CyberPunk EDGERUNNERS Ver1.6.3 作:甘井モナカ
1
足元から伝わる僅かな振動が、腹を伝ってジャケットの襟を小刻みに揺らす。
運転席から聞こえてくるのは、音源の悪いローテンポな洋楽。
相変わらず、聞いていると眠くなるような音楽センスに嘆息すると、デイビッドは閉じていた瞼を押し開いた。
見慣れた車内空間に、各々が自然体で座っている。数は彼を含めて、全部で4人。
運転席で欠伸をしながら、ハンドルを握る男。ファルコ。
その隣で、窓の外を呆けたように眺め続ける女。キーウィ。
デイビッドが視線を手前に戻すと、対面の席に座る一人の少女が映り込む。不敵な笑みを浮かべながら、銃の手入れをする幼女。レベッカ。
視線に気が付いたのか、レベッカは手を止めると対面に座る少年へと顔を持ち上げた。
「お。やっとお目覚めかよ。……なんだよ、疲れてんのか?」
「……大丈夫だよ。かかってる曲が心地よくてつい、ね」
覗き込むようにこちらの表情を確認してくる彼女に、デイビッドは笑いながら答えた。
すると、彼の笑い声にかぶせるように運転席から声が飛んでくる。
「いいだろう?俺のお気に入りのプレイリストだぜ?」
「……髭のセンスは遅れてんだよー。時代はやっぱロックだろ?なぁ、デイビッド?」
「……ちょっとー?リーダー起きたんなら、そろそろブリーフィングしないとー」
騒ぎ始める、ファルコとレベッカを他所に、キーウィの脱力した様な声が響く。
デイビッドは、思い出したかのように頷くと自身のデバイスに意識を集中させた。
呼び起こす記録ファイルは、今朝の依頼主とのやり取り。眼鏡をかけて、薄汚れた浮浪者のような初老の男は、手にした前払い金と共にある言葉を残していった。
『わしの住処の近くを縄張りとするギャング達が、どうやら一人連れ込んだみたいなんだ。夜な夜なうるさいから何とかしてくれんかね?』
デイビッドは自身のデバイスからログを抽出すると、各メンバーに共有する。
各々へデータの転送が済むと、軽快な電子音が鳴り響く。その音を皮切りに車内の雰囲気が一変した。
穏やかな空気は鳴りをひそめ、ひんやりとした冷気にも似た空気感。従来通りの仕事前のそれを吸い込むと、デイビッドは口を開いた。
「それじゃあ、ブリーフィングを始める。キーウィ、概要の確認を頼む」
「おっけー。今回の依頼主は匿名希望。浮浪者っぽいくせに報酬額が良かったわねー。……依頼内容は、廃棄区画へ拉致された人物の解放と治療ね」
「はぁー?治療までうち等でやるってこと?」
「別に医者へ運ぶだけだろう?……連れてくならリパーの所にしようぜ、デイビッドが世話になってるいつもの。ここから近いしな」
記録ファイルを眺めながら、各々反応を返す中キーウィはさらに情報を読み進めた。
「こっからはさっき集めた情報だけど……拉致された男は数日前に街で騒ぎを起こした奴ねー。うちのリーダーが巻き込まれたっていう」
「ああ。陸橋を切断してきた奴な。普通に強かったよ……」
キーウィの呟きに、デイビッドが言葉を返した。
彼の脳裏に過るのは、白色の仮面と対峙した際の不快感。
上手く言葉にできない感情が胸の奥底で渦巻き、口を噤んでいると、対面のレベッカがずいっと割り込んできた。
「っつーかよ、そんな強い奴がなんで拉致られてんだよ?」
「彼も浮浪者だったみたいねー。特定の拠点に滞在しないで転々としてた様だから……その隙を突かれたとかー?」
「最近、コーポのランナーを襲ってる奴もいるみたいだしな。どこも物騒になってきてる感じだぜ……」
レベッカの問いかけに、キーウィとファルコが乗っかってくる。
飛び交う会話を他所に、黄色のジャケットを羽織る少年は、口を閉じたまま俯いていた。
漠然と自身の身体に纏わりつく不安を拭おうにも、心の奥深くで引っ掛かる何か。
考えないようにすべきか。それとも原因を探るべきか、天秤に掛けていると、飛び込んできた声で彼の意識が現実へと戻される。
