METAL-01ゴルド率いるハンドレッド部隊西班のニケたちの前に立ちはだかるは、タイラント級ブラック・スミス。
ブラック・スミスは、これから屠る相手を品定めするかのように、その体躯から露出する触手を黒く鈍く唸らせていた。
「ブラック・スミスのデータをライブラリから照合、急いでください! 触手には当たらないように! 囲んで撃ちますよ!」
ゴルドの指示でニケたちが展開する。最前線にはミシリスの最新兵器「ヌァザ」を備えたMETAL-02シルヴァが立っていた。
「触手はこちらでいなしてみせるわ!」
彼女はブラック・スミスのコアを目掛けて数発射撃し、挑発する。狙い通り、敵の注意を向けることに成功した。
ヒュン! ビュン!
漆黒の触手が不規則な軌道を描いて彼女へ迫る。
が、どの攻撃も当たる寸前、ヌァザの怪力に払われる。行き場を失った触手達は、たちまち向きを変えて地面に突き刺さった。
「この……ッ!」
地面から抜かれ、戻ろうとする触手のうち1本を掴み取り、シルヴァは思い切り引き抜こうとした。
効いているのだろう。ブラック・スミスが咆哮を上げる。未知の痛みに、このラプチャーの意識はより一層シルヴァへと集中した。
「ライブラリ照合完了! 武装は多連装マシンガン、機雷型ミサイル。侵食誘発職種もあります! ただ、生還した部隊が少数のためデータは不完全です!」
プロダクト23がデバイスを片手に報告する。そのすぐ前でソルジャーF.A.が大型シールドを構え、彼女を守っていた。
端末を見ている今この瞬間も、彼女を守る大型シールドを銃弾の礫が襲う。
「ファルコンさん、もう大丈夫です。援護ありがとうございました!」
「気にしないで! このまま盾になるから、牽制しながら距離を詰めるわよ」
ニケたちがブラック・スミスの攻撃を掻い潜りながら、徐々に包囲し、距離を詰めていく。次第に敵の攻撃も激しくなっていった。
「きゃっ!?」
突如、シルヴァの腕が意図しない方向に弾かれ、触手を手放してしまった。
「対物ライフル? やはりまだ武装を隠し持っていそうね……ヌァザをピンポイントで狙うなんて、頭が切れるわ!」
「シルヴァ! 敵を褒めてないで集中してください! 無防備でしょう!」
「まだ大丈夫よ! ロードを褒めたあなたの気持ちが分かるわ。普通のラプチャーとは一味も二味も違うわね」
一進一退の激しい攻防、眼前から無数に走ってくる弾丸、頭上には機雷が浮かび、辺りは硝煙の香りと銃声に満ちていた。
「タイラントでも、脚付きは同じ! 体勢を崩しさえできれば私達だって!!」
I-DOLL・サンがブラック・スミスの背面に回り込んだ。
ロード級との戦いを経た西班のニケ達が「どんなに強くても、地上型は足を潰せば無力化できる」と考えるのは当然のことだった。
「そうよ!! これで勝てるわ!」
また別のニケが声を上げ、加勢する。
彼女たちの士気は最高潮へと達していた。自分たちでも、鉄クズでも、活躍できる。強い敵を倒せる。
「勝利の女神」になれる。
彼女たちにとってこれは、大規模作戦でのロード級撃破という勲章すら霞むほどの、かつてない大物——タイラント級の狩りへと転じていた。
しかし、兵士とは時に戦果を焦り、慢心してしまうものである。時に狩人は、獲物に屠られるのだ。
侵食誘発触手が再び唸り始める。シルヴァは即座に防御体制に入った。
「触手……! …来ない!? 向きがーーっ」
触手の先が180度、ぐるりと回転した。そのわずかな変化をシルヴァは見逃さなかった。そして一瞬で血の気が引いた。
(他の子たちが…!)
「っ…いけない! ダメよっ!」
しかし、巨体の向こう側で叫ぶシルヴァの声は、彼女らには届かなかった。ただ、激しく響くアサルトライフルの音だけが返ってくる。
ブラック・スミスは金切り声を上げ、露出した器官をカチカチと小刻みに鳴らす。同時に、触手が馬の嘶くように震え立つ。それは明らかに、苛立ちに似た反応だった。
ーードスン。
重たく、柔らかい物に何かが突き刺さる音がした。
サンは身体を貫かれていた。赤黒く濡れた触手は胸から背中へ突き抜け、露わになった部分が脈打っている。
彼女はたちまち小刻みに体を振るわせ、数秒後に大きくびくんと跳ね上がった。
ずるり。触手が背中、胸元へと引き戻される。地べたに打ち捨てられた体が水を失った魚のようにのたうち回った。
他のニケたちは皆、その光景に凍りついた。
やがてその体はむくりと起き上がる。だらりと垂れた腕。内に曲がり、かろうじて体を支えている脚。割れたバイザーから虚ろな眼と、真紅に輝く瞳がこちらを覗いていた。
「ワ、ワタシダッテ…ワタシダッテ………」
侵食が発動した。
早く処理しなければーー誰もがそう思った。だが、タイラント級を目前に余所見をする暇など無かった。
次にあの触手が襲うのは自分かもしれない。勇んでいた脚が今度はすくみ始める。
ニケ達が怖気付いているのが分かったのか、ブラック・スミスは次々と触手を伸ばす。
そうして触手に襲われたニケ達に侵食が広がる。2機、3機……。ついには背面側についていた合計5機が侵食に遭った。
侵食されたニケたちは、ブラック・スミスを庇うように向きを変え、敵対し始める。
(まずい…! シルヴァ…は間に合わない。なら、私が動くしかない!)
