CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3 作:甘井モナカ
1
怒号が響き渡る。
静まり返っていた廃墟からは幾つもの足音、武器の携帯音が重なり反響を繰り返す。
物陰から様子を伺っていたレベッカはひっくり返りながら、表情を強張らせた。
「な、なんだ!?急に!おい!どうなってんだよ……!?」
『……どうやら奴さん、しくじっちまったみたいだな』
『あちゃー。マズいわねー。ジャミングが再起動して、アクセス経路を遮断されてる。これじゃ内部の状況が把握できない』
「はぁ!?」
通話越しから飛び交う不穏な単語に焦燥感を滲ませながら、レベッカは顔を持ち上げた。
彼女の視界の前に広がる、巨大な廃墟の壁。点在する窓枠から溢れ出す喧騒は止まる気配が無い。
一変した状況に舌打ちしながら、手にした銃のセーフティを解除したレベッカは瓦礫を背に立ち上がった。
次の瞬間。
発砲音と共に、彼女の顔のすぐ横を一発の弾丸が掠めた。
「外した!?」
「おい!こっちにも敵がいるぞ!」
「出て来やがれー!ハチの巣にしてやるぜー!」
扉の奥から飛び込んでくる、怒声と銃弾の嵐。
急いで身を隠したレベッカを追い詰めるように弾丸は瓦礫に着弾を続け、砕け散った塵が辺りを覆い尽くしていった。
インクをぶちまけたかのように灰色に染まる空気の中で、彼女は頬に汗を滲ませながら息を潜める。
(畜生。居場所がバレちまった。このままだと囲まれちまう。いや、そんなことよりデイビッドだ。通信がまだ繋がらねぇ。万全のコンディションならまず負ける事はねぇが……《反動中》だと話が別だぞ……っ!?)
背後から響く轟音と衝撃が次第に強さを増して、彼女の小柄な体へと襲い掛かる。
焦る思考を助長するかのように、絶え間なく続く着弾音はレベッカの精神を確実に蝕んでいった。
頬を冷たい汗が伝い、呼吸が無意識の内に加速する。手足の感覚が次第に遠のいていく。
突如、背にしていた瓦礫に罅が走り始める。
「っ~~!」
それは、廃墟の中に居る少年と同様に彼女のもとへ訪れた、生死を隔てるタイムリミット。
小さくも着実に訪れる破滅の音を耳にしながら、その結末へ抗うようにレベッカは意識を白熱させる。
(とにかく、早くあいつのとこに向かわねぇと手遅れに……!?)
壁面に生じる罅が側面を走り抜け、瓦礫が崩れ落ちる。
(くそっ!何かねぇのか!?ほんの僅かで良い!あいつらの銃弾を止める方法は……!)
そして、彼女の思考に応えるかのように、その声は響いた。
『エスコートが必要かい、お嬢さん?』
「!」
瓦礫が砕け散ったと同時に、宙から降ってきた装甲車が横滑りしながら、彼女の前で急停止する。
車の奥で鳴り響く衝撃音。車両の各部に配置された装甲が飛来する弾丸を次々に弾いていく。
「なんだ、あの車!?」
「多分、あのガキの仲間だ!」
「構う事はねぇ!撃って撃って撃ちまくれ!」
ギャング達の発砲が続く中、反対側の装甲車の窓が開き、片目を瞑った男が唖然としていた幼女へ親指を立てる。
レベッカは呆れたように息を吐き出すと、ゆっくりと口角を持ち上げた。
地面を蹴り出し、車の外壁を蹴り上げて、装甲車の天蓋へと乗りあがる。視界の先に映り込む敵影の数を数えながら、彼女は背中にぶら下げた二丁目の銃を引き抜いた。
「なんだぁ!あのアマ!」
「急に出て来たぞ!」
「ビビんな!さっさと風穴あけちまおうぜ!」
動揺を滲ませながら、再びギャング達が銃を構える。向けられた銃身は6つ。
彼らが引き金を引くより先に、レベッカは手にした銃を突き出していた。
大口径の砲身が鈍い光を放ち、扉の奥を正確に捉える。
