CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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03話 サンデヴィスタン

 

 

 1

 

 

 

「うわぁっ……!」

「っ……!」

「ひぃぃぃ!」

 

 前方から迫り来る、衝撃波と炎。

 デイビッドは、すかさずハンドルを回し、車の向きを翻した。

 タイヤが路面の上を滑り込み、鈍い干渉音が鳴り続ける。横へ大きく切り込んだ車体の脇を轟音がすり抜けた。

 

 突如として発生した障壁を潜り抜けたのも、束の間。

 車内は急速に広がった緊張感で包まれる。

 

「ルーシー!追手は!?」

「あらぁ……やられたわね」

「どういうこと!?」

 

 今のは攻撃か。爆発という事は広範囲の武装なのか。

 見える範囲で敵の姿は見えない。

 後手へ回る前に、手を打たなければならない。

 一気に周囲への警戒感を強めた少年の耳に、歯切れの悪いルーシーの言葉が飛び込む。

 

「カメラに映ってる数は全部で9つ。……物陰に潜んでたみたいね」

 

 両目を光らせたルーシーが、額に手を当てた。

 

 定点カメラの各視点に映り込む、暴徒たち。

 さきほどまで影すら映らなかったのに、今は画角の中でしつこい程の存在感を示している。

 たまたま、映ってなかったのか、死角に隠れていたのか。

 心の奥で舌打ちする彼女の後ろで悲鳴に近い声が響き渡る。

 

「あ、あの!ななな、なんか飛んできて、ません!?」

「あー」

「あらぁ」

 

 車窓から覗いた景色の中に、火柱を上げて突き進む物体が映り込む。

 灰色の外殻に、小ぶりの翼。下部のエンジンからは今もなお、推進剤を燃焼し続けている。

 見間違うはずは無い、対艦ミサイル弾である。

 

 徐々に鮮明になる、輪郭。

 それは空から4発にも及ぶ、ミサイル弾が飛来している事を認識させるには十分な解像度だった。

 

「……みんな、シートベルトを!」

 

 上空から迫り来る、凶弾が地面を焼き尽くす直前。

 デイビッドは、車のインパネに設置された1つのボタンを叩き込んだ。

 次の瞬間。

 走行していた車に、別種の振動が生じた。

 

 車の真横、サイドシル部分から飛び出す主翼。

 車の後方、マフラーの形状が替わり、巨大化。

 従来の車から飛行機状に変形したそれは、直後。地面を離れた。

 後方の噴出口から推進剤を焚き、主翼で大気を掴み、唯一の逃げ道である宙を横断する。

 柵で区分けされていた、隣の立体車線へと着陸する彼ら。

 先程居た後方で、多大な爆発を確認しながら、再び疾走する。

 

「あらら。さっきの爆発で半数がリタイアしたみたい」

「もう半分も、これで撒けるでしょ!」

 

 ルーシーの索敵報告に、口角を持ち上げた少年。

 爆発に巻き込まれたのは、嬉しい誤算だった。さすがに、襲撃者側も車が空を飛ぶとは思っていなかったようだ。

 

(ドクの趣味に付き合って良かった。呆れる程高かった改造費が活かされたぜ)

 

 あとはこのまま距離を稼げれば、アドバンテージに繋がる。

 デイビッドは、静かに胸を撫で下ろそうとした。彼女の呟きを聞くまでは。

 

「追手の動きがおかしいわね。……ダメ。このままじゃ待ち伏せされるわ」

 

 ルーシーがアクセスした定点カメラに映り込むのは、こちらに向かって進行を続ける襲撃者達。

 さらに、大回りなハイウェイの特性を利用して最短距離でこちらの到達点に先回りしようとしている。

 

「ショートカットか……!?でも、まだ目視すらされてないのに、なんで」

「位置情報がハックされている形跡も無い。でもこっちの情報が洩れてるとしか……」

 

