Nameless Daily   作:日々樹

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スカイとキングの同棲生活、看病のお話。

どうか、どうか。
このまま、いつまでも。

話し方等々、解釈違いにはご注意ください。
おやつ感覚でご堪能あれ。



そして変わった二人の温度感

 これはもう数年前に学園を卒業して、今となってはレースからも退いたセイウンスカイとキングヘイローの、そう、たった二人だけの女の子たちのお話。

 

*  *  *

 

 目を覚ます。

 見慣れた天井。見慣れた部屋。けれどもしっくりこないマットレス。

 ――ううん、違う。ここはリビング。横になっているのは、二人で選んだソファの上。ベッドの上じゃ、なかった。

 背中に覚える不慣れな寝心地に引っ張られるように、曖昧だった意識の輪郭がハッキリとした線を描き始める。

 朝の七時前にアラームもかけないでこんなにパキッと目を覚ましたことなんて、私史上稀に見る快挙に違いない。身体を起こして背中を伸ばせば、二三関節がパキポキと鳴る音がした。

 同時に祭り後みたいな物寂しい正月明けの冷たい空気が、半袖シャツから覗いた腕をぞわりと撫でていく。慌てて腕を毛布にしまって、そのままもう一度、芋虫になる。にもかかわらず一度認識してしまった寒さはどこへも行ってくれなくて、仕方がないから諦めて、そのまま今日という一日に着地することにした。

 

「まぁ今日と……明日くらいまでは忙しくなりそうですし?」

 

 そう。沢山あるのだ。やらないといけないことが、いろいろと。

 ソファの背もたれに掛けておいた部屋着のガウンを羽織ったり、暖房の電源を入れたりしながら、進める足は私たちの寝室へ。

 音のしないようそっと扉を開けてみる。北と西側に小窓のある小さな部屋は、陽が昇り切った時間でもまだ薄暗く、見通しが悪い。それでもベッドの上に膨らむ人影が呼吸に併せて上下しているのくらいはわかったから、安心して隙間を閉じて退散する。

 同棲をしている私がここにいるということは、あそこで今も眠っているのは疑うまでもなくキングヘイローなわけで。ならどうして私たちは別々の場所で一夜を過ごしたのか。別に喧嘩をしたとかそういうのじゃなくて、理由はもっと単純でわかりやすい。

 

「風邪だって言われた時は驚いたけど、ぐっすり寝られてるみたいでよかったかな。とりあえず」

 

 昨日たまたま休みで家にいた私の所に、いつもよりだいぶ早い時間にキングが仕事から帰ってきた。どうしたのか尋ねてみたら、その日は朝から体調が悪くって早退ついでに病院で診てもらったんだとか。そしたら三十九度を越える高熱で、お医者さんが言うには日頃の疲れが原因だったらしい。

 事情を聴いてからはそのまま有無を言わさず休ませて、それからの家事を全部引き受けて現在に至る。

 ――あぁ。最初、「私がソファで寝るからスカイさんがベッドを使って」とか言い出したのには、なに考えてるのって、少し言い合いになっちゃったりもしたっけ。疲れてただろうに、悪い事したな。落ち着いたら謝ろう。

 暖かくなったリビングへと戻ってきて、朝食の準備に取り掛かる。体調を崩した人に出すご飯と言えば、栄養があるのはもちろんのこと。あとはあまりお腹への刺激が強くないものがいい。

 定番のお粥は用意するとして、他にはカットフルーツと、しょうがとハチミツを混ぜた白湯なんかも効果があると前にどこかで聞いた気がする。体調とは別に、それは私も飲んでみたい。

 あれこれ諸々と慣れない朝食の準備をしている内に、時間もそれなりに経っていたのか、のそのそと色違いのガウンに包まれたキングが起きてきた。

 いつもはしゃんとしてるはずなのに、今は猫背気味になっている背中と、ペタンと倒れたままになっている耳。加えて赤くなった瞳まで見えたから、疑っていたわけじゃないけれど、本当に風邪を引いちゃってるんだなと、改めて心配になってくる。

 

「おはよう、スカイさん……」

 

 声にも、普段ほどの覇気がない。

 

「おはよう。ご飯持って行ったから、ベッドで休んだままでもよかったのに」

「それは……お行儀が悪いから」

 

 体調を崩してまで真面目な顔してそんなことを言う彼女に呆れて、可笑しくって、許してしまう。私だったら「お言葉に甘えて~」と喜んでベッドに帰っていくだろうに。

 

「はいはい。じゃあお行儀よく机で待ってて。

 ――あっ、白湯作ったけど、飲む? しょうがとハチミツ入り」

「いただくわ」

 

 本当は自分用にと先に作って冷めるのを待っていたまだ熱いままの白湯をキングに渡す。彼女はそれをカイロ代わりにでもするつもりなのか両手で包むように受け取って、そのままカウンター越しの自分の席にお行儀よく収まった。

 テレビは点けていないから、弱火でコトコトに煮込まれるお粥の音だけが響いている。あとそれと、時々ケフケフと聞こえる咳の泣き声も。

 間もなく料理(?)も出来上がり、あらかじめカットしておいたリンゴと同じトレイに乗せて、朝食を楽しみに待っている同居人の所まで持っていく。

 

