CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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08話 アー・ユー・レディ?

 

 

 

 1

 

 

 ――熱い。

 

 視界のすべてが、燃えていた。

 赤黒い炎が地平線まで広がり、空は煤で覆われ、地面は溶けた鉄のように脈動している。

 その中心で、黒髪の少年は膝をついていた。

 

「ころすころすころすころすころすころすころす……」

 

 喉の奥で呟きが渦を巻く。自分の声なのに、自分の声じゃない。

 胸の奥から噴き出す衝動が、全身を焼き尽くそうとしていた。

 

 身体のすべてをくべて、どす黒い炎が噴き上がる。

 

「全部叩き潰してやる……ファラデェェェェェ!!」

 

 視界が鮮血に染まる。見開かれた双眸がブレる。

 自意識が白濁していく。

 莫大な衝動に背を押され、彼は最後の一線を踏み越えようとした。

 

 ――その時。

 

「うおー燃えてる燃えてる~!こいつは消し甲斐のある火事だ!」

「……あ?」

 

 炎の向こうから、まるで火事場に駆けつけた消防士のような声が響いた。

 燃え盛る炎を押し分けて現れたのは、青い髪を逆立てた大男。

 

「見得ならくれてやるよ!ヘッ! 一消化完全燃焼!燃える火消魂背負った、宇宙一の火消馬鹿! ガ――」

「だまってろよ……!」

 

 黒髪の少年の怒号が爆ぜる。黒炎が噴き上がり、大男へ向けて襲いかかった。

 だが――。

 

「おいおい!火を振り回すんじゃねぇよ!あぶねぇだろぉ!」

「邪魔すんじゃねぇぇぇ!!」

 

 憤怒に燃える少年の拳が振り抜かれると同時、大男の拳が迎え撃つ。

 

 衝撃。

 

 世界が震え、炎が吹き飛び、少年の意識が一瞬だけ“発火”した。

 

「どけぇぇぇ!!」

「うおっつ!?」

 

 彼は空いた左腕で大男をなぎ倒し、全身から噴き出す炎を放出する。

 

「全部つぶす! こわす! ころす!!」

「あっちぃ……!」

「俺は! オレは! おれは!!」

「あぁぁぁぁぁ!つくねぇぇぇぇ!!」

 

 青髪の大男は炎に包まれながらも、まるでシャワーでも浴びているかのように笑った。

 燃え広がる炎を押しのけ、僅かに困惑した表情を浮かべる少年めがけて両足で地面を蹴り上げる。

 

「こんな逆ギレ炎なんざ!全ッ然!あつくねぇ!!」

「!?」

「俺の火消し魂の方がぁ――100万!10倍あちぃぃんだよぉぉぉぉ!!」

 

 大男の拳が少年を押し返す。

 炎が割れ、彼の身体がわずかに浮く。

 

 そのまま大男は、少年の胸ぐらを掴み上げる勢いで叫んだ。

 

「それになぁ!」

 

 少年の炎が一瞬だけ揺らぐ。

 

「お前には――こんなとこで地団駄踏むより先に、やることがあるんじゃねーのかよぉ!!」

「はっ……!」

 

 その瞬間、少年の瞳に“色”が戻った。

 大男は迷わず拳を叩き込む。だが――その拳に痛みはない。

 

 むしろ、思考を縛っていた黒い鎖が、すっと消えていくような感覚が広がった。

 そして。

 

「よし、火の勢いが弱まったな――なら次だぁ!」

「は……?」

 

 大男は彼の胸ぐらを掴むと、そのまま勢いよく後方へ跳んだ。

 

 足場が砕け、視界が反転し、世界がひっくり返る。

 

 ――落下。

 

 黒炎をまとった少年と、それを抱えた男の身体が、崖下の巨大な湖へ一直線に落ちていく。

 

「消火活動開始だぁぁぁ!!」

「ほぁ~っ!?」

 

