禍々しさと神々しさを湛えた霊峰に白銀の風が吹き付けていた。いよいよ雪山の様相が強まってきた。
ハンドレッド部隊は本格的な登山を開始した。赤土だった斜面は岩石へと肌を変え、まばらに残っているだけだった雪が全面を覆うようになっていった。
「さすがに冷えるな……中央政府から支給された雪中用のコートだったら凍え死にそうだ」
「ふふっ、登山用の装備を用意しておいて良かったですね指揮官」
METAL-00メルトが微笑みかけた。ライトニング1人だけが仰々しい雪山ウェアを身につけ、アイゼンにピッケルを持ち万全の状態だが、ニケたちは平然としている。
「私、そろそろ温感センサーを切ろうかしら」
「ええ! まだ切ってなかったの!? 私なんか昨日からずっと切ってるよ? 寒くて夜寝れないもん」
彼女たちの体が機械であると、兵器であると改めて実感する。ただ、それが長く続きすぎてしまえば、思考転換につながる恐れもある。
シルヴァ救出を考えても、やはり時間はかけられない。タイムリミットはあと5日といったところか。
「メルト。今のところアルゴスはどうだ?」
「いえ、まだだめです。サーモグラフィー等、他のデータは正常に作動しています。位置情報のみ、ノイズがかかっています」
「分かった。そのまま起動し続けていてくれ」
雪山に入ってから2、3時間が経過した。ライトニングの手にある地形図は時間が経つにつれ、書き込まれるメモの量が増えていった。
そこへさらに赤いペンで新たなメモが記される。登り続けてついに尾根へ出たのだ。
「もう少し先で尾根が開けているはずだ。そこで少し休憩をとる」
「かなり登りましたね」
「ああ、500mくらいだ」
「え〜!? まだそれくらいしか登ってないんですか? こんなに頑張ったのに〜〜」
I-DOLL・オーシャンが愚痴をこぼす。メカニック志望の彼女にとって、体が資本の軍事作戦はかなりきついだろう。
「オーシャン…もう少し、鍛えた方が…いい……」
「ロウ! あなただって満身創痍じゃない!」
METAL-06ロウがフラフラと倒れ込むように、仰向け寝転んだ。
「はぁ…空気が、はあ……美味しい」
「全く、二人とも帰ったらトレーニングしましょう! メカニックだからって怠けてちゃいけません!」
そこへやってきたソルジャーE.G.が励ましという名の追い打ちをかけていた。
「ひどい……イーグル、あなたは鬼教官……」
「ロウ、あなたは特に。軍事作戦でも何でも、最後にものを言うのは体力なんですから。スタミナが命を助けるんですよ!」
「ん〜〜イーグルの言い分も分かるけどぉ、アタシ的にはスノーモービルでこう、ブウゥン! って登りたいな〜」
そう発したのはMETAL-07ルーシィだった。前屈みになり、ハンドルを切るジェスチャーをしてスノーモービルを運転するふりをしている。
「ルーシィはいつも運転ばかりだものね…でも元気そうじゃない。私たちと同じ体力の無い側だと思ってたわ」
「甘いな〜オーシャンは。アタシは運転も運動も好きよ?」
「アウトドア派ってことですね!」
元気なイーグルとルーシィを横目に、ロウは携行食料を口にした。回復にはこれが一番だ。
「これ……美味しくない」
「あ、それエルヴィスから貰ったやつ。あいつミシリスの地下に潜ってこればっか食べてるんですって。笑えるでしょ?」
ロウが手にしているパッケージには“一本大満足”と角張ったロゴでシンプルに名前が印刷されていた。
「一本大満足? 聞いたことない商品ですね?」
「タレント部隊のヤンが超格安で捌いてるのよ。滅多に外に出られないからってまとめ買いしてるんだって」
「あの人、時間がないからって美味しくないものまで貪るのよ。この前なんかマイルドコロッケバーガー程度で喜んでたわ」
「メカニックも研究者も、どうも不健康よね。私は健康なメカニックを目指すわ!」
オーシャンが人差し指を突き立て、自信のある声で言う。イーグルもルーシィも余裕の表情を見せている中、ロウだけが未だぐったりと横になっていた。
だが休憩が始まってもう20分が過ぎようとしている。行軍開始は彼女を待ってはくれなかった。
「各員聞こえるか? そろそろ出発する。隊列を組むように」
ライトニングの通信が入る。時間はこれ以上の休息を許してはくれないようだ。
「指揮官……あと、5分……」
「だめだ。もう行くぞ、ロウ」
「そんなぁ……」
