾をリロードしながら西側を一瞥した。

 

 道が開けたのを知ってか、学校全体を包囲しつつあったラプチャーの陣形が崩れ、だんだん東門寄りに偏っているのが見えた。

 

「壁をよじ登ってくる奴もだいぶ減ったな。これなら飛行型の迎撃に専念できる」

 

 彼女は再びスコープを除き、1体ずつ確実に撃ち落としていく。

 

「続いて東側、昇降口を開けろ!」

 

 開かれた扉は瞬く間にラプチャー達の道標となった。黒い波は狭い入り口でもひしめき合いながら奥へと進んでいく。

 

 狭い廊下に金属の鉤爪の引っ掻き回す音が反響する。

 

 1階を通り、階段を登り、2階へ上がり……。そして先頭の個体の脚が止まった。壁だ。

 

 迂回するしかないと踏んで振り向くと、踊り場は仲間達が折り重なるように詰まっていた。2階ではなく3階に行くしかない。

 

 ぐるりと向きを変えると、ラプチャー達は上階へ舵を取り直し、さらに校舎の奥へ奥へと進んでいく。

 

 そしてーードカンッ!廊下をのこのこと進むラプチャーが一気に吹き飛んだ。

 

 グレネードランチャーの炸裂音が響き渡る。廊下の窓が粉々に砕け散り、ラプチャーの残骸、金属片が壁や天井に突き刺さった。

 

「すごい、本当にこの廊下まで上がってきた。これなら私達でも足止めできるぞ」

 

 I-DOLL・サンとの勝ち気な発言に、ソルジャーO.W.がおどおどと返す。心配性な彼女の心臓はバクバクと鼓動が鳴り止まなかった。

 

「でも、押し負けたら私達後がないよ……狭いし、ラプチャーとの距離が近すぎるよ!」

 

 そうしている間にも、吹き飛ばされたラプチャーの奥から次々と新しい的が顔を出す。

 

 他のニケ達も指定されたポイントで待ち構える。ラプチャーは次々と撃破され、校内にはラプチャーの残骸が幾重にも積み重なっていった。

 

「指揮官、各班から報告です! 蟻塚作戦、順調に進んでいます!」

 

「ふぅ……よおしーーこのまま持ち堪えてくれよ」

 

 上手く進んでいても、こちらの消耗が激しいのもまた事実。苦しいことに変わりはなかった。

 

 ライトニングは汗ばんだ手で再び無線を手に取る。次は西班へ作戦の通達と侵食の警告をしなければならない。

 

「こちら指揮官、ゴルド聞こえるか?」

 

「こちらゴルド! ハァ、ロード級2体を先程、無事、撃破しました! ーー損害0です!!」

 

 息を切らしながらゴルドが答える。だが彼女の声からは、それだけではないようなニュアンスが汲み取れた。

 

「よくやった。だがまだ気を抜くなよ。悪いニュース、というか予測だ」

 

「それ、多分当たってますよ」

 

『タイラント級、ブラック・スミス』

 

 二人の声が重なる。予感は当たっていた。

 

「……と、遭遇しました。分かっていたのですか!?」

 

「言ったろう。予測だ。悪いが、こちらから支援に回れない。今大量のラプチャーに攻められ、籠城している。君たちの支援を待っている状態だ」

 

「む、無茶を言わないでください!! たった20機でタイラントを倒せと!?」

 

「以前の記録では、特殊別動隊のカウンターズが特化型ニケ3機でブラック・スミスを撃破している」

 

「あんなエリート小隊と一緒にしないでください!」

 

 ゴルドは端から諦めている様子だった。

 

「シルヴァ、喝を入れてやってくれ。君達は仮にもあのミシリスの新兵器を担いでるんだ。それに、小数の編成は浸食作用を持つラプチャーに対して有利だ」

 

「分かっているわよ……ほらゴルド、しっかりなさい!」

 

「うう……分かりました、腹は括ります。無傷で、とは行きませんよ?」

 

「欠員が出なければいい。こちらでは既に1機失った。イレギュラーも確認できた。もうミダスの電力を気にしなくてもいい。出し惜しみ無しだ」

 

「……ラジャー」

 

 通信が切れる。

 

 ゴルドの目の前に立ちはだかるのはタイラント級ブラック・スミス。ニケ達の間でも恐れられている侵食作用のある攻撃をし、また獲物を連れ去っていく。

 

 甲殻類の様な脚を忙しなく動かし、その巨体からは触手を覗かせている。その先は獲物を見定めるかのように蠢いていた。

 

 あの触手に掴まれたら終わりだ。ゴルドは唾をゴクリと呑んだ。

 

 タイラント級を屠る、新兵装の扱い方、ミダスとヌァザをどう運用するか……道はあるはずだ。

 

「西班へ通達。これよりタイラント級ブラック・スミスを撃破します。機雷型ミサイルと侵食誘発触手に十分注意してくださいっ……エンカウンター!」




「文書:第二グリーンフィールド義務教育学校防災マニュアルの一部」

・火災発生時に防火扉を閉じること。
・防火扉は各階段と廊下の境界、各階廊下の中央に設置されている。

注意点
・防火扉には通行用の小扉がある。火災時、通行人がいない場合、小扉を必ず閉じること。
・小扉下部に段差あり。転倒に注意すること。
・防火扉の稼働範囲に物を置かないこと。
・防火扉が作動した場合、グリーンフィールド消防署へ自動で火災通報が入るため、災害時以外に作動させないこと。
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