ゴルドは皆が呆然とする中を掻き分け、駆け寄った。
「こちらゴルド、記録のため通信をオープン回線にします。指揮官も聞こえていますね!? ニケ5機が侵食。METAL-01が処分を執行します!」
サンは真紅の眼光をゴルドへ向けた。先程までぶら下がった操り人形のように、だらりと垂れていた四肢に芯が通る。
“それ”は咄嗟に身構え、ゴルドを見据える。
「ワタ……ワタシ…ワ、ワ……。駄目…早く、ワ、ワタ、、を…!」
ぶるぶると震える銃口がゴルドへ向けられた。直後、引き金に指が掛かかる。
パンーー。
小さく乾いた音が1発。放たれた銃弾はサンの脳天を確実に撃ち抜いた。
直後、後頭部から脳漿が噴き出る。
「…………」
即死だった。
続いて残りの4機をハンドガンで素早く処分していく。
「囮はシルヴァに一任します! 他は私の合図まで急所への発砲を許可しません! 戦闘続行!!」
シルヴァが気を引き、他が少しずつ傷を負わせる。そして、ついにタイラントの触手その手に掴み取った。
「ぐ…このぉっ!!」
シルヴァは声を荒げ、目一杯力を込める。ヌァザからミシミシと力の籠る音が響く。
「これでぇ!!」
シルヴァは腕の力をさらに強め、ついにーーブチン! 触手の1本を引き千切った。
しかしその時、シルヴァに異変が起こる。
「ゴルド! 作戦変更よ!」
「何が起きたんですか!?」
「ヌァザが、ヌァザが故障したわ!!」
見ればシルヴァの肩から煙が上がっていた。肘関節からは不規則に小さい火花が散っていた。
タイラント級の攻撃を何十回と弾き返して、彼女一人に負担をかけ過ぎたのだ。試験用の武装が今まで持ち堪えたことの方が幸いだったのかもしれない。
「くっ…試験用ではやはり……。フォーメーション変更! 現状のまま距離を開いて! 触手の射程外へ!!」
「ごめんなさい、無茶し過ぎたみたい…」
「いいえ、むしろ今までよくやってくれました。ここまで弱らせれば撤退も可能かもしれません」
ブラック・スミスは視界に映るニケ達が一斉に後退し始めるのを認識すると、触手を体内へ引っ込めた。
(ん? 逃げるのか? 別の攻撃を仕掛けるのか…?)
ゴルドの中で思考が渦巻く。攻撃か、ハイドか。この一瞬の判断に部隊の生存が掛かっていると言っていい程の瞬間だった。
追い込まれた強者は何をするか? ブラック・スミスというタイラントはどのようなラプチャーか。
答えが出るより先に言葉が出た。長年、生き残るために戦い続けたゴルドの第六感がそう告げた。
「全員、ハイドッ!!!」
それぞれが自分のすぐ近くにある遮蔽物へと身を隠した。
次の瞬間、赤い閃光が一帯を包み込む。辺りを見渡すと横一文字に家々の壁が焼けていた。
「今のは……高濃度粒子砲!? ライブラリのデータには無かった武装です!」
プロダクト23が立ち上がり、声を上げる。
「あ……」
ブラック・スミスのコアと目が合った。彼女がそう思った時には既に触手が伸びていた。
「ダメぇっ!!」
悲鳴の主はシルヴァだった。プロダクト23のすぐそばにいた彼女は覆い被さるように飛びかかる。
そして差し迫った触手は彼女を突き刺さなかった。一瞬にしてシルヴァの体へ巻き付き、勢いよく引き寄せる。
「シルヴァーー!!」
ゴルドが叫ぶ。叫んだってどうにもならない。掴まれたシルヴァの脚がブラック・スミスの体内へ取り込まれていく。
彼女の体は次第に膝、腰と呑み込まれていった。そして胸元まで呑み込まれようという時、彼女は優しく微笑んだ。
ばくり。頭が沈んだ。完全に取り込まれた。シルヴァを取り込み終えると、ブラック・スミスは大きく跳ね、西班のニケ達と距離をとる。そして弱った体をもたつかせながら逃げていった。
「ラプチャーがニケを鹵獲した……? 本当にそんなことが…」
ゴルドは目を見開いて、それを見つめることしかできなかった。
「ゴルドさん、早く追いかけないと! シルヴァさんが!!」
プロダクト23がゴルドの手を引く。その声は母に置いて行かれた子のように震えていた。そのすぐ隣にいたファルコンは泣き崩れて、動けなくなっている。
「…………」
ゴルドは黙り込んだ。他の誰も口を開けない。
「ねえ? 追いましょう! まだすぐ近くにいるはずです! ブラック・スミスを探して、倒してシルヴァさんを助けましょう?」
「…………いいえ、追いません…」
ゴルドの声は低く、絞り出すようだった。
「…っ! 何でですか! シルヴァさんが攫われたんですよ! 早く追わないと!! 早く、早くしないと!!」
プロダクト23の声が次第に大きくなり、必死にゴルドの腕を掴む。
「ねえ! ゴルドさん、早く指示を! 追いましょう! 今ならブラック・スミスを倒すチャンスです! 今ならまだ、間に合うんです! タイラントをここまで追い込んだ私達なら…」
ゴルドの眉間に皺が寄る。
(なぜ分からない? 自分が助かったその意味を…!)
