CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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08話 ビヨンド・ジ・エッジ

 

 

 

 1

 

 

 

 ぼやけていた視界に、ゆっくりと焦点が戻りはじめる。

 そこがAV車内の天井だと気づいたルーシーは、震える腕で上体を起こした。

 

 少女の目に入ったのは、顔の右半分を赤く染めた包帯で覆い、浅い呼吸を繰り返すレベッカ。

 その奥では、慣れないAV車両の操縦に四苦八苦するファルコの背中が、揺れる車体に合わせて不規則に上下している。

 

 何度車内を見回しても――。

 彼の姿だけが無い。

 

 彼女の喉が震え、声にならない息が漏れる。

 

「ファルコ、待って……まだ……デイビッドが……!」

「駄目だ。」

 

 ファルコは短く言い放つ。

 

「あいつから頼まれた。万が一の時は逃げろとさ。……報酬も預かってる。俺たちで山分けだ。」

「……でも!」

「駄目だ!」

 

 いつもとは異なる、険しい声音が車内に響く。

 

「今戻ったらあいつは犬死にだ……あいつの想いを無駄にする気か?」

「っ……!」

 

 突きつけられた避けようのない現実に、ルーシーの喉はきゅっと締まり、返す言葉が霧散する。

 

 その直後、背後から大爆発の衝撃が伝わる。

 車体が跳ね、少女は反射的にハッチへ手を伸ばした。

 必死に顔を上げ、後方を覗き込む。

 

 だが――。

 遥か彼方の爆炎よりも先に、彼女の目に“異常”が映り込む。

 

 街の光が、消えていく。

 

 最初は一つのビルの窓明かりがふっと落ちただけだった。

 

 だが次の瞬間。

 ネオンも、街路灯も、広告ホログラムも。

 まるで誰かが巨大なスイッチを切ったかのように、市街全域の灯りが一斉に落ちていく。

 暗闇が波のように広がり、夜の大地を飲み込んでいく。

 

 光が消えるたび、街の輪郭がひとつ、またひとつと“死んで”いく。

 

「……なに、これ……?」

 

 ルーシーの声は震え、自分の耳にすら届かないほど小さかった。

 次の瞬間、彼女の全身に直感が走り抜ける。

 

 ――吸われている。

 ――街の灯が、何かに吸い上げられている。

 

 高層街区の屋上照明。

 地下鉄の非常灯。

 遠くの広告ホログラム。

 ビルの内部電源。

 信号機。

 すべての電力が一本の線のように収束し、アラサカタワー直下へと流れ込んでいた。

 

 そして、そこだけが、夜の底で“逆に”煌々と輝いている。

 まるで都市そのものが、巨大な怪物となり自身の心臓へ血を送り込んでいるかのように。

 

「……っ!」

 

 

 自身のインプラント機能の大半がダウンしている中、ルーシーは震える指で網膜スクリーンの熱源探知を無理やり起動させた。

 

 遥か彼方の爆心地の奥に、巨大な熱源がひとつ。

 まるで心臓のように、鈍く脈打っている。

 

 そして。

 そのさらに奥。

 闇の中で小さく、しかし同等の熱量を放つ存在が立っている。

 

 直後、彼女の脳裏にデイビッドの声がを駆け抜ける。

 

 ――『帰ろうぜ、ルーシー。全部終わらせて』

 

 その瞬間、確信だけが胸の奥で跳ね上がった。

 根拠も、理屈もない。

 それでも心が先に理解していた。

 

 ――彼はまだ、生きている。あの輝きの向こうで。

 

 その確信が、沈んでいた何かを押し上げる。

 小さく震えるだけだった背中に、力が戻る。

 

 そして。

 

「……帰ろう、全部終わらせて」

 

 気づいたときには、彼女の口がその言葉を形にしていた。

 

「おい、ルーシー?」

 

 背後からファルコに呼ばれ、ルーシーの意識が現実へ引き戻される。

 

 眼下には街の光が死んだように沈む暗闇が広がる。

 仲間たちは満身創痍で、その足取りは“敗走”という言葉すら生ぬるい。

 血と焦げた匂いが風に混じる光景は絶望そのものだ。

 

