Nameless Daily   作:日々樹

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スカイとキングの同棲生活、帰り道のお話。

いつかした思い出を、今、キミと繰り返す。

話し方等々、解釈違いにはご注意ください。
おやつ感覚でご堪能あれ。



あいこではんぶんこ

 これはもう数年前に学園を卒業して、今となってはレースからも退いたセイウンスカイとキングヘイローの、そう、たった二人だけの女の子たちのお話。

 

*  *  *

 

「あ」

「あら」

 

 春分も近づいて、まだ空がすみれ色で耐えている会社からの帰り道。無くなりかけていた日用品の諸々を買い足すために近所の商店街へ向かっていたところ、逆にこっちは買い物帰りか、通勤鞄の他に大きく膨れた袋を提げた同棲相手と鉢合わせた。

 

「今日は早いのね。ちょうど帰り道かしら?」

 

 ジャケットから覗く腕時計に一度視線を落としてから、普段よりもだいぶ早い帰路にいる私に訊いてくる。

 実際、お互いの会社帰りにこうして偶然逢うことは珍しい。まぁそれはそもそも、私の仕事が家でほとんど済ませられるものだから、なんだけど。逢うことがあるとすれば、帰宅前のキングから「お買い物を手伝ってくれないかしら」と呼び出される時くらい。

 だから、こうして二人がオフィスカジュアルでいる光景にはまだ慣れてなくて、変な緊張感から背筋と尻尾がピンと力んでしまうのは内緒の話。

 

「本当は帰る前に家のものをいくつか買って帰ろうかと思ってたけど、もしかして買っておいてくれてる?」

「どうかしら。私が気になってたものは買い足してあるけど……」

 

 言って、キングは持っている買い物袋を少しだけ持ち上げてみせる。動きに併せてガサッと音を立てるのと、重力に煽られてゆっくりと左右に揺れる様子が言わずとも重たそうに見えた。

 元は小さくまとまる折り畳み式のはずなのに、いったいどこにあれだけの量を呑み込む胃袋があるんだろう。なんとんなく、スぺちゃんの食欲みたい。

 懐かしいものを思い出させる薄紫色の袋を見やりながら、携帯のメモ帳を開いて、買おうと思っていたもののリストを確認する。

 

「えっとね、キッチンペーパーでしょ」

「買ったわ」

「お塩」

「それもあるわ。ついでだったから他の調味料も一通り」

「洗濯洗剤」

「――詰め替えがまだ一つ残ってなかったかしら?」

「あれ? そうだったっけ? じゃあ、いっか」

 

 それからもリストにあるものをあれそれと訊いていってみたけれど、なんとなんと、どれもこれも購入済だったことにはセイちゃんも驚きました。買われてなかったいくつかも、私が見落としてたストックがまだあるとか、少し待てば特売が始まるだとかで見送ったらしいし。

 なんて優秀。さすが一流。よっ、日本一!

 なのでちょーっとイタズラをしたくなっちゃうのは仕方ないよね?

 

「あとはそうだなぁ。

 ――釣り餌、かな」

 

 一応本当に補充しておきたいものではあるんだけど、万が一にもキングが用意してくれてるとは思ってない。

 

「それは…………どうぞ買ってらっしゃいな」

 

 釣り餌、苦手だもんね。私の、疑似餌じゃないし。

 不服そうにムッとした表情で、私に商店街までの道を開けるキング。重いだろうに、袋を持っている方の腕を上げ、その方向を指で示しながら。「私は行かないから」と目で訴えてもくる。

 

「ま、それは次の機会にでも行くよ。今日はキングと帰る」

「貴方、わかってて訊いてきたんでしょう? まったく……」

 

 吐かれるため息にはいつも通り「にゃはは」で返す。それに対してなにか言い返してやろうと目くじらを立てるキミと、意にも介さずヘラヘラしたまま瞳を細める私。この関係は、十年以上経った今でも変わっていない。

 心地よくて、安心する。そんな居場所。

 だけど、なにも揶揄うだけが楽しみというわけでもない。

 

「ならイタズラのお詫びに。

 持とうか? それ」

 

