ライトニング・サンダースはミシリス・インダストリーCEOのシュエンに呼び出されてアークの中心部、ロイヤルロードまで足を運んでいた。
ミシリス本社から寄越された迎えのリムジンに乗り込むと、後部座席には呼び出したはずの本人がすでに座っていた。
「CEO自らお出迎えですか。何かのサービスで?」
「んなわけないでしょうが! 偶然、私も用事があって出ていたのよ。本当ならお前みたいな下っ端軍人、同じ車に乗せてやるわけないでしょ!!」
下々の人間と同じ空間にいるのがよほど嫌なのだろう。それから本社に着くまでシュエンはずっと苛立ちを表に出し続けていた。
気を改めて外の景色を見る。車窓から見える街の広告には、ミシリスの最強部隊「メティス」がまた巨大ラプチャーを撃破したと大々的に発表されている。
ハンドレッド部隊に関しては、その隅に「三大企業合同開発の試験部隊が大型ラプチャーに勝利!」と小さなテロップが流れていた。
量産型の寄せ集めがタイラント級に勝利した。本来なら希望に満ちた話であるはずなのに。
「はぁ……」
……なのに、所詮“鉄クズ”ではこの程度の扱いか。
公園ではアークの市民たちが集会を開いて、メティスの勝利を大々的に祝っていた。色とりどりの紙吹雪が風に乗ってこちらまで飛んでくる。
「やはり量産型部隊が活躍したところで、こんなものですか」
「何よ、あれじゃ不満だってワケ? サンダース、お前が言うからこの私が直々に、メティスと一緒に宣伝してやったのよ? 少しくらいは感謝したらどうなの?」
そうは言ってもあれでは苦労した彼女たちも報われない。ほんの数人のヒーローだけじゃ、アークに勝ち目はない。
「はぁ〜〜! まあいいわ。そもそも試験部隊だからあまり公にできないのよ。我慢してちょうだい」
「シュエンCEO、貴方にはやはりメティス以外のニケは“鉄クズ”に見えますか?」
「フン、当たり前のこと聞くんじゃないわよ! まあ? 多少は頑張ったみたいだけど。でも、鉄クズ100機も揃えておいてロード2体、タイラント1体じゃ釣り合わないわ。メティスならあの局面、1時間もかからずに殲滅できるはずよ」
「それで…例の、いやこの話は貴女の部屋に入ってからにしましょう」
「今その口を滑らせていたらすぐさま撃ち殺していたわ。多少政治的な動きが分かってきているようね、坊や」
“坊や”か。……懐かしい呼ばれ方をしたものだ。だが、こんな歳になってまだその呼ばれ方は小っ恥ずかしい。
ライトニングは人差し指で頰を掻きながら苦笑した。
「坊や呼びはよしてください。父の代からミシリスにはお世話になっていますが、もうそんな歳ではありませんし……」
「ブライトのことね。アイツは優秀だったけど、くだらない最後だったわね」
ライトニングの父・ブライト・サンダースは、かつて中央政府の高官であり、ミシリスの技術を活かしたニケ運用法で名を馳せた指揮官だった。
幼い頃、父に連れられて本社に顔を出すたび、シュエンからは“坊や”、“小煩いガキ”などその時々の呼ばれ方をしていた。
「私からしたら、お前なんてまだまだ青二才よ。父親みたいになりたくなかったら精々、軽口をたたかないよう気をつけることね」
ライトニングはむっとして眉間に皺を寄せてしまう。確かに、彼の父は中央政府内の政治戦争に負けたと言っても過言ではない最後を迎えた。
「もう20年くらい前だったかしらぁ? 作戦一つで派閥争いなんてしちゃって。地上で裏切られるなんて、馬っ鹿な男だったわ〜」
だからと言って日頃から墓穴を掘ってはデイリーアークにすっぱ抜かれているシュエンに言われる筋合いは無い。
「ほら、顔に出てるのよ……。そういうところが青臭いったらありゃしない。それに、うちだってそのせいで大量の鉄クズを無駄死にさせて大損したんだから!」
「……戦争ってのは、そういうもんですかね」
そうこうしているうちに、手配されたリムジンはミシリス本社へと到着した。
豪華なエントランスを抜けてエレベーターに乗り、CEO専用の執務室へと足を運ぶ。
「その辺に適当に座ってちょうだい。おい、何か茶菓子くらい準備しておきなさい! たっく…この役立たずが!」
シュエンは秘書のリアンに向かって悪態をつく。彼女も毎日この小さな社長の相手をしていてよく疲れないものだとライトニングはつい感心してしまう。
「まあまあ。それより人払いは済んでいますか? 大事な話ですから……」
「当たり前よ。これから2時間は誰もこの部屋に入って来ないわ。その間、ワードレスが入り口で見張りもしているし」
「見張りをユニとミハラに? それはそれで心配だなぁ……」
「いちいち文句言うんじゃないわよ! おい! まだなの?」
