緊急会議~学園を婚活会場と呼ばせないためにはどうしたら良いか~   作:大大魔王

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「それでは第2回目を執り行いたいと思います」

 

その言葉に出席したトレーナーは涙し落胆し不幸を呪った。

なんで2回目があるんだと。不毛なのに。結局なんの進展もないまま1回目は終わったのに。

それはそうだろう。誰だって思う。司会進行のシンボリルドルフトレーナー(以下、トレーナー部分はTと略称)だってそう思うんだ。でも、理事長が『推奨!!トレーナー同士でより熱く議論すべし!!』なんて言うんだからもう誰も止められない。

『トレセン学園は婚活会場』なんていうごくごく少数の世論またはゴシップネタを潰すためトレーナーたちは不毛な会議へと再び躍り出たのであった。

 

「えーそれでは今回も同じように誰の担当なのか明かした上で発言をお願いします」

 

開始のゴングは鳴らされた。

最初は誰が行くのか。

前回、初回に突っ込んだ奴は無残にも散ったのだから誰も早々に発言するわけがない。

誰もがそう思っていた。

 

「それでは」

 

挙手をしたのだ。

開始10秒足らずで。まだ発言するように促されてもいないのに。

誰だ!?誰なんだ!?そんな勇者は!と発信元を探すトレーナーたちの答え合わせをするように立ち上がった者がいた。

 

「それではお願いします」

「はい、メジロマックイーンTです」

 

マックイーンTだった。

あの名門メジロのトレーナーが名乗りを上げたのだ。最強のステイヤーとして名高い彼女の相方を誰しもが眩しく感じたのは語るまでもないだろう。

 

「発言というより質問なのですがよろしいでしょうか」

「もちろん」

「前回、吊し上……ゴホン、失礼。議題に上がった面々が出席していないようなのですが欠席ということなのでしょうか?」

 

そういえば、と面々が前回、議題という断頭台の前に立たされた虜囚を探すが姿がどこにもなかった。

 

「欠席というよりも免除のほうが正しいですね」

 

ルドルフTが重々しく口を開く。

免除という言葉に場が一瞬ざわつくが彼の言葉を聞くためにすぐに誰もが口を閉じた。

 

「これから会議でたづなさんの説教部屋あるいは、これ以上のネタが出て来ないと判断された者は2か月間の免除を設けることにしました」

 

この人、ネタって言っちゃったよ……。と思う者もありはしたがほとんどが免除の条件と期間に目を見開いた。

つまりネタが出尽くしたと思われたら会議にはもう一生出る必要はないのだ。だって考えても見て欲しい。あのチビッ子理事長が無理を言うから会議が継続してるわけであってこんな魔女裁判が2か月間も継続するわけがないのだ。

まるで地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸のような細い希望にトレーナーたちの心は踊った。まだ、この地獄から生還する方法はあるんだと。

それならば話は早い。仲の良い、私生活を知っている者同士が見た目は厳しく内容は緩く議論し合い抜け出せば良いのだ。

 

「それならば引き続き発言よろしいでしょうか」

「どうぞマックイーンT」

 

この情報を引き出してくれたマックイーンTを止めようとする愚か者はこの場には存在しなかった。先ほどは眩しく感じた彼の姿が今は後光さえ見えると感じたのはトレーナー全員だったのは間違いない。

 

「それではメジロドーベルTのことなのですが」

 

栄光ある相手に選ばれたのはドーベルTだ。やはり同じメジロ同士だと絆は強まる。週一以上で開催されるお茶会に強制的に連れて行かれる彼らの仲が悪いはずがなかった。

ドーベルTもこの流れを汲んで余裕の笑みを浮かべている。

このまま彼もマックイーンTの毒にも薬にもならない情報を出して彼らはこの地獄から脱するのだろう。

 

「えー彼の担当しているメジロドーベルさんが彼との恋愛模様を描いた同人誌を描いているらしいのですが」

「ブッッッ」

 