 次の瞬間。

 ふたりの身体が湖面に叩きつけられ、爆発のような水柱が上がった。

 

 黒炎が水に触れた瞬間、湖全体が蒸気に包まれる。耳をつんざく蒸発音。

 白い蒸気が空へと吹き上がり、湖の水位がみるみるうちに下がっていく。

 

 炎が暴れ、水が蒸発し、落下した湖は膝下ほどの深さにまで干上がっていた。

 

 その中心で――少年は膝をついていた。

 黒炎は完全に消え、肩で息をしながら、ただ静かに水面を見つめている。

 

 少年の背後から、大男が豪快に笑いながら立ち上がった。

 

「へっ……やっと消えたな。あんだけ燃えてりゃ、そりゃ湖も蒸発するわなぁ!」

 

 少年はゆっくりと顔を上げる。

 

「ったく……ちっとは落ち着いたみてぇだな?」

「お、俺は……」

「言葉はいらねぇよ」

 

 大男は背を向け、いまだ彼方で燃える炎の向こうを指差した。

 

「今ならまだ間に合う。さっさと行ってこい」

 

 そして振り返り、ニッと笑う。

 

「こっちは気にすんな。俺達がついてる!派手に暴れてやろうぜ――旦那ぁ!」

「……ああ。行ってくる!」

 

 少年は炎を蹴り、燃える地平線の奥へと駆け出した。

 

 

 

 2

 

 

 

 少年の視界が徐々に鮮明になった。

 薄暗いアジトの一室。古い蛍光灯が低く唸り、ベッド脇のモニターが静かに心拍を刻んでいる。

 デイビッドがゆっくりと目を開けると、椅子に座ったまま上半身を投げ出すように眠っていたレベッカがいた。

 

 握りしめた手には包帯。

 少年の腕に歪に巻かれた包帯が、彼女がどれだけ不器用に、どれだけ必死に手を動かしたかを物語っている。

 その指先には、乾ききらない消毒液の匂いがわずかに残っていた。

 

 デイビッドが身じろぎすると、レベッカはビクッと肩を跳ねさせ、息を呑む音を漏らしながら目を見開いた。

 寝起きのぼんやりした表情が、一瞬で恐怖と安堵の入り混じった顔に変わる。

 

「……デイビッド!? お、おい……大丈夫なのかよ……!」

 

 声は震えていた。

 怒鳴り声ではなく、胸の奥で押し殺していた不安がそのまま漏れ出したような声。

 握った拳は小刻みに震え、爪が掌に食い込んでいる。

 

「大丈夫だよ、レベッカ。もう……落ち着いた」

 

 デイビッドが身体を起こそうとすると、レベッカは反射的に胸を押し戻した。

 触れた瞬間、必要以上の力がこもっていて、彼女の平静がまだ戻っていないことが分かった。

 

「バカッ! 動くなっての!! まだ全然治ってねぇんだぞ!」

「でも……行かなきゃ。ルーシーが――」

 

 少年が再びベッドに手を掛け上体を起こそうとする。

 レベッカの胸の奥で何かが弾ける音がした。

 

 「行くなって言ってんだよ!!」

 

 怒声が部屋を揺らす。

 

 レベッカはデイビッドの胸元に両手を叩きつけるように押し返した。

 力任せというより、止める術がそれしか分からない子どものような動きだった。

 

 それでもなお前に進もうとする少年を見た瞬間、胸の奥で何かがきしむように痛んだ。

 

 ――いかないで。

 

 喉まで出かかったその一言は、声にならず、震えた息へと消える。

 レベッカは俯き、肩を小刻みに震わせる。

 鼻の奥がつんと痛み、こらえきれずに滲んだ涙が目じりに溜まった。

 

 そして、かすれた声がようやく漏れた。

 

「もう、身体にガタがきてんだろ……日常的に意識を失う症状……! バレてねぇとでも思ってたのかよ!」

「……」

 