 顎に手を置き、思考を加速させた彼女は窓に視線を向けた。

 周囲はビルが立ち並ぶ、再開発中の都市部。ここの入り組んだ道路は、特定の車両を追跡するの事の邪魔になる要素だ。

 それを、こうもこちらの位置を正確に読み取り、ハックの跡すら残さない。

 不可能に近い事案が目の前で起こっており、ルーシーは唇を噛みながら頭を振るった。

 

(落ち着いて。状況を整理しよう。まずは――)

 

 思考を回す中、何気なく目にしたドアミラーの奥に、それは写り込んでいた。

 考えるより先に、彼女の身体は動き出す。

 

「ルーシー!?」

「見つけた。悪さしてんのは、あの型落ちドローン……!」

 

 ルーシーは車の窓から身を乗り出し、後方を追従する複数の灰色の物体を睨みつける。

 小柄な外枠に組み付いた複数の回転羽に電子カメラ。鉢のような動きを彷彿とさせるそれは、索敵用ドローンだった。

 端からみても武装をしていない旧世代のドローンだが、純粋な索敵能力に恐らく新旧の差は無い。そして、操作主はそれを強みとして運用していた。

 安価なドローンを複数配備して、位置情報を撮影させ続ける事で、正確な情報を仲間に送り続けていたという事。ハックを介さないこの方法であれば、ネットランナーの反撃を極端に受けにくくなる。

 敵側の粋な作戦を推測したルーシーは、心の中で舌を巻きながらも双眸を茜色に輝かせた。

 相手が長所を生かすなら、彼女は短所を突く。

 

 意識を電脳世界へ落とし、ドローン内部を構成するテリトリーへ侵入したルーシーは掌を伸ばした。

 旧世代の型式は、まだ電子系統の構築が甘い。つまり、破壊するよりも簡単に内部システムを掌握が可能。

 システムの掌握さえしてしまえば、盤面は彼女へと傾く。それは、追手の頼みの綱である位置情報の改竄という新たなカードが生まれ落ちる事を意味していた。

 内部で発信されている位置情報を反転させ、ルーシーは意識を電脳世界から引き戻した。

 

「ふぅ。思った通り、偽情報に引っ張られて行ったわね」

「ドローンに張り付かれてたのか。今度こそ大丈夫って思いたいけど……」

 

 助手席に戻り、定点カメラで状況を確認するルーシー。

 想定通り、カメラの向こうでは、反対方向へ向かう暴徒たちの後ろ姿が視認できた。

 ミラー越しに彼女がハックしたドローンを確認した少年は、溜め込んでいた息を吐き出した。

 しかし、彼の目は険しく細められたままだった。まるで、これから訪れるであろう何かを待ち構えるかのように。

 そして、それはすぐに訪れた。

 

「あのー!ひ、ひとり、まだ来てます!」

 

 車のリアウインドウを覗く少女が声を張り上げた。

 彼女が見つめる視線の先。

 立体通路の向こう側から、灰色の車が追走してくる。

 違法改造を施してあるのだろうか。非常識の速度で爆走するそれは、徐々に距離を詰めてくる。

 

(……ダメだ、振り切れない)

 

 このままでは、追い付かれるのも時間の問題。

 後ろの状況から、想像しうる結果を予測した、デイビッドは微かに口角を持ち上げた。

 

「ルーシー。運転変わって」

「分かったわ。……張り切りすぎないでよ?」

 

 彼は了承した助手席の彼女へハンドルを譲り渡した。

 おもむろにシートベルトを外す少年へ、ルーシーが声を掛ける。まるで、何かを控えることを促すように聞こえる言葉。

 彼女の真意を受け取ったデイビッドは、穏やかに微笑んだ。

 

「……善処するよ」

 

 一瞬の静寂。

 彼の呟きと同時に、ドアを開閉する音が一度に響き渡る。

 

 後ろで事象を目の当たりにしていた少女は、目を見開いていた。

 席に座っていた少年の姿はそこには無い。

 少女が瞬きする間も無く、彼は消え去った。

 