ジャブが来るかと思いきや本気のボディブローが入った。構えも覚悟も足りてなかったドーベルTはいきなりの攻撃に足元がぐらついている。

それは他のトレーナーも同じだった。攻略法を見つけたはずのマックイーンTがドーベルTを嵌めるようなことをしたのだから。

もしかして仲が悪いのか?名門の中で確執でもあるのか?色々な疑問が彼らの頭上を飛び交う中で

 

「ほら、ドーベルT言ってやれよ」

 

悪意もなにもないキョトンとした顔でマックイーンTは促した。

あっコイツ馬鹿なだけだ。

そう気が付くのに時間は必要ではなかった。彼はボディブローをジャブだと勘違いして打ち込んできた馬鹿だっただけなのだ。

そこに悪意もなければ敵意もない。無自覚な悪意という名の善意。それにドーベルTは飲み込まれようとしているのだ。

 

「い、いや、あの、それは……」

 

きっと言い訳を探しているのだろうが慌てふためいた脳内が正しい答えを算出できるわけがない。

全員が南無と手を合わせた。

メジロドーベル。視線、特に男性の視線や付き合いを苦手とする彼女を担当している彼は爽やかで溌溂とした好青年という言葉を絵に描いたような男で悪く思うような者はいないが救う者も誰一人としていなかった。

なぜなら、

 

「……本当のことです」

 

事実だからだ。

オタクの祭典、コミックマーケットに本を頒布する側として活動する彼女はウマ娘とトレーナーの恋愛模様を描いている。さすがにプライバシー保護の観点から見た目はもちろん内容だってぼかしてはいるが関係者なら2人のことが現実妄想織り交ぜて描かれていることがすぐに分かる。

でも、だからって誰が彼女を責めることが出来ようか。彼女はトゥインクルシリーズを志すウマ娘である前に思春期真っ只中の少女だ。憎からず想っている相手への想いを募らせることだってあるだろうし、それを受け止めてやるのがトレーナーの務めだ。

そこになんの瑕疵もない。

 

「えー先ほどドーベルTが真実だと言っていた同人誌がこれなのですが」

「は、ルドルフTなんで」

 

現実は非情である。

唐突に会議室前面のスクリーンに映し出される彼女の同人誌。彼女が知ったら卒倒ものだろうがここに彼女はいない。

絶句するドーベルTを置いて一枚一枚スライドがめくられていく。内容はボーイミーツガールいやガールミーツボーイといった方が正しいだろう。一人のトレーナーと出会った男性恐怖症のウマ娘が彼と触れ合い恋に落ちながら恐怖症を克服すると言った内容。

絵のタッチは少女漫画然としていて馴染みのない男どもばかりだったが皆一様に話に引き込まれた。それぐらい内容が良かったのだ

ただ、ただ1つだけ問題があるとするなら。

 

「エッチだな」

 

誰かが呟いた。

そうエッチなのだ。少年漫画にも少女漫画にも少なからずあるエロ要素がこの同人誌には多く割かれていた。R18まではいかない。しかしR15は超えてるようなエロスがそこにはあった

もちろん漫画のそういった要素に文句をつけるような無粋な輩はいないが問題なのは

 

「ドーベルT。この内容は本当なのでしょうか」

 

これが1人の少女の妄想だというのなら何も問題はない。皆、ウマ娘の幸せを願う大人として同人誌の内容は心の中に閉まいこんで明日から知らなかったフリをするだろう。きっとドーベルTもお咎めなしだ。

 

「う、ウソに決まってるじゃないですか?あははは、そんな教育者としてあるまじき行為するわけが」

 

汗をだらだらと流しながらウソっぽい自己保身を口走った瞬間、会議室に大きな音が鳴り響いた。

まるでクイズ番組で間違いを回答したときのようなバツを感じさせるような音だった。

 

「ああ、言い忘れていましたがこの部屋には最新技術が盛り込まれておりまして。ウソをついたら一瞬で分かるようになってるんですよ」

 

そこまでするか。

誰しもが心の中で絶叫する。そんなことして何になるのだと。

『絶対にお前らを逃がさない』

そんな強い意志が感じられる。ただ、誰もがそれを口に出さない、いや出せない。だって口に出せば次は自分が標的になるかもしれないから。

とにかく今は自分の番ではないのだ。

 

