バベルには特殊行動課と言うものが存在する。皆人それが傀儡のような体裁だけの課だと思っているが実際はそうではない。個々が個々の目的を持って動いているのがその特殊行動課で、その1人、Guardianは殺しを伴わない護衛を行なっている。
「ありがとうございました。ロイエさん」
「まさか息子を探してくれた上に施設に預けず返してくれるとは...思っていませんでした」
6区の郵便配達員は言った。Guardianは首をかしげる。ただただ不思議と思っただけのように彼女は言った。
「それが依頼じゃないの?」
「正直に申し上げますと、無理だと思っていました。6区から抜け出し1区へ行ったのでしたらどこかの伯爵が捕まえてもおかしくありませんでしたから」
Guardianの隣には殆ど寝ているような子供がいた。彼女は肩を寄せ、倒れないようにする。その子供には多少の擦り傷があったものの消毒済みのようで、一生残るような傷は全く無かった。
「さぁ、家に上がってください。息子がどう言った経緯を辿ったのか知らなければどこにお詫びに行けばいいのかわかりませんし」
Guardianは微睡の男子の肩を揺すり、階段をゆっくりと登っていった。家に入ると6区にしてはしっかりとした家で、依頼人は紅茶を淹れているようだった。光や室温も十分で、開放感のある良い家は彼女の目を輝かせる。
彼女らは椅子に座り、紅茶とお菓子を受け取った。まだ湯気の出るそれを呆けた顔で見ていると、話が始まる。
「息子はどこにいましたか。1区というのは目撃情報があったのですが」
「元デヴォン伯爵の家。裏庭の畑に座っていた。1区の境界からみて4キロメートルくらいかな...」
割と都市に近く、依頼人は驚いた。デヴォン伯爵はすこし前に追放された郊外の貴族だという認識であったが、そこまでは一応距離があったはずだ。
「私が近づいたらこの子逃げちゃって。伯爵の空き家に入ったから、追った。そしたら誰もいないはずなのに人がいたから早く連れて帰ろうと思って...」
「待ってください。伯爵はもういないんですよね?」
Guardianは頷いた。
「あなたの子供を狙っているわけではないから、元々捕まえる気はなかったんだと思う。1区にも小汚い人はいるけど、あの感じはまた違う気がする。けど、見られたくなかったのか数人はこの子を狙って上にのぼっていった」
しばらく黙り込んだ。彼女の中で、彼女の視界に映ったそれが何であったかを巡らせていたがそうはいかなかった。
「...まぁ、あなたの子供は2階の資料室の隣の部屋の隅にいた。そこで話すのはダメな気がしたからこの子を抱えて飛び降りて、伯爵の家を離れた」
「大胆ですね...」
依頼人はそれだけ言った。Guardianからしてみればそういうシチュエーションの場合とりあえず現場から離れることを教わったからそうしただけであった。
「結局、中にいた人の正体はわからなかったけど、1区の"調整"だったのかなぁ。でも何かを探しているようだったし、もしあのまま様子を伺っていたらどんな目にあっていたかわからない」
「本当にありがとうございます。お話はもっと聞きたいのですがもうすぐ夜ですからお早めに帰ったほうがよおrしいかと。報酬は直接渡してほしいとのことだったので今持ってきます。あなたが私の家から出て行くところを誰かが見たらどうなるのか分かりませんから」
依頼人は2階に上がっていった。Guardianは紅茶に手をつけないでいた、代わりに個包装されたお菓子だけを食べている。「毒が入っているかもしれないから食べちゃダメだよ」という言いつけを遵守している。
「これです。これがどういうものなのか私達は知らないのですが、ともかく差し上げます」
それは無機質な箱だった。黒色一色でどこが蓋となっているかすらわからない厳重そうな箱。Guardianはそれを何の疑問にも思わず受け取った。信頼を第一に置かれる仕事であるから相手も自分も誠実であったほうがいい。自分が誠実であるなら相手も誠実だろう。
