CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3 作:甘井モナカ
1
街に乱立する構造物の一角に佇む高層ビル。
その屋上部に佇む一人の人影。体格と佇まいからして、恐らく男。
特徴的なのは、全身を覆う黒いコートに素性を隠す白い機械的な仮面。その風変りな雰囲気は、誰もが見ても一般人ではないと感想を持てる程の。
仮面の目に当たる部分が定期的に光を発する。
眼下に広がる街並みを眺める男の脳裏に過るのは先刻の会話。
『……こいつが、今回のターゲットか?』
『良心が痛むかね?』
仕事の依頼でフィクサーと事前情報をすり合わせしていた場面。
男は送られた画像データを見て、僅かに動きを止めていた。
そこに映っていたのは歳が自分よりもさらに低いであろう、眼鏡の少女。
通話越しに掛けられた嘲笑交じりの声で意識を戻した彼は、悟られないように呼吸を整えた。
『問題ない。……報酬さえ貰えれば』
『ははは。安心しろ。目標は彼女ではない。彼女が持つとある《デバイス》だ』
こちらの反応を楽しんでいるかの様な声音に苛立ちを覚えたが、今逆上したところで意味など無い。小さく嘆息した男は唾と共にその感情を飲み込んだ。
そして、意識を新たに提示された画像データへと向ける。
解像度を無理矢理上げているのか、あまり鮮明に映っていないが、どこか禍々しい印象が感じ取れるものだった。
『小型インプラント?……これは何だ?』
『……君が知る必要は無い』
『情報の不足は、より良い戦略立案の妨げになる』
『過度な情報提供はこちらのリスクに繋がるのだが?』
相変わらずの提供される情報の少なさに、男は口を出してみた。
しかし、彼の主張に耳を貸すことなく、通話越しの声は鋭く一蹴した。
(……これ以上は、時間の無駄か)
追及を早々に観念した男は、吐き出す様に返答を送った。
『……了解。目標を彼女から奪取する方向で行動する』
通話越しからふざけたような嘲笑が続く。
相手を完全に見下す態度に、火が付きそうになる心を彼は息を止めて耐え続けた。
そして、しばらく経った後、通話越しの男は新たな爆弾を置いていった。
『……よろしく頼むよ。ちなみに、この話は複数の依頼先に通してある』
『……』
『つまり、後払いの報酬額は成績順という事だな。君の性に合うだろう?』
男は心の中で舌打ちしていた。
今回の仕事はライバルが複数いる。彼らより先に目標を奪取しないと、報酬が減額される。
割に合わないと、突き返したい気持ちが首をもたげるが、今後の生活資金に余裕が無いのも事実。
何人に依頼したのか、他の依頼者の動きはどうなっているか把握したいが、聞いたところではぐらかされるのがオチ。
彼は、すぐさま行動に移るべくその場から足を踏み出した。
『行動に移る。……終わったら、こちらから連絡する』
『……期待しているよ。元優等生?』
通話越しの声が言い終えると同時に通信を切った男。
一々こちらの神経を逆なでする様な言葉を使う、依頼主に対して腹が立った彼は独りでに呟いていた。
「街の安全圏から好き勝手言ってくれる……。人間の屑が」
最後の言葉は勢いで出たのか、それとも彼の本心か。
自身の内面を振り返るより先に、男は仮面の奥から嗤い声を零す。
その乾いた笑い声と、時折混ざり込む咳は、淡々と薄暗い室内に響き渡った。
彼自身へ絡み付き、指差し、嘲笑するかのように。
人間の屑。
そんな奴から金を貰う自身も同類ではないか、と。
網膜投影したウインドウに情報が浮かび上がる。
追憶から意識を戻した男は、眼科の街並みへと目を向けた。
技術屋から買い取った、灰色のドローンの高度を下げていく。
仮面に組み付いたスピーカーからは、多くの人々の話し声が、仮面に埋め込まれているディスプレイにはその会話対象の位置が次々と表示される。
