夕方、ミシリス本社から前哨基地に帰ると、業務用のパソコンに通知が来ていた。エルヴィスからだ。
件名には「次の任務について」とある。
本文にはMETAL-02シルヴァを鹵獲したブラック・スミスの潜伏予想地点とテトララインからの依頼が記されていた。
ライトニングはパソコンを閉じると、前哨基地内に放送を入れた。
「ハンドレッド中隊に告ぐ。本日18:00、大会議室に集合。次回作戦の概要を伝える。以上」
日が沈むにつれてニケたちの動きは忙しなくなっていった。そして、定刻を迎える頃、ブリーフィング用の大会議室はざわつきに満ちていた。
ライトニングが入室すると一瞬にして場が静まり返る。これはシルヴァの救出作戦。言われずとも皆分かっているのだ。
指揮官の登壇に合わせてMETAL-00メルトが号令をかける。
「気をつけ、敬礼!」
一同は真っ直ぐにライトニングへ注目した。
「今日、ミシリスから情報を得た。METAL-02シルヴァを鹵獲したと見られるブラック・スミスの逃走した方位や目撃情報を基にある程度の位置が割れた。場所は……北部氷雪地帯」
会場が一気にどよめく。またリスクの高い作戦だ。ハンドレッドのニケたちは恐れを感じることはなかったが、緊張がほんの僅かに彼女たちの心を縛りつけた。
大会議室に再び静寂が訪れると、ライトニングはプロジェクターで氷雪地帯の地図を映し出す。
「これを見てくれ。予想されているポイントはこの3箇所。一つは山脈麓の大きな谷間。過去の探索データからこの辺りに洞窟があるそうだ。アンリミテッドとはここで合流する」
モニターには過去の探索部隊やアンリミテッドから提供された写真が映し出される。
大きいとはいえ、なだらかな谷だ。その脇に何箇所か大穴が空いている。元は水脈だったのだろう。
「次が中腹にある火口湖」
山の中腹にはカルデラが形成されているらしく、ライトニングが指し示す箇所を見ると、山腹を丸ごと掬い取ったように巨大な窪みがあった。
山体を吹き飛ばすほどの噴火によって作り出される地形。その底は自然の持つ脅威が大口を開けて深淵に誘っているかのような暗さを孕んでいた。
「最後に山頂だ」
ライトニングが言い終える前に声が上がった。
「ちょっと待ってください!」
METAL-01ゴルドが一歩前に進み出る。
「洞窟も火口湖も潜伏場所として理解はできます。どちらも身を隠せますから。でも、なぜ山頂が候補に?」
もっともだと言いたげに他のニケ達もうんうんと頷く。
そもそも、氷雪地帯にそびえる山脈は高度が増すほど危険度が上がる。誰も危険を冒してまで山頂へ近づきたくないのだ。
「これに関しては正直、不明としか言いようがない。ただアンリミテッドから、山頂付近に異常を感じたという情報が入っている」
「今回はテトラからの依頼も兼ねていてな。山頂への調査もその内ってわけだ」
「本作戦の目的は、シルヴァの救出とイレギュラーが拠点にしている場所の割り出し、山頂付近の調査の3点だ」
ライトニングが合図するとMETAL-00メルトがアトラスケースに仕舞われていたアリアドネを取り出して掲げた。
「これが今回試験する新兵装、アリアドネだ。全員に支給される。使い方はよくあるニケ用のロープと同じだ。雪山仕様でより頑丈に、より長く作られている」
新しい装備が全員に支給される。
「私達も使えるんだ…楽しみ」
「250メートルもあるの!? これなら安心?」
皆それぞれに浮き足立つ、嬉しい知らせだ。量産型のニケに専用の装備が支給されることなどまず無いのだから。
「みんな、落ち着いてくれ。雪山での調査は吹雪、雪崩、滑落……様々な危険が待ち構えている。そんな時皆の命を救うのがこのアリアドネだ。これを使う状況に陥らないことが何より重要であることを忘れないように」
ライトニングはプロジェクターの電源を切ると、演台から出て暗くなったスクリーンの前に立ち一同を見渡す。
「北部氷雪地帯はアンリミテッドや多くの部隊によって調査が進められているが、まだまだ未知の領域も多い。これは我々が大自然の脅威に挑む作戦でもある」
ニケ達が全員、ライトニングの目を見る。号令の時が来た。
「明日、12:00よりシルヴァ救出と北部氷雪地帯の調査、この二つを目的に『女神の山嶺作戦(オペレーション・サミット・オブ・ゴッデス)』を開始するッ!」
翌日、前哨基地を出たハンドレッド部隊は北部氷雪地帯へ向けて行軍を始めた。
地上エレベーターから出たところにある廃都市から景色はのどかな郊外、草原へと続き、いくつかの森林や川を越えると、次第にその空気は厳しい冷たさを帯びるようになっていった。
途中、1日の宿泊を挟んだ。だんだんと鮮やかな緑が減り、土の色が目立ち始めると、夜は寒さが増す。
夕食を終えたライトニングは自身のテントに戻り、寝袋の準備を始めた。
あちこちに立ち並ぶテントにはまだ灯りが残っており、ニケたちの楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「やっぱり、シルヴァがいないと締まりませんね。」
「ゴルド。君もまだ起きていたのか」
