CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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05話 アミュレット

 

 

 1

 

 

 

 夕暮れに染まる空の下。

 西日に照らされた港の一角を彼らは佇んでいた。

 

「ここでいいのか?」

「は、はい!」

 

 ハイウェイ崩落事件の後、デイビッドはルーシー達と合流して直ちに街を脱出した。

 大規模の《NCPD》が動員されたこともあってかその後、追手が来ることは無かった。

 

 そして、暫く車を走らせて数時間後。彼らは目的地の港へとたどり着いた。

 念のため、周囲の見張り役と少女の護衛役に別れた彼女と少年は任務の仕上げに取り掛かる。

 

 吹き抜ける潮風が黄色のジャケットを揺らす。

 デイビッドは、眼前に立つ少女を見て笑みを浮かべた。

 

「ケガとかしなくてよかったよ」

「ほ、本当に、ありがとうございました!彼女さんにも、改めて伝えてください……!」

「うん。ルーシーには伝えておくよ」

 

 少女が繰り出す渾身のお辞儀に若干気圧されながらも、デイビッドは相槌を打った。

 遠くから、眠りを誘うような低い振動音が響いてくる。

 少年が視線を送った先に映り込むのは、白い要塞。

 今回の任務の終着点。彼女がこの後乗り込む、『ニホン』行きの船だった。

 

「わ。あれ私が乗る船ですよね。チケットの番号は……うーん、この番号小さくて読めない……」

「度が合ってないんじゃない?……そういえば、さっきバッグの中にもう1つ眼鏡入ってたけど。そっち掛けてみたら?」

「あ。……本当だ。掛けてみます!」

 

 少女は荷物の中から眼鏡を取り出すと、慣れない手つきで掛け直した。

 何度か瞬きすると、悪くない感触なのか眼前に立つ少年を見上げて彼女は笑みを浮かべた。

 

 デイビッドは微笑み返しながら、周囲に視線を移した。

 少女の乗船する船が近づく中、怪しい動きを見せる者はいなかった。見張りをしているルーシーからの連絡も無し。

 デイビッドが手持ち無沙汰に首を擦っていると、不意に首元が軽くなった。

 続いて、足元から響く軽い金属音。

 目線を落とすと、首に引っかけていた金属製のアクセサリの金具が千切れていた。

 

「……そのアクセサリ」

「ああ。たぶん、さっきのドタバタ騒ぎの時にちょっとね。……いいよ、気にしなくて。ただの古臭いアクセサリだったから」

 

 ハイウェイ上の一戦が脳裏を過る中、眼前の少女の表情が曇り出し始めたのを察知した少年は慌ててフォローをした。

 彼が拾い上げたアクセサリは、幼少期から惰性でつけていた安物だった。

 特に思い入れも、何もない。

 強いて言うなら、母親が『趣味が良い』と何度かほめてくれた事くらいか。

 

 少女はじっとアクセサリを眺めていると、何かを閃いたかの様に目を見開き、自身のポケットを探り始めた。

 小さい腕でポケットに両手を突っ込み、かき回すこと数十秒。

 彼女は握りしめた拳を少年の前に差し出した。

 

「よかったら、これ。つけてみませんか……?」

 

 彼女の掌がゆっくりと開かれる。

 その中にあったのは、灰色の小さな物体。オブジェクトの底に紐が括り付けられていて、首から吊り下げられるようになっている。

 テーパ上にデザインされているその形状は、《切削機》に見えなくないことも無かった。

 

「……これは?」

「私のお守りだと思います。……たぶんですけど」

 

 少年の問いかけに、少女は遠い過去を思い返すように首を傾げながら答える。

 デイビッドは小さく息を吐きながら、首を横に振るった。

 

「いいよ。君の大事な物なんだろ?」

「いえ。もういいんです。守ってもらったので。だから今度は私がお二人を守る番というか……」

 

 デイビッドは僅かに目を丸くした。

 出会ってから遠慮がちだった彼女が初めて見せた自らの意思。

 少女は、俯きながらもゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「さっき貰った、お菓子のお礼です!だから……どうぞ!」

