鉄屑の赫き   作:姫神__

9 / 30
アルゴスの目

 ミシリスが開発中の兵器「アルゴス」。使用者の半径500m内の地形情報や敵味方の信号識別、未確認の熱源体等を感知する高精度レーダーシステム。もし指揮官級のニケがいるのなら、戦場は大きく変わる。サンダースの脳裏にはMETAL-00メルトの姿が浮かんでいた。

 

 METALシリーズのニケは「Multiple Equipments and weapons for Tactical Adaptable to various Locations(多様な土地に適応可能な複数の戦術武装)」をテーマとして作られ、その頭文字から名前が付けられた。

 

 様々な武装に対応できるシンプルかつ頑丈な構造をしており、機能面でもその武装を多用途に使い分けられるよう、高水準の戦闘プログラムがインストールされている。

 

 まさに、今回のような兵器の試験運用部隊としての使い道も考えられていたのだろう。あのシュエンがこの部隊の創立に手を貸すだけのことはあるようだ。

 

 ハンドレッド部隊の中でもMETALシリーズのニケの判断力や行動は優秀なものだった。特にメルト、ゴルド、シルヴァの3人。シリーズの最初の3機ということもあり、かなり高スペックに作られたのだろう。

 

 ライトニングはその3機の中から、部隊長ということも兼ねてメルトを使用者にすることを考えていた。

 

 契約から数日後、昼過ぎにM.M.R.の職員が前哨基地に来た。トラックの荷台から仰々しいコンテナを下ろすと、白衣を着た男が脂ぎった眼鏡を拭きながらとことこと駆け寄ってくる。

 

 その小太りな白人男性は、きれいに揃えた人差し指と中指で、カチャリと鼻当てを掛け直すと、話の準備が終えたとでも言いたげにこちらを見る。

 

「君がライトニング・サンダース大尉かね?ボクはM.M.R.で兵器開発部門の特殊兵器チーム主任を務めているエルヴィス・エドワーズだ。話に聞いていると思うが、今日はアルゴスを届けに来た。こいつは結構な自信作なんだ。ぜひ有効に使ってくれ」

 

「よろしく頼む」

 

 エルヴィスの瞳がぎらりと光る。どうやら、話はこれだけではないようだ。

 

「シュエンから、『さっさと地上に出してデータを取ってきなさい』なんて言われたもんだから、ボクから君の名で最適な任務を引き受けてきた。すぐにでも実践の記録をみたいのでね。なに、安心してくれ。バーニンガムから許可は取ってある」

 

 ずいぶん話の進みが早い。シュエンは目先の利益を見て言っているのだろうが、この男はきっと心からこの新兵器を試したいのだろう。きっと良い間柄になれるはずだ。ライトニングは自分と似た者に会えたことに少しの喜びを感じながら手を差し伸べた。

 

「正直、かなり期待しているんだ。私も早く試したい」

 

 エルヴィスは快く手を握り返し、軽く揺さぶる。彼もまた、ライトニング・サンダースという男に出会えたことを嬉しく思っていた。

 

「まずは装着のみを試してくれ」

 

「メルト、頼めるか?」

 

 ひと抱えあるコンテナを開封するとシュウ、と音を立てて蓋が開く。ヘッドギア状の装備、アルゴスがその姿を見せる。

 

「これがアルゴス・システム……」

 

「さ、ゴーグルやバイザーと要領は一緒だ。つけてみてくれ。旧時代の神話、百目の巨人から名前をとった、最高にイカすデバイスさ」

 

 メルトは恐る恐る頭に装着する。すると視界に、いや脳内に直接と言った方が正しいだろうか。まるで初めてイヤホンを耳にはめたとき、空気振動からも、骨伝導からも音を得る感覚が新鮮に感じるように、アルゴス・システムが見せる景色は光の刺激としても、脳内の視覚野での認知としても、確かに情報が処理されている。

 

「す、すごい。本当に瞳が100個あるみたい。何もかもが頭の中に流れ込んでくる」

 

 彼女の脳内には情報が延々と認知され続けている。縁取られた人間のシルエットが2つ身長まで表示されている。

 

