CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

18 / 33
05話 ムーンライト・ワルツ

 

 

 

 1

 

 

 

 眼下に広がるのは無数の骸。

 地面に伏したもの、コンテナの側面に力なく引っかかったもの。

 どれも首元から白煙を立ち昇らせていた。

 

 焦げた金属の匂いと、焼け落ちた義肢の油が混ざり合う。

 ナイトシティの底に沈む“本性”だけが、夜気の中で静かに蒸発していた。

 

 そこへ、灰色のローブを纏った人影が舞い降りる。

 外壁を蹴り上げ、滑るように――いや、追い立てられるように夜空を駆けた。

 コンテナヤードの光源がローブの裾を照らし、しなやかに伸びる手足が暗闇に浮かぶ。

 

 突如、警報音が鼓膜を叩く。

 人影はわずかに身を震わせ、ローブを巻き上げるように空中で身を捩った。

 

 直後、銃撃音が脇を掠める。

 

「いたぞ!こっちだ!」

「襲撃者め……!くたばれ!」

「こいつを倒せばボーナスだ!」

「単騎デ攻メるなんテ、なメやがッテ!」

 

 物陰から突き出された銃口が火を噴く。

 人影は銃弾を掻い潜り、コンテナ上面に着地すると、そのまま外壁の向こうへ転がり落ちた。

 

 銃声が止む。

 兵士たちは困惑しながら銃口を下ろし、弾薬の再充填に移る。

 

 その隙を、襲撃者は見逃さなかった。

 コンテナの外壁を越え、放物線を描いて飛ぶ小さな物体。

 中央の赤いランプが点滅する。

 兵士がそれに気づいた時には、もう遅かった。

 

 闇夜を一瞬で塗りつぶす閃光。

 

「……!?」

 

 バイザー越しに強化された光を浴び、兵士たちは銃を落とし、顔を覆う。

 視力を奪われ、苦悶の声が漏れる。

 

 霞む視界の中で揺れる影。

 一定の速さで、淡々と歩み寄るその姿は、怪物のように静かだった。

 影から伸びた掌が兵士の首元に触れた瞬間、意識は闇に沈む。

 

 白煙を上げて倒れていく兵士たち。

 灰色の人影は一人、静かに歩み寄る。

 兵士の装備を探り、装置を一つ破壊する。

 

 フードの奥の双眸が茜色に輝いた。

 網膜スクリーンに無数の情報が更新される。

 マップ上のビーコンが一つ消える。

 

 襲撃者が追っているのは、自身が仕掛けたビーコンの“本物”。

 だが、現地に到着した直後、コンテナヤード一帯に偽ビーコンが大量に増えた。

 まるで囮に紛れようとするかのように。

 

 襲撃者は出入り口付近を塞ぐように動きながら、偽装装置を潰していた。

 残りはあと僅か。

 

 次の標的へ意識を向けた瞬間――。

 再び警報音。

 

 回避した横を、莫大な熱量を持つ光弾が突き抜ける。

 灰色の外套を地面に擦りつけながら影に飛び込むと、背後で爆音が轟いた。

 

 コンテナが連鎖的に崩れ、土煙が舞う。

 

 襲撃者は咳き込みながら立ち上がり、背後を振り返る。

 闇の中に砲撃主の姿は見えないが、近くに潜んでいるのは明白だった。

 

 フードの奥の双眸が細められる。

 狩人が次の獲物を見定めるように。

 

 

 

 2

 

 

 

 「外した……!?」

 

 左腕を砲塔から元の形に戻しながら、デイビッドは物陰へ飛び込んだ。

 

 ランナー戦で最も重要なのは“位置を悟られないこと”。

 目視された瞬間、ハックされる。

 今の彼の≪ICE≫は“時間稼ぎ”に過ぎない。

 

 だからこそ、先ほどの奇襲は成功させたかった。

 硝煙の匂いを吸い込みながら、デイビッドは思考を加速させる。

 

(さーて。どうする、デイビッド?)

(相手に見つからずに切り抜ける方法……)

(サンデヴィスタンは極力使いたくない……)

(遠距離で攻めるか……いや、さっきの砲撃で遠距離型ってバレてる……)

 

 息遣いが鼓膜に反響する。

 重圧が肩にのしかかる。

 

 だが――。

 デイビッドはふっと笑った。

 

(シンプルに考えろ。俺がやるべきことは――みんなの脱出ルートを確保するために、前に出ること!)

 

 物陰から飛び出し、走る。

 残骸を飛び越え、襲撃者を目視した地点へ。

 

 増えていく骸。

 近づいている証拠。

 足を止め、物陰に身を潜める。

 

 人影は見えない。

 

 さらに奥へ踏み出した瞬間――。

 

「うそだろ!?」

 

 足に何かが触れた感触。

 ワイヤー。

 ピンの外れた感触が足を伝って彼の身体に伝播する。

 

 デイビッドは転がるように後退した。

 直後、彼の背後で爆炎が立ち昇る。

 

「トラップまであんのかよ……っ!?」

 

 炎の奥で揺れる灰色の影。

 生存兵士ではない。

 襲撃者だ。

 

(相手を補足して距離を詰める……それが俺の間合い!)

