CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3 作:甘井モナカ
1
投影モニタに青白い光が広がる。
薄暗いアジトの一室で、その光だけが四人の顔を淡く照らしていた。
長机の前に立ったデイビッドは、浮かび上がるホログラムを見据えながら口を開く。
「――俺の作戦は、潜入、陽動、挟撃。三つのフェーズに分かれている」
空中に表示されたタワー構造図へ、彼は指を滑らせた。
「まずは潜入フェーズだ」
ウインドウが切り替わる。
映し出されたのは、カツオが以前使用していた迷彩マスクの構造データ。
「カツオ。お前の≪迷彩マスク≫を使わせてもらう。顔に映像投影する機能のやつ」
壁にもたれていたカツオが、ゆっくり片眉を上げる。
「おいおい……まさか」
青髪の少年は呆れ半分に鼻を鳴らした。
「俺が“デイビッド役”ってことか?」
「ご名答」
デイビッドは悪びれもなく頷いた。
「最低限怪しまれないように、表層の個人情報も俺のデータに合わせる。内部ストレージとか認証系とか。……昔よくやったろ、アカデミー時代」
「さすが。教師の端末ハックして成績弄った問題児ならではの発想だ」
「はぁ?お前も一緒にやってただ――」
「証拠は?」
首筋を撫でる黒髪の少年へカツオは食い気味に言葉を被せた。
全身で冷静を装っているが一点だけ隠しきれていなかった。
彼の血走った目がそう物語っている。
あのレベッカが呆れた顔で二人を見ていた。
「お前ら、昔っからロクでもねぇな……」
カツオは肩をすくめると、再びホログラムへ目を向けた。
「で? 変装した俺が、そのままファラデーに捕まるってわけか」
「ああ。ファラデーは“俺”とルーシーを連れてタワーに向かう。その間、お前は位置情報を更新し続けてくれ」
「なるほどね……」
カツオは顎へ手を当てる。
「つまり俺は、お前の仕草まで真似しろってことだろ? 面倒くさすぎるな」
そう言いながらも、口元には薄く笑みが浮かんでいた。
デイビッドも小さく笑い返す。
そして、彼はソファの方へ目線を移した。
「その間に、俺たちは別行動だ」
別のホログラムが展開される。
巨大な倉庫群。
周囲を巡回する警備ルート。
赤いマーキングで示された警備部隊。
「ファラデーが隠してる≪サイバースケルトン≫の保管庫に侵入する。レベッカ、ファルコ。二人は警備部隊を無力化してくれ」
「任せろ!」
レベッカが勢いよく拳を握る。
ソファが軋むほど前のめりになった彼女を横目に、ファルコは表示された地図を見て低く唸った。
「倉庫の場所は……ここか。はぐれ傭兵どもの縄張りが近ぇな。こりゃ骨が折れる」
「キーウィから警備体制の情報ももらってる。裏を突けば突破できるはずだ」
「なるほどなぁ」
ファルコは頷くと、わざとらしくレベッカへ視線を向けた。
「じゃあ嬢ちゃん任せた。俺ぁ後ろで見守ってるからよ」
「はぁ!? あーしが全部やる前提かよ!」
即座に噛みつくレベッカ。
ファルコはケラケラ笑いながら肩を揺らした。
「だって俺よりお前の方が強ぇじゃねぇか」
「……っ」
一瞬だけ言葉に詰まる。
「頼りにしてるぜ、お嬢ちゃん」
「……ふん!」
レベッカはそっぽを向いた。だが、耳だけがほんの少し赤い。
その様子にファルコがまた笑う。
デイビッドは苦笑しつつ、次のウインドウを開いた。
「その後、二人は倉庫内で装備を整えて、すぐタワー直下へ向かってくれ。次は陽動フェーズだ」
ホログラム上で、ナイトシティ中心部のマップが表示される。
赤いライン2人の陽動経路が市街を通過してがタワー下層へ伸びる。
「2人の陽動でコーポの警備を、なるべく下層の一点に集中させる」
「OK! 暴れるのは得意分野だぜ~?」
レベッカがニヤリと笑う。
「了解だ。派手にやって観客を沸かせるとするか」
ファルコも口角を上げた。
「陽動が始まれば、タワー上層の警備は薄くなるはず」
そこでデイビッドは、自分の胸を指先で軽く叩いた。
「そこに、別経路から倉庫へ侵入して≪サイバースケルトン≫を拝借した俺が……上空から強襲する」
言葉が落ちた瞬間、レベッカの表情に、ほんの影が差した。
