スカイとキングの同棲生活、ハロウィンのお話。
「いたずら」は子供たちがするような。「悪戯」は大人たちがするような。
だから、その間にいる私たちがしているものは、きっと、「イタズラ」。
話し方等々、解釈違いにはご注意ください。
おやつ感覚でご堪能あれ。
これはもう数年前に学園を卒業して、今となってはレースからも退いたセイウンスカイとキングヘイローの、そう、たった二人だけの女の子たちのお話。
「トリック・オア・トリート」
日中は温かくとも、早朝や夜にはホットのお茶でもカイロ代わりにしたくなるような秋も暮れ。
本来五穀豊穣を願ったり魔除けの意味合いが込められた行事で使われていた合言葉を、それとは縁も所縁も繋がりもなにもない、異国で暮らすウマ娘が隣に座る同棲相手に言った。学生だった頃には毎年のようにこのやり取りをしていたけれど、逆に言ってしまえばそれ以来で、何年振りかに「お菓子かイタズラか」の選択を迫る。
「え?」
「だから、トリック・オア・トリート」
可愛く、おねだりするように首を傾げる私。
対して鳩が豆鉄砲を受けたような顔で、読んでいた分厚い本から視線を上げた彼女。この表情を見られただけで、今日という一日にどれとも代え難い意味合いが生まれたような気さえする。
十月三十一日。この当日に限り、この言葉を告げるだけで無条件に誰からでも「お菓子かイタズラか」の選択を強要できるんだから、実に私向きの祭日だと思う。子供だけが参加できる行事だとか、そういう真っ当な意見は知らない。だってここには私とキングの二人だけしかいないんだから。
今の今までハロウィンの「ハ」の字すら見せないで、意識させるような言動は徹底的に控えてきた。時間ですら、眠っている人が多くなる真夜中近くまで我慢して。極めつけに、ここは私たちだけの小さな箱庭。完璧な計画。お菓子の準備をする余裕なんてなかったはず。
ニヤつく口角を抑えようにも、この後のために冷蔵庫で控えている炭酸水の存在を思い出すと、どうしても、悪い顔をしてしまう。
(懐かしの炭酸チャレンジですよ! 今回渡すのは一本だけだけどね。家ならシャワーもすぐだし、キングはまだ浴びる前だしちょうど――――)
「あるわよ。お菓子なら」
「そうそう。まずはお菓子を貰って――――ってあるの⁉」
「えぇ! 貴方のことだもの。ここぞとばかりに狙ってくると思っていたから用意しておいたわ!」
まさか。本当にまさか。十年近くに及ぶ長い関係性が災いして、練りに練った悪巧みの裏を取られてしまうなんて。それ自体はくすぐったくなるような喜ばしい事なんだけど、計画の失敗という意味じゃ、敗北以外のなにものにもならない。
「これはキングに一本取られちゃったなぁ……」
勝ち誇った満足そうな笑みでいつの間にやら用意をしていたらしいお菓子を取りに行くキング。見送る後ろ姿に揺れる尻尾すら、だいぶご機嫌みたいだった。
対して私はその悔しさからかため息を吐くと身体から力が抜けて、さっきまで誰かさんが座っていたソファの上に倒れ込む。そこはもちろんまだほんのり温かくて、それがまた、昔よく聞いたお嬢様特有の高笑いを思い出させた。キングが勝ち誇ったり調子に乗ったり、自分を鼓舞する時に度々言っていた、それ。
むぅ、悔しい。
「不貞腐れてるの? 子供ね」
声が聞こえ、見上げたところにいた彼女の表情こそ、いたずらに成功して童心へ還った子供のように見えた。「笑顔」の二文字で済ましてしまうには淡泊で、もっと幼い、「ニコニコ」の四文字くらいは使ってあげたくなるような。
(まったく。かわいく笑っちゃってさ)
けど今のセイちゃんは不貞腐れているので、そんな優しい言葉は送ってあげないのです。子供なので。まぁ身体を起こしてキングが座るだけのスペースをあげるくらいなら、してあげないこともない。
元居た場所より少し近くに彼女が戻ると、隠し持ってきていた「お菓子」を傍のローテーブルの上に置いた。私でも知っている有名ブランドの名前が金色の文字で印刷された小さい紙袋。
「うわぁ。これ、結構いいところのチョコじゃないの?」
「当然でしょ。ハロウィンだろうとキングからの贈り物は一流のもの以外ありえないわ!」
そして、「おーほっほっほ‼」という彼女のトレードマークが真夜中前の静かな世界に響き渡った。防音のしっかりした部屋を借りてよかったなんて現実的なことも考えつつ、ついさっき思い出の中で聞いたものと今も変わらない高笑いに、胸の奥が甘く染まっていく感じがした。まだ、チョコレートを食べてもいないのに。
「作戦が失敗しちゃったのは残念だけど、これだけいいお菓子が貰えるんならむしろ儲けものかもねー」
今にも蕩けだしてしまいそうな心の視線を誤魔化すように、食べれば舌をも蕩けさせてくれそうな贈り物へと注意を逸らす。
小さな紙袋の中には、それすら大きな袋に思えてしまうような、さらに小さな箱が一つ。青色の箱に真っ白なリボンが結ばれていて、最近の空模様とよく似ていた。そして中にはいかにも「高級ですよ」と訴えてくるようなトリュフチョコレートが、二つ。
「それじゃ、いただきます」
「どうぞ召し上がれ。貴方にはキングからの贈り物を味わう権利をあげる」
それも、久しぶりに聞いた。折角権利を賜ったんだから、味わって嗜むとしましょうか。こんな時間に間食だなんて、お腹周りが少し気になってしまうような気もするけれど、これをまた明日とする方がきっと不敬だろう。