「それでドーベルT。何か申し開きはありますか?」

 

まるで裁判官のような物言いにドーベルTは萎縮する。

きっと頭の中ではこの逆境を抜け出す妙案を考えているに違いないがそんな案がポンポン簡単に出てくるのなら誰もこんな重苦しい面持ちで会議に臨んではいないだろう。

 

「……ないようですね。事実確認も兼ねてたづなさんが別室でお待ちですよ」

「い、嫌だ!!たづなさんの説教だけは勘弁してくれ!だ、誰か助けてッ」

 

ドーベルTが出来るのはただ情けなく助けを求めることだけだった。だが、助ける者は誰もしないし元凶のマックイーンTはキョトンとしている。

行きたくないと駄々をこねている内に痺れを切らしたルドルフTが1回指を鳴らすと扉から前回と同じようにどこかで見たことのある芦毛のウマ娘がズタ袋を携えて現れる。そして、ドーベルTを袋に収容し部屋を出て行こうとした時、

 

「マックイーンTも夜な夜な担当と色々やってるぞ!!」

 

ドーベルTが叫んだ。

もちろん、これで彼が説教部屋に行くことを免れるわけではない。しかし、自分だけがただで転ぶわけにはいかない。せめて元凶だけでも道連れにしてやる。という爽やかな彼からは想像できない醜い、しかし人間らしい想いが伝わって来た。

ドーベルTが連行され、しばしの沈黙。

鼬の最後っ屁ともいえる最後の言動に皆が頭をフル回転させていたからだ。というのもマックイーンTが担当と『仲良し』している所を誰も見ないどころか噂さえ聞いたこともないからである。

仲が悪いというわけではない。しっかりと信頼関係が築けていることは周知されていることは違いない。ただ、ここで議題に上がるような事由が発生しているとは思えないのだ。

 

「は、ははは。アイツ何を言ってるんですかね」

 

やってんなこりゃ。

そうとしか思えないぐらい動揺していた。今までなかった脂汗まで追加されている。

ただ、その『やっている』ことは誰も知らない。優しいところからヤバいところまで想像することは出来る。夜な夜なという単語が想像を加速させている。しかし、それは想像の域を出ないものだ。

物証も証人もいない。いや、いるのだが説教部屋から帰って来るには時間がいるだろう。

いくらこの狂った会議とはいえまさか偽証するわけにもいかない。どうしたものかと頭を悩ませていたとき

 

「あの、実は……」

 

恐る恐ると言った感じで手を挙げた者がいた。

マンハッタンカフェTだ。

マンハッタンカフェといえば夜中にトレーニングをしていることで有名だ。それにトレーナーである彼が付き添って帰りに偶々目にしたというなら納得できる。

 

「なにか見たということでしょうか?カフェT」

「はい……あの……」

 

どうにも歯切れが悪い。いつもの彼はこうではないのだがよほど衝撃的なものでも見たということか。

ルドルフTが促すとやっと口を開いた。

 

「直接目にしたってわけではないんですけど前にダンスのレッスン室に灯りが点いていたときがあったんです。誰かの消し忘れかなと思って電気を消そうと寄ったら……」

「……寄ったら?」

「その……いかがわしい声っていうか。……喘ぎ声のようなものが……」

 

やべぇ。

全員が思った。

これまで議題に上がった者たちも決してセーフとは言えず世間一般に照らし合わせるなら余裕のアウト。アウトなのだがこれはレベルが違った。

学園の生徒に手を出す。それも誰が来るかもわからない学園の一室で。説教どころの騒ぎではない懲戒もののやらかしだ。

 

「ちょっと待て!!それは違うぞ!!」

 

堪らぬマックイーンTは否定の声を上げる。

だが……

 

「なにか変な音がしないか……?」

 

誰かが小さなしかし皆に聞こえる声で話した。他の者も耳を傾けてみると確かに変な音が聞こえる。軋むような叩いているような音。

それが段々と大きくなり異常なまでになった。

ところで読者父兄はラップ現象というものをご存じだろうか?