 

 炎を抜け、コンテナを蹴り上げ、闇へ飛び出す。

 

 回転ライトが足元を照らす。

 灰色の外套が物陰を縫うように走る。

 

(この先は……搬入エリア。射線が通る……なら!)

 

 デイビッドは宙を舞い、左腕を砲塔へ変形させる。

 射程内。遮蔽物なし。弾数2。

 砲口に火が灯る――。

 

 その瞬間。

 地すべりのような重低音が空気を揺らす。

 

「うそ、だろ……!?」

 

 夜空を叩き割るかのように、少年の眼前に巨大な回転式ライトが迫る。

 その根本は華麗に切断されていた。

 

(あいつが切ったのか!?)

(足場が無い空中……!)

(サンデヴィスタンは“踏み込み”がなきゃ速度が出せない――最悪だ!)

(……どうする!?何が出来る!?)

 

 思考より先に身体が動く。

 

 だが――。

 ライトは容赦なく落下し、爆炎が夜を裂いた。

 

 

 

 3

 

 

 

 コンテナ内部の積荷を燃料に、炎は獣のように吠え続けていた。

 金属が焼ける匂いと、溶けた樹脂の甘い臭気が夜気に混ざり、黒煙は空へと吸い込まれるように立ち昇っていく。

 

 埠頭の資材搬入エリア――コンテナ区画よりも開けたその場所に、灰色の外套が足を踏み入れた。

 大型ライトを根本から切断し、追手をまとめて葬った張本人。

 その外套の裾は、炎の熱気に煽られてわずかに揺れている。

 

 離れた場所にいても肌を刺すほどの熱量。

 生身で生存している可能性など、考えるまでもない。

 襲撃者は炎に背を向けた。

 フードの奥で輝く双眸が、茜色から陰りを帯びた紫へと変化する。

 

 網膜スクリーンに投影されたマップ。

 残るターゲットは――あと一つ。

 

 その瞬間だった。

 右側から、身体を抉り取られるような衝撃が走り抜ける。

 

「……!?」

 

 肺の空気が一気に押し出され、襲撃者の身体は数メートル先へと吹き飛ばされた。

 地面を転がり、金属片を巻き込みながら、最後は地面に手足を叩きつけて無理やり回転を止める。

 

 全身に走る痛みを押し殺し、顔を持ち上げる。

 そこに立っていたのは――紫紺の外套。灰色のバイザー。

 先ほどまで何度も葬ってきた兵士の姿を模した“男”。

 

「危なかった! さっき拝借した防炎コートとマスクが無かったら即死だったぜ!」

 

 くぐもった声。

 だが、その動きは兵士のそれとは明らかに違う。

 

 男が突進する。

 大振りの拳。

 襲撃者は身を捩って回避し、足払いを仕掛けようとした――その瞬間、男の姿が消えた。

 

 跳躍。

 地面が砕け、破片が飛び散る。

 

 転がるように襲撃者は距離を取り、双眸を再び茜色に輝かせた。

 内臓チップへの直接攻撃――≪クイックハック≫。

 

 3秒で突破できる。

 1秒半が経過した、その時。

 

「させねぇよ……!」

「ッ!?」

 

 赤い外套が視界を覆う。

 対象を見失う――ハックは中断。

 

 外套を払いのける。

 だが、男の姿はもうそこにはない。

 

 側面から飛び込んでくる蹴り。

 紙一重で回避。

 

 襲撃者は最終手段へ移行する。両手首のアタッチメントを開放し、

 光線状の糸――≪モノワイヤ≫が闇に滲む。

 

 振り返りざま、男の頭部へと振るう。

 鋭い光を放つ糸がバイザーを絡め取る。

 

 切断は容易い。

 大型ライトの支柱すら両断した切れ味だ。

 

 砲口に燐光が滲む。

 関係ない。

 こちらの方が早い。

 

 力を込めた――その瞬間。

 

 違和感。

 

 見覚えのある左腕の砲身。黄色のジャケット。

 馴染みのある≪ICE≫。

 知っている攻撃動作。

 

 モノワイヤがバイザーに罅を走らせる。

 砲口の輝きが一段と強まる。

 

 灰色の外套で覆った心の奥底で、何かが叫んだ。

 

 ――やめて。

 

 見たくなかった。

 考えたくなかった。

 向き合えば、きっと。その歩みが止まるから。

 

 バイザーが割れる。

 砲口の光が、灰色のフードの奥を照らす。

 月夜の下で隠されていた素顔が、互いの視界に滑り込んだ。

 

(うそ、だろ……)

(なんで、よ……)

 

 空気が凍りついた。

 

 炎の轟音も、風のざわめきも消える。

 世界が息を止める。

 

 懐疑。困惑。驚愕。

 視線がぶつかり、絡み合う。

 

 そして――。

 

「……ルーシー?」

「……デイビッド?」

 

 月明りの下、聞き覚えのある声が宙を舞う。

 彼らの口からこぼれ出た弱々しい言葉とは裏腹に、互いに突き付けた刃の光が混ざり合っていく。

 

 直後、二人の間に閃光と爆音が生まれた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。