 

 彼女は顔上げると、掌の《お守り》をずいっと前へ動かした。

 少女の真っすぐな瞳が少年の双眸を捉えた。

 

 暫くの間、互いを見つめ合う二人。

 先に根を上げたのは、デイビッドだった。

 

「……わかったよ。追加報酬、ありがたく頂いておくよ」

「!」

 

 少年は目を細めながら彼女の掌から《お守り》を掴み取り、首元に下げた。依然つけていたアクセサリと同様の程よい重さが、身体に加わる。

 少女は、満面の笑みを浮かべた。

 

 汽笛の音が再び鳴り響いた。

 船の方へ目をやると、桟橋が降りて人々が船へと乗り込んでいる。乗船が始まったようだ。

 少女は、荷物を背負うと駆け出した。

 そして、船の前で振り返ると、小さなその腕で大手を振るう。

 

「今日の事は忘れません!……今後もお元気で!」

「ああ!お守り、ありがとうな!」

 

 佇んでいた少年も手を振るった。

 少女の姿が人込みに紛れて見えなくなる。

 

 そして、船は出発した。

 

 西日を背に、蒼い道を行く船舶は徐々に小さくなっていく。

 デイビッドは暫くその行方を眺めた後、目線を手元に戻した。

 

 自身の掌に握られている、灰色の《お守り》。

 体温が伝わったのか、仄かに熱を帯びたそれを暫く見つめていると、それは起こった。

 

「……!」

 

 外殻のその内側から滲むように灯る、翠色の光。

 少年の網膜スクリーンが瞬間、明滅する。

 一瞬崩れた視界に、瞬きをするも異常はなかった。

 手元の『お守り』は薄暗い灰色のまま。

 

 見間違いかと、首を傾げていると、彼は灰色の輪郭に小さな文字が印字されている事に気が付く。

 網膜スクリーンで端々が薄れ掛かった印字を拡大投影したデイビッドは、おもむろにその名を呟いた。

 

「……COR……RIL……?」

 

 

 

 2

 

 

 

 闇夜を煌びやかに照らす光が乱立する。

 眠る事を忘れたかのように、主張を強める街灯は周囲の喧騒と混ざり合っていく。

 

 その都市部の中枢に佇むビルの一角に男は立っていた。

 灰色の鉄骨で覆われた立体駐車場の端に佇む彼は、茜色に輝く双眸を眼下に広がる景色へと向ける。

 

「……なるほど。妨害は今も続いている、と」

 

 幾つかの言葉を発した彼はおもむろに煙草へ火をつけた。

 外部と通信しているのか、輝きを放つ4つの目は断続的に明滅している。口から吐き出した白煙が、同色の髪に触れ溶け落ちるように消えていった。

 

「……了解した。君達の困りごとはこちらで対処しよう。報酬は先程要求した通りで頼む」

 

 双眸に宿した光が消える。

 再び煙草の煙を吐き出した男は、眼下の風景に意識を戻した。

 視界の先に映り込むのは崩落したハイウェイの一部。大量の重機が押し寄せ、急ピッチで復興作業が進められている。

 彼は静かに嘆息すると、手にしていた煙草を後方に放り投げた。

 僅かに火が灯る、吸殻が宙を舞い地面に落下する。

 

 一面が赤く染まったコンクリートの上に。

 

 佇む男の背後に転がっているのは、多数の人影。力なく投げ出された手足が歪な方向に曲がっていた。

 その中で、1つの呼吸音が微かに続いていた。

 倒れ込む屍の奥。男から、最も距離が離れている地点に蹲る人影の手足が僅かに動く。

 血に濡れた顔を動かし、充血した瞳が前方に佇む男の背中を映し出す。

 輪郭を闇から鮮やかに残す、赤色のスーツ。短く整えられた白髪。

 震える唇から、振り絞るように声が響く。

 

「……な、んで……ラ……デ……」

「……何度も言わせるな。ただの情報統制さ」

 

 脱力したように佇む男の右腕が力なく垂れ下がる。

 その軽く握られた拳から僅かに光が零れ落ちた。禍々しい紫紺の輝きが。

 