ラップ現象というのは何もない空間から音が聞こえるという怪奇現象の一つでありオカルトの鉄板ネタとも言って良いものだ。

ただ、そのほとんどが家の軋みだったりするのだが、それでは説明がつかない程の大音量で音が鳴り響いていた。

ついでに壁には無数の手形が張り付き先ほど使用したスクリーンには『ウソじゃない』とおどろおどろしい文字で表示される。

怪奇現象のオンパレードにカフェT以外は大いに怯え戸惑った。

 

「カフェTの言ったことはウソじゃない!!ウソじゃないから止めてくれぇ!!」

 

明らかにこの現象の原因であるマックイーンTが宣言するとこれまでのことがウソのようにピタリと止まる。

マックイーンTとは別の意味でやべぇと思うトレーナーたちだった。

 

「そ、それでウソと認めるわけですね」

 

これまで冷静を装ってきたルドルフTも肝を冷やしたようで額に大量の汗を浮かべながらマックイーンTに尋ねる。

 

「確かにカフェTが聞いた声というのはマックイーンが発したもので間違いないでしょうし、その場に僕がいたことも認めます。しかし!」

 

しかし!と間をとる彼を見てどうせダメだろうなと誰もが思った。

 

「僕は彼女にマッサージをしていただけです!!」

 

……その言い訳は苦しくないか?

そう呟いたのはTの中の一人だったが皆が頷いた。

まず、マッサージで露骨にそんな声をだす奴がいるのかというのが一つ。そして、よしんば彼の言葉を信じるとしても深夜帯に隠れるようにマッサージする意味が分からない。

どう頑張っても彼らの耳にはマッサージ(意味深)にしか聞こえなかった。

 

「い、いや本当なんだって!ダイエット効果があるマッサージがあるってマックイーンから聞いたからやってたんだって!本当にやましいことなんてしてないから!」

「「もう諦めて楽になれよ」」

 

まさに四面楚歌。

分かってなかったとはいえドーベルTを地獄に叩き落とした彼を助けようという者はどこにもいない。

裏切り者に死を。それが彼らの心を一つにしていた。

 

「それでは真偽の確認も含めて会議後、メジロマックイーンさんと共に生徒会室まで出頭……ではなく出向いてもらえますでしょうか?説教部屋行きかどうかはその後判断いたします」

「……はい」

 

生徒会メンバーに睨まれながらマッサージの説明なんて地獄を思い浮かべながら全員が下を向いた。

マックイーンTが項垂れながら着席した後、声を出す者はいなくなった。救われるかもしれない、そんな淡い希望が打ち砕かれたことによって疑心暗鬼に陥ったのだ。加えて前回の経験から誰かを罰しようと発言したら高確率で自分に降り注ぐことは火を見るより明らかだ。

沈黙を貫く。

それこそが彼らが見出した生存戦略だった。

「早く終わらないかな」と思いながら空虚に流れる時間。

例えば学級委員長が決まらない委員長決めのような、例えば犯人が名乗りを上げない終わりの会のような。

そんな経験がある者なら思い出してほしい。会議を進行している教師(今はルドルフTだが)が何をしたか。

 

「最低でも3人は議題に上がらないのなら私立探偵を雇って調べさせた皆さんと担当との情報を今ここで開示することになりますが」

 

そう逃げ道を徹底的に潰し話すしかない状況を作り上げるのだ。

『もちろんまだ私は見ていませんが』と言いながら机に密封されたB4サイズの封筒の束をルドルフTが置く。

悪魔かお前は。

口にはしないが全員が思ったことには違いなかった。

当然、ここで標的にしたいのは司会進行をしているルドルフTだ。しかし、さすがは皇帝の担当。これといった情報が彼らの中にはなかった。唯一あるのは2人きりのときだけ特別なあだ名で呼ぶというものだけだが、これでは弱い。

そうなれば標的になるのは直近で発言したカフェTになるはず。だが……

 

「そういえば!!」

 

先に動いたのはカフェTだ。彼も次は自分が危ないということは理解している。だからこそ、先に発言して危機を回避しようとしているのだ。上がる数も次でちょうど3人目。ここを乗り切りさえすれば今週は身の安全を保障されるだろう。

