CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3   作:甘井モナカ

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第二章 Golden Time Lover
01話 イン・トゥ・ザ・ナイト


 

 

 1

 

 

 

『ルーシー、絶対びっくりするよー。もう、あいつら見違えるくらい成長してるからさぁー』

「ふふふっ。なにそれ?」

 

 区画内にくすっと笑みを含んだ声音が響く。

 建屋の通路を歩く銀髪の女性は、黄金色に輝く瞳を細めていた。

 再び聞こえてくるのは、巨大なため息。

 通話主は仕事仲間で、彼女の元師匠でもあるネットランナーのキーウィ。

 師匠の愚痴に付き合うのが彼女の最近の日課だった。自身の都合でチームを離れている彼女にとって、仲間と彼の状況を確認できる唯一の機会でもあった。

 かなりストレスが溜まっているのか、キーウィの口から出てくる情報に偏りがある事は認めざる負えないが、聞いている限り皆元気なようだ。

 

 上の階へ続く階段に差し掛かったところで、ぽつりと呟かれた言葉がルーシーの鼓膜を叩いた。

 

『それで……まだ、無理なの?』

 

 先程までの、和やかな雰囲気とは一転してゆっくりと問いかけられた言葉。

 少女は足を止め、視線を落とした。

 

 幾度となく聞かれてきた問い。

 少女の心の中で蠢くのは、罪悪感と焦燥感。

 それでも、彼女は止まれなかった。

 

 あの時、自身に誓ったから。

 全てを投げ打ってでも、成し遂げて見せると。

 

 胸の奥で痺れるように走り抜けた痛みを無視して、ルーシーは口を開いた。

 

「今はまだ、ね。でも、もうすぐ終わりそうだから……」

 

 幾度となく答えた同じような回答。

 情けない既視感から目を逸らそうと、彼女は小さく息を吐いた。

 

『……ふーん。ま。詮索はしないよ。ナイトシティでは人を信じるな。信じて騙された方が悪い。って昔教えたもんね』

「……ふふっ。言ってたね」

 

 通話の主は何かを察するかのように、この話題から手を引いた。

 再び、間延びした気の抜けるような声が飛んでくる。

 

『まぁ……早く戻って来てくれるのを待ってるわ。デイビッド、ちっとも言う事聞かないしね』

「なぁにそれー?……じゃ、また」

 

 色々と勘が鋭いところは、師として仰いでいた頃から変わっていなかった。懐かしさにも似た、安心感に包まれたルーシーは通話を切ると再び足を進めた。

 階段を昇り切り、薄暗い通路を進んでいく。

 やがて、見えてくるのは1つの黒い扉。

 彼女は、扉のロックを解除すると、部屋の中へと足を踏み入れた。

 微かに聞こえていた街の喧騒が完全に消え失せる。時が止まったかのような、静寂と薄暗い影に包まれた一室。巨大な窓の奥では、夜を照らすネオンの光の端々が零れていた。

 

 直後、ルーシーの呼吸が止まった。

 

「!」

 

 彼女の視線の先。

 その空間の真ん中で。

 

 それは居た。

 ソファの上に刺さった2本の足。強化腱が仕込まれているその両足は、彼女の中で見覚えのあるもの。

 目を見開いたルーシーはソファの前まで駆け寄った。

 ソファの背もたれの奥では、上半身をソファの中にめり込ませた人の成れ果てが転がっている。

 

「ちょっとー!?大丈夫!?」

 

 彼女は両手で足を掴み込み、めり込んだ身体を引き抜く。

 半身がクロームで出来ているその身体は、ソファを軋ませながらも状態を室内へとさらけ出した。

 何も服を着ていない上半身の先にある顔は瞼が閉じられてる。

 

「……」 

 

 顔を近づけようとしたルーシーは、ここで僅かな呼吸音が周囲から聞こえていたことに気が付いた。

 一度思考を落ち着かせて、少年の身体をスキャンした彼女はゆっくりと脱力した。

 

 スキャンの結果はただの睡眠中。

 つまり、ソファから両足が生えるほど寝相が悪かったという事だった。

 

「ったく。寝るならベッドで寝なさいよぉ……」

「……zzz」 

 

 胸を撫で下ろした彼女は、視線を少年へと戻す。

 久しぶりに見た気がする、無邪気な寝顔。

 自然と頬が緩んでいたルーシーは知らぬ間に小さく愚痴を零していた。

 

 

 

 2

 

 

 

 混濁する意識を解きほぐすように、鼓膜を伝って聞こえる声が徐々に鮮明になっていく。

 

「……ッ……ット……デイ……デイビッド?」

「……ん……あれ?……ルー、シー?」

 

 少年の頬に指先がおぼろげに触れる。

 ぼやけていた視界が次第に透き通っていく中、彼の眼前には顔を見下ろすように銀髪の女性が顔を伸ばしていた。

 

「……心配したのよー?顔面からソファにめり込んでたんだから」

「……まじ?」

 