 華奢そうな指に引っ提げられて今にも地面を擦ってしまいそうな袋を指さして、言った。

 

「いいわよ、別に。たいして重たくもないから」

「え~。折角セイちゃんが気を利かせてあげたっていうのにー」

「それはわかってるわ。でも本当に、大丈夫だから」

 

 揶揄われたことに腹を立ててしている痩せ我慢じゃないってことはもちろんわかってる。私たちはウマ娘だから、ヒトよりちょっぴり力持ちだし。

 気遣いは、過ぎればお節介。もっと行き過ぎてしまえば押し付けになってしまう。理屈ではわかっていても、どうしても何かしてあげたくなってしまうのがこの感情のわからないところ。

 キミだって、きっとわかってるだろうに――――

 

「さ、早く帰りましょう」

 

 そう言って歩き出してしまう横顔と後ろ姿がなんともニクい。

 頼りになる――ううん。頼りになり過ぎる背中に、つい、今度は私のため息が出てしまった。

 

「じゃあさ、ジャンケンしようよ」

 

 前を行く彼女に投げかける。

 足を止め振り向き際、学生の頃よりほんの少しだけうねりの落ち着いた長い髪が、振り子みたいな曲線を描いて揺れていた。太陽の隠れた帳の空でも、その一本一本まで鮮明に見える。

 

「ジャンケン?」

「そう。負けた方が途中まで荷物を持つってやつ。ほら、学校の帰りにみんなで時々やってたじゃん?」

「――あぁ。あったわね、そんなことも。けど――」

「というわけで、ジャンケン――――」

「え、ちょっと……‼」

「ポンッ‼」

 

 する気はなくとも、なんのことかわかっていなくとも。掛け声さえ聞こえれば反射的にグーかチョキかパーのどれかを出してしまう魔法が、きっとジャンケンにはあるんだと思う。会社の鞄と買い物袋で動かしにくかっただろうに、キングはこちらへ手を付きだして、問答無用の三択勝負に応じてくれた。

 時に、知ってるかな? ジャンケンを不意に持ち掛けられた時、ヒトが一番出してしまいやすい手があるんだって。

 彼女が出した手は、グーだった。

 

「…………結局、あいこじゃない……」

「あいこだね」

 

 私が出した手も、グーだった。

 今のはなんだったのよ、と言いたげな視線を貰う。そして、やってみてからここが路上だったことを思い出したのか、チラリと周りを一瞥してからおもむろに出していた手を引っ込めていった。

 帰路に就いている人が多い住宅街に続く路上の端っこでジャンケンに興じる二十代そこそこの女が二人。確かに少し、変わった光景かもしれない。私は気にしないけど。

 だから黙ってその手に掛かる袋の持ち手の内、片方にだけ指を滑り込ませて、我が物顔で攫って行く。

 

「はい。だからこれでおあいこ」

 

 袋の片方を私が持って、もう片方を彼女が持って、一つの重さを二人で分け合う。

 結果はあいこだったんだから、こうするのが正しいと思わない?

 問うように、それとも甘えるように顔を覗き込んでみれば、どうやらキミは呆れているらしかった。言いたいことは「なら最初からそう言え」、かな。いつかも、同じことを言われた。

 でもだからといって、取った片方を取り戻そうとしてきたり、逆にこっちに両方任せようともしてこない。ただ、「じゃあ今度こそ帰るわよ」とだけ言って、横に並んで歩きだしてくれる。

 二人の間に買い物袋の端が架かる。

 

「ねぇ」

「ん?」

「やっぱりこれ、むしろ持ちにくくない?」

 

 歩き出してすぐ、そんなことを言われる。

 ごもっとも。言いたいことはわかる。

 わかる。

 けどさ。

 したいじゃん?

 

「――――にゃはは」

 

 たぶん、ここ最近で一番の笑顔が出来ていたと思う。

 だってそれを見たキミが、間もなくスッと視線を逸らすくらいだったんだから。

 

「……………………おばか」

 

 すみれから濃い瑠璃色に変わった空へと吐かれたその小さな言の葉は、柔らかい桃色の夜風に乗って、一人遠くへと、飛んで行った。

 

 暖かくなってきました。もう、春です。

 




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