それならば注意すべきは次に上げられる名前だ。自分かもしれないと全員が身構える。

 

「スーパークリークTなんていつも凄いことやってますよね!」

 

……やっちまった。

焦ったカフェT以外がルドルフTも含めて頭を抱える。

スーパークリークといえば、その圧倒的な末脚から繰り出される実力が注目されるウマ娘ではあるがそれ以上に圧倒的な母性が目立つウマ娘でもあった。

彼女がTにしている行為。いわゆる赤ちゃんプレイは全員が知ることであった。

それではなぜ今まで誰も触れて来なかったか。それは彼らの関係がアンタッチャブルな領域だったからだ。

彼らがそんな行為をしてるにも関わらずファンは「推せるー」と肯定的だし学園だってたづなさん含め誰も何も言わない。一度、彼らの関係を問題視する記者が現れたそうだが次の週には彼らの関係を賛美する記事を書いていたという話もある。

槍玉に挙げれば何が起こるか分からない爆弾をカフェTはつついてしまったのだ。最悪、ここにいる全員がクリークから「教育」を施される可能性さえある。

 

「……いつか僕の番が来ると思ってました」

 

ただ件のクリークTはなんともしおらしい態度を見せていた。彼はトレーナーとして実力は十二分にある男なのだが生来の気の弱さ、自己肯定感の低さが目立つ男でもある。

ただ、それもクリークのトレーナーになったことで改善されているようだが。

 

「さぁ!説教部屋なり生徒会室なり、どこにでも連れて行ってください!覚悟はできています」

 

煮るなり焼くなり好きにしろと言いたげな態度はここにいる誰よりも男らしい態度だ。しかし、その態度のせいで場にいる全員が困ってしまっていた。

この会議の目的は『学園は婚活会場』と揶揄されないように対策を考えるものであり、やらかしたTへの反省を促す場でもある。

 

それではクリークTはどうだろうか。

 

公然と赤ちゃんプレイをしているからアウトだろうという意見。確かに見る人によってはアウトだろうが世間や学園が認めている以上、苦言を呈することは出来ない。むしろ、おかしいと感じている者こそが現在ではマイノリティに他ならない。

世間から見ればクリークが担当に甲斐甲斐しく世話を焼いているだけだ。そこに深い意味はないし実際、雑誌などで『交際関係』だとか『結婚』などといったアウトなワードは出て来たことなどない。

つまり責められる要素がどこにもないのだ。

 

「まぁ……な?」

「別にいいよな?」

「うん、その……大丈夫なんじゃないか?」

「無罪だ無罪」

 

この話を今すぐにでも止めたいTたちは一種の諦めにも似た声色で彼を許そうと口々に発する。

深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだというニーチェの言葉にもあるように赤ちゃんプレイという深淵には近づかない方が吉だからだ。

 

「いや、でもだって!人前であんなこと……。誰か僕を罰してください!!」

 

いい加減にしろよ、お前。

誰かがそう言いそうになった。彼らからしたら爆弾の導火線に点いた火を必死で消しているのに爆弾自身が再点火するのだ。怒りたくもなるだろう。

いつもは気が弱いのにこんなところで頑固になる彼をどうにかしないといけない。しかし、触れたくはない。

だとすれば爆弾処理の人間に任せるしかにだろう。それにちょうど良い人材が一人いるではないか。

誰しもが今回の下手人であるカフェTをジロリと睨みつける。

 

「……え?俺?」

 

当たり前だ。バカ。

そのような意味が込められた視線が雨あられとカフェTに突き刺さる。先ほど、発生した霊障も今はうんともすんとも言わない。

それが暗に諦めろと彼に告げているようで項垂れながらも再び立ち上がる。

 

「あー、クリークT?他の皆もこう言ってるんだし良いんじゃないか?とりあえず座れよ」

「そんな、おかしいですよ!他の皆さんは僕がやったことよりも軽い内容でバッシングを受けてたじゃないですか」

 