「はい、お待たせ」

「ありがとう、スカイさん」

「どういたしまして~」

 

 言いながら私も隣に座る。そしてキングがスプーンを取るよりも先にそれを手に取って、お粥を一口分だけ掬い上げる。

 

「え?」

「『え?』じゃなくて、ほら『あーん』」

「じ、自分で食べられるわよ……ッ」

「キングは甘え下手なんだからさ。こんな時くらいセイちゃんのご厚意に甘えてなって」

 

 それから何度か迷うような仕草を挟んだりはしていたけれど、最後には観念したのか、掬ったお粥が冷めない内に、それは彼女の小さな口に収まった。

 お腹をあまり刺激しないように味付けは薄くしてある。含まれた僅かな塩気を持った数十粒の米粒たちは、舌の上で味わうように転がされ、充分に堪能されてから喉奥へと飲み込まれていった。

 食べさせて、味わわれ、飲み込まれ。その繰り返し。

 少なくとも悪い出来ではなかったのか順調にお粥の水位は下がっていって、あっという間に掬えるものがなくなった。

 

「どうだった?」

「……もう少し味がしっかりしていてもよかったかも。それかお醤油でもあると……」

「あー……」

「! ち、違うのッ‼ 美味しくなかったわけじゃなくって……」

「あははっ。いいのいいの。そう言ってくれた方が私も助かるからさ」

 

 そっか、キングの口には薄かったか。一応味見はしたんだけど。今回はお塩をふたつまみだったから、次は三回か四回くらいにしてみようかな。

 今度はカットしたリンゴをお粥と同じ要領で、フォークで刺しては与え刺しては与え。この行為に段々と小動物に対する餌付けと似た感覚を覚え始めもしたんだけれど、これは間違っても本人に言ってはいけないだろうなと。

 そしてあっと言う間に最後の一切れを食べ終えた頃、今度は美味しそうに咀嚼をしていたキングが急にハッとした表情になって――――

 

「スカイさんッ。貴方、お仕事はッ⁉」

「ん? それなら昨日の内に、『今日明日は家で仕事しますー』って伝えてあるからダイジョーブ。ほら、私の職場、絶対に出勤しなきゃいけない所じゃないっていうのはキングも知ってるでしょ?」

「えぇ……。……でも、ごめんなさい。昨日から迷惑を掛けっぱなしね……。家のことも、全部任せきりになっちゃって……」

「気にしないでよ。仕事しなくちゃいけないのは変わらないけど、家ならこうしてゆっくりしていても怒られないんだから」

 

 本当は「お仕事なんだから真面目にやらないとダメよ!」くらい言いたいのかもしれないけど、立場が立場だからかそう強くは言い出せないご様子。あまり深く考えなくたっていいのに、バツの悪そうな視線は私の方を向いてくれない。

 

「…………ありがとう。それと、ごちそうさま」

 

 その代わりに、たった一言だけ、感謝の言葉を貰う。

 

「うん。お粗末様でした」

 

 入れてからもうだいぶ冷めて飲みやすい温度になった私の白湯――もうお湯って感じでもないけど――を一口呷る。熱くなくとも混ぜられてたしょうがの香りとハチミツの甘みが広がって、身体の芯からポカポカと温まっていくのは変わらない。

 穏やかだ。身も、心も、なにもかも。

 実はそろそろお仕事を始めないといけない時間が近づいてるんだけど、この時間に横槍を入れられるのもちょっと癪だから、こっそり携帯の電源を落としてしまう。あとで怒られそうだなぁとも思うけどまぁそれはそれ。「ちゃんとお給料分の仕事はするので許してください」と頭の中にいる同僚と上司の人たちにペコペコしてる。

 なんてことを考えてる間に、隣に座る病人さんは処方されたお薬をきちんと一人で飲み終わったみたい。

 

「ちゃんとお薬も飲んだね。

 ――じゃあどうする? ゲームでもする?」

「貴方ねぇ……」

「冗談。休む?」

「そうね。こんな風邪は一日でも早く――――ってなにをしてるの?」

「ん? 背中にどうぞって」

 

 お粥やリンゴの乗っていたお皿をトレイの上にまとめるだけはしておいて、私は座ってるキングの側にしゃがみ込んでいた。

 歩けないほどの重体じゃないことはわかってる。実際、起きてからここまでは彼女一人で歩いて来たわけだし。それでもこうしているのは、まぁ、そうしたいからに他ならない。自分としてはあまりその気はないと思っていたんだけど、案外世話焼きだったり?