シュエンの怒鳴り声に合わせて扉が開く。リアンは顔色ひとつ変えずに茶菓子のセットを乗せたワゴンを押してきた。
「シュエン様、お待たせして申し訳ありません。紅茶とケーキをご用意しました。ライトニング様はお砂糖やミルク等、いかがなさいますか?」
「いや、私はそのままでいい。ワゴンの下段にクッキーが入っているだろう? 私にはそれをくれないか?」
「よくご存知ですね。ではケーキの方はお下げいたします」
「ああ、ケーキはそのまま置いていてくれ」
「承知いたしました。それでは私はこれにて」
リアンが部屋を去る際、扉の向こうに桃色の髪と黒い長髪が揺れているのが見えた。ワードレス部隊のユニとミハラも見張りの準備ができたようだ。
扉が完全に閉まり切ると、ライトニングはケーキの乗った皿をシュエンの方へ差し出す。可愛らしいデコレーションのてっぺんには赤い果実が輝いていた。
「CEO、甘いものには目がないでしょう? これ、地上産の苺ですよね。偽物と違って甘味と酸味にばらつきが出る。でも、そこがまた楽しい」
「餌付けか何かのつもり? こんなものもらったってアンタの要求を飲むとは限らないわよ?」
そう言いつつもシュエンはケーキをがつがつと頬張る。
「要求……というほどのことではありませんが、先日の作戦で失った6機分、ニケを補充はお願いしますね? それからアンリミテッドとの共同作戦の申し出をテトラのマスタングCEOにお願いしたいのです」
「共同作戦だあ? なんでアンタの実力不足のために私がマスタングに借りを作らなきゃなんないのよ!」
「しかしエルヴィスは手続き中だと…」
「あんのクソデブ!! 私の許可なしに…!」
ハンドレッドは三大企業の合同試験部隊だ。設計はエリシオン、技術はミシリス、資金はテトラライン。技術面で一番貢献しているミシリスは、この事業で他社に対して大きい態度を取れていた。
だが、ここで借りを作ってしまえばその立場も揺らぐ。だからこそ、シュエンはここまで怒っているのだ。
「まあまあ…代わりと言ってはなんですが、今度テトラからの依頼もハンドレッドが受けます。これでチャラにできませんかね?」
「ふーん……ま、このくらいの借りならそれで十分だわ。できるだけ被害を抑えなさいよね。ハンドレッドが負けるということはうちの技術に問題があるということでもあるんだから」
「胸に留めておきます」
ガミガミと小言を言い続けるシュエンを後に執務室を出ると、空気が一気に軽くなった気がした。壁も床も白いせいか、視界も明るい。
同時にライトニングがため息をつく様子を見て、ワードレスの二人が微笑みかけた。
「お、ユニにミハラ。久しぶりだな。元気にやってたか?」
「大尉じゃん。久しぶり」
「サンダース大尉、貴方こそお元気かしら? 少々疲れが溜まっているようだわ」
「そりゃあシュエンと話をすれば誰だって疲れるさ。君たちは作戦の方、順調なのかい?」
ワードレス。シュエンが開発したラプチャー捕獲部隊。新種のラプチャーを捕獲し研究するために活動をしている。最近は新しい任務に出ていると聞いていたが、アークに戻ってきていたようだ。
「今回は極秘任務なの。だからヒ・ミ・ツ」
ミハラが人差し指を立てると、蠱惑的な唇がつり上がった。肩に垂れる長髪をさらりとはらうと、彼女は踵を返した。
「それじゃ、私たち次の任務があるからもう行くわね。これからもシュエンと仲良くしてあげてね」
「任せてくれ。昔からそれは得意なんだ。あんなでも、彼女なりに頑張ってるさ。誰かが支えてやらないと」
「またしばらく会えなくなりそうなの。どうか元気でね」
「じゃあね! サンダース!」
美しいフォームで歩き去ってゆくミハラの後を、ユニが軽い足取りで追いかけていく。
だんだんと離れていく二人の姿は、ふっと今にも白い光に溶けてしまいそうだった。
「極秘の任務……ね」
無機質な白い廊下に、コツコツと二人の足音だけが反響していた。
「デイリーアーク特集:メティス、巨大ラプチャーに大勝利!」
先日、ミシリス・インダストリーのニケ部隊「メティス」がまたも巨大ラプチャーに勝利した。
我々デイリーアークの取材に、メティスのヒーロー、ラプラスはこう答える。「敵は大きく、巨大だった! だが私たちメティスは決して挫けない! アークの皆! アークの平和は私たちメティスが守る!」
ラプラスらしい自信に満ちた答えに会場は喝采。ミシリス・インダストリーの技術と実力を確かなものと実感させてくれた。
また、ほぼ同時期に同社から三大企業合同開発の量産型部隊が大型ラプチャーを撃破したとの発表も出た。
メティスだけでなく、地上奪還のために技術の粋を尽くすミシリス・インダストリーに今後も期待していきたい。