全くもってその通りだった。

クリーク関連で一番、怖いのはクリークTが未だ正常な思考を有したままなところにある。いっそのこと「赤ちゃんプレイしてますけど。なにか?」といった感じで開き直ってくれれば楽だったのだが。

 

「……いい加減にしろよ」

「え?カフェTさん今なんと?」

「いい加減にしろって言ってんだよ!!」

 

ついにカフェTがキレた。

どう考えても理不尽な怒り方で被害者はクリークTだ。ただ、言葉には言い表せないような威圧感を放つカフェTを誰も止められなかった。

 

「聞いていれば罰してください。罰してくださいって……なんなんだ!」

「だって……」

「だってもへちまもない!そんなことぐらい皆やってんだよ!!」

 

いや、やってないが。

そんな特殊な活動に花を咲かせているのは知られている中ではクリークTだけだ。

まさか、カフェTも……?という疑念が湧いてくる。

 

「もしかして、あなたも?」

 

クリークTは同類を見るような縋るような目でカフェTを見つめる。

 

「赤ちゃんプレイなんてやるわけないだろうが!!」

 

今度は正しく逆ギレだった。

あまりにも理不尽すぎる。

 

「やってはねぇけどな。皆、大なり小なり色々あるんだよ!」

「……色々とは?」

 

全員が自身の胸に手を当て担当との出来事を思い返し、ほとんどが気まずそうに下を向いた。

もう若いTを集めて担当への距離の測り方を研修で学ばせた方がこんな会議を行うよりもよっぽど有意義だということは言わない方が華である。

 

「そりゃお前アレだよ!クリスマスにデートとか!バレンタイン……とか」

 

この男、頭に血が昇り過ぎて自分で自分の首を絞め始めたことに今、気が付いたようだ。慌てて口を閉じようとしたがドンと大きな音が彼の背中で鳴って前につんのめる。まるで誰かに背中を叩かれたような……。

もちろん、彼の背後には誰もいないのだが。

 

「ああ、分かった!言いますよ!俺もなデートやら温泉旅行やら色々行ってるんだよ!それもお前みたいに世間で堂々って感じじゃなくて隠れてな!」

 

意外だった。

マンハッタンカフェは見た目などから真面目で優等生なイメージがある。他のTたちは出掛けるならともかく宿泊を2人きりでしているなんて思いもしなかったのだ。

……まぁ赤ちゃんプレイよりもパンチは低いのだが。それでもクリークTには青天の霹靂だったらしく。

 

「まさか、そんなことをしてらしたのですか?」

「……ああ、そうだよ。毎週、喫茶店巡りだってするし水族館にだってデートで行く。そんなもんだろう」

「ゴホン。クリークTさん」

 

ここで話を遮るようにルドルフTが咳払いをして口を開いた。

 

「あなたはそういった行為を自分の欲を満たすためにスーパークリークさんに強要しているのでしょうか?」

「いえ!そんなこと彼女にするわけありません!!」

 

ヒートアップするクリークTに分かっていますと言いながら手で制する。

 

「恐らく、いえきっと彼女の精神のケアのために行っているのでしょう。違いますか?」

 

こんな定説がある。

プレイが頻繁に行われた時期はスーパークリークが鬼神の如き力を発揮しレースを蹂躙するが反対に回数が落ちたときは目に見えて彼女の調子が落ち込むというものだ。

そんな彼女の精神的なケアのために特殊なプレイをするというのは想像に難くなかった。

 

「……はい」

「彼女たちウマ娘はアスリートです。一般人以上に世間の反応を気にして行動をしなくてはならないでしょう。しかし、それ以前にまだ多感で不安定な年頃でもあるのです」

 

ウマ娘たちトレセン“学園”に通う学生だ。そこらの大人よりちゃんと大人をしている娘もいるにはいるが、それでもまだ精神的に不安定な存在なのだ。

 

「そんな彼女たちを支え導くのが我々Tです。世間から見て?常識的に考えて?そんな下らない考えは今すぐにでも捨てなさい。そんなことよりも気にすべきなのは彼女たちが不安なく心のままに全力でレースに取り組めるかではないのですか」

 