「レディに集りやがってよぉ。吠える前に指動かせ!×××野郎どもがよぉ!」
灰色の荒野に銃声がかき鳴らされる。
「「「……!!!」」」
空から降り注ぐ銃弾が、ギャング達の身体を絶え間なく屠り続けた。
そして、銃声が止んだと同時に周囲に響く無骨なエンジン音。
熱さを孕んだ重低音を轟かせながら、停止していた装甲車は廃墟へ向けて急発進した。
『さぁて、この後はどうっすっか。嬢ちゃん?』
「はぁ!?なんの作戦も無しに来たのかよ!髭!」
『……二人ともうるさーい。気が散るから、叫ばないでよー』
運転席から飛んでくるファルコの開き直った言葉にレベッカが噛みついていると、キーウィがうんざりしたような声をあげる。
近づいた廃墟の扉の奥で、群がる人影が浮かび上がった。
銃声が鳴ると同時。装甲車は直角に曲がり込むように進行方向を変えて、廃墟の外壁に沿って爆走していく。
跳ね回るように振動を続ける天上の上にしがみ付いていたレベッカの瞳が外壁の隅に組み付いた階段を捉えた。
錆びついた階段は、扉が外れかかっている出入口へと続いていた。
「おい!デイビッドが侵入したのってあそこか!?」
『たぶんそうだ!入れそうなとこ他にねぇだろ!?』
ファルコの返事を耳に入れながら、レベッカは廃墟の裏口を見据え続けた。
少年が入った裏口は、薄暗い影を落としたまま。突破口の足掛かりを見つけた彼女はさらに思考を加速させる。
(あいつの道筋を辿れば、最短で追いつける!突撃すんのはあたしだとして、残る問題は……)
脳裏に過る数々の可能性を構築して、検証する。
思考の海へと深く潜っていく彼女の瞳が捉えたのは、朧気に浮かび上がる黄色のジャケットの輪郭。
レベッカは瞼を閉じて、息を吐き出した。
思い浮かんだのは付け焼刃もいいとこの戦略もどき。
再現性など皆無で、成功する保証も無い。
それでも。
(……迷ってる暇も無ぇんだよ!)
心の奥底に生じた一抹の不安を振り払い、レベッカは瞼を押し開いた。
「おい!髭!このまま車をあの裏口に突っ込ませろ!そんで、合図したらアンカー射出!」
『おいおい、まじかよ……!』
「ババア!廃墟へのアクセス、20秒で何とかしろ!」
『もうやってる。あと10秒で終わるよー』
「っは!上等!」
揺れる装甲車の上で気炎を吐き出しながら、レベッカは不敵に口角を吊り上げた。
これで、彼女の脳内で組まれた作戦の成功率が半分近くまで引き上げられた。後は突入してからの彼女自身のアドリブ勝負。
装甲車はぶるり、と車体を震わせると瓦礫を蹴散らしながら速度を上げていった。
廃墟の外壁へと肉薄する3人。
「よっしゃぁぁぁ!いくぜぇぇぇ!」
『振り落とされんなよ!二人とも!』
『ううう。こんな事なら、酔い止め持ってくればよかったー』
せり上がったコンテナの残骸を踏み越え、装甲車が宙を舞った。
腹の底を押し上げるような、奇妙な感触が3人の身体を包み込む。その感想を吐き出す前に、装甲車は廃墟の進入口へと突撃した。
前方から轟いた轟音と衝撃。
壁が崩れ落ち、装甲の外壁へと当たっては粉々になっていく。
振り落とされまいと天蓋にしがみ付くレベッカの身体の端々に瓦礫が突き刺さる。
「……っ!」
零れそうになる苦悶の声を押し殺し、彼女はただ歪に震える装甲車に食らいつき続けた。
そして。装甲車の震えが遂に止まった。
次に響き渡るのは、車輪の摩擦音。
裏口にから飛び入り参戦した装甲車は、室内の骨組みを破損させながらもその足を地面へと着陸させていた。
レベッカは弾かれたように、顔を上げる。
飛び込んだ彼らが走っているのは、廃墟の二階。突入前の状況から考えて、少年が居るのは恐らく三階。
(そんでもって……こっからが作戦の二段階目だ!)