 逃げるべきだ。

 逃げて、生き残るべきだ。

 

 頭では理解しているのに――それでも、心だけが逆の方向へと引きずられていく。

 少女の胸の奥で、言うべきでは無いと分かっている言葉が、溢れ出す。

 

 そして彼女は、ぽつりと呟いた。

 

「……私は、ずっと逃げてきた。コーポから、薄暗い過去から」

 

 握りしめた拳は白くなるほど力が入り、噛みしめた唇からは、じわりと血の味が滲む。

 それでも彼女は顔を上げた。

 震える瞳の奥に、確かな光が宿っていた。

 

「……でも、今度こそ逃げない。最後まで抗って、生きて、帰るの!……だから――」

 

 言葉と一緒に、胸の奥に溜め込んでいたものが堰を切ったように溢れ出す。

 涙が頬を伝い落ちても、彼女は袖で拭おうともしない。

 ただ前を見据え、震える声を押し出した。

 

「お願い、ファルコ……!私は……まだ、デイビッドを死なせたくない!諦めたくない……!」

 

 言いながら、彼女はファルコのシートへ縋るように手を伸ばした。

 その指先は震えているのに、掴む力だけは必死で、強かった。

 

 肩越しにそれを見たファルコは、言葉を失ったまま押し黙る。

 

 このまま逃げ切れば、仲間を犠牲にした敗走。

 引き返せば、勝算の欠片もない地獄。

 どちらを選んでも、正解なんて存在しない。

 

 正解の無い問いを前に、ファルコは苦悩し、選んだ答えを口に含んだその時。

 

 車内にノイズ交じりの通信が割り込んだ。

 

『……あたしからも、頼むよー。ファルコー』

「キーウィ!? おい、無事なのか!」

 

 通信越しの声は、いつもの皮肉っぽさを崩していなかった。

 だが、その奥では浅い呼吸が途切れ途切れに混じっている。

 

『無事じゃないよー……いまにも、死にそーだしねー』

 

 苦しげな息の合間に、無理やり軽口を挟む。

 乾いた声音はかすかに震えていた。

 

『……ねぇ、あの子の言葉、ちゃんと聞いてやってくんない? あんな声、初めて聞いたんだよ』

 

 淡々とした口調は変わらない。

 それでも、その声色だけはどこか柔らかかった。

 

『……母性とかさ、正直よくわかんないけど……泣いて頼まれたらさ……放っとけないじゃん、そういうの』

 

 最後は小さく息を漏らす。

 それは軽口めいた響きでありながら、不器用に誰かの背中を押すような声だった。

 

 ファルコはおもむろに振り返る。

 

 ルーシーは涙を浮かべながらも、その瞳の奥に強い意思を宿していた。

 震えているのに、折れていない。

 その目はまっすぐにファルコを射抜いている。

 

 その瞬間、ファルコの胸の奥で何かがきゅっと締めつけられた。

 

 泣きながら、それでも前へ進もうとするその姿が、顔の見えない誰かが必死に手を伸ばしてくるような光景と重なる。

 

 見覚えのないはずの光景。

 それなのに、やけに鮮明に胸に刺さる。

 

 喉の奥が熱くなる。

 鼻の奥が詰まる。

 思わず頷きそうになるが――寸前で堪えた。

 

「……お前ら、落ち着けよ……!俺たちが行ったところで何も変わらねぇ。最悪、巻き添え食って全滅だぞ!」

 

 今、冷静なのは自分だけだ。

 皆、熱に押されている。

 ここで流されれば、カツオとデイビッドの決死の抵抗が無駄になる。

 胸の奥に残る揺らぎを押し殺し、ファルコは言葉を続けようとした。

 

「……だから、俺たちは――」

 

 そう言い切ろうとした瞬間。

 彼の背中を声が叩いた。

 まるで反抗期の娘が、沈み込む父親の背中を乱暴に叩き起こすような。

 

「……さっきから弱声が、うるせぇぞ……髭」

「レベッカ……!」

 

 振り返ると、レベッカは顔の半分を包帯で覆いながらも、いつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……地獄まで、付き合うんだろ?」

 

