Nameless Daily   作:日々樹

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スカイとキングの同棲生活、いい夫婦のお話。

例えばそれは、お昼寝の時に膝を貸してくれるような人。

話し方等々、解釈違いにはご注意ください。
おやつ感覚でご堪能あれ。



理想の相手は誰ですか?

 これはもう数年前に学園を卒業して、今となってはレースからも退いたセイウンスカイとキングヘイローの、そう、たった二人だけの女の子たちのお話。

 

*  *  *

 

「そっか。世間じゃもう今日は『いい夫婦の日』、なんだっけ?」

 

 太陽も昇ったばかり、お勤めに出掛けるサラリーマンたちを見送った時間帯。朝一番の堅苦しい報道を終えたワイドショーのキャストさんたちは、口直しに十一月二十二日という日についてあれやこれやと語り合っていた。

 仲のいい夫婦でいるための秘訣は?

 最近贈った(または貰った)プレゼントは?

 逆に、相手に直してほしいところは?

 などなど。

 合間合間、街頭で取材を受けた夫婦が何組か映って、先の質問に思い思いに答えていく。回答こそバラバラだったけど、多かれ少なかれそれぞれが歩んだ幾年もの思い出を楽しそうに振り返る姿だけは、みんなおんなじだった。

 

「そうよ。だから今年も、あと一ヶ月と少しだけ」

「あっという間だねぇ」

 

 ポロっと零れた独り言ではあったけど、キッチンで朝ごはんの片付けをしていたキングに聞こえていたようで、なんの気もない返事を貰う。だから、ソファに置いてあるクッションを抱きしめながら、私もゆる~く返事を贈る。

 テレビから聞こえる遠い大人たちの賑わいと、台所から聞こえる食器がコツンとぶつかる音響。二人休日の、そんな幕間。これが、そろそろ慣れたと言っていい私たちの日常、だったりする。

 振り向けばカウンターを挟んだ反対側に、拭いた食器を一つ一つ棚へと戻している同棲相手の後ろ姿。時々に応じてスタイルは変わるけど、毛先のうねる癖毛だけは変わらない髪がゆらゆらと揺れている。それと同じ色をした耳も、なにに反応してるのかピクピクと動いていて。

 

「キング」

「なに?」

 

 ついさっき耳にしたばかりの、『仲のいい夫婦でいるための秘訣』とやらを口にしたくなった。

 

「洗い物ありがとう」

「? 気にしなくていいわよ。今日は私が当番の日なんだから」

「そうなんだけど。ちょうどテレビで『いい夫婦になるには毎日の感謝から』みたいに言ってたからさ」

「別に私たちはいい夫婦になるわけじゃないと思うけど……。

 まぁ確かに、夫婦に限らずお互いにいい関係を築いていくために感謝の想いは外せないわね。もちろん一流のウマ娘として当然のことだけど。

 だから、そうね。さっきはこう答えるべきだったわ。どういたしまして」

 

 振り返った秋色の瞳と視線がかち合う。こうした言葉を恥ずかしがりもせず真っ直ぐ伝えてくれるのは、育ちの良さというか本人の生真面目さというか。簡単にまとめてしまえば、彼女はとてもいい子であると示しているんだと思う。

 片付けを終えた彼女が巻いていたサロンエプロンを解きながら私の隣にポスンと座る。今となってはすっかり定位置。テレビに向かって左側が私で、右側がキング。

 

「お疲れさま」

「えぇ。

 ――さっき洗剤を使い切って新しいのを出したから、またストックを買いに行かないと」

「あ、そう? じゃあ午後にでもお散歩がてら出掛けよっか」

「そうね。ついでに他のなくなりそうな物も買い足しちゃいましょ」

「セイちゃん釣り餌が欲しいです」

「……一応聞くけど、疑似餌じゃなくて?」

「うん。本物の方」

「……………………私は一緒に行かないわよ」

「にゃはは。そう言うと思った」

 

 なんてことあって、今日の午後の予定が決まる。

 テレビの角、番組特有のマスコットが教えてくれる今の時間は八時をいくらか回った頃。午前ももう、四時間もない。その画面の中で談笑を交わしている人たちは、まだ同じ話題に花を咲かせていた。

