CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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07話 メイク・ア・プラン

 

 

 1

 

 

 茜色に染まる陽射しが窓を通過して部屋に降り注ぐ。

 広大すぎる一室では差し込まれる陽射しが全てを照らし出す事は無く、室内で浮き彫りとなる陽と陰の境界をより強調していった。

 その光の奥に広がる影の中で、一人の男が座り込んでいた。自身の髪色と同じ煙を吐くと、口にしていた煙草を灰皿に潰し込む。

 男の目の前に浮かび上がる大型モニタは様々な情報フォルダを一度に映し出す。

 コーポから依頼されている、『とあるランナーの拘束』。

 男は視界を流れる情報を一瞥しながら、静かに思考を加速させていった。

 

(ランナーが現れるのは、アラサカの部隊があるデータへアクセスを行う時。……装着者の生命を度外視した機密兵器の情報、か)

 

 男の視界の隅に1つの情報ファイルが止まる。

 自身の周囲を漂う煙に包まれながら、『Cyber : Skeleton』と題されたファイルの情報に目を走らせていく。

 設計コンセプト。想定使用形態。基本スペック。各種兵装の紹介。

 まるでイベントギフトのカタログを眺めるように次々と書式の中身を精査していく中で、男の目は1つの地点で動きを止める。

 閲覧しているフォルダは全体の後半に差し掛かり、幾つかの人物の顔写真が浮かび上がっていた。情報の内容は、該当者の基本情報と試作品への適正度合を示したもの。

 そして、彼の眼前に現れたのは、『404 not found』。

 セキュリティマネジメントが段違いのコーポが取り扱う機密情報での空白。およそ1ページ相当のデータファイルが紛失している。

 この行為自体、コーポに利点は無い。それはつまり、第三者によって意図的に行われた事が考えるまでも無く推測できる。

 件のランナーのおおよその狙いを理解した男は、煙草を取り出し、ゆっくりと火を付けた。

 

(奴の狙いは、データ修復の阻止、だな。……命が惜しい該当者からの依頼か?いや、この情報を閲覧できる人物は限られている。アラサカを除けば、この一件に関わっていた私くらいしかこの情報の存在すら知らないはず……)

 

 彼は微かに甘い煙を肺に送り込み、白色に染まる視界から意識を思考の底へと落とし込んでいく。

 コーポが修復に乗り出すという事は、死体で見つかった自社の役人から抜き出された情報はその時から時点で既に破損していたという事。

 そのデータを破壊できる人物は、アラサカよりも、男自身よりも早く情報にたどり着いた者。

 

 星の瞬きにも似た感覚が男の脳裏を過った。

 彼はモニタのコンソールを操り、当時の情報を再び洗い出していく。

 元々は男自身がミリテクに売り飛ばすつもりで始めたアラサカの機密情報収集。数多のサイバーパンクを使って『アラサカのとある役人』を追い詰めていた彼だからこそ、辿り着ける情報の残滓。

 情報ストレージにある自身の依頼情報、当時の進捗情報の山をかき分ける。

 暫くして、素早く動いていた男の指先が停止した。

 

「……見つけたぞ」

 

 男は口元を無意識の内に吊り上がっていた。

 役人の遺体が見つかった場所と、消息を絶ったある一人のサイバーパンクの位置が合致した。

 ふと、大柄なサングラスをかけた男の横顔が記憶の片隅から蘇る。

 別の情報タブを開き、自身の情報バンクへアクセス。該当者の基本情報を浮かび上がらせた。

 

(そうか、暫く見ないと思ったらここでくたばっていたのか。……チームはこの時点で半壊。最近になって再び復活した、と)

 

 かつて男が飼いならしていた傭兵崩れの名前は『メイン』。自身の命令で当時、機密兵器情報の奪取を計画していたチームのリーダーだった。

 該当チームの活動状況が記された情報フォルダを閲覧する中、所属メンバーが記載されているエリアで男は動きを止めた。

 所属するネットランナーは二人。一人目は半壊した時点から復帰していない。そして、『もう一人』は男が良く知る人物だった。

 

(……決まりだな)

 

 チェックメイト、と呟いた男は手にしていた煙草を灰皿へと放り込んだ。

 男の頭の中で浮かび上がる容疑者とそれを追い詰めるための脚本が象られていく。

 彼は情報ウインドウを閉じると、依頼主のコールナンバーを表示させた。

 椅子から立ち上がり茜色に染まる窓枠へと歩み出す。差し込む光に照らされ、男の風貌が鮮明に浮かび上がる。

 