 その声の奥には、痛みを押し殺したまま前へ進もうとする熱があった。

 

 ファルコは黙って前を向き直り、瞼を閉じる。

 胸の奥に残っていた揺らぎが、レベッカの声と重なって溶けていく。

 

 深く息を吸い、迷いごと肺の奥へ押し込んだ。

 

 そして――。

 彼はハンドルを反転させる。

 

 

 

 2

 

 

 

 街の光がひとつ、またひとつと消えていく。

 デイビッドは、頭上で電撃を浴びるアダム・スマッシャーを見上げた。

 

 何が起きているのか、理解が追いつかない。

 それでも思考だけが先に走る。

 

 ――街全体の電力が、ひとつの点に吸い寄せられている。

 ――街の膨大な電力が、巨大外骨格へと流れ込んでいる。

 ――なんのために。

 ――きっと、それは。個を超える圧倒的な力で、突出した個を叩き潰すために。

 

 ――あり得ない。

 ――あまりにも馬鹿げている。

 たった一人の兵士に軍隊をぶつけるような、そんな理不尽が――。

 

 彼は思わず頭を振るった。

 しかし、否定しようとしたその思考を嘲笑うように“仮説”は現実へと染み出していく。

 

『〈中央グリッドから外部電力接続。コンデンサ再充填開始〉』

 

 空から降り注ぐ雷光。

 そのエネルギーは傭兵の背面の受信口へ吸い込まれ、巨体の内部へ流れ込んでいく。

 

『〈ジェネレーター出力再上昇。オペレーション:パターン2〉』

 

 追加装甲が細かく震え、隙間から紫電が漏れ出す。

 光が内側から滲み、装甲全体が歪に脈打ち始めた。

 やがてそれは、防御装甲というより“紫電を纏う異形の壁”へと変質し、赤鎧の掘削機を押し返していく。

 

 二人の間でせめぎ合っていた力が、徐々に片側へ傾き始める。

 

『俺にここまで“手札”を切らせたことを褒めてやる』

「ふざけんなっ……!タイマンに街の電力持ってくる奴がどこにいる!」

『ははは。タイマンだと?……いつから俺とお前が対等だと勘違いしていた?』

「なに……!?」

 

 息を飲む少年を前に、漆黒の傭兵は嗤う。

 

『お前が相手しているのは俺じゃない。この街そのものだ』

 

 傭兵は街から流れ込む光を、まるで血液のように自身の内部へ循環させながら続ける。

 

『この街の“意思”はすでに決まっている。お前はここで消える』

 

 その宣告に呼応するように、アダム・スマッシャーの全身を走る紫電が一斉に閃いた。

 背面の受信口は灼けるように明滅し、内部で何か巨大な機構が“起動”する重い音が響く。

 

 街の電力が、彼の内部で“意思”へと変換されていく。

 だが――その力はあまりにも膨大だった。

 

「……!」

 

 その時、デイビッドは気づく。

 傭兵の追加装甲に、細かな罅が走り始めていた。

 

 金属が悲鳴を上げるような振動。

 継ぎ目からは押し込めきれない余剰エネルギーが脈打ち、紫電が“血管”のように走っては弾ける。

 

 二人の周囲には、不均一な電磁場が形成され、瓦礫が浮き上がり、あるいは叩き落とされ、空間そのものが“歪んで”揺らぎ始めていた。

 

 少年は直感する。

 彼が相対しているのも“個”。

 その存在もまた膨大すぎる力を受け止めきれず、軋み始めていたのだ。

 

「おい!その街の“意思”ってやつに押しつぶされてんじゃねぇか!このままいけば先にくたばるのはお前の方だろ!」

 

 少年の叫びを、漆黒の傭兵は鼻で笑うように受け流す。

 

『問題ない。俺はこの状態からでも再構築できる。……吹き飛ぶのはお前だけだ』

 

 その声には迷いがない。

 そこにあるのは“自信”ではなく、機械的な確信だけだった。

 

「クソ……野郎!」

 

 瞬間、圧力がさらに増す。

 空気が重さを持ち、肺が押し潰されるように呼吸が奪われる。

 デイビッドの声の端に、苦痛が滲む。

 

