スカイとキングの同棲生活、ピクニックのお話
季節は巡る。もうじき「始まった季節」。
この一年、本当に楽しかったよ。
話し方等々、解釈違いにはご注意ください。
おやつ感覚でご堪能あれ。
これはもう数年前に学園を卒業して、今となってはレースからも退いたセイウンスカイとキングヘイローの、そう、たった二人だけの女の子たちのお話。
「午後はピクニックに行こう」
ソファの上で仰向けに寝そべって、遠く窓の向こうに広がる吸い込まれそうなほど深い空を眺めていたら、そんな名案を呟きたくなった。
「今日?」
「うん。今日」
つま先の方。独り言のつもりだったけど、キッチンで朝の洗い物をしているキングが反応をしてきたから、身体を起こしながらそれに答える。
「確かに天気はいいみたいだけど、当日っていうのは急すぎるんじゃない?」
「それはそうなんだけどさぁ~」
この日は偶然にも二人揃って仕事が休み。加えて蝉もいなくなって、角の取れた柔らかい太陽が空に浮かんでいる陽気とくれば、久しぶりにどこかへ遊びに行きたくもなってくる。去年末にした温泉旅行みたいな「行くぞ」って意気込むお出掛けはそれなりにある一方で、その日の気分でフラフラ気ままに外へ繰り出すような外出は、あんまり多くないんだし。
(それに――――)
上半身を預けるソファの背もたれ越しから、両開きの引き戸に仕切られたもう一つの部屋の方へと視線を向ける。隙間から見える机の上には、広げられたままのスケッチブックとデッサンに使われるカラフルなペンたちがそれぞれ思い思いに寝転んでいる。
そこは本来私の仕事部屋。だけどそれらは私のものじゃない。じゃあ誰のって、他にいる候補なんて一人だけ。ちょうど洗い物を終えてキュッと水道の栓を閉めた、目の下に薄くクマを浮かべている一流デザイナー様しか。
「仕事、大変なんじゃない?」
「まぁね。でも出張も近いんだもの。手は抜けないわ」
うん。知ってる。
ここ最近は仕事から帰ってくるのも遅ければ、夕ご飯のあとはその部屋をアトリエ代わりにして籠りきり。挙句そのまま仮眠まで済ませてしまうくらい頑張っていることは。おかげでセイちゃんは一人寂しい夜を何日も明かすことになっているのだけど、まぁ、それはそれ。
自分のこと以上に、なによりもキミが無理をしていないか。それだけが心配。キミは、抱えたもののために無理ができてしまう人だから。今年の初めにも、名家特有の行事に仕事の納期が重なって人知れず目を回していた最中、突然体調を崩して会社から早退してくるなんてこともあったんだし。
今はまだ健康そうに見える彼女がサロンの裾で濡れた手を拭きながらキッチンから出てくる。そして見下ろすように、背もたれに乗せた私の腕の隣に腰掛けた。
目と鼻のすぐ先には普段より少しだけ毛羽立ったキミの尻尾が揺れている。それを手櫛の要領で、撫でつけながら言う。
「別に手を抜けなんて言ってないよ。ただ、ちゃんと休んでる?」
「…………と、当然でしょ! キングは体調管理も一流なのよ‼」
「ふ~ん。じゃあ、昨日寝たのは?」
「……………………四時」
「今日起きたのは?」
「………………………………五時………………」
「ほら」
言わんこっちゃない。
呆れたジト目で見上げれば、バツが悪そうに顔を背けられた。それまで元気にゆらゆらしていた尻尾まで、ここにはいませんと言いたげにシュンと縮こまってしまう。