「おい?デイビッド?……大丈夫かぁ?」
「ああ。何でもないよ。……それより、そろそろ現場に着く。作戦を決めるぞ」
覗き込むような目線を向けるレベッカを手で制し、デイビッドは小さく息を吐き出した。
内面で蠢く不安を切り離し、仕事へと意識を切り替えた彼は顔をおもむろに持ち上げる。
「また、いつもの正面突破だろ?」
「いや、今回は拉致された男の安否が掛かってくる。なるべく穏便に済ませたい」
「となるとー、少数精鋭で潜入って感じー?ま、あたしはどの案でも後方支援だけどー」
今回有力なのは、従来の火力で殲滅するやり方から切り替えて、突入人数を少数に抑えた隠密行動作戦。
ギャングのアジトとされる箇所も廃棄区画一角の廃ビルな辺り、監視のレベルも低く、高めの成功が見込めるはずだ。
後は、誰が潜入するかだが、それはもう決まったも同然だった。
敵を排除する戦闘力。敵から察知されずに行動する機動力。
それらを高度なレベルで保有しているのは、このチーム内で一人しかいない。
年配組が賛成の意を示し、既に決定した雰囲気に包まれる車内だったが、突如あがった1つの声がその雰囲気を両断した。
「おい!デイビッド一人で行く気かよ」
「……大丈夫だよ、レベッカ。初めは裏口から中の様子を見るだけさ。お前は別の出入り口で待機しといてくれ」
「……でもよぉ」
デイビッドが笑みを浮かべながら答えると、レベッカは眉をひそめ、小さい子供が駄々をこねるような歯切れの悪い答えを返した。
彼女の仕草は小さな体型も相まって、手にしている銃から意識を逸らせば、見事な幼女っぷりを再現していた。
口に出したら最後。この仕事の後、生きて帰れなくなるので、デイビッドは固い決意と共に口を閉じた。
車内を包む振動が停止する。
運転席側に目をやると、窓向こう側に寂れたビルの様な廃墟が映り込んだ。どうやら今回の仕事場についたようだ。
素早く作戦行動に移れるように少年は残りの指示を駆け足で飛ばしていく。
「キーウィはハックの準備を頼む」
「おっけー」
「ファルコは……いつも通りだな」
「ふっ……」
「……顔がうるせぇぞ!髭!」
ドアを開き、砂にまみれた地面へ足をつける。埃っぽい空気が、鼻を通して肺へと入り込む。
乾いた生暖かい空気が肌を撫でる中、少年は瞼を開いて前を見据えた。
「よし、それじゃあ行こうか。……ミッションスタートだ」
2
日の光が雲に隠れ、薄暗い影が伸びる。
それは、崩れかけの廃墟に伸びると、夜と勘違いできるほどの暗がりを生み出していた。
周囲の索敵が僅かに遅れる要因にも成り得る暗闇。
しかし、自身の身体を隠す闇は彼らにとって好都合だった。
「……」
走行車で立てた作戦通り、デイビッド達はそれぞれの持ち場について、突入する機を伺っていた。
『……なぁ。まだ掛かりそうかぁ?』
『うっさい。今いいとこだから黙っててー』
物陰に潜む少年の鼓膜に飛び込んでくるのは、気だるげなファルコとキーウィの声。
後方支援を担当する彼らが待機しているのは廃墟から少し離れた所で停めてある車の中だった。
近すぎず、遠すぎず、廃墟から見えない位置を陣取ったファルコの手腕と、愚痴りながらも廃墟内へアクセスし情報を掴みつつあるキーウィ。和やかな空気感を出しつつも、仕事はきっちりとこなす辺りが年長者同士といったところか。
デイビッドの僅かに綻んだ思考を縫い留めるように、彼の耳に僅かな電子音が響いた。
『大体解析できたわよー。廃墟内は3階建て、地下は無し。15秒前の熱原探知結果を合わせて送るわー』
相変わらずの間延びした声とともに、デイビッド達の網膜スクリーンに複数の情報が次々と投影される。
廃墟の周囲をスキャンでもしたのか、黒い背景に浮かび上がった廃墟の枠組みに点々と存在する赤い印。《熱源探知の結果》という事は、武器もしくは人体による熱がそこに存在している事の証明。
印が存在するのは、一階、二階に集団で幾つか。そして、3階の一部に2つ。