 デイビッドは何も言わない。

 ただ、ゆっくりと視線を逸らした。

 

 それだけの動作。

 それだけなのに、レベッカの胸の奥が、きりきりと締め付けられる。

 悔しさでも、怒りでもない。

 名前のつかない、どうしようもない感情が胸の内側を荒らしていく。

 

「ドクから聞いてる。原因は分かってないって。でも、クローム増やしてから起きてる現状、その負荷が怪しいだろ……!」

 

 一度言葉を吐き出すと、彼女はもう止まらなかった。

 呼吸が浅くなる。

 喉が焼けるみたいに痛い。

 

「このまま、行けば……きっとお前は――」

 

 拳を握りしめた指がから感覚が消えていく。

 

 震えを止められない。

 

 認めたくなかった。

 ようやく形になりかけたチーム。

 ようやく並んで走れると思えた時間。

 まだ、途中なのに。隣にいるはずなのに。

 

 喉の奥で、言葉が絡まる。

 

 吐き出したくない。

 でも、飲み込むこともできない。

 

 幾度なく繰り返された呼吸の合間に、ようやくそれが漏れた。

 

「お前は……サイバーサイコになっちまうんだぞ……っ!」

 

 それは崩れ落ちる寸前の祈りのような叫びだった。

 

 声が震える。

 最後の言葉は、喉の奥でかすれて途切れた。

 

 次の瞬間――。

 レベッカの頬を、雫が静かに伝い落ちる。

 

 止める余裕なんてなかった。

 止め方も、もう分からなかった。

 胸の奥で張りつめていたものが、音もなく崩れていく。

 

 デイビッドは一瞬だけ目を見開いた。

 驚きに近い、それでもすぐに落ち着きを取り戻すような間。

 その短い沈黙の中で、彼の呼吸だけが静かに上下する。

 

 そして、小さく息を吐いた。

 

「……その時は頼むよ。レベッカ」

 

「……は?」

 

 優しく呼ばれた名前に、レベッカは反射的に顔を上げる。

 視界は涙で滲んでいた。

 それでも少年の表情だけは、不思議なくらいはっきりと見えた。

 

 揺れていない。

 怯えてもいない。

 ただ、自分の選択をまっすぐ胸の中心に据えるような眼差し。

 

 その視線が自分に向けられていると気づいた瞬間、胸の奥がきしむように痛んだ。

 言葉より先に、涙が一粒こぼれる。

 ぽたり、と床へ落ちた音がやけに遠く感じられた。

 

「こんなこと頼めるの、レベッカしかいないから」

 

 その一言で、レベッカの呼吸が止まる。

 空気が薄くなるような錯覚。

 

 怒りでもない。

 悲しみでもない。

 全部が同時に押し寄せて、整理できないまま胸の奥で暴れていた。

 

「……っ、お前……いつからそんなずるい男になったんだよ」

 

 かすれた声で、ようやくそれだけを絞り出す。

 デイビッドは小さく肩をすくめた。

 

 少しだけ困ったように。

 少しだけ照れたように。

 彼女がよく知っている、あの柔らかい空気のまま。

 

「最近かな」

 

 短い間のあと、デイビッドはふと視線を落とすように瞼を閉じた。

 そして再び目を開けたその奥には、過去の一瞬の記憶のようなものが、かすかに揺れていた。

 

「ほら。チーム仕切ってるとさ……誰かさんをエスコートする機会、増えるだろ」

「……!」

 

 その言葉に、レベッカの思考が一瞬だけ止まる。

 

 意味を理解するより先に、感情だけが熱を持って広がった。

 耳の奥がじんと熱い。

 視線が定まらない。

 指先が宙を彷徨う。

 胸の奥が、さっきまでの痛みとは違う熱で満たされていく。

 言い返したいのに、言葉が出てこない。

 