「え。え、えええ!きき、消えた!?」

「大丈夫よ。あれが、デイビッドの能力。……『人より速く走れる』っていうね」

 

 高回転域で唸るエンジン音。路面をとらえて、車体がぐんぐんと加速していく。

 ハンドルを握る彼女はギアを繰り上げて、アクセルを踏み込み速度を上げていった。

 

 後部座席で固まる少女は気づかなかった。

 車内で響き渡る轟音へ紛れるように呟かれた彼女の言葉が、微かに震えていた事に。

 

 

 

 2

 

 

 

 目に映る全てが静止した世界。

 黄色のジャケットが翻り、少年の項から覗く無骨な基盤が顕になる。

 

 神経加速基幹システム《サンデヴィスタン》。

 デイビッドの脊髄に移植されているそれは、全身の神経を加速させ、体感時間を極限まで引き伸ばす機能を有する。

 さらに、彼の《神経加速装置》は軍事用に開発された試作品。装着者の安全を度外視した調整により発現する《能力》は、文字通り『世界を止める』事と同様な現象を引き起こしていた。

 

 いつもは街中を吹き抜けるそよ風も、照りつける日差しの熱も、今の彼には届かない。

 周囲に響く音も、自身の内側から響く鼓動のみ。

 人智を超えた速さを纏い、車道へ降り立ったデイビッドは地面を蹴り上げ、駆け出した。

 

(ドローンが反撃された後に追跡して来たって事は、それを操作していたのは追走して来る車の運転手である可能性が高い。つまり、あの車さえなんとかしてしまえば、もう状況の変化は起こり得ない。このカーチェイスの勝敗はこっちの勝ちで決まる)

 

 思考を加速させながら、後方で固まっている追跡車へ肉薄した彼は、車内の様子を確認した。

 

「……運転手がいない?」

 

 外側から、覗いても人影すら見えない。施錠されていないドアを開け、中に乗り込む。

 少年の視界に広がるのは、人の乗っていない車の内装のそれだった。

 首を傾げながらも、デイビッドは運転席に座り込んだ。

 ダッシュボード、インパネを確認するも、不審な物は見当たらない。

 静止世界でこれ以上の探索は不可能。乗り込んだ車の内部データを把握するため、彼は《能力》を解除した。

 

 世界が動き出す。

 

 車内に響き渡るエンジン音。

 ハンドル越しに伝わる、微細な振動。

 乾いた空気に交じる、油が滲んだ様な匂い。

 

 停止していた少年の五感に、情報が雪崩れ込む。

 眼前が足場から崩れ落ちる様な感覚を堪えながら、デイビッドは指先でインパネを叩いた。

 モニターに映るのは、行先をガイドする一般的な自動操縦型ナビゲーション。

 エンジンのリミッターが解除されたメーターも特段異常な数値を見せていない。

 つまり、探った周囲の情報から判断しても、一般的な車以上の特徴は見られなかった。

 

「異常は、無い。……考えすぎか?」

 

 周囲を包む静寂とは裏腹に、彼の心の奥底では微かな不安が漂っていた。

 しかし、目に見える範囲で不穏なものは見当たらないのも事実。

 無意識の内に零れていた独り言を飲み込む様に、息を吸ったデイビッドはハンドルに手を掛け、アクセルを踏み込む。

 自動操縦を切り替え、自身で運転を開始するために必要な工程。

 運転手が一定の行動を行い、成立する操縦権の譲渡。

 

 車からの応答を待っていた、彼の耳に響いたのは、ドアから響いた金属の干渉音だった。

 

「え?」

 

 ドアに、手を掛けレバーを引いても、反応がない。少年の表情が次第に険しくなる。

 手元にある、鍵の施錠を制御するスイッチも反応しない。

 内側から開かない鍵が掛けられた。

 この状況が意味する事は。

 

 その時。回り始めた思考を壊すように、別種の駆動音が彼の鼓膜に飛び込んだ。

 