上品に収まる双子の内の一人を摘まんで口の中へと放り込む。甘すぎないカカオの風味と、ほんのりと鼻をくすぐるお酒の香り。歯を差し込むまでもなく、それは口の温度で溶けていき、舌の上から身体の芯へと滑り落ちていく。
二つ目。今度は目を閉じながら。同じものを含んでいるはずなのに、味も匂いもまた一段と深くなって、気を抜いたらそのまま脚を掬われて溺れてしまいそう。必死に息を吸おうとすれば、風味がそれだけ大きな波となって、私を至福の海へと沈めようとしてくる。
それに身を任せてしまうのにも惹かれるけれど、どうせなら私は、キングと一緒がいい。瞼を上げると、よく見慣れた天井がそこには見えた。横には、キミ。
「ごちそうさまでした」
「えぇ。お粗末さま」
子供な私たちとは反対に、随分とオトナな味だった。
指に付いたココアパウダーまでお行儀悪く舐めとってしまう。
「食べたわね、スカイさん」
「?」
そんな姿を、まるでなにかを企んでいるかのような瞳で見つめられていた。嫌な予感、というか「なにか失敗ちゃったかもしれない」といった考えが私の脳裏には浮かんだ。
そして――――
「なら改めて、トリック・オア・トリート‼」
「!」
チョコを持ってきた時とはまた違う表情で、本日限定の合言葉を私に投げてきた。「お菓子かイタズラか」を問うてるはずなのに、「ここになにか乗せなさい!」と煽るみたいに右手をすっと差し出してくる。
これは、正直盲点だった。ことキングに限って、この言葉を言ってお菓子を貰ったりイタズラをしたりすることはあったけど、逆に言われたことは今までに一度もなかったんだとこの瞬間に振り返る。学生の頃は同期のみんなやウララたちのことであれこれ世話を焼いてくれていた印象が強かった。
だから、だと思う。今日を迎えるに当たって、あれこれどんなイタズラをしようかと思慮を巡らせはしたけれど、言われた時どんなものを返そうか考えたことは一度もなかった。
そんな自分に、今更ながら配慮不足を見つける。ちょっとだけ、影。
「あー、期待してるところ悪いんだけどさ。ゴメン、用意してない…………」
「…………え?」
パタン、と真っ直ぐに立っていた耳が頼りなく倒れるのが見える。眉も下がって、伸ばされた腕も下がって、声も消え入りそうだった。
(これは本当に悪い事しちゃったなぁ……)
折角童心に還り、季節柄の催しを楽しもうとしたキングの想いに水を差してしまった。なまじ自分の方はきちんと理解されていただけに、余計申し訳ない。
だから――――
「なので、はい。イタズラをどーぞ」
腕をいっぱい広げてみせて、これからキミにされることに対して私は無抵抗無反発であることを全身で伝える。渡せるものがないなら身体で返さなくっちゃね。それが、ハロウィンなんだから。
「イタズラ……?
――! そ、そうよね! このキングへの捧げものを準備していない不届き者のスカイさんにはそれ相応のイタズラをしてあげなくちゃ‼」
本当にイタズラについてなにも考えていなかったようで、一瞬、なんのことを言われているかわからなそうだった妙に抜けた表情がなんとも可愛らしかった。かと思えば、途端にこれ幸いと開き直って揚々と私へのイタズラを熟考し始めたり、顔色がコロコロと変わる。
秋の寒暖差にでも当てられたのか、それともハロウィンにする仮装の一環なのか、今日のキングはなんだか、ずっと幼い妹のように見える。
「けどイタズラって言ってもどのくらいのものがいいのかしら。道具を用意してあるわけでもないし、間違っても怪我なんてさせるわけにもいかないし…………」
顎に手を当てながらこういうことを考えているのは、なんとも私のよく知る彼女らしいんだけどさ。
「キング」
「なーに?」
「えいッ」
「――――ちょ、ちょっと‼」
少しキングの方へ身体を寄せてから、手首を掴んで、そのまま後ろに倒れ込む。もちろん互いに頭をぶつけたり、心配されている怪我なんかをしてしまわないように注意は払いましたとも。
胸と頭の間辺りに彼女の頭がある。私の方が少しだけ背が低いから、あとはつま先まで全部が全部キングの下敷き。
全身が、二人分の体温で熱い。これは――そう、さっきのチョコレート。あれに入っていたお酒のせいだ。だから、仕方ない。
「わー、キングにおしたおされたー」
「あ、貴方が自分から倒れ込んだんでしょう‼」
なんて言っておりますけどね。キングが少しだけ身体を起こせば、あら不思議。本当にセイちゃんが押し倒されているように見える図の完成ってわけですよ。
髪が頬を撫でている。私のじゃない。これはキミの。
夜も更け始めた、そんな時間。学生の頃と違って門限もなければ寮長もいない。「早く寝なさい」と叱る大人たちもいない。何故ってそれは、どんなに幼く見えたって、私たちがもう大人だから。ここが私たちしか入れない箱庭だから。
「まぁまあ、そうかもしれないけどさ。
――それで? キング。このあられもないセイちゃんを、どうしてくれるんですか?」
イタズラするなら急いでキング。ハロウィンの特権は、今日限定なんだから。真夜中を迎えるまで、あと――――
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ホントに。