 白いシャツの上に羽織る。深い赤色のスーツ。煙草の煙と同じ、白色の短髪。

 右側に3つ、左側に1つ配置された電子義眼。

 合計4つの瞳を茜色に染めながら、街の一角を治めるフィクサー、ファラデーは呟いた。

 低い声音の奥に、只ならぬ野心を滲ませながら。

 

「役者は揃った。……さぁ。私の掌で派手に踊ってくれよ、道化共」

 

 

 

 2

 

 

 

 薄暮が終わりを告げ、次第に薄暗く輝く空を夜が覆っていく。

 巨大な窓に映る街並みを見下ろしながら、その女はカップの中身を啜っていた。

 

「部長。よろしいのですか?あの男、例の兵器を持ち出すと言っておりましたが……」

「問題ない。元々凍結されていたタナカの粗大ゴミだ。情報漏洩の件が解消され、適正者も見つかるというのなら有利な条件だろう?」

 

 部長、呼ばれた女は椅子を回転させると、自身へ声を掛けた長身の部下へと向き直った。

 彼女の顔に括りつけられた、大型の単眼バイザーが部下を捉える。正確に表現するなら、僅かにズレた会社のロゴが入ったバッジ。

 部下は慌ててバッジを直すと、顎を前に引き上げ、直立不動を維持した。

 二人の間に妙な静寂が走り抜ける。

 暫くして、頬に汗を流した部下が、耐えかねた様子で口を動かした。

 

「……それにしても、今回の一件の成功報酬でわが社の役人の座を求めてますよね?そんな事、上層部は許可しないですよ。どうなさるおつもりですか?」

「どうも、なにも、私は動かんよ」

「動かないとはどういう……?……まさか」

「ほう、気が付いたようだな?君も中々の悪人の素質があるらしい。……係長君」

 

 再び、頬から冷や汗を滲ませる男の前で、女は口元を僅かに持ち上げた。

 彼らの周囲の空気が一段と冷たさを増す。

 決して、冷房の故障が原因では無い現象に男はただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「今回の功労者にあのハイエナの名前が載る事は無いのさ。……絶対にな」

 

 彼女が身に着けるスーツへ飾り付けられたバッジ、『arasaka』の文字が鈍い輝きを放った。

 

 

 

 3

 

 

 

「おい!髭!デイビッド、どうなった!?ちゃんと勝ったんだろうな!?」

 

 手術台の光源が周囲を照らす一室に突如響く、怒鳴り声。

 通話越しの微かな声に反応したレベッカはもう一段階声を張り上げた。

 

「あ!?両者ノックアウトでドロー?……んだよ、あんな包帯野郎にやられんなよー」

 

 吐き捨てるように、外部との通信を遮断すると、彼女は傍に置かれていたキャスター付きの椅子に飛び乗った。

 地団駄を踏む様に足を動かし、さながらメリーゴーランドのように小柄な体を回転させていく。

 それを端から無表情で眺めている男が一人。自然と自身が座っていた椅子を乗っ取られた、リパードクである。

 彼は頭を掻きながら、手元のデバイスを眺めるとポツリと呟いた。

 

「おい。おチビちゃん」

「あ!?なんか言った!?」

「声のボリューム落とせェ。……聞きたいことがある。デイビッドについてだ」

「……あいつが、どうかしたのかよ?」

 

 男の要望通り、声の大きさを二段階ほど下げた彼女が睨みつけるように顔を持ち上げた。

 相手を威圧するためなのだろうが、致命的に風貌が合っていないせいで逆効果になっている事を彼女は知る由も無かった。

 リパードクは自身の手元に目線を落としながら、まるで患者を診察する医師のように、質問を投げかける。

 

「あいつが突然意識を失うようになったのは、いつからだ?」

「仕事中は今回が初めてだよ。あー。でも最近よく居眠りこくようになってんなぁ……」

「……そうか」

「んだよ。別に問題ねぇんだろ?」

 

 自身の回答に歯切れの悪い応答を見せる男に対して、レベッカは眉をひそめた。

 リパードクはおもむろに歩き出し、部屋の隅に置かれた機材を起動させる。僅かな起動音と共に青白い輝きを放つそれは、男の輪郭を朧気に照らし出した。

 

「……問題無い、とも言い切れねェな。活動中に意識を失うってのは症例が少ないんでね」

「大げさな事言うなよ!……あいつ、《クローム》使いまくってるから、ただ疲れがたまっただけだろう!?」

「だと良いんだけどよォ。……さっきあいつの身体をスキャンした結果だ。解析不能な《軍用インプラント》以外、全部正常な数値だ。肉体的には不調な部分は見当たらねェんだ」

「……おい。それじゃあ、不調の原因は精神的にって言いたいのか?」

 