(心配させないように下手な嘘を吐かないのは、キングのいいところでもあるんだけどさ)
でもこれはこれでいい大義名分ができた。キミにお休みを強要するための。
休むことをイケナイこととまでは思っていないだろうけど、なにもしないくらいならなにかしていたいと考えているだろうキミのこと。だから必要なんだ。「『休む』をしなければいけない」と自覚させることが。
「朝の当番だってお休みの日くらい遅れたって構わないし、そもそも言ってくれれば何日だって代わるのにさ。一時間しか寝てないなんて、次の日が休日だったとしても働き過ぎ」
キミがいかに頑張り屋であるのかを理解させるため、痛いところを突くように捲し立てる。
一緒に生活をするようになってから、こうした指摘をするのは別に初めてのことじゃない。言うこともあれば、言われることもある。例えば連休中、お昼過ぎまでベッドで芋虫になっているような生活が続けば「しゃんとしなさい!」ってキミに叱られたりもした。
それでいいんだと思う。私たちは。結構両極端だから。一つ屋根の下で寝食を共にして、お互いに譲歩して、なんやかんやいい所に収まっていく。今日は私が、キミのブレーキを踏んであげる番というだけの話。
顔を背けたまま「……心配掛けたわね」と告げる陳謝には悪いけれど反応はしないで、その代わり無防備なまま目の前にある腰のくびれにギュッと抱きついた。頭上から「キャッ⁉」と小さく悲鳴も聞こえる。
「――――だから今日は、ピクニックに行くのでキングヘイローはお休みです。ついでにセイウンスカイも」
見上げ、また視線が逢う。突然腰に纏わりついた同居人に驚きハッと見開かれた秋色と、今度はジト目なんかじゃなく、できる限りの慈愛を込めて細められた夏色が。
交わる瞳の中に、私たちがいる。
「でも――」
「キングが行くって言うまでセイちゃんは離れませ~ん♪」
本当は無理に外出をしなくったっていい。でもこの子は家にいたら絶対に仕事のことを考えてしまうタイプだから。忘れさせるためには手っ取り早く外へ連れ出して、楽しいことでいっぱいにしてしまう方が簡単なんだ。
逃がさないよう、回した腕にさらに力を込める。すると、いろんなことが伝わってきた。
水が跳ね返りほんのり肌に張り付くサロンの湿り気と、キミの胃袋が収められたばかりの朝食を消化する音。内に流れる血液が運んでくれる脈拍の呼吸。温かかった。温度じゃなく、もっとこう、沁み込んでくる意味で。
不意に、寝ぐせだらけの頭の上に、ポンと、なにかが乗せられた。
「そうじゃないわよ。『でも、行くなら準備はどうするの?』って」
「ああ、そういうこと。
全部任せてくれていいよ。言い出しっぺだし、そのくらいはね。なんならキングの元気が出るように、なんでも好きなものをお弁当に用意してあげよっか?」
「なんでも、好きなもの」
人差し指を口元へ持ってきて、キミはお馴染みの考えるポーズ。
なにを頼まれるかな? 学生時代から時折振る舞うこともあったおにぎり? それとも作るにはちょっと時間が掛かるものの、セイちゃんご自慢のポテトサラダ? なんにせよ、手間がかかり過ぎないものだとありがたいな、なんて前言に対して情けない内心はもちろん秘密。なにを強請られても真心込めて作りますけどね?