 しばらく黙ったまま立ち尽くし、やがて小さく息を吸う。

 胸の奥で何かを押し潰すように、レベッカは唇を開いた。

 

「……わぁーたよ。あーしが最後までついてってやるよ。てっぺんまで」

 

 言い切ったあと。

 

 ほんの一瞬だけ、視線を逸らす。

 指先が落ち着かないまま、空を掻いた。

 

「……だからよ、デイビッド。その……報酬っていうか……なんというか……あーしとハ――」

 

 言葉が形になる直前。

 

 空気が、途切れた。

 

 ――コン。

 

 軽いノック音。ドアが数センチだけ開く。

 そこから、ファルコの髭面がひょっこりと覗いた。

 

 まるで最悪なタイミングを選び抜いて来たかのような角度だった。

 

「おっと。お取込み中ごめんな、嬢ちゃん」

 

 一瞬。

 

 部屋の空気が凍る。

 レベッカの思考が、音を立てて吹き飛んだ。

 

「~~っ!? な、なにもしてねぇよ!! 髭!! あと青髪!! ニヤニヤすんなぁ!!」

 

 髭の陰から覗いた青髪が、肩を小さく跳ねさせる。

 次の瞬間、レベッカは椅子を蹴り倒して立ち上がった。

 その勢いのまま、まだ半身をドアの隙間に隠していたファルコへと飛びかかる。

 

「お、おい嬢ちゃん!? 落ち着けって!」

 

 廊下へ逃げるファルコ。

 それを追うレベッカの足音が遠ざかっていく。

 

 その騒ぎの横で。

 デイビッドの方へ歩み寄る影がひとつ。

 青髪の少年は、先ほどまでの空気などなかったかのように、軽く肩をすくめて笑う。

 

 デイビッドの前におもむろに差し出される手。

 

「アカデミーより面白い場所じゃないか。……で、僕のケーキはまだかな?」

「再会して早々たかるなよ。……この状況切り抜けたら、嫌になるくらい食わせてやる」

 

 黒髪の少年は呆れたように笑いながら、その手を取った。

 引き上げられるようにして、デイビッドはゆっくりと立ち上がる。

 

 2人のいる一室の薄汚れたブラインドの隙間から、ナイトシティの夜景が滲んでいた。

 紫と青のネオン。

 流れる車の光。

 積み重なる都市の喧騒。

 

 そのすべての向こう側に――夜空を突き刺すような巨大な影がある。

 

 デイビッドはそこを見上げる。

 瞳に迷いはない。あるのはただひとつだけ。

 

 あの塔を越えるという覚悟だけが、確かに息づいていた。

 

 

 

 3

 

 

 

 アジトの一室に、彼らは集まった。

 ソファと同じく年季の入った低い長机。

 その上には弾薬、空のチップ、そして中央には投影モニタの端末が鎮座している。

 

 ソファに腰を下ろすファルコとレベッカ。

 壁に寄りかかるカツオ。

 そして、長机の傍に立つデイビッド。

 

 四人の視線が交差した瞬間、部屋の空気がわずかに引き締まった。

 

「これで全員集合だな? 重症のレディは少年が医者に連れてったから」

 

 ファルコが腕を組んで言う。

 その声はいつもの軽さを保ちながらも、どこか張り詰めていた。

 

「カツオ。キーウィは無事なのか?」

 

 デイビッドが問う。

 

「ああ。この前の医者のとこに預けてきた。……予断の許さない状況らしいが」

 

 カツオは壁にもたれたまま、淡々と答えた。

 その表情は冷静だが、指先がわずかに揺れているのをソファに身を置く少女は見逃さなかった。

 

「キーウィ……」

 

 レベッカが小さく呟く。

 その声には、怒りでも、悲しみでもない、複雑な痛みが滲んでいた。

 

「一応、彼女から言伝を預かってる」

 