いつになく饒舌なルドルフTに皆が耳を傾ける。

こんな目も当てられない醜い会議を行っている彼らだが根底にあるのはウマ娘ファーストの精神だ。

そんな彼らだからこそルドルフTの言葉には胸を打つものがあった。

 

「スーパークリークさんにとって赤ちゃんプレイこそが彼女にとっての精神安定剤だったというだけの話ではありませんか。それを否定するのは彼女を否定することにも繋がりませんか?」

「それは……確かに」

 

うんうんと皆一様に頷く。

いささか特殊な行動というだけで法を犯すわけでも誰に迷惑をかけるものでもないのだ。誰が彼女たちを責められようか。

 

「この会議の議題でもある『婚活』というワードに抵触するわけでもないのです。だからクリークTさん。そもそも貴方を罰する理由がないんですよ」

 

優しく諭し相手に気づきを与えるその態度はどこかあの『皇帝』を連想させる姿で誰もがこの瞬間だけは感心していた。

 

「……僕が間違ってました。確かに皆さんの言う通りクリークにとってあのプレイは大切なものです。それを否定するだなんて僕はトレーナー失格だ」

 

トレーナー失格の一言を聞いて会議に出席していたTたちが口々に

「そんなことないぞ!」

「お前はしっかりやってるって!」

「失格なわけがあるか!」

等の暖かい言葉が送られる。

会議開始のデスゲームのような雰囲気とは打って変わって優しく温かい世界が確かにそこにはあった。

 

「クリークTさん。我々は未だ未熟な若輩の身。失敗だってするでしょう。そこで失格だと落ち込むのではなく成長してゆけば良いのです」

「……ルドルフTさん!」

 

学園ドラマの教師と生徒のようなやり取りに各々が仲間を売って生き延びた事実を一先ず忘れ涙した。

これで恐れられていた爆弾はルドルフTとカフェTによって解除されたのだ。ついでに3人生贄に差し出したので会議の終わりも近づいていた。

 

「まっ、所構わずプレイをやられると我々も目のやり場に困ってしまいますがね!」

 

冗談交じりにおどけるルドルフTの言葉に笑い声が上がる。クリークTもいつもの笑顔を取り戻していた。

今回もドーベルT、マックイーンTという尊い犠牲はあったが終わりよければ全て良し。少なくとも今日は無傷で帰ることができる。

今週も担当の元へ生還することができるのだ。

 

「それでは時間となりましたので本日の会議は……おい、なんだ!停電か!?」

 

ルドルフTが終了を宣言しようとした瞬間、会議室の電気が唐突に消え完全な暗闇に支配される。部屋には窓が存在しないため自然光に頼ることも出来なかった。

そして……

 

「お、おい誰だ……お前は、ぎゃぁぁぁぁ」

「やめろ!やめてくれ!!!」

「お前は……まさか!?うわぁぁぁぁ」

 

次々に悲鳴が上がる会議室に全員がパニック状態となる。さすがのルドルフTも混乱してしまい全員を落ち着かせるどころか状況を把握することすらままならない。その間にも断続的に悲鳴は続き、やがて沈黙が支配した。

 

「み、皆さん大丈夫ですか?い、今助けを」

 

やっと少し落ち着きを取り戻したルドルフTは慌てながらも手探りで扉を探し当てドアノブを回す。

 

「あれ……なんで?」

 

扉は内側つまり彼の側からしか鍵が掛けられない仕様となっていて、もちろん彼が掛けたわけでもないし確かめたら解除の状態になっている。それにも関わらず扉はピクリともしなかった。

何度も何度も何度も何度もドアノブを回した頃、気付けば後ろに誰かの気配があることに気が付いた。

一瞬、Tの誰かとも思ったがそれなら声をかけて来ないのはおかしい。悲鳴の元凶だと考えるのが妥当だろう。

彼は少し迷った後、意を決して振り返った。

 

「だ、誰だ!!いるなら出て「……次はあなたの番ですよ」」

 

最後にルドルフTが見たのは哺乳瓶とどこか見覚えのあるウマ娘の姿だった。

 




続きは酒でベロンベロンになって筆が乗ったら書くかも……?
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