「――なら、サンドイッチをお願いしようかしら。はちみつを少し垂らして甘くした、にんじんのラペを挟んだ」
これはまた意外なものを注文された。
ラペは下拵えもほとんど必要なく、簡単にできてアレンジも利くからバリエーションにも困らないと重宝しているおかずの一つ。これまでパンに挟んで振る舞ったことはなかったとはいえ、作るのも簡単・味付けの指定まであるなら考えることも少ない。
なにより、お弁当としてサンドイッチはちょうどいい。
「それを作ってくれるなら、貴方にキングの一日をあげる。仕事のことは忘れるわ」
「もちろん! お安い御用ですとも」
「じゃあ、決まりね!」
これにて取引成立。罪悪感を駆り立てる説得とお好みのご飯を餌に、今日はキングとピクニック。
そうと決まれば早速キングからサロンを受け取って、片付けられたばかりのキッチンに入らなくっちゃ。料理以外にも準備は私がしなくちゃいけないんだし。
さぁさぁ、これから忙しくなりますよ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
お昼過ぎに家を出て、やって来たのは電車で数駅行ったところ。都会の真ん中にドンと突然現れる大きな大きな国営公園。
景観作りのため外周を沿うように背の高い木がぐるりと敷地を囲っているから、ひと足公園に踏み入れば外のビル群はたちまちその姿を消す。代わりに開かれた視界いっぱいに姿を現すのは、上半分に広がる果てしない青天井と、下半分を覆うふかふか芝色の天然カーペット。あとはそこで気ままに過ごす人たちがポツンポツン――いや、気にしてみると案外、結構な人数がいた。
愛犬と駆けまわる子供を愛おしそうに眺めているその両親に、同じブランケットに仲良く包まって談笑を交わすカップル。他にも、目に映る景色をそのまま一枚のフィルムに収めようと勤しむカメラを構えた人や、仲睦まじく指を絡ませ合いながらウォーキングコースを一緒の歩幅でてくてく歩く老夫婦。
老若男女関係なく、誰もが思い思いの今日を過ごしている。そしてその中に、うら若き二人のウマ娘の姿も。
「紅葉狩りには、まだ早かったね?」
「あと半月もしたらいい色に染まるんじゃないかしら」
「そしたらまた来る?」
「構わないけど、たぶん出張とかぶるわね……」
「あーそっか。なら、帰ってきてからか」
真っ赤な紅葉とまではならなくとも暖色くらいには染まりかけた光景を期待して見上げた木々は、まだ眼に優しい緑黄色に留まっている。撫でる風からも北の息吹を感じるけれど、太陽の視線は予報よりもまだだいぶ鋭いまま。
夏と秋の間――晩夏と初秋のさらに境界。「禾」偏に「夏」の旁を持った漢字があるのなら、きっとそれが今日という一日を表現するのに適当な言葉なんだと思う。そこから旁の方が少しずつシンプルな「火」の字へと変わっていって、ゆっくりと秋を迎えるんだ。
秋は、いい。だって全部キミの瞳と同じ色をしているから。落ち葉が作る絨毯も、香る焼き芋を割った断面も、世界で一番明るい光が作る夕景も、全部。
だから、今から楽しみで仕方がない。遠くへ出張に行ってしまうキミが、秋を連れて、一緒に帰ってくる日のことが。今月もおしまいになる頃になれば、きっとその季節になっている。
まぁ、なんであれ。
手の届きそうなところに大好きな季節があるのだと思えるだけで、腕に提げるバスケットのことなんて忘れて、脚が軽やかにステップを踏み始める。敷き詰められたレンガの上を、一列飛ばし、二列飛ばし、今度はくるっと回ったりもして。一歩二歩、キミの前へと踊り出る。
「ご機嫌ね」
「まぁね。キングは?」
「ええ。いい気分転換になってるわよ」
「そりゃあよかった」
「私の仕事がどうこうって言っていたけど、本当は貴方が出掛けたかっただけなんじゃないの?」
「にゃはは♪ どうだろうね?」
並木が続く背景と若草色の私の髪、それとキミが選んでくれた紺色のベレー帽は良く似合うでしょ。両手を背中に回して、少し、身体を折り、目の前のキミを覗き込む。さながら夏のように。
対して小さくため息を吐いた秋は、栗色の髪とそれよりわずかに明るい色のニットベストを風にはためかせながら、なかなか素直にならない幼馴染みの内側をあっさりと見抜いてしまう。
「ありがとう。そういうことを言ってくれるのは、今じゃ貴方だけだから」
「――お互い様だよ。逆の立場ならキングだって同じことをしてくれるでしょ?」
「貴方が根を詰め過ぎたら、ってこと?