その思考を遮るように、銃声が断続的に響き渡った。
前方から姿を見せるギャング達の群れ。放たれた銃弾が車の装甲に跳弾する中、レベッカは息を吸い込んで声を張り上げた。
「ババア!デイビッドの位置を教えろ!」
『3階の右端。ここからだと、ちょうど3時の方向よー』
レベッカの網膜スクリーン投影していた情報が更新される。
装甲車の天蓋から手を放し、その上に佇んだ彼女は獰猛な笑みを浮かべた。
「髭!3時の方向、斜め上のあの外壁にアンカー射出!」
『了解……!調子乗って落ちんなよ?』
装甲車の前方から爆発的な衝撃が生じ、巨大な銛が宙を駆け抜けた。
射出されたアンカーは後方に繋がったワイヤーをうねらせながら進み続け、目標の外壁へ深々と突き刺さった。
急停止して装甲車と廃墟の外壁を一本の鋼線が繋ぎ込む。
「な、なんだ!?」
「何する気だ、あいつら!?」
遥か彼方でギャング達に動揺が走る中、レベッカは脇目も振らずに駆け出した。
装甲車の天蓋を蹴り上げ、車のバンパーから伸びるワイヤーを右足で踏み込む。
「おりゃあああああ!」
薄暗い闇の中で始まる、大道芸さながらの空中走行。
滑り落ちそうになるのを気合と速さで補いながら、彼女は宙に出来た鋼の道を突き進んだ。
「な、なにぃぃぃ!?」
「サーカス気取りかよ!」
「落ち着け、野郎ども!撃ち落とせ!……!?」
ギャング達が銃身を構えると同時に、飛来した弾丸の群れが彼らの身体を撃ち抜いた。
血飛沫が吹き荒れる中、生き残った男は目を見開いた。
遥か先で停止する装甲車から伸びる巨大な機銃。砲身から僅かな煙が上がる中、車の窓がゆっくりと開かれ、奥から笑みを浮かべた男が顔出した。
「嬢ちゃんの晴れ舞台だ。余計な合いの手は遠慮して貰うぜ?」
「ううう。ヤバい、ファルコ。……吐きそうー」
「……素直に格好つけさせてくれよ」
再び鳴り響いた銃声を背に、レベッカは鋼線を伝い廃墟の三階へと肉薄した。
彼女は自身の網膜スクリーンを熱源センサ仕様に切り替え、少年が居るであろう部屋を一瞥する。
部屋の中に見える反応は2つ。
大柄な体格の輪郭を示す熱源が、小柄な輪郭の上に乗りあげている。
「……!」
彼女の中で、何かが途切れる音がした。
レベッカは鋼線を踏みしめ、自身の身体を跳躍させた。
薄暗い虚空を滞空しながら、彼女は手にした銃を前方に突き出す。
大口径の砲身が部屋に潜む熱源を捉える。それは、自身の大事な男へ許可なく馬乗りになっている肉塊そのもの。
レベッカは身体の内側から溢れ出す憤怒を叩き付けるように、引き金に指を掛けた。
「うちのリーダーを口説き堕とそうなんて、100万年早ェんだよっ!!」
2
身体の奥底まで突き刺さるような衝撃と轟音が巻き起こる。
自身を抑え込むんでいた不快な重さが瞬時に消え失せ、身体が僅かな自由を取り戻した。
肺が空気を取り込むと同時、胸の奥を走り抜ける鈍い痛みに少年はむせるように息を吐き出した。
傷つけられた手足は痛みを通り越し、おぼろげな熱っぽさを神経にフィードバックしてくる。
以前として砂嵐の残る視界をおもむろに動かすと、彼は自身の名前を呼ぶ声に気が付いた。
「デイビッド!……おい!大丈夫か!?」
眼前から聞こえてくる足音。
不意に頭が浮き上がり、彼の視界の先に眉をひそめた悲痛な表情を受かべた幼女が現れる。
「……」
「どっか痛むのか!?なぁ!おい!返事しろって!……ファルコ!キーウィ!応急キット持ってこい!」
デイビッドは心配そうにこちらを覗き込む彼女に声を掛けようとするが、自身の口から声が出ないことに気が付いた。
身振りで伝えようにも、投げだれた手足はピクリとも動かない。
聴覚までおかしくなったのか、次第に周囲の音が水面に沈んでいくかのように小さくなっていく。
「……!……!」
少年はおもむろに首を動かした。
ぶれ始める視界で、何かを叫び続ける彼女の奥で眠る男を見る。
薄暗い光源が男の顔に影を落とし、死んだように眠る彼の表情をより濃く浮き上がらせる。
心臓が早鐘を打つ。
彼の脳裏に過るのは、それとよく似た表情を浮かべた2人の人影。自身の目の前で崖の向こう側へ足を踏み出した、母親と兄貴分。
呼吸が次第に早くなった。
砂嵐が舞う視界に拍車をかけるように、男を見据えた視線が上下左右にぶれて動き始める。
心の奥底で僅かに明るみになる一筋の火。
それは血液にも似たどす黒い赤い輪郭を燃やし、茫然と打ち捨てられたままの少年へと近づいてくる。
視線の端が血の滲んだような赤色に染まり出す。
(……こ……れ、は……?)
そこで、彼の意識は糸を切ったかのように途切れた。
暗い水底に落ちていく感覚に包まれた直後、首元で淡く輝いた翠色の光を瞼の裏に灯しながら。