CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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04話 オン・ユア・マーク

 

 

 

 1

 

 

 

「……一時撤退だ。みんな、一度この場を離れて体制を立て直そう」

 

 デイビッドは閉じていた瞼を開き、自身の選択を告げた。

 身体にまとわりつく姿の見えない不安を振り払い、仲間へ視線を向ける。

 

 呆気にとられた空気が一瞬流れ――。

 次の瞬間、彼らは吐息とともに笑みを浮かべた。

 

「いいのー? この状況下で抜け出したら報酬はゼロ。ただ働きになるかもよー?」

「……今後、あのフィクサーからの依頼は来なくなるかもなぁ?」

 

 年長者の“最終確認”。

 確かに正しい。

 この街で稼ぎ口を捨てるのは、生存戦略に反する。

 

 だが――デイビッドは迷わず息を吐いた。

 口角を、ほんの少しだけ上げて。

 

「……大丈夫。俺たちなら、また何とかなるって」

 

 胸の奥に残る、あの“奇妙な実感”。

 夜風が撫でる屋上での対話――自分の立ち位置を知ることで得た答え。

 

 背負いすぎていた。

 焦りすぎていた。

 過去から逃げるように走っていた。

 その凝り固まった思考を溶かしたのは、ほんの少しの“心の余裕”だった。

 だから、もう迷わない。

 

 デイビッドの決意を聞いた二人は沈黙し――。

 やがて満面の笑みを浮かべた。

 

「了解だ。嬢ちゃん連れてとっととずらかろーぜ。キーウィ、もうちょいで行けるか?」

「あと5分でなんとかするわ。……ただ、ちょっと別の問題が出てきそうねー」

 

 キーウィの語気が弱くなる。

 理由はすぐに共有された。

 

 彼女の双眸が茜色に輝き、三人の網膜スクリーンにマップが展開される。

 

「私たちの居場所が緑色マーカー。脱出するには反対側の2番ゲートを通る必要があるんだけど……」

 

 そのゲートには、赤いマーカーが密集していた。

 しかも――動かない。

 まるで“待ち伏せ”のように。

 

 そして赤点は、刻々と増え続けていた。

 

 遠くから衝撃音と怒号が遅れて響く。

 

「おいおい、まじかよ。この短期間でこれほどの損耗がでてんのか」

「赤マーカーの生成具合からすると……ちょうどこっちの進行ルートと被る感じか」

「ええ。このままだと襲撃者と鉢合わせねー。残ってる兵士達もどんどん集まってくし……ここの殲滅が目的かもねー」

 

 キーウィの指先が虚空を叩き続ける。

 マップには残存兵の予想活動時間が表示される。

 

 ――2分45秒。

 

 ファルコの治療が終わり、レベッカを連れて移動開始できるのは――5分後。

 

(くそ。2分ちょい足りないっ……!)

 

 デイビッドは下唇を噛み、思考を加速させる。

 

 現在地。

 ゴールまでのルート。

 障害の条件。

 可能性の組み合わせ。

 再現性の高い作戦案。

 

(どうする……? 迎撃か?)

(いや、レベッカがいる。ファルコも本調子じゃない。装甲車もここから出ないと辿り着けない……)

(考えろ……今、俺とキーウィで何が出来る? ここから皆で抜け出すには――!)

 

 そして――。

 巡り巡った思考の中で、たった一つだけ浮かび上がった答えを掴んだ。

 

 デイビッドはレベッカをそっと地面へ寝かせ、立ち上がる。

 黄色のジャケットが風に靡き、項の≪サンデヴィスタン≫が黒い外装を覗かせる。

 

(大丈夫だ。俺の立ち位置は……分かってる)

 

 仲間のため。

 居場所のため。

 

 必要な武器を揃えるため、彼はキーウィに声をかけた。

 

「キーウィ。≪リンケージ≫の準備だ。この≪ICE≫を俺のストレージにインストールしてくれ」

「はー? ちょっと待ちなよ。ファルコはまだ動けない。それにレベッカだって……って、まさか」

「ああ。俺が囮になって、みんなの脱出ルートを確保する」

 

 キーウィの表情が固まる。

 だが、デイビッドは続けた。

 

 襲撃者が離れないなら――。

 こちらから動いて、誘導するしかない。

 必要なのは、ハックに耐える防御壁。

 本来は個別調整が必要だが、時間はない。

 

 だから――。

 ≪リンケージ≫。

 

 ストレージを直結し、処理速度と演算領域を“合算”する危険な裏技。

 互いの思考速度、判断の癖、処理の優先順位。

 どれか一つでも噛み合わなければ、双方の脳へ“二人分の情報量”が逆流し、半年の廃人が確定する。

 正気の沙汰ではない。

 

 だが――。

 デイビッドの瞳は、成功を疑っていなかった。

 その“信頼”に射抜かれ、キーウィは心の奥で舌打ちした。

 

 そして――。

 根負けしたように、大きく息を吐く。

 

「わかったわー。……ただし、負荷を考えて≪ICE≫は一部オミットするから」

「ああ。数秒持ちこたえればいい」

「そんじゃ……いくわよー」

「ああ!」

 

 二人は光学ケーブルを引き出し、接続する。

 警告文が網膜に浮かぶが、デイビッドは弾き飛ばす。

 

 ≪ICE≫が流れ込む。

 脳が重くなる。

 痛みが走る。

 インストール完了までの時間が表示される。

 

 同時に――。

 ≪サンデヴィスタン≫が起動した。

 視界が引き延ばされ、色彩が抜け落ちる。

 音が消え、心音だけが世界を叩く。

 

 停滞した世界の中で――。

 少年の思考と文字通り一体化したキーウィが、無音のまま書き込みを続けた。

 

 二つのストレージが重なり。

 二つの思考が同期し。

 二つの“脳”が一つの目的へ向かって走る。

 

 デイビッドは自分の思考の中に、キーウィの冷静な演算の“気配”を感じた。

 

 そして――。

 二人の処理領域を束ねたまま、彼女は彼のストレージへ≪ICE≫を書き込む手を止めなかった。

 

 やがて――。

 静かに≪加速≫を解く。

 

 世界が動き出す。

 情報の濁流が身体に襲いかかる。

 デイビッドの身体から滲み出たのは、キーウィと同じ色“微かな脈動”。

 ≪クローム≫の反動に震える手足を纏うそれは、周囲の闇夜は僅かに照らし出していた。

 

「なんとか、成功したみたいね……」

「ああ。これならいける。……そっちは任せる」

 

 鼻血を拭いながら、デイビッドは前を見据える。

 衝撃音も怒号も、いつしか遠くなっていた。

 

 ――残存兵の損耗が早いのか。

 ――襲撃者の幕切れか。

 

 考えるまでもない。

 

「2分だけ引き付けて。それ以上たったら途中で引きあがること。OKー?」

「わかってる。レベッカを頼む」

「……気をつけろよ。無理だと思ったら隠れろ。……≪ICE≫がある分、相手の視界に入んなきゃ微有利だからな?」

「ああ。ファルコも、早く治ってくれよ」

 

 金色の防御壁を抜け、デイビッドは闇へ走り出す。

 

 その背中を――。

 地面に倒れた小さな指先が、追い求めるように動いた。

 

 

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