「これは戦いだッ!!」
ゴルドががなり立てる。こんな怒声を上げたのは初めてだった。
「これ以上戦って何になりますか!? シルヴァが、シルヴァが自分の命と引き換えに助けたその命を、おめおめと捨てに行く気ですか!?」
捲し立てるゴルドの胸ぐらにプロダクト23が掴みかかる。
「そんなことっ、分かってます!! だから! 私が助けなきゃダメなんです!! 捕まるのは私で良かったのに……!!」
「だから……だから……ッ!」
ゴルドの右拳に力が籠る。そんなこと、シルヴァは気にしていない。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらプロダクト23はゴルドの胸にしがみつく。低く唸り、それは己への怒りの行き場を求めているようだった。
「まだ分かりませんかッ!」
シルヴァの意図を、犠牲の意味を分かろうとしない彼女に怒りが爆発する。ゴルドの振りかぶった右拳は、勢いよくプロダクト23の顔面を殴り付けた。
プロダクト23が数歩後ろへ倒れ込む。
「ぐぅっ……、痛っ………」
「ちょっと、ゴルド…やり過ぎよ……」
I-DOLL・フラワーがゴルドの肩に手を置き、制止する。
「すみません……。聞いてください、23番。最後、シルヴァの顔を見ていましたか?」
「え?」
「シルヴァは最後、笑っていました。彼女に貴女を責めるつもりはありません。何十年も組んできた仲間です。それくらい分かります」
「ただ、シルヴァを慕っていた貴女のことです。これではトラウマになってしまいます。でも、私がそうはさせません」
「それと…ファルコン、鹵獲の噂はどの程度の信憑性がありますか?」
「は、はい。この1年で2件、報告がありました」
「なら十分です。鹵獲であればすぐに殺されはしないはず。指揮官たちと合流して、向こうを片付けてからでも間に合うはずです」
「でも、どうやってブラック・スミスを追うんですか?」
「メルトにアルゴスを使ってもらいましょう。シルヴァの反応を追えるはずです」
ゴルドは左胸に掛けてある無線を手に取り、ライトニングへ報告する。
「指揮官、こちら西班ゴルド。ブラック・スミスとの戦闘終了。侵食によりニケ5機を処分しました。加えて、METAL-02が鹵獲されました。力及ばずすみません。これから合流します」
「こちら指揮官。ゴルド、よくやった。侵食とシルヴァの件は残念だが、タイラント相手と考えれば上出来だ。こちらが片付いたらブラック・スミスをなんとかしてみよう」
「北側から合流してくれ。小規模の鶴翼陣を敷く」
「ラジャー」
通信を終えるとゴルドは西班のニケ達へ呼びかけた。
「これより西班は本隊と合流する。校舎北側より進軍、鶴翼陣にてラプチャーを殲滅する!!」
「M.M.R.職員のメモ:ラプチャーによるニケの鹵獲事例についての考察」
タイラント級ブラック・スミスの触手攻撃において侵食の他に、ニケの鹵獲ケースが僅かに確認された。
数少ない事例だが、鏖殺を目的としたラプチャーの侵攻とは相反する行動に研究価値はある。
ニケを捉えた後、囮にするわけではない。意思疎通を持たないラプチャーに捕虜を人質に交渉する能力もない。
考えられるのはニケの素材化である。まだ途上の研究ではあるが、ニケのコアとラプチャーのコアに関係性が見られるとのケースがある。
噂話に過ぎないが、ピルグリムの中にはラプチャーの部品を剥ぎ取って装備しているニケがいたという報告もある。
その逆もあり得るのではないか?ラプチャーがニケを素材に自らを修理する。ニケのボディを構成するガッデシアムという金属はそれに値する強度を持つ。
確証を得るために、同じような事例を探す必要があるだろう。