無線通信を介して、外部から状況の把握を行える探索機構。索敵ドローンは彼の仕事に欠かせない道具の1つだ。
唯一の難点といえばその効果範囲。
半径2kmと膨大過ぎる範囲内から無差別的に湧き上がる情報を次々と処理していく必要がある。
神経処理の増幅剤を打込みながら、男は淡々と情報を区分けしていった。
そして、2つの反応に意識を留める。
「……《タイガークロウズ》に《メイルストローム》、同業だな」
何かを探すかのように街中を爆走するギャング達の反応を確認した男は、その周囲に探索範囲を絞込んだ。
ドローンの飛行速度を落とし、探索精度を一段上げる。
湧き上がるノイズをかき分け、遂に彼の視界の先で合致する人物が浮かび上がる。
ビンゴ。
男は目標を保有するとされている少女を発見した。
周囲の様子を気にしながら、通路を忙しなく駆けていく。彼女は幾度となく転び、小柄なバックパックを跳ねさせていた。
少女と一定の距離を保ちながら、ドローンは彼女の後を追跡する。
外部から観測を続けても彼女が目標物を所有しているのことは認識できない。
そうなると、残るのはあの小柄なバックパック。あの中に依頼主の求める物が入っている可能性が高い。
男が揺れ動くバックパックに意識を向けていると、少女の動きが突然として止まった。
手足を広げて地面に倒れこむ少女。よく観察すると、彼女の下に他人の身体が見える。
「……ぶつかった、のか?」
曲がり角で通行人と衝突した少女は、そのまま通行人の上に転がり込んだようだ。
あの様子では彼女にケガはなさそうだ。下敷きになった通行人は気の毒だが。
僅かに胸を撫で下ろした男は、しばらくその場を眺め、息を止めた。
少女の傍らに佇む一組の男女。
正確に捉えるなら、その男の方。黄色のジャケットに、短く刈り上げた黒髪。
一際大きい心音が男の鼓膜を叩く。仮面の内側で、左頬に微かな痛みが走り抜ける。
古傷に触れるように、頬へ指先を伸ばした彼は静かに呟いていた。
「あいつは、まさか……」
2
依然として続く喧騒をすり抜け、デイビッドとルーシーは留めていた車へ移動した。
彼らの間で保護されるように連れられるのは先刻出会った小柄な少女。
「さ。乗ってくれ」
「は、はい!」
「……」
車に乗り込みながら、ルーシーは再び瞳を茜色に輝かせる。
付近の定点カメラへ介入した彼女は、周囲で撮影されている街の様子を把握した。
無数の視点の中で、気になる動きを見せたのは二視点。
「確かに追手がいるようね。向こうの通路とその反対をうろついているわぁ」
「数は分かるか?」
「徒歩が一人に、バイクで徘徊が二人。合計三人ね」
車のエンジンがかかる。停止していた車体に微細な振動が響き渡る。
電子の海から意識を引き戻した彼女は、デイビッドと状況を共有した。
現状では、対峙した場合の人数は同じ。実力差を考えてもこちらが有利。この程度の障壁であれば問題なく切り抜けられるだろう。
ルーシーが頭の中で、素早く勝算を組み立てていると、彼女の肩越しからか細い声が飛んできた。
「ひ、ひとり、増えてます……!」
物騒な話が耳に入ったのか、後部座席では少女が身体を震わせて青ざめていた。
ハンドルを握っていたデイビッドは、片方の手を持ち上げ、後ろに視線を送った。
少女の大きく見開かれた瞳に、少年の笑顔が映り込む。静かに交じり合う二人の視線。
室内に漂っていた、ひんやりとして冷気が薄れていく。
「……」
「大丈夫。君の要望通り、ナイトシティ郊外の港まで連れていくよ」
車へ乗り込む前に、少女の荷物を確認したところ、二人は《ニッポンのシズオカ行きのチケット》を見つけていた。
どうやら、記憶を失う前の彼女は本日中に、ナイトシティを出るつもりだったらしい。
それと、多少の駄賃。
二人が重視していたのは後者側だった。