 少年は車体の横を猛スピードで走り去る、一台のバイクを見た。

 その極めて高い、動体視力はそのバイクを駆る人物を鮮明に映し出す。

 全身を覆う黒いコートに黒のフェイスマスク。灰色がかったバイザーから覗く鋭く光った眼光が少年の瞳に映り込む。

 僅か数秒にも満たない会合。

 影を置き去りにするかのように、前方へ灰色のバイクは走り抜けた。

 

「くそっ!こっちは囮か!」

 

 一瞬で消え去ったバイクを前に、デイビッドは舌打ちを零した。

 遅れを取り戻すべく座席を引き倒し、助走スペースを作り出す。

 不自然に空いた運転席の空間に、彼は左手を伸ばした。

 

 次の瞬間。

 左腕から微かな光が溢れ出し、四方へ割れた。

 指先が格納され、掌を構成していた部品が後方へ摺動していく。

 可動部から内部構造が垣間見える中、その中心に1つの砲台が迫り上がる。

 

 腕部装着型サイバーウェアの格納武装、《アームランチャー》。

 至近距離で膨大な威力を誇るだけでなく、少年にとって特別な意味合いを持つその腕は、内包した砲塔に光を灯した。

 

 引き金を引くと同時に、少年の眼前が真っ白に燃える。

 融解するフロントガラス。

 反動で宙に浮きあがる車体。

 インパネが危険を察知しアラートを鳴らす。

 

 遅れて発生した衝撃と轟音が届く前に、彼は《加速》する。

 目の前で燃え広がる炎を突き抜け、外の世界に着地した少年は再び駆け出した。

 静止する世界を横断し、前方へ走り去ったバイクの後ろ姿を捉える。

 

「やっぱりな。本命以外は眼中にないってか……!?」

 

 正面を往くバイクは、その機首から巨大な錨を射出した状態で固まっていた。

 その射出先にいるのは、彼女達が乗っている逃走車両。

 

 車両に錨を打ち込み、恐らく逃走を妨害するのが目的。

 ここで、妨害する事では優位に立つ何かを持っていると察知したデイビッドは思考を巡らせた。

 

(なら、俺がやるべき事は……それの、さらなる妨害!)

 

 バイクを追い越したデイビッドは、宙に浮く錨を掴み取ると、両足を踏み込んで身体を反転させた。

 そのまま、逆方向へ走り出し、通路の脇に錨を叩き込む。

 

 少年を纏う《加速》が終わりを告げ、世界が動きを取り戻す。

 

「……!」 

 

 叩き込んだ錨が前方のバイクへ引き寄せられ、彼の手元から離れていく。

 周囲で響く、轟音を無視したデイビッドは両足を地面に縫いつけ、渾身の腕力で錨を引き寄せる。

 

 そして。

 双方を繋いだロープは遂に伸び切り、バイクの機首を地面へと叩きつけた。

 構造部位が大きく変形して、内部から眩い光が溢れ出す。

 間髪を入れずに巻き起こる、爆発。

 

 先を走っていた逃走車両が見えなくなったのを確認したデイビッドは、ゆっくりと歩き出した。

 彼の眼前で燃え上がる、赤い色の炎。

 その奥で、垣間見える黒コートの端。

 少年は手にした錨を捨てながら、前を見据えた。

 

 炎よりから現れたのは、煤で汚れた襲撃者。

 黒色のヘルメットの輪郭が明滅し、徐々に色褪せていった。

 迸る歪な放電が次第に弱まり、投影していた黒いヘルメットの内側が露わになる。

 露わになったのは左半分に罅の入った機械的な白色の仮面。

 

「へぇ。二重マスクとか新しいじゃん。俺にも用意してくれよ」

「……」

 

 本来であれば、生身の人間が立つ事など無いハイウェイの中央で。

 今もなお、燃え上がる爆炎を挟んで二人の男は対峙した。

 

 

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