「それでですね...」
Guardianが帰ろうと家の外に出てバベルに帰ろうとした時依頼人は小声で話しかけてきた。彼女は振り返りそちらを見る。仕切りに護衛対象を見て移動しないか見張っているようだった。彼は話す。
「1区には優秀な諜報機関があります。私も詳細は知らないのですが1区で活動する時には十二分に気をつけてください。彼らがどこで見て1区を巡らそうとしているかは誰にも見当がついていませんから」
「分かった。私も考えたけど、デヴォン伯爵の邸宅にいたのはあなたの言ったそれだと思う。私もその機関に関してはある程度知ってる。デヴォン伯爵は何をしたの?」
依頼人はドアを閉めた。荒涼とした風が吹くが両者ともにそこまで気にしてはいない。
「革命に参加したんですよ。根本革命派に唆されたのかデヴォン伯爵は1区を嗅ぎ回っていたみたいで...それがバレたんだと思います」
「なるほどね」
Guardianはそれを聞くと手を小さく振り帰路を歩き始める。途中思い出したかのように彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。黒い箱をギュッと抱く。
「全てを知る必要、私はないと思う。人の話を聞いていれば大抵なんとかうまく行くから」
彼女のその言葉には一定の未練があった。自分が助けられなかった人は自分が知りたがったから死んだのだと思っているからだ。それからの彼女はより一層悪くいえば人の言いなりになってきている。
箱を回して見てみる。やはり凹凸の何もない簡素なデザインだ。振ってみるとカラカラと音がする。石のようだった。
彼女はシンパシーを用いて、その箱の外装の一部を液体化させる。中に入っていたのはコンクリートの破片みたいなもので、一緒に小さなメモ用紙が入っている。それだけ取り出して、Guardianはその中身を見た。
"寄贈:1454/11/19,6区
災害跡地の瓦礫の破片。調査対象から保存に切り替え。
パーソナリティムーヴメント調査チーム"
途端に彼女の体を痛みが走り、ネガティブな思考から彼女は紙を落とした。上を向いた。月が無い。月が無い。
ノイズが体を反響する。黒い箱の中から聞こえてくる歌。彼女は液体化を戻した。
今日は新月だったな。だからそんな無防備に夜に出歩いたのか。よろよろとGuardianは箱と紙を拾い、紙はポケットにしまった。
「...何?これ」
呟いた。しかしそれに対する返答があるわけではない。代わりに別の声が近くで聞こえる。
「大丈夫かな」
Guardianは振り向いた。声の主はその目の鋭さに一瞬気圧されたように見える。
「どうしてこんな夜中に6区にいるの?家出?」
「...そうじゃない」
Guardianは黒い箱を隠しながら答えた。しかし相手はそれが強がりに聞こえたみたいで、手を差し出す。
「遠慮しないで!ちょうど私も散歩の帰りだから」
「泊めてくれるのならありがたいとは思うけど、ごめん。私は本当に家出しているわけじゃ無いから」
手を引っ込める。肩から見える傷はノイズに感染していることを表していた。2人はどちらも差別化が進む病気に罹っていた。それに気づくと、Guardianはその人の温情を断ったのが急に申し訳なくなって、言った。
「...でも、行っても迷惑にならないなら...うん。行くよ」
Guardianは一応、関わってはいけない家や種類に関してしつこく言われていたから、それに倣って言う。
「あなたはどこの人?」
女性はキッチリと姿勢を正し、はっきりとした声で言った。
「1区デヴォン伯爵の一人娘、シャルル・デヴォン。ここのあたりに住み始めたの」
Guardianはデヴォンという言葉に即座に反応した。ただその衝撃を隠したまま、「付いてきて」という追放された伯爵の娘に小走りで追いつく。
そこからはシャルルの質問が続いたが、それだけで夜は明けそうになる。