理由は単純。正当な仕事には、相応の対価が必要になる。
「……報酬も、貰ったからね」
デイビッドの片手に握られているのは、少額のチップ。恐らく、《ポップコーン》が1個買える程度。
端から見れば端金以下。
しかし、彼の明るい微笑みが崩れる事は無い。
重要なのは、金額ではない。
報酬のある依頼を受け取ることによって、『この街を駆る傭兵』としての矜持が生じる。
だから、これは、仕事へ臨むための通過儀礼に過ぎないのだ。
彼の隣に座る、頬を膨らませていた彼女を除いて。
「ねぇ。7:3で、なんで私が3なの?納得いかないんだけど」
「……さっき、俺の分のお菓子食べちゃっただろ!?」
3
傾いた陽射しが、ビルの裏側に隠れた。
薄暗い影が覆う車道を走る、一台の車。
暫く車を走らせた彼らは、そのまま街の郊外へと繋がる車道に合流した。
発進する前に警戒していた襲撃は起こらず、車内の空気感は拍子抜け感が漂っていた。
「追手は?」
「さっきの奴らからは離れていってる。今の所は問題ないわね」
「よ、よかったです……」
「よし。あとはこのまま港まで向かえば、一件落着だな」
ルーシーの索敵結果を聞いて、息を緩める他二人。
緩やかなカーブに差し掛かった所で、デイビッドはハンドルを回しながらナビに目をやった。
現状の道を真っすぐ進んでいけば、郊外まで出られる。穏便に済むならのであれば、それに越したことはない。
小さく息を吐き、運転席の背もたれに寄りかかると、後ろの席から少女が声を発した。
「あ、あの。なんで、助けて、くれたんですか……?報酬だって、全然……安いのに」
「あらぁ?私たちを警戒してるのぉ?」
「い、いえ!そそそんな、つもりは……」
遠慮がちに放たれた言葉の奥に隠れているのは、僅かな疑念。
状況が落ち着いて、自身の冷静さを取り戻したのだろうか。
少年が反応する前に、助手席で頬杖をついていたルーシーがおどけたように声を上げる。
席の後ろで、慌てて首を左右に振り乱す少女の姿がツボにはまったのか、ひとしきり笑った後、彼女はぽつりと呟いた。
「あなたは、正しいわよ。ここは滅茶苦茶な街なの。まるで、眩い光の牢獄。……昔、私も教わったわ。『ナイトシティでは人を信じるな』って」
「……」
話を聞く少女の位置から、ルーシーの表情は見えなかった。
しかし、その後ろ姿に微かな哀愁が漂うのを垣間見た少女は、無意識の内に首を傾けていた。
だからこそ、こうまでしてくれるあなた達の事が不思議なのだと。
少女の思考は、そこで途切れた。
前から聞こえてきた零れるような笑い声で。
弾かれる様に顔を上げると、室内ミラー越しに彼女と目が合う。
「ふふっ。不思議そうな顔ね?答えは簡単よ。……あなたと出会ったこいつが超お人よしだったってだけ。もう、半分病気ね」
「ちょっと。病気は言い過ぎだろ?」
含みのある笑みを浮かべながら、助手席から運転中の少年を指先で小突く彼女。
彼の不満気な応答を耳にしながら、少女はおもむろに自身の手元を眺めた。
出会った当初に貰った、小さい箱のお菓子。ずっと握りしめていたからか、その箱からは僅かな温かさが感じられる。
「……そして、私たちは『サイバーパンク』。報酬を貰った以上、仕事はこなすわ」
「企業秘密の奪取から、年頃の女の子の護衛まで、な!」
俯いていた少女を導く様にかけられた、優しい声音。
少女は、ゆっくりを顔を上げて二人を見つめた。
身体の震えはいつの間にか消えていた。胸の奥で生じる、想いを形にするため、少女が口を開く。
「あ、ありがとう、ございます……!」
その言葉を聞いた前に座る二人は、揃って口角を持ち上げた。
その奥、車のフロントガラス越しには茜色に染まり始める街並みが広がる。
ビルの裏側から陽射しが漏れ出し、辺りが次第に明るくなっていく。
そして。
彼らの目前で巨大な爆炎が舞い上がった。