……………………想像できないわね…………」
「うわっ、ひっど~」
二人笑い合いながら、公園を進む。
土地の広い公園だから、歩いて一周でもしようとすれば、平気で一時間以上は掛かってしまう。さらに時折、歩道に沿って植えられた草花や唐突に姿を現すモニュメントに脚を止め、感想なんて呟いていたらこの道を終えるのもいつになるやら。適当なところで切り上げて、陽を凌げる木陰にでもシートを敷いて、遅めのお昼ご飯へとしゃれ込まなければいけない。折角、キミのリクエストを受けてサンドイッチを拵えてきたのだし。
でも、時々。さっき踏んだステップの余韻がまだ抜けきらない尻尾の先が、キミのものに触れて。当たらないようにと気を付けていても、今度はキミの方から触れてきて。
バスケットを下げたままの手のひらに代わって、その毛先で親友を確かめていたくて。もう少し、もう少しだけと駄々を捏ねる。何度次の分かれ道で足を止めようとか、あの大きなイチョウの下でご飯にしようとか考えたかわからない。
そうやって、優柔不断でいられたからか。
「――――随分と、立派ね」
「ね」
「ここでお昼にしましょうか」
入り口からも遠い、広大な公園の隅の方。ぽっかり空いた空間に一人ポツンと立っている楓の樹を見つけた。
大きさもさることながら、なによりも目を見張るのはその季節感。知っての通り周りの木々はまだ緑黄色に留まって夏を忘れられないでいるようだけど、それだけは誰よりも早く、逞しく広がる枝葉いっぱいに秋を迎えていた。赤というよりも紅というよりも、朱い。狂い咲きという言葉があるのなら、これはきっと「狂い染まり」。両手いっぱいに広がる紅葉たちは本当なら今にも散っていってしまいそうなのに、誰一人その手を一切離さないでいられるのが不思議なところ。
見上げ、わずかに口が開いたままの私に対して、キングはバスケットからレジャーシートを取り出して、手際よくピクニックの準備を整えていく。
(やっぱり、いいなぁ。秋)
「? どうかした? いつまでも立ったままで」
先にトリコロール調のシートへ腰を下ろしていたキングがこちらを見ながら言ってくる。脱がれたパンプスはお行儀よく揃えられ、外側を向いていた。
「ううん。なんでも」
言って、私も座る。靴も、キミに倣って揃えて置いておく。
頭の位置が立った数十センチ低くなっただけで、顔に当たる十月上旬の風が冷たくなったように感じる。なにか温かい飲み物でも作って水筒に入れて持ってくるべきだったかなと、遅すぎる反省を一つ。
とはいえないものをどうこう言っても始まらないので、二人の間に置かれたバスケットから本日のメインディッシュを取り出す。
「はい。ご注文のサンドイッチでございます」
「頼んでおいてだけど、よかったの?」
「うん、いいのいいの。私が自分から言ったことだったんだしさ」
手渡したパンの三角に切られた断面からは、栄養をたっぷり溜め込んだにんじんがはちみつに光沢を貰ってオレンジ色に光っているのがよく見える。合うんじゃないかと思ってなんとなくふり掛けた金ゴマも視覚的にいいアクセントになってるなと、我ながら自分のセンスに鼻が高くなる。
「でも、なんでこれ? 付け合わせのおかずに出すことはあったけど、こうやって食べたことはなかったよね?」
「――――好きなのよ。貴方の作るラペ」
「ほほう?」
「…………なに?」
「いんや。どんなものであれ腕に縒りをかけたものを褒めてもらえるのは、嬉しいもんだよ」
だってそれが理由だもんね。一人の頃はめんどくさがって料理になんか無頓着だった私が、今では真面目な顔してレシピ本とにらめっこをするようになったのは。キミに「美味しい」って言ってもらいたいから。
だからまだ、自分の分には手を付けないで。注文主様に最初の一口目を促す。料理人にこんなまじまじと見つめられながらだと食べづらいだろうなとは思いつつ、そんなこと、今は気にしてあげない。