 そして建造物が何棟も並び、周囲を囲む外壁、外壁の奥にはエルヴィス以外の職員が乗ってきたトラックーー直接見えないが排気ガスがサーモグラフィーで検出され、その脇には55dBの数値が行ったり来たりしている。その出所の辺りに、大型車両ほどの大きさの、ぼやけた影が映し出されているーーがエンジンをかけたまま、停まっているであろうことが予測される。

 

「あの、半径500mと聞いていたのですが、私の視界を様々なカメラで視認しているだけの様にしか見えませんが」

 

「ああ、それは近接モードだ。こいつは音声認識もする。『遠隔モード』」

 

 エルヴィスがそう唱えると、数値や特殊カメラで見えていた視界が一変する。俯瞰した地図のように広がり、自分がいる中心に白い点が打たれている。周囲の状況がより広く、しかし簡素にわかる。

 

 まず、この先どの方角にも平地が続き、後ろ側に建物群、つまり前哨基地の居住エリアがある。建物、というより障壁の様な扱いなのだろう。線が直角に何本も交わった集合体が見られる。

 

 そして自分のすぐ傍に青い点が2つ。ライトニングとエルヴィスだ。そして居住区を中心に至るところに黄色い点が散見される。これがニケの信号なのだろう。

 

「では、この2つのモードを切り替えながら運用することが要になるのですね」

 

「お、飲み込みが早いなぁ。きっとボクでも君を装着者に選んだよ。ただし、一つ言わせてくれ。最も明瞭に情報を得られるのは、実際の瞳だけだ。アルゴスは実質98個の目玉なのさ。君の目を合わせて100になる」

 

 メルトが礼を言いながらアルゴスを外すと、急に膝から力が抜けた。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「指揮官、すみません。外した途端に強い倦怠感が……少し慣らしていかないといけませんね」

 

「それはこれから訓練していこう。ともかく、エルヴィス・エドワーズ、アルゴスを無事受け取れたこと、そして君に会えたことに感謝する。今日はもう日が落ちてしまうから、前哨基地に泊まっていくといい。夕食をとりながら任務について話し合おう」

 

「お気遣いありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 ニケ達が大食堂でそれぞれ食事をしている中に、ライトニングとエルヴィスも混ざって夕食をとる。100人規模の食堂なだけあって、余裕のある大きい10人掛けのテーブルが10台、均整に配置されている。奥の厨房では今日の当番になっているニケがせっせと調理している。

 

 カフェテリア方式で、厨房の手前にあるカウンターにはパン、サラダ、スープ、肉の炒め物と、出来上がったものが次々追加されてゆく。

 

 人間に会えたのが興味深いのか、嬉しいのか、列のすぐ後ろにいたI-DOLL・オーシャンとソルジャーO.W.がこちらを見て、はにかんだ。

 

 長い列を抜けて、空いている席に腰掛け、エルヴィスは100機ものニケと生活を共にするという初めての体験に疲れを見せた。

 

「な、なんだかすごすぎて落ち着かないな、ニケだらけの空間で食事するというのは」

 

「ん?  M.M.R.にだって研究職のニケがいるだろう?」

 

「別に、その子たちと一緒に食事なんかしないさ。そもそも誰かと食事するなんて数ヶ月ぶりだよ」

 

 彼はよほど人付き合いが苦手なのだろう。研究員というのも頷ける性格だとライトニングは思った。そしてそんな彼でもシュエンに対する処世術を身につけているとなると、いよいよミシリス本社が心配である。

 

「そうだ、任務を伝えないといけなかったな。ま、内容は簡単さ」

 

 今回の任務は旧市街地で信号が途絶したミシリス製量産型ニケ部隊の捜索、実地調査だった。シュエンが急かしたわけである。

 

 エルヴィスが言うには、この旧時代の廃墟群は、高層ビル、高架線、地下施設等、様々な建造物が入り乱れた、かつての都心だったとし、地図があっても捜索は困難であるそうだ。

 

「つまり、アルゴスを試すにはちょうどいい任務ってわけだ」

 

「期限は2週間か、結構切羽詰まってる部隊なのか?」

 

「……『ホワイト・ダフネ』って知ってるかい? 地上の植物種の保存を目的とした部隊なんだ。ハッピーズーなどのような種の保存を目的とした部隊で、特に植生調査がホワイト・ダフネの主な任務だ」

