この空に虹がかかるまで 作:遠浅
俺と虹夏ちゃんは、コンビニのバイトで知り合った。
去年の春のことだ。
大学生になって始めたコンビニのバイトは退屈だった。
そんなところに新しく入ってきた女の子……虹夏ちゃんは、明るかった。
今年、高校生になったばかりらしい彼女は、しっかりもので可愛くて。
はっきり言って、俺はときめいてしまった。
とはいえ、相手は高校生。
16歳ぐらいだろ?
俺は20歳だ。
ちょっと微妙に歳の差がある。
手を出すのは……まずいよな?
そう思った。
いや、手を出すも何も、俺、そんなにモテないんだけどさ。
俺たちが働いているコンビニは路地裏にあって目立たないけれど、ちょくちょくお客がやってくるから忙しい。
大通りにある店ほどではないけど、この街の特性上、路地裏とかちょっとした横道にも、人通りが絶えない。
ライブハウスとか、洋服屋、小劇場、レコードショップ、バー。
そういうサブカルチャーの集積地みたいな街だから。
ある日、団体客がレジからはけて一息ついたところで、なんとなく虹夏ちゃんに訊いてみた。
「この店、結構客多いでしょ? 大変じゃない?」
「あ、そうですねー」
にこっと笑う虹夏ちゃん。
やっぱ可愛い。
「もうちょっと下北沢から離れたあたりのコンビニならお客も少ないと思うんだけど。こんなにお客多いとは思わなかったよ」
俺がそう言うと、虹夏ちゃんが問いかけてきた。
「でも、友部さんって、もう2年ぐらいここで働いてるんですよね?」
珍しいな、この子のほうから質問なんて。
「あ、うん。まぁね」
「確か大学ってここの近くじゃないですよね。それって、何か理由があるんですか?」
理由……理由か。
俺は、顎を触った。
めんどくさくて、ちゃんと剃っていないの無精ひげが指に触れた。
「まぁ、その」
言ってもいいかな。
「音楽とか、好きだから」
そうなのだ。
俺は高校生の頃、下北沢のクラブに通い詰めていた。
中古レコードショップにも足しげく通っていたし、バイト代はすべてレコードやCD、ライブハウスの入場代に消えていた。
その頃の思い出があるから、どうしてもここを離れられないのだ。
って、自分語り、カッコわりぃよな。
と思いながら虹夏ちゃんを見たら。
「音楽、好きなんですか!?」
めっちゃくちゃキラキラと目を輝かせて俺を見つめてきた。
というか、にじみ寄るように俺のほうに一歩近づいたぞ?
うぉっ、なんだこの反応。
距離感が一気に変わった!?
「ま、まぁ、うん」
年下の女の子に近寄られて焦る俺。
かっこ悪いと笑ってくれ。
「そうなんですね! 友部さんて、どんな音楽聴くんですか!?」
ぐいぐいと質問攻めにされる。
「あ、えと。主にロックとか」
「ロック! いいですよね、ロック!」
ぺかーっと陽が差しそうなレベルの笑顔!
そうか、ロック好きなのか!?この子。
「き、君もロック好きなの?」
「はい、そうなんです!」
元気よく手を挙げる。
「どんなの聴くの?」
「えっとですねぇ」
虹夏ちゃんは、いくつかのバンドの名前を挙げた。
王道のロックバンドから、少し通好みの、それからひと世代古いのまで。
よく聴いてるってことが伝わってくる。
俺は思わず、微笑していた。
自分の高校時代を思い出したのだ。
友達たちとみんなで家に集まって、CDの貸し借りをしていたっけな。
学校に登校したら、まず最初は、昨日の夜にラジオで聴いた曲の話。
それから、休み時間ごとにロック雑誌を回し読み。
好きなバンドの曲の話で盛り上がり、時には言い争いもしたっけな。
「あ、ご、ごめんなさい」
「え?」
急に謝られたぞ。
「あたしばっか話しちゃってた」
あー、なんだ、そんなことか。
「ぜんぜんいいよ。むしろ、懐かしかったし。俺も昔、そういう風に、夢中で音楽の話したなぁって」
「あ、ありがとうございます」
ちょっと照れた顔。
「あ、あの、友部さんはどんな曲を聴くんですか?」
「あぁ、俺は……」
その時、来店のベルが鳴った。
「あ、雑談はまたあとにしようか」
「は、はいっ」
虹夏ちゃんが、背筋をピンと伸ばす。
うーん、まじめで頑張り屋さんな勤務態度だなぁ。
だるだるな俺とは大違いだ。
「…………今日は、ちょっといつもよりも頑張るか」
つぶやいて、俺も少しだけ背筋を伸ばした。
※※※
『お、お話ししちゃった……』
伊地知虹夏は、頬にほてりを感じていた。
バイト先の、ちょっと気になるお兄さん。
いつも、ちょっと物憂い雰囲気をまとっていて、でもお仕事を放棄するわけではなくちゃんとやるべきことはこなしている。
バイトに入ってすぐの時、乾電池がどこに置いてあるかわからなくて困っていたときは、すぐに教えてくれた。
『そっか、友部さんも、音楽。好きなんだ』
しかも、話してみたら、共通の趣味があるなんて。
運命、というほどではないと思うけど。
もっと、彼のことを知りたい、と強く感じる。
虹夏は、学校では明るいキャラクターで、友達も多い。
男子と話すことにそんなに緊張することもない。
恋とかは……したことがないから、よくわからないけれど。
『こんな風に、お話しするだけで緊張しちゃうことって、ないんだけどな』
不思議な感じがした。
緊張……? 少し、違うような気もする。
もうちょっと、こう、ドキドキっていうのに近いっていうか。
ちらっ。
横でレジ対応をしている友部を見た。
また、少しだけ頬が火照るような気がした。
『うぅぅぅ、なんだこれ~///』
虹夏は、これまでに体験したことのない、むずがゆさを感じていた。
(つづく)