 それでも傭兵は嗤う。

 

『選ばせてやる。俺に押し潰されるか、街ごと吹き飛ぶか。……お前の終わりを見届けるのが楽しみだ』

「ぐ……っ……!」

 

 浮き上がる瓦礫の中で、デイビッドはついに眼前の質量を支えきれず片膝をつく。

 右腕の掘削機がさらに押し戻され、赤い奔流が軋むように揺らいだ。

 

 街の象徴であるタワー強襲。

 仲間を取り戻し、死神の猛攻から守り抜き、 瀕死の淵から何度も立ち上がってきた。

 

 奇跡を積み重ね、伝説を刻んできた少年。

 彼の前に、最後に立ちはだかるのは――街そのものだった。

 

 ――ここで終わるのか。

 ――あと少しなのに。

 ――ほんの僅か、届く距離まで来ていたのに。

 ――ここで俺の道は、途切れるのか。

 

 両腕にのしかかる圧倒的な重圧。

 肌を焼く灼熱。

 骨が軋み。

 視界が揺れる。

 極限の中で、思考は削られ、削られ――。

 最後に残ったのは、誰しもが持つ、ちっぽけの生存本能だった。

 

  嫌だ。

  認めたくない。

  諦めたくない。

 

  生き残るんだ。

  生きて帰るんだ。

  皆に、会うために。

  彼女に、会うために――。

 

 その瞬間、少年の目に再び火が灯る。

 地面についていた片膝が、無意識に持ち上がった。

 赤熱の奔流が右腕へと走り、掘削機が低く唸る。

 

 少年の秘めた意思と熱が、その体躯を再び立ち上がらせた。

 彼の体が一歩、前へ進む。

 

 だが現実は変わらない。

 眼前の防御壁は崩れず、その奥で暴走する紫電は白熱を帯びながら臨界へ近づいていく。

 

『チェックメイトだな』

「……!」

 

 傭兵に纒わりつく白熱の光が輝きを増し、少年の視界は一瞬で真白に塗りつぶされた。

 

 音が消える。

 熱が消える。

 世界の輪郭が、剥がれ落ちていく。

 

 ――その時。

 

 白光の裂け目を縫うように、ひと筋の影が“逆流”してくるのが見えた。

 

 デイビッドは確かにそれを見た。

 自分が決死の覚悟で逃がした警護用AVが、彗星の尾を引くような軌跡で戦場へと飛来してくるのを。

 

 その奥で――。

 

 砕け散る光の粒を背に、銀髪の少女が、決意だけを宿した瞳でこちらを真っ直ぐに射抜いていた。

 

 

 

 3

 

 

 

 暗闇の中を、一機の警護用AVが疾走する。

 黒い街を切り裂くように、機体の残光が尾を引いた。

 

「キーウィ! ナビもう一拍早く頼めるか!?こっちからじゃなんも見えねぇ!!」

『……ケガ人を酷使しすぎじゃないー?運転自慢してたの誰だっけー』

「なら、運転させてくれぇ!こんなの目ェ瞑ってんのと同じなんだよ! うおっ!」

 

 コンソールのナビ画面が、前方の巨大ビルを捉える。

 ファルコは舌打ちしながらハンドルを握り直し、腕ごと力任せに切り返した。

 車体が無理やり角度を変え、車内が直角に傾く。

 

「髭!てめぇー!もっと丁寧に――」

 

 後方で狙撃銃を調整していたレベッカの身体が宙に浮く。

 小さな足がバタつき、指先が空を掴むように伸びる。

 壁へ投げ出される――その瞬間、ルーシーが反射的に腕を伸ばし、胸で受け止めた。

 

「……ん。サンキュ」

「どういたしまして……」

 

 二人は息を整えながら目を合わせ、微かに笑う。

 もうその間に、気まずさなんて微塵もなかった。

 

「そっちの準備は済んだのかよ?」

「ええ。最終調整は現場でやるわ」

 

 ルーシーは僅かに震える指先でケーブルを取り出し、首筋へ差し込む。

 もう片方をレベッカへ差し出す。

 レベッカはそれをじっと見つめ、喉を一度鳴らしてから掴み取り、自身の首筋へ直結させた。

 

