Nameless Daily   作:日々樹

1 / 13

スカイとキングの同棲生活、始まりのお話。
劇的なことはあまり起こらない、たった2人の日常物語。

「おはよう」と「おやすみ」の両方を言える相手。
それが、君でよかった。

話し方等々、解釈違いにはご注意ください。
おやつ感覚でご堪能あれ。



同棲ゼロ日目、+1

「じゃあ電気消すよ?」

「えぇ、お願い」

 

 パチンという音と一緒に、初々しい無垢色の光を放っていた照明が消えた。それでもなお部屋に滑り込んでくる明かりと言えば、遥か空、見えない太陽の光を反射して夜の世界を青白く照らしている月光くらい。薄いカーテン越しに小窓から差し込む儚げなスポットライトは、まだろくに整えられてもいない室内と、少し大きめのベッドに腰掛ける女の子の輪郭を柔らかく浮かび上がらせる。

 

「……なによ?」

 

 一枚の絵にでも納められそうな、ある意味現実味の薄い光景に想いを奪われていたら、額縁の向こう側にいるはずの彼女が語りかけてきた。つまりそれが、これ以上なく現実の質量を証明しているわけで。頬を抓る代わりに、問われたものに言葉を返す。

 

「いいや? 本当に今日からキングと一緒に暮らし始めるんだなって」

「あ、貴方から言いだしたんでしょ⁉」

「――――うん、そうだった」

 

 その提案に戸惑いこそすれ、嫌がることはせず受け入れてくれたことは記憶にも新しい。それはまるで、夢見心地で――――。ちゃんと目覚めているのかも曖昧な内に二人で家を決めて、家具を決めて、ルールを決めて。すべてが実ったようやく今この瞬間、二人で過ごすことになる日常の温度を理解する。それは人肌よりもほんの少しだけ、熱かった。

 ベッドの縁に座っていたキングが照れ隠しなのか、そっぽを向くように背中を見せながら毛布に潜る。その後を追うように、私も。

 差し込んだ足から伝わる、自分以外の誰かの温度。時折、落ち着きのない尾っぽの毛先が脛や腿を撫でてくる。艶のある毛に触れられる感覚はくすぐったくも気持ちがいい。

 

「キング」

「……なに?」

「こっち向いて?」

 

 壁を見つめていたキングの視線が、身体と一緒にゆっくりとこっちを振り向く。シーツと寝間着の擦れる音だけが、束の間、静寂で包まれた私たちの箱庭を満たす。

 間近で見えた瞳はどこから光を取り込んでいるのか、潤み輝き、薄暗い寝室でも普段見るそれと変わらない。

 瞳はよく宝石に例えられることが多いけど、その中でもキングのそれは琥珀が近いんじゃないかと思う。綺麗なキレイな、紅葉色。それに長い長い時間をかけて、ようやく「一流」の二文字をその内側に収めることが出来たんだから。

 そんな双眸を、真っ直ぐに捉える。

 

「改めて、これからもよろしく」

 

 まだこの挨拶をしていなかった。

 

「こちらこそ、お願いするわ」

 

 どこかの誰かから隠すようにして、毛布に隠れる私の右手にキングのものが控えめに重ねられる。

 二人だけしかわからない繋がりに、少しだけ喉が渇いた。なのに額と手にはうっすらと汗が滲んでいて、身体の中の水分量をどんどんと枯らしていく。潤いを求めようにも、重ねられた掌のせいで動けないんだから仕方がない。

 だから諦めて、別の話題を振ることにした。

 

「『これから』と言えば明日は荷解きだけど、キングは平気? なんかすごい量の荷物が届いてなかった?」

「別にあれくらいは普通。問題ないわ」

「リビング埋め尽くしちゃってる荷物が、普通…………?」

「ッ! そ、それを言ったら、貴方は貴方でダンボール一つだけだなんて、少なすぎるじゃない。しばらくの間一人暮らしだってしていたんでしょ?」

「してたけど、セイちゃん、釣り道具以外はそれほど物を持たない主義なので」

「まぁ寮の頃からそんなことだとは思っていたけど…………」

 

 呆れられてしまったのか、向けられていた視線は仄暗い天井の方へとあっさり外されてしまった。重なる手はまだやんわりと乗せられたままだから、私は離れることすらできないのに。

 首だけをキングが見つめる先と同じ方向へ捻る。そこにはなにが見えているのか。私には、過去が見えた。

 同じ年に同じ学校へ入学して同じクラスで出会った時のこと。

 いくつものレースを共に駆け抜けた日々のこと。

 ターフを離れることになったそれぞれの最後のレースのこと。

 さっき一緒に食べた夜ご飯のこと。

 出会ってから今日まで。十年にも満たない二人の歴史は、まだ私の人生の半分にすら届いていない。でもそれも、あと一・二年過ぎれば半分になって、その瞬間から一秒でも飛び越えてしまえば過半数に様変わりする。あとはただ、増えていくばかり。

 

(……そうなったら、いいなぁ)

 

 空いているもう片方をさらに重ねるようにして、彼女の利き手をそっと包んだ。

 かつて第一線を走る競技者であった面影を僅かに残す、筋肉の張りと肉刺だったものの硬さ。それ以前に、一人の女性であることを思い出させる、肌の柔らかさと指のしなやかさ。

 手から伝わる彼女の来歴。そしてこれから綴る、二人の足跡。

 今はまだまばらでも、二人の歩幅が揃ういつかを願う。

 

「――――どうして、こんな風になったのかしら」

 

 不意に、キングが溢した。

 

「嫌だった?」

 

