CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3 作:甘井モナカ
1
吹き抜ける夜風と共に、遠くから聞こえる波の音が淡々と反響を繰り返す。
用水路を渡る潮風は、鉄と油の匂いを運んでくる。
ナイトシティ都市区画の端に位置する工業地帯。
港へと続く広大な用水路に囲まれたその様子は、一見すると海上に築かれた要塞のようだった。
その要塞の一角――コンテナが立ち並ぶ埠頭で、デイビッド達は佇んでいた。
彼の隣にはレベッカ、ファルコ、キーウィ。
いつも通りのメンバーが、コンテナの壁にもたれながら何気ない会話を続けている。
「っていうか、急に呼び出されたと思ったら街の端っこかよぉ。依頼主は何考えてんだー?」
「さぁな。俺に言われても分からねぇよ。そっちの二人も、俺ら以上のことは聞いてねぇんだろ?」
「ああ。今回の仕事は、ここで行われる“とある取引”の護衛。それ以外は何も」
「何時に取引があるのかも不明。何が取引されるのかも不明。……いつも通り、臨機応変に対応しろ。だってさー」
幼女と髭の男の呟きに、少年とランナーの女は肩をすくめながら答えた。
今回の依頼内容はただ一つ。
『本日この場で行われる取引を完遂させるための護衛任務』。
詳細はほぼゼロ。
ただし報酬額だけは桁違いだった。
「しっかし、こんな薄汚ぇとこに誰が来るんだよ?今時ネズミだってきやしねーぞ」
「巷を騒がしてるネットランナーとかじゃねーの?ほら、まだコーポとやりあってるとかなんとか」
「はっ!有名人が相手かよ。わくわくすんじゃーん!」
「目ぇ輝かせてるとこ悪いが、俺たちの≪ICE≫じゃ一瞬でオジャンだろ?」
「はぁー!?お前のオンボロと一緒にすんなっ、髭!」
レベッカとファルコの騒ぎを横目に、デイビッドは深呼吸を繰り返していた。
胸の奥に、微かなざわつき。
奇妙な居心地の悪さ。
理由の分からない不快感が、じわりと身体にまとわりついていた。
彼は息を吐き、空を見上げる。
青白く輝く満月の光が、ちっぽけな少年の身体へ降り注ぐ。
「なにー、まだ調子悪いのー?酔い止めでも飲む?」
「……ああ。ありがとう。でも大丈夫、薬ならもう入れてきた」
怪訝そうな視線を向けるキーウィに、デイビッドは意識的に口角を上げてみせた。
キーウィはしばらく彼を見つめ、煙草を取り出す。
「そうー?ならいいけど。あんま無茶しないでよー?仮にもリーダーなんだからさ」
「……ああ」
細められた目元の奥で、キーウィの瞳がわずかに光る。
言外の問いかけに、デイビッドは静かに頷いた。
その直後、レベッカとファルコが顔を突き出すように割り込んでくる。
「っつーかさ。周りみてみろよ。メカメカしい奴らが集まってきてんだけど!」
「なんだあいつら。気色悪ぃ。あんななりじゃ酒飲めねーじゃねぇか」
コンテナヤードの奥から、同業者と思しき者達が現れ始めた。
全身を灰色の強化外装で覆い、その上から紫紺の外套を羽織った兵士達。
統率の取れた動きは、傭兵というより軍隊に近い。
キーウィはため息をつく。
「識別反応的に、雇い主の手駒ってところねー。無駄に権力を持ったフィクサーの考えることじゃないの?……別に興味ないけどー」
「はーっ!あたしらもブリキの兵隊と同じ立場ってことかよ」
「趣味は酒だけじゃねぇってことだろ、髭。つーかよ、こんだけ人数いるなら余裕っしょ。サクッと終わらせてこの後飲みにでもいこーぜ!そっちの2人も参加な!」
レベッカとファルコの声が飛び交う中、デイビッドは静かに視線を動かした。
コンテナの間を埋める紫紺の兵士達。
夜空に溶け込むコンテナ上部の輪郭。
――その暗闇の中で、ほんの一瞬だけ“人影の形”が見えた気がした。
しかし、次の瞬間にはただの影に戻っていた。
(視線を感じた気がしたけど……考えすぎか?)