 直後、二人の神経に過剰な信号が走り抜ける。

 レベッカは肩を跳ねさせ、歯を食いしばり、ルーシーは眉を寄せながら呼吸を整えた。

 

「ふぅ……リンケージ成功。このまま私の右目をつなげるわね。3、2、1――」

「……っ!」

 

 包帯で覆われた側の目に鋭い痛みが走る。

 レベッカは片目を強く閉じ、拳を握りしめて痛みを押し込み、前方を見据えた。

 右側に仮想スクリーンが形成され、そこに映り込んだ自分の顔を見て、思わず眉をひそめる。

 

「うげっ……ひっでぇ顔」

「大丈夫よ。全部終わったら、いい店紹介するから」

 

 二人はそのまま外へ視線を向ける。

 暗闇に沈んだ街の奥で、ひときわ強く輝く区画。

 その光源が徐々に大きくなる。

 

 レベッカは肩を回し、呼吸を整え、銃を構えた。

 その背後でルーシーは片手で壁を支えながら、もう片方の手で視界情報を調整する。

 

「レベッカ。さっきも言ったと思うけど、これはあくまで負傷したあなたの右目を私が肩代わりしてるだけ。リンケージの拡張ストレージで直前まで照準補正はこっちでするから――」

 

「合図があるまで撃つな。でもいつ、どの方向にも撃てるようにしろ……だろ?無茶言ってくれるぜぇ」

 

 頭部、右半身を強打し、鎮痛薬で無理やり動かしている身体にとって無茶な作戦。

 レベッカは痛む右肩を一度押さえ、深く息を吐いた。

 

「ごめん……」

「冗談だよ。……それに約束したろ?アイツが絡む案件なら協力してやるって」

 

 その言い方に、ルーシーは一瞬だけ息を呑んだ。

 記憶の中のそれよりも、ずっと柔らかい声。

 彼女は目を丸くし、次の瞬間――こらえきれないように、小さく笑った。

 

「ありがとう……。っ! 見えた、 3時の方向! ファルコ!」

「了解! キーウィ!後15度機体を傾けたい。姿勢制御頼む!」

『もうやってるー』

 

 ルーシーの声に呼応するように、機体が震える。

 機体全体が鈍い振動をはじめ、その飛行体勢が徐々に移り変わる。

 

 レベッカは重心を低くし、銃を肩にしっかり固定する。

 ルーシーは視界のズレを微調整しながら、息を詰めた。

 

 ――射線が通る。

 

 暗闇の中で、街の電力が集中し、視界を焼くような光を撒き散らす。

 その眩さの向こうで、ついに目標が露わになる。

 

 依然として雷撃を浴び、その身を白熱化させ続ける巨大な装甲の化け物。

 外殻を走る紫電が、まるで怒り狂う神経のように脈打つ。

 

 その奥で――。

 小さな赤い輝きが、二人の眼を同時に射抜いた。

 

「こりゃ思ったよりやべぇーなぁ……!」

 

 レベッカは口角を引きつらせながらも、銃口を微動だにさせない。

 

「ええ。でも、想定より単純かも」

 

 ルーシーは視線を細め、呼吸を静かに整えた。

 その言葉を聞いたレベッカは、構えた銃の横で静かに口角を持ち上げる。

 

 銀髪の前髪の奥で、見開かれた眼が狙いを定める。

 二人の意思が同調する。

 

「「あの背面を撃つ……!」」

 

 

 

 4

 

 

 

「……皆!?」

 

 デイビッドの表情が驚愕に染まる。

 目が大きく見開かれ、喉がひゅっと鳴る。

 撤退したはずの仲間が、暗闇を裂くように 再び死地へ戻ってきた。

 

 胸の奥が、一瞬だけ熱く跳ねた。

 名前のつかない感情が一気に押し寄せ、思考が形をつくる前に胸の内側で爆ぜる。

 

 だが、少年に芽生えたその感情を踏みにじるように――。

 

 漆黒の傭兵が、口角をゆっくり吊り上げるように、赤い眼光を細めながら言葉を吐いた。

 

『まさか、やられに戻ってくるとは。クソガキの覚悟が無駄になったなぁ』

「……!」

 