 

「その部隊が捜索対象なのか?」

 

「いや、ホワイト・ダフネもカスタムモデルのニケで構成されている、といってもたったの2機だけどね。その2機との通信が途絶したのが2週間前。そして7日前に調査に出た先遣隊までもが、音信不通になってしまったんだ」

 

「なるほどな。何が簡単な内容なんだ、ずいぶん難しい任務じゃないか……」

 

 まあそう言うなって、とエルヴィスはライトニングを宥めながら詳細な情報をやり取りした。

 

 ホワイト・ダフネが2週間前に通信途絶した際、最後の通信記録が残されていること、それを頼りに向かった先遣隊は通信状況が悪かったことから、エブラ粒子が濃いと想定される。さらに、残っている会話記録はどれも不自然であるということもエルヴィスは聞かせてくれた。

 

 これらの状況から、ライトニングは分隊数を細分しない方が良いと提案し、結果としてメルト、ゴルド、シルヴァを分隊長とした3分隊編成で捜索することにした。アルゴスの索敵範囲から離れないように3分隊をゆっくりと動かす。被害を極力出さない捜索になるように組んだ。

 

「まずは準備だな。三日は欲しい。そしてメルトには少しでもアルゴスに慣れてもらう。エルヴィス、君の見解も聞きたい。通信士を基地に置いていくから、君も任務期間中はここに滞在してくれないか?」

 

「もちろん。ボクも君の部隊に興味が出てきた。何よりアルゴスの成果をリアルタイムで拝みたいからね」

 

 ライトニングは通信途絶という状況を訝しんでいた。またイレギュラーなラプチャーに遭遇するのではないか、彼の勘は前回の任務にまだ囚われていた。

 

 どうも不安で脳内に霞がかかる。皆が寝静まった後、指揮官室の窓から見る星は、妙にか細く、滲んで見えた。




「通信記録:ホワイト・ダフネ隊」

任務1日目
「こちらホワイト・ダフネ隊、ヴァイン。感度良好。これより旧市街地での植生調査を開始する」
「こちらアイビー。天候に変化。雨が降りました。濡れた草花が表情を変えてきれいだね」

任務2日目
「こちらヴァイン。先日の雨の影響か、霧が濃い。ラプチャーに充分注意して行動しましょう」
「こちらアイビー。鳥や鹿など、野生動物が多いね。虫もたくさんいるよ。豊かな生態系は見ていて楽しいね、ヴァイン」

任務3日目
「こちらヴァイン。霧が一向に晴れない。様子が変だ。高山帯でもないのに……」
「こちらアイビー。亜高山帯を形成しているんじゃないかな。背の高い建物が多いし、この辺りは結構寒いみたい。元々の標高も少し高めなのかも」

任務4日目
「……こちらヴァイン。ラプチャーと交戦中、アイビーと逸れた。通信状況が悪く、連絡が取れない。この通信も届いていますか?基地局、応答願います」
「こちらアイビー。おーい、ヴァイン。聞こえないのかなぁ。エブラ粒子もそんなに濃くないと思うけど……あれ? ここさっきも通った所だ。リング・ワンデ・リングなんて厄介な霧だなぁ、あまり動かないでおこうっと」

任務5日目
「……こ…イン。き…が濃…て何も……い。視界が……瞭で捜……難だ。ラプ…の数……増え……」
「こ……アイ……ヴァイ…ど…に……の? 急…静……った…え!? ラ…チャ…い…の間に!」

任務6日目
「嫌ぁっ! ヴァイン! 助けて! ヴァインッ! ヴァインッッ! く、来るなぁっ!!」

文書記録1「ミシリス通信基地局」より
 ……以降、ホワイト・ダフネ隊との通信が完全に途絶。任務開始より7日目には一切の通信がなかったため、ミシリスより量産型ニケ3機を先遣隊として派兵。

文書記録2「ミシリス通信基地局」より
 先日ホワイト・ダフネ隊の捜索に出た量産型ニケの先遣隊が同じ様にして通信途絶。中央政府を通して指揮官向けの捜索任務を発行。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。