ラップを丁寧に外して。控えめに開かれた口の中には可愛らしい前歯が覗く。まっしろのパンを受け止めて、咀嚼。噛みしめられて転がされて、うっとりとしたように細められる瞳。ほどなくそれは飲み込まれ、さらにキミの深いところまで落ちていく。
そして、口元を上品に左手で隠しながら、言ってくれた。
「美味しいわ」
私がこっそりと注文していた言葉を。
「お粗末さま」
覚えておこう。これもキミの好きな味だってことを。今日までは作るのもアレンジもいろいろと手軽だったから振る舞っていたけど、好みとわかればその意味合いも変わってくる。
今度は自分の舌で味わって、香りを、食感を、甘さを確かめる。次にまた作る時も、同じものを再現できるように。だから家に帰ったらメモを残しておかなくちゃ。
贔屓にしているレシピ本や自作のノートには、付箋や走り書きが所狭しと重なり合っている。つまりその厚みはキミに「美味しい」と言ってもらえた数とおんなじ。そしてまた、ほんの少しだけ本が厚くなるんだ。
本当にこの味が好きみたいで止まることなくパクパクと食べ進め、ちょうど最後の一口を放り込んだ隣の女の子を見て、ほんの少しだけ熱くなる。
「なに? さっきからじっと見てきて」
仕事で大変そうなキングを休ませてあげたいっていうのは、本当。
でも、キミの言ったように。
ただ一緒に出掛けたかっただけ、っていうのも間違っちゃいない。
同じ時間を共有するたび、ずるいよなぁ、と思う。見える景色も聞こえる音も感じる味も。キミといると全部の感覚が敏感になってしまうから、どんな素朴にだって特別を感じずにはいられない。
「ゴマ、付いてるよ」
例えばそう。綺麗に完食されていたようで実は難を逃れていた、唇に残る金色の一粒を見つけてしまったことでさえ。
「取ってあげる」
動かないでと片手をキミの肩に添え、反対の指でそれを摘まみとる。艶々とした唇の光沢はリップクリーム? それとも、はちみつ?
ともあれ、指に乗るそれを、パクリ。前歯で潰してみると、当たり前だけれどほんのりとゴマが香って、あとは甘い。
私のニヤついた表情が気に入らなかったのか、目の前の彼女は不服そうな顔。
でも、仕方ないよ。キミの季節を前にして、自分の料理を褒められて、確かに私は浮ついている。そりゃあ、頬くらい緩むって。
風が吹いて、ほら、上の楓も笑ってる。バカにしてるんじゃなくて、「かわいいね」って。
「私もそう思う」
「なにがよ」
「ん? 顔にゴマを付けたキングはかわいいねってさ」
「なっ…………!」
みるみる内にキングの顔が紅潮していって。やっぱり、秋も近いから。キミも狂い染まり。
「おばかっ‼」
久しぶりに言われた。でも、悪い気はしない。
散るはずの楓の代わりに笑い声が、あははと朱越しの青へと飛んでいく。
近くには誰も見当たらないから、響いているのは私と楓二人の声だけ。止まらない私たちを見て、ますますキングの頬は膨れていって、それがまた面白くって、目尻には涙すら溜まり始める。
(あぁ本当に――――)
「本当に、キミといると楽しいよ」
浮ついた心が紡いでくれた、自分でも信じられないくらい素直で無添加な言葉。一瞬、自分の心の中で思っただけなのか、本当に口から出たのかわからなかったくらい、自然に。
空気を読んでか、穏やかだった風は止む。
そしてほらまた。キミの顔がコロッと変わる。目は見開かれて、お馴染みの秋色がいっぱいになってる。
いつか言ってくれたもんね。
――――私は、楽しんでるわよ。たぶん、貴方が思っている以上にね
って。まぁその時の私は寝ていたことになっているから、直接伝えた自覚なんてないだろうけど。これはそのお返し。もちろんただなぞっただけじゃなくて、きちんと私の想いを言葉に乗せて。
だからもう一回、聞かせてほしいな?