 カツオが端末を操作し、ボイスメッセージを転送する。

 再生ボタンが押され、部屋の中にノイズ混じりの女性の声が流れ出す。

 

『みんなー……ゴメン。しくじったー……ほんと、ちゃんと相談すればよかったー……』

 

 言葉の端々に、呼吸の乱れが混ざっている。

 

『みんな、お願いがあるの……あの子を、助けてあげて』

 

 普段なら間延びした語尾で誤魔化す彼女が、今はひとつひとつの言葉を噛みしめるように発している。

 軽さも、迷いもない。

 ただ、真剣さだけがまっすぐ響く。

 

 四人は押し黙ったまま聞き続ける。誰も息を飲む音すら立てなかった。

 

『あの子ね……デイビッドを守るために動いてたの。ファラデーの中枢を覗いたときに見えたの。次世代軍事用インプラント……適合リストに、デイビッドの名前があった。それ、隠されてた。サンデヴィスタンなんかとは次元が違う。命の保証なんて最初から……っ』

『おい。そろそろ治療に戻らねェと命の保証は出来ねェぞ』

 

 リパードクの声が割り込む。

 

『……私が持ってる情報はそこの彼に託したわ。私からも報酬、払うから。だから、……お願い。あの子をルーシーを……んっ……』

『ここまでだ。治療に戻るぞ。……デイビッド。今どんな状況かは知らないが……精々気をつけろよォ。お前の名のカクテルなんて、まだ飲む気になれねェからなァ』

 

 通信が途切れる。

 

 静寂。

 誰も口を開かなかった。

 空気が重く沈み、古い蛍光灯の唸りだけが部屋を満たす。

 

 カツオが投影モニタへ情報を転送する。

 複数のホログラムが青白い光を放ちながら浮かび上がる。

 

「これが彼女からの情報だ。サイバースケルトンの仕様データと、ファラデーの残存戦力の配置図」

 

 カツオはホログラムを操作する手を止め、思考を巡らせているデイビッドへ視線を向ける。

 

「それとデイビッド。ファラデーは今夜の0時にコーポへお前の身柄を渡すつもりだ。猶予はあと二時間半ってとこだな」

「了解。それまでに何か作戦を立てないと……か」

 

 デイビッドは複数のウインドウを睨みながら、首筋に手を当てた。

 その視線はすでに戦場を走っていた。

 

「おい、まじか……埠頭の兵力の倍は残ってるのか。フィクサーは稼ぎが違うねぇ」

 

 ファルコが低く唸る。

 

「デイビッド……これ、やべーぞ。パワーも、コストもケタ違いすぎる……」

 

 レベッカが震える声で呟いた。

 デイビッドはレベッカが見つめるウインドウへ視線を移す。

 

 ――≪サイバースケルトン≫。

 

 膨大な膂力。

 常識外れの機動力。

 そしてその代償として、人間性を削り取る“精神負荷”が桁違いに高い。

 

 適合者は極めて少なく“生きて戻る”保証はほぼ無い。

 

 デイビッドはその情報を読みながら、思考を加速させた。

 そして、静かに口を開く。

 

「みんな。俺はルーシーを助けたい。もう前みたいに逃げたくないんだ」

 

 三人の視線がデイビッドへ向く。

 

 その一瞬、部屋の空気がわずかに揺れた。

 誰も言葉を挟まない。

 その視線を真正面から受けながら、彼は言葉を続けた。

 

「相手はコーポと結託したフィクサーだ。無茶なのは分かってる。……だから皆の助けが欲しい。俺の無茶に、中身をくれよ」

「……デイビッド」

 

 レベッカが小さく呟く。

 その声には、驚きと、どこか諦めに似た感情が混じる。

 

「今回の案件、俺からも報酬を出す。……だから、みんなの力を貸してくれ。頼む」

 

 デイビッドは深く頭を下げた。

 そこに佇むのは、それでもなお自分の選択を正しいと信じるしかない一人の男の姿だった。

 