 

「『いい夫婦』ねぇ」

 

 ポツリ。隣に座る年頃の女性が零した。意識的か、それとも無意識的かはわからなかったけど、頭で回るいくつもの言葉からそれだけがポロッと押し出されてしまったような。

 これだけで考えていることの全部が分かると言えるほど、私も自惚れちゃいない。だから。だからそれが理由なんだと思う。頭の中に一つの興味が湧いたのは。

 

「キングにとって、いい旦那さんとは?」

 

 クッションを間に挟むようにして膝を抱えて、そこに頭を乗せながら、彼女の方に問いかける。

 受けて、目も耳も尻尾も身体も、ほんの一瞬強張ったのが横からわかる。証拠に、秋色のまんまるい虹彩がよく見て取れた。ゆっくり、彼女がこっちを向く。

 

「なに? 唐突に」

「ううん、なんとなく。別に禁句にしてたつもりもなかったけど、私たちってあんまりこういう話題話してこなかったじゃん?」

「言われてみればそうね。けど、改めて聞かれるまでもなく、その質問の答えは決まっているわ! 勿論ッ、い――――」

「あっ、一流っていう言葉は使わないで説明してくださいね」

「なッ⁉ どうしてよ!」

「だってキング、どの内容で質問しても大抵『一流の~』って言うんだもん。誤魔化すつもりじゃないのはわかってるけど、たまには具体的なものが欲しいな~って」

 

 キミにとって、その言葉がどれだけ重要な意味を持つかくらいはわかっているつもり。でもたまには言い慣れた代名詞じゃなくて、考えて捻り出した固有の言葉を聞いてみたかった。なにより、今の話題はそれを求めるにはピッタリのものだとも思ったから。

 お得意の言葉を封じられてどうしたものかと思案顔。

 手に顎を置いて、人差し指を唇に当てるのが彼女なりの考えている時の癖だって、ずっと前から知っている。

 液晶画面の中にいる人たちはもうさっきまでの話題に飽きたのか、全く違う芸能ニュースを語り合っていた。彼女の思考を邪魔してしまわないよう、音量を少しだけ下げておく。

 たっぷり五分、くらいかな。

 考えに考え込んだキングは「これだ!」と胸を張るでもなくて、これまた不意に心からゆっくり浮かび上がってきたように、その答えを口にした。

 

「……自分の生き方に、誇りを持っているような人、かしら……」

 

 誇り――――。誇りときたか。

 

「おっと、これは予想よりよっぽどしっかりした回答を頂いちゃったな」

「貴方、聞いておいてその言い方はないんじゃない?」

「あー、えっと、ゴメン。今のは言い方が悪かった。

 別に茶化したりなんてするつもりは全然なくてさ、うん。すごく、素敵だと思うよ。それが、キングが誰かに求める条件なんだ」

「そう、なるわね」

 

 慣れないこの手の話題はやっぱり恥ずかしいのか、キングは少しだけ唇を尖らせながら音もたいして聞こえてこない薄い液晶へと視線を移す。

 だから、その横顔をじっくり眺めながら、私も、物思いに耽る。

 同じベットで寝て、同じ食卓を囲むようになってから数ヶ月。その生活の中で私は、よく知っていると思っていた親友に残る、まだまだ知らない部分についてを、知った。

 具体的には、まさに今のこと。

 一流とは、かねてよりキミが追い求め、ついにはその手に掴んだ栄光のこと。それにはきっとたくさんの想いや意味があって、今日、その内の一つを新しく知ることができた。

 いつか訪れるであろう誰かに、キミは一流を求める。この場合、それは生き方における誇りであり、同時に、もうその体を為しているキミにすら降りかかる責務のようなもの。

 けれど当たり前のように、それらを体現し続けるのがキングヘイローという女性なんだ。

 

「立派だね」

「なにが?」

「キングの、生き様? そういうのがさ。私はほら、そういうのに拘りなんて、あんまりないから」

「ふんっ、よく言うわよ」

 