「キングは、どう? 楽しい?」
私の夏でもって、キミの秋を見る。
別に気が変わっていたり、恥ずかしくて言えなかったりしても大丈夫だから。怒らないし、嫌いになったりなんかしないから。ただ同じ気持ちだってことを知りたいってだけ。そう、何度だって。
そして、知っている。
どんなに揺らされても、迷っていても、キングヘイローという女の子は最後には真っ直ぐ私の目を見つめ返しながら応えてくれるってことを。
キミが秋色でもって、私の夏色を見る。
「ええ、楽しんでるわ。貴方と同じでね」
また、風が吹く。けれど今度のはこれまでと違って北からの冷たいものじゃなく、季節が巻き戻ったかのような温かさが、反対側から。特別強いわけでもなく、肩に届くかどうかくらいの毛先が煽られて、ゆらゆら僅かに揺らされる程度のそよ風。
なのに、頭上の楓はひらひらとその朱い手のひらたちを風に乗せ降らせ始めた。一枚、二枚。三枚四枚枚数は数えきれない。散って、不規則な軌道を描いて、私たちの元まで落ちてくる。
季節感はやっぱりちぐはぐで。暖房を入れた部屋で食べるアイスクリームとか、桜と雪が一緒に舞っている二重吹雪とかとよく似てる。そういうものと同じ雰囲気を、ぬるい風になびく朱い天蓋に覚える。
「ねぇ、スカイさん」
声を掛けられる。どうやらまだキミの応えは終わっていなかったらしい。
景色に奪われてしまった私の視線を取り戻すため、折った膝の上に乗せた手の上に親友の手のひらがおずおず重ねられた。瞳は真っ直ぐにこっちを見つめたままだけど、距離が、目を離す前よりも少しだけ近い。
「ん?」
「――――――――話したいことが、あるの」
「ずっと話してるよ?」
「そういう意味じゃなくて!」
「なんてね、冗談。
――――それで? 話って?」
重ねられた手に力が込められたのがわかる。拍子にキミの指が私の指の間に入り込んできて、さっき見かけた老夫婦がしていたのとは少し違うけど、指同士が絡みだす。距離がなくなって、隣にいる人。次は肩が触れ合いそう。視線に射止められているから、逸らすことはできない。
視界は秋色。朱色の天蓋を降ろす周りも、秋。その季節にいるのは私たちだけ。外はまだ「禾」偏に「夏」の季節。
そして、秋色が紡ぎ出す。季節を巡らす、キミが育んだ想いと思い出のひとひらを。
「この生活が始まった日に貴方が言ったこと、覚えてる? 私たちの関係は言葉にしなくたっていいって」
――――でも別に、いいんじゃない? 言葉にしなくったって
――――そういう関係でいいんだよ、私たちは
うん。確かに、そんなことを言った。
セイウンスカイとは、キングヘイローにとってのなんなのか。それがわからないと言っていたから。
わからないなら無理に言葉を探すことはない。形の合わない型に二人を強引に当てはめて関係を傷つけてしまうくらいなら、自然に伸び伸びとさせておいた方がきっと私たちは上手くやっていける。そう信じて。
「そうね。その通りだと思う。私自身納得しているし、そういう形でも、いいのだと思う。
その上で――――」
ただそれ以上に。
もしも私たちの間にピタリと合う言葉のピースが見つかったのなら、それを当てはめてみるのもいいなんて、同時に思っていて。
「それでも私は、名前を付けることにしたの。私たちの関係、私が抱いた感情に」
だからそうか。つまり、もうキミは見つけていたんだ。
「スカイさん。私はこれを『恋』と名付けることにしたわ」
二人を繋ぐ、赤く結われた言の葉を。
私なんてようやくその輪郭を掴み始めたところなのに。やっぱり凄いよ。キミっていう女の子は。
北から、風が吹く。冷たい風に楓が舞う。ここにきてようやく季節感が一致する。
それは今の私たちが始まった季節。
秋はもう、私の目の前に――――
ご意見・ご感想など頂けると嬉しいです。泣いて喜びます。
ホントに。