 男が投影した情報を確認して、レベッカは僅かに目を見開いていた。

 彼女の脳裏を過るのは、忘れる事の無い過去の一幕。

 自身の兄が撃たれた瞬間、飛び散る肉片の奥で眼光を上下左右に揺らし続ける狂人の薄っぺらい笑み。

 

 詳しい原因は未だに解明されていない不治の病。

 《クローム》の積載量が規定値を超えると事が原因なのか。

 《インプラント》への人体の拒絶反応が許容値を超える事が原因なのか。

 強いストレス下による人体への影響が《サイバーウェア》にまで反映される事が原因なのか。

 いずれにしても、一度発症してしまえばその者の生命活動が終わるまで、周囲に莫大な人的被害を与え続けてしまう、この街に潜む致命的な災厄。

 

 人が生身の肉体を捨て去ろうとした時から、それを阻むかのように背後で蠢き続けるその病の名は『サイバーサイコシス』。

 

 彼女の兄、ピラルの命を奪った狂人もその病に侵された一人だった。

 そして、レベッカの眼前に立つ男は、まさにデイビッドが近い将来、『そうなる可能性』を示唆していた。

 思わず茫然とした表情を浮かべる幼女を見かねたでリパードクは頭を掻きながら、咳払いをする。

 

「あくまで可能性の話だ。……精神的な疲労って線もまだ残ってる。現状の情報で『向こう側に行っちまう』って判断するのは、早計がすぎるぜェ?」

「……ははは!そうだよな。……そうだよ」

 

 彼の応答に反応した彼女の言葉が次第に薄れていく。

 そして、訪れる静寂。

 椅子の上に座り込む幼女は、俯いたまま喋らなくなった。

 虚しく回転を続ける椅子の軋む音だけが、室内で反響しては消えていく。

 

 そして。

 それを眺めていたリパードクは耐えかねた様に息を吐き出すと、手元のデバイスを軽く叩いた。

 デバイスの色が淡く輝く。それは、部屋の隅に設置された機材と同じ青白い光。同調するかのように2つの光源は輝きを強め、部屋を眩く照らし出した。

 

「……?」

 

 唐突に明るくなった室内に驚いたレベッカは、眼前に腕を構えながら顔を持ち上げる。

 部屋を包みこんだ輝きは、徐々に弱まり周囲は以前と同じ薄暗い室内へと戻っていく。その奥で、静かに佇んでいた男は手にした物体を紙袋に入れると、レベッカへと投げ込んだ。

 

「そらよっと」

「……!?」 

 

 彼女の半歩手前で落下を始めた紙袋を死守するため、レベッカは椅子から飛び降りながら床へと滑り込んだ。

 自身の身体を叩く衝撃と同時に、掌に伝わる軽い感触。大丈夫、どうやら中身は壊れてないようだ。

 レベッカは静かに胸を撫で下ろした。

 直後。彼女の鼓膜に乾いた拍手の音が響き渡った。

 

「ナイスキャッチだ、おチビちゃん。そのガッツを見込んでそれやるよ。……あ。椅子は返し貰うぜェ?」

「はぁ!?……いきなりなんだよヤブ医者!っていうかこれなんなんだよ!?」

 

 いつの間にか床に転がった彼女の背後に回り込み優雅に椅子へと座り込む男へ向かって、レベッカは叫んだ。

 リパードクは青白く輝いたマスクを額に上げながら、にんまりと白い歯を見せた。

 

「ウチで処方できる特殊配合した抑制剤だ。クロームによる負荷を極限まで減らす効果に加えて……あー。特性のハーブとかアロマが入ってる。ま、リラックス効果はバツグンってことだァ」

「はぁ。それ大丈夫なのかよ……」

「心配すんな、俺の自信作だからよォ」

 

 薬の成分説明の部分で妙な間を発した男は、座り込む幼女の前で説明を大雑把にまとめ上げた。

 思わず不安そうな声を零すレベッカに、リパードクはおどけたように笑いながら胸を張って見せる。

 そして、妙に明るかった声音から一転。

 彼は何かを託すかのように、落ち着いた低い声で言葉を放った。

 

「仲間なら分かってるだろうが、あいつは止まれって言われて止まるような奴じゃなねェ。……それを使うタイミングは、おチビちゃんに任せるぜ?」

「……」

「せいぜい『ありきたりな伝説』にならない様、見張っておくんだな」

 

 レベッカは口を閉じると、目線を手元の紙袋に移した。

 先程までは何ともなかったはずの袋が、自身の掌に確かな重さを伝えてくる。

 

 薄暗い影の奥で椅子の軋む音が響く。

 背もたれを倒して天井を見上げたリパードクは静かに言葉を続けた。

 

「その方が俺も都合がいい。……あいつはうちの太客だしなァ?」

 

 




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