 鈍い衝突音が辺りに響き渡った。

 微かに続いていた呼吸音が途絶え、完全な沈黙が男を包み込んでいく。

 

「これで、コーポへの道筋が見えて来た……」

 

 男は眼下の風景へと一歩近づいた。

 夜を煌びやかに照らすネオンの光が男の影を照らし出す。

 膨れ上がった大柄な体躯。輪郭を覆う幾つもの棘はまるで《怪物》そのもの。

 

「ふ。ふふふ……はははは。……アラサカめ。こちらをハイエナ程度にしか思っていないのだろう」

 

 ビル群を吹き抜ける風が彼の頬を撫でる。

 男の背後に伸びていた影が歪に蠢き出した。

 うねる様に全身の輪郭を崩し、一般的な人型のフォルムへと移り変わる。

 

「まぁ、今はいい。精々、ハイエナを演じてやるさ」

 

 男は獰猛な笑みを浮かべて、挑むように呟いた。

 彼の視線の遥か先には、壮大な1つのタワーが立ち上る。

 そこは、街の権力が集う場所。逆巻く欲望の象徴とも言えるその建屋は、変わることなく外壁の光源を断続的に明滅させていた。

 

 

「しかし、私の持つ策略に《力》が加わった時……はたしてお前達はその余裕を維持できるかな?」

 

 新たな抱負を抱いた自身を祝福するかのように輝きを放つ街並みを前に、男は口角を吊り上げた。

 握りしめていた拳の力を緩めて、自身の前で静かに指を開く。

 彼の掌で儚く明滅する灰色のオブジェクト。

 それは、今日起きたハイウェイ騒動とは別ルートで男が入手方法した依頼品だった。

 

 紫紺の輝きを宿すそれは、どこか禍々しさを滲ませる《切削機》の様な形状を帯びていた。

 

 

 

 3

 

 

 

 気がつくと、彼は立っていた。

 周囲に光源は見当たらない。左右どちらも薄暗い闇が広がっている。

 湿った様な空気が肌に絡み付く。妙に感じる息苦しさも不快感を煽ってくる。

 しばらく周囲を見渡していた彼は、自身の呼吸音以外にも響く音の存在に気が付いた。

 

 低く、微かに反響するような音。

 音源に吸い寄せられるように、近づいた彼は闇の中で動く人影を目の当たりにする。

 

「……」

 

 沈黙したまま、身体を動かしている。反響する音はその背中の向こう側から聞こえてくる。

 状況から考えて、人影は黙々と何かを削っていた。

 彼と人影の立つ場所から先にあるのは、ただの壁。人の手で壊そうなんて思う気力も湧かない程の。

 だというのに、人影が動きを止めることは無かった。

 

 痺れを切らした彼は、無意識の内に言葉を投げかけていた。

 

「あんた、何してるんだ?」

『……穴堀りだよ』

「……穴?」

 

 想像以上に幼さを残した声に驚き、言葉の意図をくみ取れなかった彼は思わず聞き返していた。

 人影は、僅かに動きを止める。

 そして、なにかを考えているかのように黒い輪郭を傾けると、語り掛けるように言葉を発した。

 

『大きい岩だって、硬い壁だって、空けられない穴は無い。……だから、掘り抜いて、突き抜けるのが俺の信念なんだ』

「……はぁ」

 

 急に何を言い出すんだ。

 言っている事が理解できなかった彼は、反射的に返事を返す。反射的になりすぎて、かなり気の抜けた返事となっていたが。

 

『はは。見栄はまだ、兄貴みたいには行かないなぁ。……それより、君はどうしてここへ?』

「分からない。気がついたら、ここにいて……それで……」

 

 人影からの問いかけに、彼は歯切れの悪い回答を返した。

 

 ここに来る前は、確かもっと違う場所にいた気がする。

 もっと、重くて、苦しいような。

 

 彼の動悸が僅かに早くなった。

 彼と向き合っていた人影は振り返ると、再び動き始めて言葉を続けた。それは泣きそうな子供をあやすような優しい声だった。

 