 デイビッドは身体を起こしながら、辺りを見渡した。

 室内を枠組む窓の外は既に日が傾き、薄暗い雰囲気に包まれている。

 ルーシーは壁に取り付けられたモニタの電源をつけると、少年の隣に座り込んだ。

 

「仕事、忙しかったの?」

「ん。いや、普通だったよ。……いつも通りさ」

「ソファでひっくり返ってたのに?」

 

 すかさず飛んでくる隣からのぼやき。

 ルーシーの呆れたような半目な視線にデイビッドは苦笑しながら肩を竦める。

 

「……少し、ハードだったかも。小麦の輸送のはずだったんだけど、薬物と勘違いしたマフィアが割り込んできてさ」

「あらぁ。それは災難ね」

「全員返り討ちにはしたんだけど……もう、レベッカが止まんなくて。最後まで切れてて……」

「ああ、そっちの方なのね」

 

 少年が白状した内容に、ルーシーは乾いた笑い声を零した。

 彼女の脳裏に浮かび上がるのは、般若の様な形相を浮かべる一人の幼女。沸点が低いのは相変わらずの様で、理性が振り切れた後の彼女が巻き起こす惨劇は想像に難くなかった。

 

「ま、無事に終わってよかったよ……」

「そーねー。……眠くなるくらいならハードなら、少しペース落としたら?」

 

 隣で未だに眠そうにする少年を見かねて、ルーシーはため息を吐きながら問いかける。

 デイビッドはモニタの放送内容を眺めながらぼんやりと答えた。

 

「そうしたいんだけど、ようやく……波に乗ったところなんだ。……ファラデーからも依頼がき始めたし」

「ふーん。メインが絡んでた人よね……」

 

 モニタに映り込む広告が切り替わり、屈強な男が登場する。短くまとめた角刈りにサングラス。

 身に覚えのありすぎる光景に、ルーシーはおもむろに視線を窓へと移した。

 外の街明かりを反射する窓に映る少年の背後に浮かび上がる、大柄な男の幻影。

 思い起こされる情景は、数えきれないほどあった。

 

 仲間を率いる、勇敢さ。

 外敵を排除する、豪快さ。

 

 そして、廃墟での最期。

 

 メインの示した背中が、生き様は、残された彼女達の胸に刻まれている。

 恐らく、一番深く刻まれているであろう隣の少年にも。少年の何気ない仕草、横顔が移り変わっているのも、単純な成長だけではないはずだった。

 メインのような男へと歩み続ける彼を認めるべきか、止めるべきか、ルーシーは未だに明確な答えを出せずにいた。

 

「……ねぇ。ルーシー……また、一緒に仕事、しない?」

「……」

「皆……待ってるし」

「……ごめん。まだ、待ってくれない?もう少しで……」

 

 隣から呟かれた言葉で意識を現実に戻した彼女は彼へと向き直り、開いていた口を静かに閉じた。

 さっきまで起き上がっていた上体がソファに沈み込んでいる。瞼を閉じ切ったデイビッドの意識は夢現へと旅立っていた。

 

「君が……必要……なん……」

 

 彼の半開きになった口から小さな寝言が零れ落ちる。

 一切のしがらみを忘れたかのような年相応のあどけない顔に、ルーシーは目を細めながらその頬を指でなぞった。

 

「嬉しい事言うじゃない、デイビッド。……必ず戻るわ。全部終わらせてから」

 

 指先に触れる少年の唇の感触を確かめながら、彼女は微笑む。

 そして。

 一人、静かに立ち上がった。

 

 見開かれたその双眸は、いつの間にか茜色に輝いていた。

 

 それは、合図だった。

 彼女の脳裏に響くのは、自身で設定した警報音。彼女が守護している領域に侵入者が現れた事を意味する。

 侵入者の特性、規模を一瞥したルーシーは電子の海から意識を引き上げ、再び眼下に視線を戻した。

 

「大丈夫。あなたは絶対に私が守るわ」

「……」

 

 彼女の呟きに返事は無い。聞こえてくるのは一定の律動を刻む微かな寝息。

 ルーシーは瞼を閉じながら、ゆっくりと顔を下ろした。

 暗くなった自身の世界で、口元に伝わる柔らかな感触と熱。胸の奥底が甘くて温かくなる感覚に包まれながら、彼女は立ち上がった。

 

「いい夢見てね。……おやすみなさい」

 

 足元の少年に再び微笑むと、彼女は静かにその場を離れた。

 後ろ髪をひかれる思いを抑え込みながら、部屋の扉を潜り抜ける。ひんやりとした通路の冷気が、ルーシーの思考を徐々に切り替えていく。

 

 これから、誰も知らない彼女だけの戦いが始まる。

 

 勝利条件は、侵入者の排除。

 敗北条件は、彼女が秘匿する物の流出。

 

 幾度となく繰り返されてきた孤独な闘い。

 既に決めた決意も遠い昔の様に感じてしまう程の。

 

 それでも。

 彼女もまた、歩みを止めることは無かった。

 

 自身よりも大切な者のために、彼女はその小柄な背中を常闇の中へと溶かしていった。

 

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