 傭兵のその声が、デイビッドの意識を現実へ引き戻す。

 背筋が強張り、胸の奥で先ほど芽生えた希望が一瞬で凍りつく。

 

 眼前で、アダム・スマッシャーが拡張装甲の一部を警護用AVへ向けた。

 装甲の隙間から、数十もの銃身が針のように伸び、金属音を立てて展開する。

 その動きは生物的で、冷たく、容赦がなかった。

 

 デイビッドの心臓が跳ねた。

 脳が判断するより早く、身体が勝手に動く。

 

「させねぇよ!」

 

 叫ぶと同時に、デイビッドは右腕の掘削機を強制分解し、自分の身体を前へ投げ出すように踏み込んだ。

 迫りくる鉄槌――本来なら避けるべき質量を、意図的に自分へ引き寄せる。

 衝撃で足元の瓦礫が跳ね、デイビッドの身体がきしむ。

 肺が潰れそうな圧力に、歯を食いしばり、両足で地面を抉るように踏ん張る。

 膂力の均衡地点が僅かにずれ、拡張装甲から伸びる銃身の射線が空を舞う標的から外れる。

 

 しかし――。

 

『詰めが甘いぞ。クソガキ』

 

 別の拡張装甲が ガシャリと展開し、再び銃身がせり上がる。幾つもの銃口が、上空の仲間を正確に捉える。

 傭兵の口から嗤い声が零れる直前――少年は気炎をあげる。

 

「バカが!俺の賭けはここからだよ!」

 

 デイビッドは、強制分解した掘削機の構成部品の一つ、肩部装甲を展開する。

 赤熱の重力波が迸り、空気が震える。

 

 右腕で鉄槌を支えつつ、空いた左腕を銃身へ向けて伸ばす。

 左腕から発生した重力波が追加装甲へ伝播し、表面を歪に振動させ、隙間から伸びる砲身を次々と破壊していく。

 

 そして――。

 最後の一丁を残して、砲身の破壊が止まった。

 

「……っ……!?」

 

 重力波の射程距離限界。

 

 出力の大半を鉄槌の保持に回し、片手での緊急使用。

 無茶な稼働を続けた弊害がここに来て牙を剥く。

 想定を下回る破壊結果に、デイビッドの頬を冷たい汗が伝う。

 

 鉄槌の奥で、赤い眼光を光らせる髑髏型インターフェースが揺れる。

 嗤い声を零しながら、死神は告げる。

 

『ここまでのようだな……別れの挨拶は済んだか?』

「……!……!」

 

 少年は目を見開き、歯を食いしばる。

 

 このままでは仲間が撃ち落とされる。

 だが打つ手がもう無い。

 後悔が胸の内で沸き起こり、その口から零れ落ちる直前――。

 

 彼の≪クローム≫の近接戦闘用リンクにノイズが走り抜けた。

 

『泣きだす暇あるなら、右によけろ……!』

 

 その声を理解より先に、反射でデイビッドの身体が右へ傾く。

 

 直後、彼の真横を紫電を纏った衝撃破が走り抜けた。

 空気が裂け、耳鳴りが弾ける。

 その衝撃は傭兵の追加装甲の一部を破壊し、空へ伸びた最後の砲身を切断する。

 

『貴様は……!』

『一太刀、いれたぞ……オンボロ……』

「カツオ!」

 

 デイビッドの遥か後方――。

 電光の残り火を散らす太刀を握りしめた少年が、糸が切れたように 地面へ倒れ込む。

 青髪の少年は、地べたに這いつくばったまま動かない。

 だが彼は、血と埃にまみれた頬を引きつらせながら、唇を震わせる。

 

 自身の視界の奥に立つ“仲間の背中”へ向けて。

 

『……勝てよ。デイビッド』

 

 

 

 5

 

 

 

 地上で二人が紡いだ刹那の時間。

 その上空――灰色の飛行車両の奥で、銀髪の少女の右目が細くすがめられ、呼吸が静かに整う。

 

 視界に重なる複数の演算ウィンドウが、弾道予測・照準補正・風圧計算 を次々と収束させていく。

 最後の数値が“0”へ吸い込まれるように揃った。

 