『悩みが、あるんだろ?……話してみなよ』

「……なんで、分かるんだ?悩みがあるって」

『見てれば分かるよ。それに俺も……似た経験をした事があるから』

 

 立ち尽くす彼の呼吸が、一瞬止まった。

 まるで、心の奥底にしまっていた、隠していた事を言い当てられて唖然とするような感覚が彼を包み込む。

 壁を削りながら、人影は小さく呟いた。

 

『俺も、兄貴を失った』

「あんた、も……?」

 

 静寂が包む空間に寂しさを滲ませる声音が響く中、彼の脳裏に一人の男が浮かび上がる。

 僅かな時間だが、共に過ごした彼の目標であり、師であり、兄貴分だった男。

 自身と同種の悲しみを持つ、目の前の人物に吸い寄せられるように彼は口を開いた。

 

「……俺は、あの時何も出来なかった。ただ、見てるだけだった。……母さんの時と同じ、目の前で向こう側へ行くあいつを……止められなかった」

『……』

「だから、俺は。あいつの分までチームを、皆を連れて進まなきゃいけないんだ。だから……」

『……良い兄貴だったんだね。どんな人か想像できるよ』

 

 彼の眼前に立つ人影から、優しげな声が零れる。

 二人の間に和やかな空気が流れた。ここにはいない人物を悼む想いが周囲に満ちていく。

 

『でも、君は、その人じゃないだろ?』

「分かってるさ。けど託された気がするんだ。だから、俺は……」

 

 人影は暫く沈黙すると、静かに言い放った。

 

『それでも、君は君だ』

「……!」

『託されたものを背負う事は悪い事じゃない。……だけど、それに押しつぶされるのはダメだ。そんな結末、兄貴が一番望んじゃいないんだ』

 

 和やかな雰囲気が一変する。

 彼の行動の歪さを指摘するように、彼に巻き付いた鎖を解きほぐすように人影は言葉を紡いだ。

 

 再び壁を削る音が周囲に反響しては、消えていく。

 口を閉じる彼は足元に視線を落とした。

 

 脳裏に浮かぶのは、自身の目の前で彼方へと歩んでいった二人の横顔。

 二人の想いを背負う事が間違っているとは思わなかった。

 でも。

 それでも。

 想いを背負う度に自身の身体に重圧がのしかかっていた事も、また事実だった。

 薄暗い闇の中で、俯いていた彼はぽつりと呟いた。

 

「……じゃあ、どうすればいいんだよ。このままじゃ無茶だっていうんだろ?」

『……』

 

 吐き出された、彼の呟きに人影は応えなかった。

 俯いていた彼の耳に入るのは、壁を削り続ける微かな干渉音。

 

 不意に、彼は顔を上げた。

 削り続けていた干渉音の音程が変化していた事に気が付いたから。

 人影が削り続けていた壁は音を奏でつづけて、やがて鋭い音を発した。

 壁に走る、白い線。

 稲妻の如く走るその断線が亀裂だと気が付いた頃には、壁は縦横無尽の白線に覆われていた。

 

 やがて、壁が崩れ始める。

 眩い光が辺りを照らし始め、彼の視界を白に染め上げる。

 

『単純な事さ。仲間を信じて、頼るんだよ。……そうすれば、きっと君のその無茶に中身をくれるはずだ』

「……っ!」

 

 光の奥から聞こえる声に、彼は思わず閉じた瞼をうっすらと開いた。

 視界の先で人影の輪郭が薄れ、その姿が露わになっていく。

 

 土にまみれている小さな手足。

 赤と青の刺繍が入った上着。

 青い髪にくくり付けられた、無骨なゴーグル。

 

 そして、その手に握られているのは、見覚えのある《切削機》。

 

 燃えるような瞳の奥が、暗闇の戸口に立つ彼の姿を捉える。

 幼さと貫禄を併せ持つ少年は、突き抜けた穴の先で笑みを浮かべた。

 

『君の兄貴だって、そうだっただろ?』

 

 




【Continue to Chapter 2】
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