Emigre   作:Flyer

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アンリ・シェルバーはこのバベルから外に出ることを許されていない。何故なら...というのを彼女は知らないのだ。自分の知らないところで、自分の承認していないところで勝手に人生を決められたというところは不運と思うしかない。

彼女は机に伏していた。透明なビー玉を人差し指で弄んでいる。暇な時間は少ないが、もし暇で無かったとしてもどことなくこの生活に嫌気を覚えていた。

 

彼女は過去を思い出していた。この組織に入る前と、入った後とを明確に分けながら。手すりすらない鉄製の建物の間にある渡り橋を歩き、アラートを気にもかけずはしゃぎ回っていたあの日。友達は確かに居なかったが、5区ではそれは気にかけなくても良いことだった。

 

「ここら辺ってずっとこんな感じなの?」

 

父親の袖を引っ張り、彼女は言った。中身のあるかわからないその父は返事をする。

 

「わからない。ただきっと、ここの外には素晴らしい世界が広がっているはずなんだ。そう思えるなら、そう思っていた方がいい」

 

アンリは深く頷いた。あの日のアラートは今までで一番重大なものであったが両親は不思議に思う彼女に何も説明はしなかった。

彼女が寝ると言って、自分の部屋に入った直後に両親のため息が聞こえた。若さ故の好奇心か耳を澄ませた。今までは上の階からドンドンと、隣からは大声が聞こえてきたが、その時は何も聞こえなかった。嫌に静まり返っている。

 

あの時の会話の内容は今のアンリは覚えてさえいなかったが、気がついたら、風が身を巡った。寒さで目が覚める。

 

「おい、大丈夫か!?おーい!救助だ!!早く来い!」

 

目を開けると、切羽詰まった青年の顔が見える。服はボロボロで手は傷だらけ。すぐに別の人が来たが、同じような状況だった。視界の端には石が...顔の奥には薄暗い空が見えた。

突如、体に痛みが走る。何かが足に刺さっている。

 

「じっとしていてくれ」

 

言われた通り動かなかった。瓦礫や木のどかされる音、足に空気が通った。目にゴミが入る。

 

「よし、持ち上げるからな...」

 

青年はアンリを抱え救助した。彼女は閉じた目を開けた。

 

自分の発言を思い出していた。

 

「人やコンクリートさえ溶かされる温度だったのに」

 

...そう思えば自分もイレギュラーな状態であった。それをシュカレ...よりにもよってチャフみたいなめちゃバカな奴よりよっぽど考える人間に言ってしまったからちょっと調べたら変な事だと分かってしまう。まぁ、それもそれでいいか。

周りには何も無かった。本当に。鉄骨が辺りに飛び出し、コンクリートに混じって人骨があるような景色。巻き上がった粉によって息がしづらい。雲はずっと薄くかかっていて終わりが見えない。何があったのかはその時は全く分からなかった。

 

「あぁ〜あ!ここから出れたらなぁ」

 

アンリは上体を起こし、伸びをしてからそう言った。バベルという組織に入りたくて入ったわけじゃない...とも言い切れない。親がどうなったのかも知らず、自分が今後どうするかも知らず、ただ手を差し伸べてくれた青年について行くだけが唯一できることだった。

隕石は5区のスラム...いや、集合住宅地を中心に破壊した。被害者は数えられていない。多分、会社の欠員人数から推察したのだろう。死者を弔うこと、労わることは既に殆どの区が忘れてしまっている。

アンリは明るい話題を考えた。明日のご飯は何にしようだとか、チャフからどんな話が聞けるのかとか。

 

彼女のラストネーム、シェルバーはアンリの住んでいた地域のを指している。働く父母とは離れ、シェルバーは同じような境遇の子と遊んでいたかった。

アンリは椅子から立ち、壁に掛けた地図を見た。バベルのある場所に丸が付けられた隕石の爆発する前の5区。その丸のすぐ隣には同じように、小さく丸があり、そこには崩した文字で「Here」と書かれていた。元々の彼女の家の場所だ。Secretaryの筆跡のようにも見える。

 

「これ、なんだろう」

 

学者はそれを初めて見たかのような反応をした。自分の家の場所などもう覚えていないし、ましてやこんな意味不明な記号の羅列も解るわけがないのだ。そこを彼女はなぞり、ただまだ解らなかった。

 

彼女は組織、バベルに縛られていると思っているが、そうではないのかもしれない。自分がもしかしたら頼んだのかもしれないし、親が頼んだのかもしれない。

それか、自分の死に場所に自分で行きたくないと拒んだのか。

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