 平日の朝。絞られたテレビから届く小声以外は目立たない部屋の中で、彼女が鳴らした鼻の音は可愛らしく響いた。いかにも、ツンとしたお嬢様らしい。

 こちらを見ることはなく、だからと言ってどこかを見ているわけでもないようなまま、キングが続ける。

 

「貴方はいつも誰よりも前にいた。策をいくつも巡らせて、その中から最良の道筋を見出して。そのために使える手は全部使って。最後まで、先頭にいようとし続けた」

「……レースの話?」

「いいえ。貴方と一緒に過ごしてきた今日までの話よ」

「? 褒められてる、んだよね?」

「そうよ! ……はぁ、ここまで響かないと少し癪だけど」

 

 イマイチよくわからないと疑問を投げると、ちょっとしたお怒りと一緒にため息が一つ。これ見よがしに肩も落としている。

 でも、ゴメン。普段あまり察しの悪い方だとは思ってないんだけど、こればっかりはなんのことやら。言いたいことはなんとなくわかるんだけど、それを使ってどういう意味なのかまでに辿り付けない。

 ウンウン唸るだけでいつまでも察さない私に痺れを切らしたのか、幼馴染みは、言った。

 

「私が誰かを一流として認めた最初の人物が貴女だった、っていうだけの話よ。

 覚えてる? 『邪道も極めれば王道』って」

 

 ――――あぁ、いつだったか話した邪道もなんとやら。そうだ、確かに。あれは私の生き様――ある意味の誇りと言ってもいい代物だったかもしれない。「私にはこれしかない」と十年前のセイウンスカイは言っていた。当時の自分の方が、よっぽど自分自身のことを理解していたのかもしれない。あまり何度も頭の隅から取り出して眺めるようなものでもないから、今となってはその誇りは見えにくいものとなってしまっていたけれど。

 そして、よくもまぁそんな昔の出来事を覚えていたもんだよ。取るに足らない出来事とは言わないけど、あれは、私たちが知り合ってからそう遅くない頃の一幕だったはずだから。

 あと、そう、最後に。意図的かそうでないのか。どちらにせよ今、熱を帯び始めた頬の責任を彼女はどう取ってくれるんだろう。だって、この言葉は――――

 

「……キング、今の流れだと、それ、殺し文句」

 

 相手に求めるものはなにかって話の中で、一番初めに持っていたのは自分だと言われてしまっては、流石の私も俯かないわけにはいかないのです…………。

 あぁもうなんか! 最近のキング、こういう言動が多くなってきた気がするな‼

 

「ッ‼ す、好きに受け取ってもらって構わないわ! 私が貴女を一流と認めているのは変わらないんだから」

 

 動揺からして意図的ではないにしろ、撤回するつもりもないらしい。まったく、このお嬢様は!

 クッションが腕の中で悲鳴を上げているのが分かる。でも、でも。緩む口元を隠すためにはこうして顔を埋めでもしないといけないんだから許してほしい。人の身体から湯気が登るなら、きっと今この部屋はサウナと変わらないくらい蒸し蒸しているだろう。とにかく、熱い。

 

「それでっ! スカイさんのは?」

「な、なにが?」

「条件。貴方が理想の相手とやらに求めているものはなんなの?」

「うぇ⁉ このタイミングで聞き返すの⁉」

「だって、これで私が言わされるだけ言って終わりだなんて不公平じゃない!」

「言うけどっ、言うけど‼ 急に爆弾投げてきたキングが悪いんじゃん!」

「爆弾って、別に私は思っていることをそのまま言っただけよ⁉」

「だからそういうところぉ‼‼」

 

 訂正。こんな休日の午前中は決して日常の幕間なんかじゃなく、とても、とっっっても変わった非日常の出来事でした。

 お互い叫んで喚いて騒いでいたかと思っていたら、気付けばお昼の時間も過ぎていて、慌てて買い物に出掛けたり。全部済ませて帰った頃には二人とももうグッタリで、なんというか、もう散々で。

 この日以来、私たちの間では正式に色恋沙汰の話題は禁句となりましたとさ。

 




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