 

「だからッ、別に一人で……………………はぁ、じゃあお願いするわ」

 

 姿勢を変えない私を見下ろして、また、彼女の方が折れてくれた。私は満足だったけどよくよく考えてみれば、むしろどっちが甘えている側なのかわからなくなってくる。こう、背伸びしてお手伝いをしたい子供とそれに付き合う母親、みたいな。

 背中に、自分のものじゃない誰かの重さが控えめにのしかかってくる。触れてるいたるところから彼女の温度が伝わって、いつもより熱を帯びていることがハッキリと伝わってくる。その温度が私に移って、キミが楽になったらいいのになんて思うけど、悲しいかな病気というものはそうそう器用に解決しない。だからせめて、キミよりも少しだけ低い体温を感じ取って、その熱さを紛らわせてくれたらいいな。

 

「重く、ない……?」

「全然。ウマ娘ですから」

「あまり安心できないわね。そう言われると……」

 

 現役時代と比べると力もだいぶ落ちてはいるけど、女の子一人背負うことくらいどうってことない。それもウマ娘としての体質のおかげ。レース以外であまり気にすることもなかった体質だけど、こうして君を軽々背負えて、正直、感謝しかない。

 私とキングと――二人分の重さを二本の足で支えながら、さっきぶりの私たちの寝室へ。けれどすぐに目的のベッド横まで着いてしまって、なんというかこう、手ごたえがない。意味もなく部屋を一周しようかと思うくらい呆気のない。つまりはもっと、背負っていたかった。

 時間にして一分にも満たないおんぶ。ただただ背中が、熱かった。

 

「よいしょっと」

 

 これは、おじさんっぽかった?

 

「ありがとう」

「今日はキングに感謝されてばっかだね」

「だって迷惑をかけてる自覚くらいはあるもの……」

「普段ちゃんとしてるキングが甘えてくれるから、セイちゃんはむしろ張り切っちゃいますけどね~」

 

 もちろん、元気でいてくれるのが一番ではあるんだけどさ。

 たまにだから。そうこれは、たまに、だから。

 横になるキミのことを今度は私がベッドに腰掛けながら見下ろして、しなやかな身体の上に二人用のブランケットをそっとかける。普段よりも弱々しくて守ってあげたくなるような顔をしたキミが見上げてくるから、思わず頭を撫でてしまう。寝ぐせと汗で少しごわついてるけど、手入れの行き届いていて艶の褪せない流れ星みたいな髪。

 

「大丈夫? 辛くない」

「大丈夫よ。ただの風邪だもの」

「そっか。

 ――もしなにか必要だったり、辛くなってきたりしたら呼んで。携帯を鳴らすとかでもいいから」

「えぇ、わかったわ」

 

 別にこれから私がどこかに出掛けていくわけじゃない。ほんの十歩も歩けば着けてしまうくらいの場所で、ソファに腰を掛けながらキーボードを叩くだけ。でも、彼女をここに置いていくことにこれだけ後ろ髪を引かれるような感覚に囚われるのは、どうしてなんだろう。

 だって、乗せていた手を頭から離したら、ご飯を食べて折角上を向いていた耳が悲しそうに伏せてしまうんだもん。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 でも私がここに居続けたんじゃ、休まるものも休まらないだろうから、名残惜しくも腰をあげる。

 

 

「――――待って」

 

 

 不意に、ガウンの裾が気持ちばかり引っ張られる感覚。

 

「――傍に…………いてくれない……?」

 

 か細い声は吐息よりも小さくて、この世界で聞き取れたのはきっと私以外にいやしない。

 

「私が、眠るまでで……いい、から…………」

 

 言葉を紡ぐに連れて、音はみるみる曖昧になって、最後はいよいよ私でもよく聞き取れないほどに。対して顔の赤みはますます強くなっている。こんなに直接甘えてくるなんて珍しい。本当に。

 ただの風邪。本当にこれは『ただの風邪』? キミに触れていた部分だけじゃない。今キミが感じているであろう温度が伝播して、私の手を足を胸を、顔を染めていく。移ってしまったのか、それとも最初からなのか。

 でも。だとしても。どちらにしても。

 いつか治ってしまうくらいなら、いっそ――――

 

「いいよ。ずっとここにいる」

 

 掴まれた手を掬って、一本一本指を絡ませて、同じ目線までしゃがみ込んで、澄んだ瞳を見つめる。さっき熱く感じたキミの身体は、今はそれほど熱いとも思わない。だって、私もおんなじだから。

 

「キングが、寝てる間も。いつまでも」

 

 目が、逢った。

 もう何度も見た、私たちの今が始まった季節と同じ色。

 僅かに開かれた髪と同じ艶のある唇の隙間から、吐息が漏れるのを感じる。

 

「ゃ――――」

 

 や?

 

「――――っぱりいいわッッ‼‼ あああなただってお仕事があるんだから‼‼‼」

 

 見たこともない速さで寝返って、その勢いのまま捲し立てられる。手も、気付かない内に振り解かれてしまって、私の右手は空気を握る。

 波打つ茶色い髪の向こう側にある表情はわからないけど、きっと可愛いんだろうなってことだけは確信を持てる。このままキングの上から覗き込んで、その顔をこの目に収めたい欲求が燻るけれど、ううん、今はこの姿だけでいい。

 

「そっか。おやすみ」

 

 肩に振り解かれた手を添えて、そう一言だけ、耳元で呟く。

 返事はなく、私は静かに寝室を後にする。

 身体はまだ、熱っぽい。

 

「私も風邪、移っちゃったかな――?」

 




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