 狙撃条件、完全一致。

 

「レベッカ! 撃って!」

 

 ルーシーの声が震えも、迷いもなく響く。

 指先がコンソールを離れ、視線が一点へ吸い込まれるように集中する。

 

 レベッカは、自身の身体よりも長い銃身を肩に深く食い込ませ、左手で銃身を支え、右手の指をトリガーへ添えた。

 

 機体の揺れ、風圧、痛む身体――。

 すべてを無視して、ただ一点だけを見据える。

 

「何度も言わせんな……うちらの“男”に手ェ出すのは、100臆万年早ェんだよォ!!」

 

 叫びながらも、その眼は獣のように鋭く、揺らぎがない。

 銀髪が風圧で揺れ、包帯の下の表情がわずかに歪む。

 

 そして――。

 

 砲塔から光が爆ぜた。

 

 閃光が空を裂き、空気が一瞬だけ“静止”したように感じられる。

 光条は一直線に地上へと落ちていく。

 

 二人の視線の先――。

 目標としていた背面装甲のエネルギー供給口へ、光条が吸い込まれるように突き刺さった。

 

 追加装甲の金属が悲鳴に似た音を上げ、紫電が弾け、傭兵の巨体が一瞬だけ硬直する。

 

 その刹那――。

 赤鎧の少年の身体に掛かっていた重圧が、ふと綻んだ。

 

「「「デイビッド……!」」」

 

 仲間の声が、空から、地上から、鼓膜を震わせる。

 その響きが、崩れかけていた彼の背中を確かに押した。

 

「――ッ!」

 

 デイビッドは、自分の意思で身にまとっていた赤熱の鎧を解除する。

 

 肩から、腕から、脚から――。

 焼けた金属片が剥がれ落ちるたび、空気の焦げる匂いが立ちのぼる。

 崩れ落ちる破片が地面に触れるたび、チリ、と赤い火花が散った。

 

 そして、生身の身体が露わになる。

 

 少年はその小柄な体躯を、僅かに空いた檻の隙間へとねじ込んだ。

 鉄槌の檻から抜け出す瞬間、右耳と右腕が装甲に掠れ、皮膚の裂けるような鋭い痛みが走る。

 熱と血の感覚が一気に神経へ流れ込む。

 

 だが――。

 その“人間的な痛み”が、逆に彼の奥底で胎動していた“生きる”という衝動を爆発させた。

 焼けるような痛覚が、まだ自分は折れていないと告げる。

 

 まだ立てる、まだ届く。

 身体の芯が震え、脈動が熱を帯びる。

 

 少年は崩れる体勢の中、左手に掴んだ掘削機型のコアを握りしめた。

 掌へ食い込む金属の感触が、意識を無理やり現実へ繋ぎ止める。

 瓦礫へ足を叩き込み、崩れかけた姿勢を押し戻す。

 

 そして――。

 月夜の下、デイビッドはアダム・スマッシャーと対峙する。

 

『なんだ……なんなんだ、貴様らはッ!』

 

 初めて。

 あらゆる命を蹂躙してきた機械の声が、わずかに揺れた。

 傭兵の全身を纏う白熱した光が臨界点を超える。

 

 次の瞬間、少年の足元で瓦礫が爆ぜて砕け散る。

 デイビッドは自らの意思で、背中の神経加速基幹システム《サンデヴィスタン》に火を点けた。

 

 手足の筋肉が悲鳴を上げる。

 繊維が裂けるように軋み、骨の内側から熱が噴き上がり、肺は焼けた鉄を吸い込んだみたいに灼けつく。

 それでも身体は前へ出る。

 痛みが、限界が、すべて“推進力”へと変わる。

 

 極彩色すら置き去りにして、少年は光の向こう側へ踏み込む。

 

「知らないのか?クソ野郎」

 

 赤熱の奔流の残滓を宿した左拳を握りしめて、彼は囁いた。

 

「俺達は “特別” なんだよ」

 

 

 

 直後――。

 月光に沈むナイトシティ。その奥底で――。

 

 

 眩い一つの“伝説”が生まれた。

 

 

 




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