廃墟の構造、熱源の配置具合から推測すると、拉致された男の居る可能性が高いのは恐らく……。
「……3階だな」
『そーねー。あたしもそう思うわー。……ファルコも目ぇ瞑りながら頷いてるわねー』
『おいおい。これはウインクっていうんだぜ?』
少年の呟きに、後方で待機する彼らも同じ意見を示す。
彼は、物陰から立ち上がると、ゆっくりと廃墟の裏口へと近づいていった。
足元で転がる瓦礫を砕かない様に注意を払いながら、扉の奥を覗き見る。
崩れかけた外壁と同じ様に、建物内の内装も剥がれかけていた。強いて風勢が残る壁の隅から垣間見える、古びた洋館の雰囲気。
さらなる情報収集のため、デイビッドが中を覗き込もうとした瞬間。静かでありつつも、鋭い声が飛び込んだ。
『デイビッド、ちょっと待った。……それ以上はやべーぞ、たぶんそっちにも監視カメラがあるぜ……!』
「……!」
『あら。ほんとだわ。……あんたから見て三時の方向。扉の物陰で今は見えないけど……床に埋まってるわねー』
デイビッドを寸前で止めたのは、正面扉付近で待機していたレベッカだった。
彼女の視界の端に映っていたのは、地面から頭を出して侵入者を露わにする漆黒のレンズ。
レベッカの視界を共有したキーウィはすかさず、廃墟へアクセスしてカメラの位置を割り出していった。
廃墟の投影図に新たな情報が蓄積していく。
『おい。ババア。早くカメラ無力化しろよ。これじゃいつまで経っても入れねぇって……!』
『……まずいわねー』
『あ?』
廃墟へアクセスを掛けていた彼女の手が突如止まった。
普段と僅かに異なる空気感を見せるキーウィにレベッカは苛立ちを押さえながら、眉をひそめた。
『このカメラ、スタンドアローンだわ。……半世紀以上前の骨董品ね』
『まじかよ。ネットに繋がってねぇって事はこっちからは何にも仕掛けられないって事じゃねぇか』
『んな事は分かってんだよ、喚くな!髭!』
キーウィの出した解析結果に、通話口の各々に動揺が走る。
単独可動を行う監視カメラ。
外部との情報を遮断しているのであれば、いくら優れたネットランナーが居ても指先一本も触れることが出来ない。
カメラが無力化出来なければ、敵から見つかる前に敵地を制圧するという計画が根底から崩れ落ちる事になる。
こうして留まっている間にも、時間は刻々と過ぎる。
長引けば、長引くほど、捕らわれた男の命の危険になる。
少年は瞼を閉じて、深く息を吸い込んだ。
(さぁ、どうする?デイビッド。ここが、正念場だ)
(……また、引っ叩かれて逃げ出す気か?)
(……違うよな?)
(自分で選択するんだ、デイビッド)
(お前のその《力》は、『特別』なんだろう?)
自身の脳裏で僅かに過った不安を吐き出した息と共に押しのけて、傭兵としての意地に火を灯す。
彼は閉じていた瞼を押し開けると、眼前にそびえ立つ難問へ挑むかのように口角を持ち上げた。
「作戦を一部変更。各自は持ち場で待機してくれ。……廃墟内部へは俺が先行する」
『おい!まさか、《サンデヴィスタン》でゴリ押すつもりじゃねぇよなぁ……!?』
デイビッドが意識を自身の《インプラント》へ移そうとした瞬間。彼の呟きにレベッカが食い気味に反応した。
無謀とも言える領域へ踏み出した少年の足が僅かに止まる。
その僅かな間を突き抜けるように、彼女の言葉が迸った。
「最近、使い過ぎだ。今後は使用を控えろって話したばっかだろ!少しはあたしの……」
『……』
通話先に反応は無い。
それでも、引き際を誤った者の末路を誰よりも知っている彼女は、少年を縫い留めようと口を開こうとした。
遠慮がちな中年の声が聞こえてくるまでは。
『嬢ちゃん。……デイビッドの通信、もう切れてるぞ』
『うちのリーダー、ほんと独断専行好きよねー』
「あんの、バカ野郎……!!」
彼女の声量が抑えられた叫び声は、後方で待機する二人の鼓膜を一時的に麻痺させながらも少年に届くことなく消えていった。