照明の青白い光が、その曇りをいっそう際立たせる。
デイビッドはその変化を見逃さず、肩をすくめるようにして苦笑した。
「大丈夫だよ、レベッカ」
わざと軽く、わざと明るく“平気なふり”をした声だった。
「二人の陽動が上手くいけば、≪スケルトン≫の起動時間は最小限で済む。それに――」
彼はポケットから薬剤アンプルを取り出し、指先で軽く弾いて見せる。
淡い薬液が光を反射した。
「レベッカがくれた、ドク特製の抑制剤もある。……ちゃーんと戻ってくるよ、俺は」
軽口の裏に、どこか無理に押し込めた焦燥が滲む。
その焦燥をごまかすように、デイビッドは笑った。
「それにさ。もし発着ポートで取引するなら、タワーのてっぺんまで行けるんだぜ?」
ホログラムに映るアラサカタワー最上階。
その光景を指差しながら、彼は続ける。
「極上のナイトシティの夜景、独り占めできる……!あとでアーカイブ共有してやるよ」
――きっとそれは、ただの空元気だった。
レベッカには、それが痛いほど分かってしまう。
胸の奥がきゅっと縮む。
言葉を返せば、彼の覚悟を揺らしてしまう気がした。
だから彼女は何も言わず、小さく息を吐いた。
もう覚悟は決めた。
なら、自分がやることは一つだけだ。
――デイビッドを、生きて帰す。
「……戻るって約束。絶対だかんな」
「ああ」
短い返答。
だがその声は、思ったよりずっと穏やかで真っ直ぐだった。
万感の思いを胸に押し込み、レベッカはゆっくり目を伏せる。
デイビッドはそんな彼女を見つめたあと、最後のホログラムへ視線を移した。
「最後は挟撃フェーズだ」
彼は隣でホログラムを眺めるカツオに目を向ける。
「タワー内部で、お前の位置情報を頼りに俺が強襲。その後、合流して――」
「障害を挟み撃ちにして即撤収、か」
カツオは静かに笑った。
「思ったより形になってるじゃないか」
「だろ? 泥船からアップグレードだ」
「沈む時は全員まとめて沈むけどな」
「それ、船の宿命だって」
2人の不良少年の間で軽口が交わされる。
ほんの数秒前まで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
ソファに腰掛けたレベッカが呆れたように鼻を鳴らす。
「はぁ~こんな時にまでくっだらねぇ……ほーんと野郎って単純だぜぇ」
そう言いながらも、その口元は少しだけ緩んでいた。
ファルコも低く笑う。
「ま、空気が重いまま突っ走るよりはマシだろ。死地に向かう時ほど肩の力は抜いとくもんだ」
長年修羅場を潜ってきた男らしい言葉だった。
青白いホログラムがゆっくりと明滅する。
その光の中で、デイビッドは仲間たちの顔を一人ずつ見渡した。
レベッカ。
ファルコ。
カツオ。
ここにいる全員が、これから無茶をする。
下手をすれば、誰一人戻れない。
それでも。
誰も逃げるとは言わなかった。
和やかな空気は、ほんの束の間。
デイビッドはゆっくりと表情を引き締める。
「この作戦、全員の役割が連動してる」
彼の声に、部屋の空気が再び静まった。
ホログラムに映る複数のルート。
侵入。陽動。強襲。
どこか一つでも崩れれば、全部終わる。
「でも裏を返せば――」
デイビッドは仲間たちを真っ直ぐ見据えた。
「全員上手くやれば、100%成功する作戦だ」
その言葉に。
三人の視線が、静かに彼へ集まる。
レベッカは拳を突き出す。
その拳は震えていなかった。
迷いも、恐れも――全部飲み込んだ“決意の拳”。
ファルコは静かに、深く頷く。
その仕草には、若い連中を信じて前へ送り出す“大人の覚悟”が滲んでいた。
カツオは壁にもたれたまま、静かに口角を上げる。
その笑みは皮肉でも虚勢でもない。
“同じ船に乗った仲間”としての笑みだった。
デイビッドは三人の顔を順に見て、ゆっくりと息を吸い込む。
そして、不敵に笑った。
「オペレーション:ナイトフォール――スタートだ」
青白いホログラムが揺れ、四人の影が長机の上に重なる。
さぁ。
夜を落とせ。
ファラデーに。
アラサカに。
この狂った街そのものに。
無理を通せ。
道理を蹴り飛ばせ。
そして――。
逆転の一手を、掴み取れ。