胸の奥で燻る妙な気配は、消えない。
心臓を締め付けられるような感覚だけが残る。
「おい、デイビッド?どうかしたのかよ?」
「いや、なんでもない。気のせいみたいだ」
少年はレベッカに手を挙げて見せるが、違和感は消えなかった。
その時――。
レベッカが真剣なまなざしで彼を見上げた。
「デイビッド。……作戦が始まる前にちょっと話があんだけど」
「話?」
「そ。話」
どくん、と。
さっきよりも明らかに速い鼓動が少年の胸を叩いた。
デイビッドは息を呑み、レベッカへ向き直る。
「この前、あのヤブ医者から聞いたんだけどよ。お前……」
そして、その言葉の先を彼が聞くことは無かった。
2
少年と幼女の間でこだまするはずだった言葉。
その代わりに響いたのは、身体の奥底を揺らす“電撃の衝撃音”だった。
視界が赤い警告ウインドウで塗りつぶされる。
直後。デイビッドは肩を掴まれ、地面へ押し倒された。
「……っ!?」
「下がりな……!」
目を見開く彼の前へ、キーウィが踊り出る。
煙草を放り捨て、掌を虚空へ突き出した。
短く切り揃えられた髪が揺れ、指先が空を叩く。
そこから溢れた金色の輝きが、暗闇を切り裂くように展開した。
眩い光に目を奪われていたデイビッドは、慌てて視線を戻す。
その先で――レベッカの身体が、異様な揺れ方をしていた。
金縛りにあったように固まった頭部が、不自然に揺れる。
膝から崩れ落ち、空を仰ぐように座り込む。
壊れた発条仕掛けの玩具のように、身体がぎこちなく震えた。
焦げ臭い匂いが漂った瞬間、デイビッドは叫ぶ。
「これって……!? キーウィ!」
「分かって……る!」
キーウィは片腕を虚空へ伸ばし、両目を茜色に染めた。
展開していた防御壁を一気に拡大させる。
金色の力場が閃電を弾き、電子攻撃を遮断する。
四人の身体を包み込むように、光の壁が揺らめいた。
「……かはぁっ!」
「レベッカ!」
レベッカは息を吐き、力なく倒れ込む。
痙攣は止まったが、手足は投げ出されたまま。
デイビッドは駆け寄り、抱き寄せる。
外傷は無い――だが、首元のチップから白煙が立ち上っていた。
無力感が胸を締め付ける。
その肩に、キーウィの手が置かれた。
「……大丈夫よ。シナプスを焼かれる前に強制遮断した。しばらくは動けないけどね」
「この規模のハッキング……例のランナーか?」
「恐らくねー。こっちの通信網にも先手打たれてる。情報がぐちゃぐちゃよ」
防御壁の外では、バイザーを点滅させながら兵士達が次々と崩れ落ちていた。
デイビッドが状況を整理しようとしたその時――。
背後から弱々しい呼吸音が響く。
振り返ると、ファルコが膝をついていた。
「すまねぇ……嬢ちゃんが無事なら、こっちも頼む。視覚情報を弄られた……上下左右が反転してやがる」
「ファルコ……!」
飄々とした男の崩れた表情に、デイビッドは息を呑む。
「あんたねー。我慢してないで早く言いなよー」
「悪いな……お前さんの仕事の邪魔したくなかったんだが……ああくそ、これじゃハンドルも握れねぇ」
「普段から酒で酔ってる男が何言ってんのー。あとで治療費しっかり貰うからねー」
キーウィが介抱する横で、デイビッドは再びレベッカを見る。
呼吸は安定しているが、意識は戻らない。
ファルコも戦闘不能。
チームの戦力は半減していた。
「……」
デイビッドは一度目を閉じ、前方を見据える。
遠くで銃声と衝撃音が続く。
崩れ落ちた兵士達の亡骸が視界に並ぶ。
――ほんの少し反応が遅れていたら、自分たちも同じだった。
胸の内で、二つの思考が天秤にかけられる。
多額の報酬か。
仲間の無事か。
そして、少年が選んだ答えは――。