 アジトが静まり返る。

 誰も動かない。

 ただ、重い沈黙が四人の間に落ちていた。

 空調の音だけが、やけに大きく聞こえる。

 

 どれほど時間が経ったのだろうか。

 

「……しょーがねぇなぁ」

 

 幼女の溜息交じりの声が、静寂をゆっくりと溶かした。

 その声にデイビッドは顔を上げる。

 

 レベッカはソファに深く背を預けたまま、口元だけをわずかに吊り上げていた。

 ファルコは腕を組んだまま、まるで面白い賭けに乗るようにニヤリと笑う。

 カツオは壁にもたれた姿勢のまま片眉を上げ、軽く肩をすくめた。

 

 三人とも、覚悟を決めた顔だった。

 

「リーダーじきじきの案件だ! 断る理由なんてねーだろ!!」

 

 レベッカは拳を握りしめ、ソファの上で前のめりになる。

 その瞳には、迷いの欠片もなかった。

 むしろ、胸の奥で燃える火がはっきりと見えるようだった。

 

「タワーに行くまでの足ねーんだろ? なら俺が車出す以外ねーだろ。付き合うぜ、地獄の果てまでよ」

 

 ファルコはソファの背もたれに片腕を回し、足を組み替えながら笑った。

 その余裕は、長年の修羅場を潜ってきた男のもの。

 だがその目の奥には、確かな覚悟が宿っていた。

 

「ジジィは無茶しなくていいんだぜ~?」

 

 レベッカが横目でファルコを見上げ、ニヤつきながら茶化す。

 ファルコは「ほぉ?」と顎を撫で――次の瞬間、爆弾を落とした。

 

「お嬢ちゃんはとりあえずデイビッドに付き添っとけよぉ。さっき二人きりで“いい感じ”だったもんな?」

「て、てめー! まだ言うかぁ!」

 

 レベッカは真っ赤になり、ソファの上で勢いよく跳ね上がった。

 両足でファルコの髭を蹴り上げようとするが、

 両足で蹴り飛ばそうとするが、ファルコはクッションを軽く掲げて受け流した。

 

「おっとっと、元気だなぁ」

 

 その声音には、どこか楽しんでいる響きすらあった。

 レベッカは悔しそうに歯を食いしばり、ソファの上で小さく足をバタつかせた。

 

 デイビッドはそんな二人を横目に、残る一人――カツオへ視線を向ける。

 壁にもたれたまま腕を組んでいたカツオは、軽く肩をすくめる。

 

「埠頭の件で貸しはチャラだ。もう義理はない……が」

 

 片足を組み替えながら一呼吸置くと、薄く笑った。

 

「ふざけたコーポと元フィクサーに好き放題やられるのは趣味じゃない。乗ってやるよ、その泥船に」

「泥船じゃねぇよ。せめて丸太のいかだくらいにしてくれ」

 

 デイビッドは思わず苦笑した。

 アカデミー時代、あれだけいがみ合っていた相手とこんな軽口を叩く日が来るとは思わなかった。

 

 カツオは壁から背を離し、長机へ歩み寄りながら言う。

 

「じゃあ聞かせてもらおうか。その泥船を“船”にする企みって奴を。……元問題児君?」

「うるせぇ、元優等生。ちゃんと働けよ?」

 

 デイビッドはストレージから作戦データを呼び出し、長机の投影モニタへ転送した。

 ホログラムが一斉に立ち上がる。

 青白い光が四人の顔を照らす。

 

 そこに映し出されたのは――。

 常識をぶっ飛ばした、無茶無謀の極み。

 だが、成功すれば状況を一撃でひっくり返す逆転の一手。

 

 デイビッドはゆっくりと息を吸い、不敵な笑みを浮かべながら長机の前に立った。

 

「――さぁみんな。ブリーフィングを始めよう」

 




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