「ええ。いつもなら今頃『早く寝なさいっ!』ってシルヴァの怒鳴り声が聞こえてきますよ」
「ははっ、確かに。そうかもな。シルヴァがいないと静かだ。まあたまにはいいんじゃないか? 本格的な登山は明日からだ。今のうちに英気を養ってもらおう」
「そうですね。それではおやすみなさい、指揮官」
「ああ、おやすみ」
翌日、さらに行軍は続く。朝焼けの中進むハンドレッド部隊の影がいくつも重なって一つの大きな波のように西へ伸びていた。
しばらくして赤土の露出した斜面を登り切ると、先には点々と白い斑模様が広がっていた。その表面がきらきらと日光を乱反射して輝いている。
やがて斑模様のひとつがぴょん、と跳ねた。山兎が紛れていたのだ。白い斑の中に二つの黒点を散りばめながら奥の方へ遠ざかっていく。
兎を追ってふと見上げると、そこには高くそびえ立つ清白の山峰。この白い斑点の正体は雪だ。
「あ。ファルコンさん、見てください! 雪ですよ、雪!!」
「見るの、初めて?」
プロダクト23とソルジャーF.A.は相変わらず浮かれているのか、それともシルヴァ鹵獲のきっかけを作ってしまったことを忘れたいのか。
いつもの二人ならこの場ですぐにでも雪遊びを始め、シルヴァに叱られていた事だろう。
「はい! いやあ、雪山に来て良かったなあ!!」
「そう。………私は、一度だけ…」
「あーー。……ごめんなさい。なんか無駄にはしゃいじゃって。こんな時なのに」
ずしん。俯いていた二人は急に重さを感じた。METAL-01ゴルドが間に割って入り、二人の肩に腕を回してきたのだ。
「二人とも、そう気を落とさないで。これから助けに行くのに、お通夜みたいな顔しないでください」
一番辛いのはずっと共に戦ってきた戦友を失ったゴルドのはずだというのに、彼女自身は何一つ気に留めていないようだった。
しかし、それもまた振る舞いなのだとプロダクト23は悟った。シルヴァを失ったあの日、初めて激昂したゴルドの姿を見た。
あの日の彼女を思い返すと、ここまで気を遣わせていることに申し訳なさと恥ずかしさが込み上げてくる。ゴルドのためにも、自分のためにも、もっとしっかりしなければ。
「そうだよ。もうちょっと役に立たないとね。データの確認でも何でもやらなきゃ」
ゴルドやファルコンが先に進んでいく中、遅れて彼女はとぼとぼと歩く。シルヴァの教えに倣って、エリシオン製の電子ライブラリを見つめながら。
どのくらい足が進んだだろうか。突然、目の前にいたファルコンの背中がぶつかった。
「…ファルコンさん、止まらないでくださいよ」
「もう、聞いてなかったわけ? メルトさんがアルゴスに反応があったって」
「アルゴス・システムに反応!? もしかしてシルヴァ…」
「違うから! ラプチャーでもニケでもないけど、何か警告音が止まらないんだって」
「えぇ……故障じゃないんですか? ヌァザだって、前の作戦で故障しちゃったじゃないですか。新兵器とは言っても、所詮試作品なんですよね」
「23番、悪いけどアルゴスは本物よ。ミシリスもエルヴィスも100%信用できるわけではないけれど、この機能に今までずっと助けられてきたのよ。それに……」
メルトがアルゴス・システム以外の様々な機器を取り出す。携帯型デバイスの地図データ、部隊共有の通信機、その他気温や気圧、標高等の自然環境を示す機器がどれも警告音を響かせていた。
「何故だ? ……さっきまで全て正常に作動していたはずだ。一体何が起こっているんだ……」
ライトニングは自身のデバイスも手当たり次第に探って確認するが、どれもピーピーと泣き叫ぶばかりで役に立ちそうもない。
「まいったな、こりゃ……」
「あ、指揮官! こっちのデバイスは生きてるよ!」
I-DOLL・オーシャンが列の間を割って入ってくる。その後ろにいるMETAL-06ロウも同じようにデバイスを指差している。その画面には正常な数値が表示されていた。
「2人のデバイスはカスタムしてあるんだったか?」
「ロウのはそうだけど、私のはエリシオンの純正よ」
確認すると、皆それぞれ機能する端末とそうでないものが入り混じっていた。
「ロウ、何か分かるか?」
「気温の急激な変化や高度の変化、電子機器は色々デリケート……」
メカニックの彼女でも原因が掴めないとなると対処のしようがない。いや、先の作戦で手痛い目に遭ったように、あのイレギュラーの仕業という可能性もある。
ーーラプチャーの能力によるジャミングや電波妨害の類か、自然現象による障害なのか。
「メルト、アルゴスを常に稼働させてくれ」
「しかし、位置情報の機能は失われていますが……」
「構わない。そのうち回復するかもしれないし、サーモグラフィーとか、まだ動く機能があるだろう? 使えるものは使っていこう」
「了解…。せめて、アンリミテッドの合流までに良くなるといいですね」
「ああ……通信機器の様子を見ながら進もう。そもそもが高山の探索だ。通信機器の故障は付き物と聞いている。各自、地形図とコンパスの確認は怠らないように」
メルトはこれから登る山の頂上を見上げた。彼女たちを迎え入れようとするその山体は命を感じさせない静けさと、残酷な美しさを放っていた。