CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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06話 トリガー

 

 

 

 1

 

 

 

 黒髪の少年は気がつくと、底の見えない夜の海へ沈んでいた。

 水ではない。まるで重力そのものが液体になったような、冷たく、暗く、終わりのない深淵。

 全身へまとわりつく圧力が、彼を“下へ、下へ”と引きずり込んでいく。

 

 息が苦しい。思考が鈍る。

 身体の感覚すら曖昧になっていく。

 ただ、落ちていく感覚だけが残っていた。

 世界は静かだった。

 音も、光も、未来もない。

 あるのは、どこまでも沈み続ける孤独だけ。

 

 “少年だったもの”の意識が闇の奥底へ沈みかけた、その時――。

 背後から、炎のような声が響いた。

 

「旦那ァ! 魂を燃やすときが来たみてーだぜ!!」

 

 轟、と。

 

 その声だけで、闇が揺れた。

 荒々しく、馬鹿みたいに真っ直ぐで、けれど誰より熱い声。深淵を押し返すように、赤い火花が散る。

 少年は、ゆっくりと目を開いていた。

 

 ぼやけた視界の奥。

 暗闇の中に、小さな赤い光が灯っている。

 

「立て、デイビッド。お前の居場所はこんなところじゃない。戻ろうぜ。皆のところへ」

 

 今度は、静かで優しい声。

 柔らかいのに、決して折れない芯を持った響きだった。

 その言葉が、凍りついていた彼の身体へじんわり熱を戻していく。まるで止まりかけた血流が、再び動き出すように。

 

「限界の前で立ち止まるなんて、アンタらしくないじゃん。前に見せた覚悟、忘れたのかい?」

 

 頭上から降り注ぐ反骨心を滲ませた少女の声が、胸を軽く小突くように響いた。

 その一言で、彼の濁っていた思考が少しずつ輪郭を取り戻していく。

 

 闇の中に、細い光の筋が走った。

 

「君はまだ生きてる。ちゃんと聞こえてるだろ? その胸の鼓動が」

 

 現れたのは、弱さを知っているからこそ、前へ進む強さを持った少年の声。

 暗闇の底へ、小さな光を落とすみたいに優しく響く。

 

 その瞬間――。

 黒髪の少年の首から下がっていた、小さな掘削機のオブジェクトが赤く輝いた。

 

 パキン、と。

 

 小さな閃光が弾ける。

 赤い光は波紋のように広がり、深淵を押し返しながら、彼の背中へ温かな感触を宿していく。

 

 それは誰かの手だった。

 一つじゃない。

 幾つもの掌が、沈みかけた彼を暗闇の底から押し上げていく。

 

「これは君の力だ。恐れるな。立ち止まるな。壁があるなら殴って壊せ。道がなければその手で造れ」

「痛みも、傷も、恥ずかしがることじゃねぇ!着込んで背負って一緒に進む!それが人間なんだよぉ!!」

「いいか!どんなにつらくてもなぁ、人には守らなきゃならねぇことが3つある……約束と愛、そして――」

「火の元過ぎても熱さ忘れず!火事場装着!!マァト――」

「おい!被せてくんなっ!!」

 

 思わず、少年の口元が緩んだ。

 暗闇の中で、声が重なっていく。

 

 四つの声。

 四つの光。

 四つの熱。

 

 それらが混ざり合い、胸の奥で一つの炎へと変わっていく。

 首元のオブジェクトが、限界を超えるかのように赤く脈動した。

 

 ドクン――。

 

 胸の奥で。

 身体の奥で。

 何かが“砕けて、切り替わる”音が響く。

 

 視界に亀裂が走った。

 闇が割れる。

 重力の海が、光に呑み込まれていく。

 

 少年は閃光の中で、静かに息を吸った。

 胸の奥で燃える熱が、バラバラだった力を一つへ繋いでいく。

 もうその瞳に迷いはなかった。

 

「分かったよ」

 

 彼の声音に、確かに受け取った熱が宿る。

 

「俺の持ってる全部……今、ここで、重ね合わせる」

 

 そして――。

 デイビッドは確かな決意と共に、叫んだ。

 

「合体だ……ッ!!」

 

 

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