CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3 作:甘井モナカ
1
眼下に広がるのは無数の骸。
地面に伏したもの、コンテナの側面に力なく引っかかったもの。
どれも首元から白煙を立ち昇らせていた。
焦げた金属の匂いと、焼け落ちた義肢の油が混ざり合う。
ナイトシティの底に沈む“本性”だけが、夜気の中で静かに蒸発していた。
そこへ、灰色のローブを纏った人影が舞い降りる。
外壁を蹴り上げ、滑るように――いや、追い立てられるように夜空を駆けた。
コンテナヤードの光源がローブの裾を照らし、しなやかに伸びる手足が暗闇に浮かぶ。
突如、警報音が鼓膜を叩く。
人影はわずかに身を震わせ、ローブを巻き上げるように空中で身を捩った。
直後、銃撃音が脇を掠める。
「いたぞ!こっちだ!」
「襲撃者め……!くたばれ!」
「こいつを倒せばボーナスだ!」
「単騎デ攻メるなんテ、なメやがッテ!」
物陰から突き出された銃口が火を噴く。
人影は銃弾を掻い潜り、コンテナ上面に着地すると、そのまま外壁の向こうへ転がり落ちた。
銃声が止む。
兵士たちは困惑しながら銃口を下ろし、弾薬の再充填に移る。
その隙を、襲撃者は見逃さなかった。
コンテナの外壁を越え、放物線を描いて飛ぶ小さな物体。
中央の赤いランプが点滅する。
兵士がそれに気づいた時には、もう遅かった。
闇夜を一瞬で塗りつぶす閃光。
「……!?」
バイザー越しに強化された光を浴び、兵士たちは銃を落とし、顔を覆う。
視力を奪われ、苦悶の声が漏れる。
霞む視界の中で揺れる影。
一定の速さで、淡々と歩み寄るその姿は、怪物のように静かだった。
影から伸びた掌が兵士の首元に触れた瞬間、意識は闇に沈む。
白煙を上げて倒れていく兵士たち。
灰色の人影は一人、静かに歩み寄る。
兵士の装備を探り、装置を一つ破壊する。
フードの奥の双眸が茜色に輝いた。
網膜スクリーンに無数の情報が更新される。
マップ上のビーコンが一つ消える。
襲撃者が追っているのは、自身が仕掛けたビーコンの“本物”。
だが、現地に到着した直後、コンテナヤード一帯に偽ビーコンが大量に増えた。
まるで囮に紛れようとするかのように。
襲撃者は出入り口付近を塞ぐように動きながら、偽装装置を潰していた。
残りはあと僅か。
次の標的へ意識を向けた瞬間――。
再び警報音。
回避した横を、莫大な熱量を持つ光弾が突き抜ける。
灰色の外套を地面に擦りつけながら影に飛び込むと、背後で爆音が轟いた。
コンテナが連鎖的に崩れ、土煙が舞う。
襲撃者は咳き込みながら立ち上がり、背後を振り返る。
闇の中に砲撃主の姿は見えないが、近くに潜んでいるのは明白だった。
フードの奥の双眸が細められる。
狩人が次の獲物を見定めるように。
2
「外した……!?」
左腕を砲塔から元の形に戻しながら、デイビッドは物陰へ飛び込んだ。
ランナー戦で最も重要なのは“位置を悟られないこと”。
目視された瞬間、ハックされる。
今の彼の≪ICE≫は“時間稼ぎ”に過ぎない。
だからこそ、先ほどの奇襲は成功させたかった。
硝煙の匂いを吸い込みながら、デイビッドは思考を加速させる。
(さーて。どうする、デイビッド?)
(相手に見つからずに切り抜ける方法……)
(サンデヴィスタンは極力使いたくない……)
(遠距離で攻めるか……いや、さっきの砲撃で遠距離型ってバレてる……)
息遣いが鼓膜に反響する。
重圧が肩にのしかかる。
だが――。
デイビッドはふっと笑った。
(シンプルに考えろ。俺がやるべきことは――みんなの脱出ルートを確保するために、前に出ること!)
物陰から飛び出し、走る。
残骸を飛び越え、襲撃者を目視した地点へ。
増えていく骸。
近づいている証拠。
足を止め、物陰に身を潜める。
人影は見えない。
さらに奥へ踏み出した瞬間――。
「うそだろ!?」
足に何かが触れた感触。
ワイヤー。
ピンの外れた感触が足を伝って彼の身体に伝播する。
デイビッドは転がるように後退した。
直後、彼の背後で爆炎が立ち昇る。
「トラップまであんのかよ……っ!?」
炎の奥で揺れる灰色の影。
生存兵士ではない。
襲撃者だ。
(相手を補足して距離を詰める……それが俺の間合い!)