イーグルとルーシィに引きずられ、ロウが運ばれていく。それを見てソルジャーF.A.とプロダクト23の二人組は笑いを堪えていた。
「少しは元気が出たみたいですね」
「あ、ゴルドさん!」
METAL-01ゴルドが2人の肩に手を当てる。引き寄せられた二人の肩が少しだけ触れた。
「あっ。フ、ファルコンさん、行きましょうか!」
「そ、そうね。まだまだ先は長いんだし、張り切っていきましょ!」
手を繋いだ二人は“いつもの”二人のように列へ戻って行った。それを見届けたゴルドは安堵の息を漏らす。
「どうやら少しはマシになったみたいだな」
「ええ、指揮官。二人ともこのまま成長して欲しいですね」
「ああ、あの子たちのためにも救出は必ず成功させよう」
休憩が終わり、登山が再開する。なだらかな尾根の上をさらに2時間ほど進むと、ゆらゆらと黒い筋が空へ消えていくのが見えた。
「あの辺は……ちょっと待ってくれ。地図を見る」
広げられた地図の現在地とルートを照らし合わせ、指で辿っていくと等高線が強く波打つ場所に行き着いた。
おそらく、煙の上がっている位置はちょうどアンリミテッドと待ち合わせる予定の場所だろう。
「ま、まさかラプチャーと戦闘しているんじゃ!?」
列の中からそんな声が上がり始めた。ライトニングは彼女たちを抑えるように言った。
「戦闘の音は聞こえないし、雪煙も上がってない。きっと狼煙だろうから心配いらない……ほら」
「おーい! こっちよ!」
ライトニングの指差す先、煙の上がっている方から声が聞こえてくる。
少し下った沢からこちらへ呼びかけているのは白いコートを着たニケ、アンリミテッド部隊のルドミラだった。
駆け寄ってきたルドミラはライトニングへ手を差し出した。
「大尉、久しぶりね。最後に共同作戦をしたのはいつだったかしら?」
「3年前、ジャックフロスト部隊の北部探索だ。変わりないようで安心した。また君と組めて心強いよ」
ライトニングは差し出された手を握って答える。
「ええ、こちらは相変わらずよ。それにしても、貴方が噂のハンドレッドの指揮官になっていたなんてね」
「過大評価さ。なかなか上手くいかないことも多くてな」
「今回も厳しい任務になりそうよ。もしものためにアリスとネヴェは置いてきたの。いつでも私たちを捜索できるようにね」
北部氷雪地帯の探索に長けたルドミラでも、今回の任務の難易度が高いことを危惧していた。
彼女ほどのニケが言うのだ。もしかしたらマスタングからも何か聞かされているのかもしれない。
「マスタングCEOは何か?」
「どうやら過去のデータと地形データが少し異なるようなの。社長はタイラント級ラプチャーの仕業である可能性も考えられると言っていたわ」
「地形の変化? タイラント級にしたってそこまで出来るものは少ないぞ……ただでさえブラック・スミスが潜んでいるかもしれないのに、さらにもう1体となると……」
「大物との連戦は避けられないわね。それに、例のイレギュラーもいるのよね?」
「おそらくな。前回のことを考えると、周到にこちらへの罠を仕組んでいてもおかしくない」
ライトニングはルドミラと詳細な情報をやりとりした。アンリミテッドが持っている雪山の情報、ハンドレッドが持っている敵の情報。
その中で見えてきたのはこの雪山一帯の異変とイレギュラー、ひいてはその一味とされるラプチャーたちには関係がありそうだということだった。
「今日はここでビバークしましょう。明日、洞窟群を探索するわ」
「分かった。ここなら地形的にも安全だ」
ライトニングの指示でニケたちが野営の準備を始める。これから本格的に雪山へ挑むことになる。
初めに向かうのは水脈跡の洞窟群。遠くに見えるそれは、いくつもの深く暗い口をぽっかりと開けて、こちらを誘っているようだった。
「会話記録:ジャックフロスト部隊」
ソルジャーO.W.「ねえ、私たちの部隊、ついに名前が付いたみたいよ!」
I-DOLL・フラワー「見た見た! デイリーアークに載ってたわよね〜」
プロダクト12「そんな大事みたいに喜ぶなよ、隅っこに小さい記事がついてるだけだろ?」
ライトニング「そんなこと言って、君も嬉しそうじゃないか」
プロダクト12「まさか。オレが?」
ライトニング「おやつのパーフェクトバー、いつもより1本多いじゃないか」
プロダクト12「あ…」
ソルジャーO.W.「あはははは!」
I-DOLL・フラワー「ふふっ、ふふふ…」