 一瞬、これからのことを言っているのかと思って全身の血管が細くなる感覚がしたけれど、少しだけ強く握られた手から伝わる温度から、言葉よりも先に誤解だったことを理解する。

 

「いいえ。もし欠片でもそう思っていたのなら、私は貴方がしたこの提案を冗談でも受けたりなんてしないから。

 けど……だからこそ、わからないの。スカイさんが、私の、なんなのか」

「わお、今日のキングは哲学者さんだ」

「からかわないで。こっちは真剣に考えてるのよ」

 

 ちょっぴりとだけ眉を上げ、優しく睨む大きな瞳が可愛らしい。昔から、ついついいじめてしまう理由の一つ。暗いせいで、きっと赤くなっているだろ頬の色を確かめられないことだけが、人知れず惜しい。

 でもそれも今ばかりは、私も、人のことを言えない。

 

「――――言いたいことは、わかるかな。その上で、うん。私にもわからない」

 

 キングは、友達。それも大切な。前提としてそれは間違いない。だけどもそれならスぺちゃんたちだって同じこと。それなのに、今こうしてすぐ傍にいるのがどうしてキングヘイローだけなのか。たぶん、『大切』の色が違うんだと思う。あるいは将来、わかる時がくるのかもしれない。でも――――

 

「でも別に、いいんじゃない? 言葉にしなくったって」

「え?」

「そういう関係でいいんだよ、私たちは」

 

 そう。『言葉にならない関係』じゃなくて、『言葉にしない関係』。

 

「――貴方って本当に屁理屈が得意よね、昔から」

「にゃはは! お褒めに預かり光栄ですな」

 

 夜は確かに人々の時間の感覚を狂わせながら更けていく。

 初めは明日のことをあれやこれやと話していたはずなのに、気付けば真夜中を超えていて、話していた内容はすっかり今日のことになってしまっていた。

 

「明日もやることは多いし、そろそろ休みましょうか」

「そうだね。キングは特に荷解きがあるし」

「貴方だってそれは同じじゃない」

「キングよりかは少ないので」

「~~~~~ッ‼ 私は休むわ! おやすみなさい‼」

 

 言うが早いか、ずっと重ねられていた手をすり抜かれれば、再び背中を向けてられてしまった。その時に、かぶる毛布のいくらかを巻き込んだのか、尻尾の先が外気へとこぼれ出てしまって、寒い。

 手持無沙汰となってしまった両手の間に滑り込ませて、モフ。温かい。

 視界のすぐ目の前には、規則的な感覚で上下する背中。なおも変わらず脚に触れてくるキングの尻尾と同じ毛並みをした、彼女の髪。

 

(もしかして、もう寝たのかな?)

 

 頭をそっちに少しだけ寄せて、彼女にだけ届くように、けれど妨げないようにそっと呟く。

 

「おやすみ」

 

 返事が来たかどうか確かめるより先に、意識は遠く、白河夜船の旅路へと漕ぎ出していた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 新生活。

 日本でその言葉を聞いたなら、世間は大抵「春」という季節を思い浮かべるだろう。満開の桜の横で、まだシワの寄っていないパキパキの制服やスーツに袖を通す新入生や社会人さんたちがその象徴。

 だからなのか、「新」の一文字からは初々しい桃の香りと真新しいノリの匂いが漂って、それが鼻の奥を執拗にくすぐってくるような印象を持っていた。春先、花粉症に悩まされる人が増えるのは、きっとそのせいなんだとも思ったり。

 ――――なんて、語っちゃいますがね。

 ただいまの時分は色付いた葉っぱが我先にと地面を目指し始める秋もいいところ。桃の香りとは程遠い、焦げ臭い焼き芋とトウモロコシが商店街の端々に居場所を構えるそんな頃合い。過ぎる人たちはくしゃみの代わりに腹の虫を鳴かせていた。

 そんな季節外れの話題を始めたのは、目の前で眠っている女の子のせい。日頃から、それこそ聞かされる側の耳にはタコができてしまいそうなくらい、いつも一流一流と繰り返し豪語する彼女が見せる、ほんの僅かだけの隙。

 向かい合う前髪を撫でる。こんな時でも手に触れる線はサラサラでツヤツヤで、どの一本すら絡まったりなんてしていない。くすぐったそうに顔を背けるから、今度は毛布からひょっこりと覗いている指を弄ぶ。

 そこまですれば、もう起きるきっかけを充分に与えすぎてしまったのか、小さな口であくびをしながら、彼女は意識を徐々に覚醒させていく。

 

「珍しいわね……。貴方の方が早く、起きているなんて…………」

「ね。私もそう思う。もしかしたら今日は雪が降るかもしれないよ?」

「それは……困るわね……。お買い物が…………」

「今日は荷解きってお話じゃなかったっけ?」

 

 どうやらこのお嬢様はまだまだ寝足りないらしい。いつもなら真に受けないような冗談も本気で受け取って、細い眉が不安気に下がりだす。

 今度は、大きなあくびを一つ。何度か目を擦った後に、そしてようやく、瞼を上げた。

 秋が、目を覚ます。

 

「おはよう、キング」

「――おはよう、スカイさん」

 

 季節は秋。「新」の一文字が付くにはとっくに花は散ってしまっているけれど、これから私の――――私たちの新生活が芽吹き始める。

 

 

*  *  *

 

 

 これはもう数年前に学園を卒業して、今となってはレースからも退いたセイウンスカイとキングヘイローの、そう、たった二人だけの女の子たちのお話。

 




ハーメルンでは初投稿になります、日々樹です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
Pixivにて完結しているお話ですが、よろしければお付き合いいただけると幸いです。

またご意見・ご感想なども頂けると嬉しいです。泣いて喜びます。
ホントに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。