炎を抜け、コンテナを蹴り上げ、闇へ飛び出す。
回転ライトが足元を照らす。
灰色の外套が物陰を縫うように走る。
(この先は……搬入エリア。射線が通る……なら!)
デイビッドは宙を舞い、左腕を砲塔へ変形させる。
射程内。遮蔽物なし。弾数2。
砲口に火が灯る――。
その瞬間。
地すべりのような重低音が空気を揺らす。
「うそ、だろ……!?」
夜空を叩き割るかのように、少年の眼前に巨大な回転式ライトが迫る。
その根本は華麗に切断されていた。
(あいつが切ったのか!?)
(足場が無い空中……!)
(サンデヴィスタンは“踏み込み”がなきゃ速度が出せない――最悪だ!)
(……どうする!?何が出来る!?)
思考より先に身体が動く。
だが――。
ライトは容赦なく落下し、爆炎が夜を裂いた。
3
コンテナ内部の積荷を燃料に、炎は獣のように吠え続けていた。
金属が焼ける匂いと、溶けた樹脂の甘い臭気が夜気に混ざり、黒煙は空へと吸い込まれるように立ち昇っていく。
埠頭の資材搬入エリア――コンテナ区画よりも開けたその場所に、灰色の外套が足を踏み入れた。
大型ライトを根本から切断し、追手をまとめて葬った張本人。
その外套の裾は、炎の熱気に煽られてわずかに揺れている。
離れた場所にいても肌を刺すほどの熱量。
生身で生存している可能性など、考えるまでもない。
襲撃者は炎に背を向けた。
フードの奥で輝く双眸が、茜色から陰りを帯びた紫へと変化する。
網膜スクリーンに投影されたマップ。
残るターゲットは――あと一つ。
その瞬間だった。
右側から、身体を抉り取られるような衝撃が走り抜ける。
「……!?」
肺の空気が一気に押し出され、襲撃者の身体は数メートル先へと吹き飛ばされた。
地面を転がり、金属片を巻き込みながら、最後は地面に手足を叩きつけて無理やり回転を止める。
全身に走る痛みを押し殺し、顔を持ち上げる。
そこに立っていたのは――紫紺の外套。灰色のバイザー。
先ほどまで何度も葬ってきた兵士の姿を模した“男”。
「危なかった! さっき拝借した防炎コートとマスクが無かったら即死だったぜ!」
くぐもった声。
だが、その動きは兵士のそれとは明らかに違う。
男が突進する。
大振りの拳。
襲撃者は身を捩って回避し、足払いを仕掛けようとした――その瞬間、男の姿が消えた。
跳躍。
地面が砕け、破片が飛び散る。
転がるように襲撃者は距離を取り、双眸を再び茜色に輝かせた。
内臓チップへの直接攻撃――≪クイックハック≫。
3秒で突破できる。
1秒半が経過した、その時。
「させねぇよ……!」
「ッ!?」
赤い外套が視界を覆う。
対象を見失う――ハックは中断。
外套を払いのける。
だが、男の姿はもうそこにはない。
側面から飛び込んでくる蹴り。
紙一重で回避。
襲撃者は最終手段へ移行する。両手首のアタッチメントを開放し、
光線状の糸――≪モノワイヤ≫が闇に滲む。
振り返りざま、男の頭部へと振るう。
鋭い光を放つ糸がバイザーを絡め取る。
切断は容易い。
大型ライトの支柱すら両断した切れ味だ。
砲口に燐光が滲む。
関係ない。
こちらの方が早い。
力を込めた――その瞬間。
違和感。
見覚えのある左腕の砲身。黄色のジャケット。
馴染みのある≪ICE≫。
知っている攻撃動作。
モノワイヤがバイザーに罅を走らせる。
砲口の輝きが一段と強まる。
灰色の外套で覆った心の奥底で、何かが叫んだ。
――やめて。
見たくなかった。
考えたくなかった。
向き合えば、きっと。その歩みが止まるから。
バイザーが割れる。
砲口の光が、灰色のフードの奥を照らす。
月夜の下で隠されていた素顔が、互いの視界に滑り込んだ。
(うそ、だろ……)
(なんで、よ……)
空気が凍りついた。
炎の轟音も、風のざわめきも消える。
世界が息を止める。
懐疑。困惑。驚愕。
視線がぶつかり、絡み合う。
そして――。
「……ルーシー?」
「……デイビッド?」
月明りの下、聞き覚えのある声が宙を舞う。
彼らの口からこぼれ出た弱々しい言葉とは裏腹に、互いに突き付けた刃の光が混ざり合っていく。
直後、二人の間に閃光と爆音が生まれた。