「もしもし?まだ御飯事を続けるつもりか?」
電話口、汎用型の密閉された部屋の中で椅子に座り、怠そうに体を揺らしながら
「まぁまぁ、待たれよ。本題を早急に終わらせてしまったら我々の会話する意味など殆ど無くなってしまうのだから」
「そうだから言ってんの。
両者はため息をついた。
「唯一の親戚に碍に扱われると流石の私も傷付くのには変わらない。ヘイダルに留まる理由は幾度と無く言ってきただろう」
「魔王が見れるからでしょ?今日も人殺してんだろうけどそんなことしてまで魔王に価値はあるの?」
Augeは電話線を指で巻いたり、それを解放したりして暇を埋めていた。暫くの熟考であったからそろそろ死んだかと冗談ながら彼女は思っていたが、ギャドペカドルは落ち着いた声で話す。
「我々は普通、保護される対象ではあるが雁字搦めな程で無くてもいいということは理解してくれるだろうか。現に貴様が雁字搦めであるように。しかし殺人を促進させればさせるほど王様には近づいて行けるのだ。もし、その道中で臥したとしても王様であれば私を看取ってくれるだろう。それだけ、王様は慈悲深く、全ての人間に対し平等に接することができる人間だ」
"狂信者"は一つ大きく深呼吸をして、Augeに向かって言う。
「まぁ、雁字搦め過ぎるのも良く無い。実際、貴様の後方数メートル、誰かが会話を傍受している。偽の音声を流してはいるがな」
Augeはそのことを聞いて急に不安になり、自らの後方、扉の外を見る。そこには誰もいなかった。Augeはベッドに乱暴に座るとキレ気味で言う。背後は壁になった。
「おい、誰もいないんだけど。また御得意の冗談かよ」
「...いいや違う。もしかしたら貴様の仲間でも無いのかもしれない。いや、待て、待て...」
ギャドペカドルは足の組み方を変えるほど熟考していた。彼女の頭の中では顔と名前のチェックリストが出現し、丹念にバツを付けていっていた。
「バベルに空間を婉曲させる様な人間は居るか?」
「いや、心当たりは殆どないけど」
ギャドペカドルは1人の人間とその事象が確定していることでの組織同士の動きを予測していた。それらが導き出すAugeへの影響を考え、半ば強引に言う。
「早く逃げた方が善い。貴様達の組織が軟弱だと言うことは把握して居たが正か其処までだとも思って無かった。私の所へ来なさい。あと数日で其処は陥落する。何なら今...」
「はいはい落ち着けよ。どうしたんだ?急に捲し立てる様に話してさ」
彼女は数秒間の沈黙を守った。
「居たんだ。過去を視れる唯一の人間が。異端者の片割れ。現地調査員の中で唯一の深度3。非感染者。死を悼む7区。良き同輩。彼女が未来から我々の会話を傍受していると考えるとヘイダルがバベルに侵攻する事が確定する。最善で在ってもバベルとヘイダルの接触は免れないだろう」
「まぁいいじゃん。どうせこの会話も聴かれるんだったらさっさと本題話して終わりにすれば」
ギャドペカドルは自分の大量の書類の乗っかった机を拳で殴った。紙は浮遊し、机は埋没する。電話線は宙に浮かび、やがて切れたが会話は続けられる。
「Auge。良いから直ぐに脱出するんだ。直ぐ近くに居る。貴様の背後に忍び寄る影を私は許容できない!」
「...さっきまでの話は本当なんだよね?僕を誑かすような嘘ではなくて?」
彼女の口から怒号が放たれるのは総会議の時以来であったからAugeは狼狽し、確認を取った。しかし、その受け入れ難い事実すら、彼女が言うのだから合っているのだろうとも思っていた。一種の諦念だ。
「嘘な訳がない。同胞が居た。貴様の居るバベルにだ。Tesitmonyに掛け合ってみろ。もしくは人事のトップか、逃走するか。私が行っても良い。どれを貴様は選ぶんだ!」
どうせ逃げるなら...とAugeは考えていた。絶滅黄昏種や特定保護種の様に扱われた絶滅種を庇う人物なんて居ないだろうし、逃げれる可能性の最もあるギャドペカドルに来てもらうかのほうを選ぼう。
彼女は左目の眼帯をなぞった。瞬時に冷や汗が伝う。
「...逃げる。その方がいいと思う」
「分かった。如何程で準備が出来る?」
そう言いながらギャドペカドルは受話器だけを持って準備を進めていた。医薬品、食料、武器、金、通行許可証、深度4バッジ。
「別に持っていくものはないけど、話しておきたい人はいる」
「では今から向かう。2日もあれば到着するだろう」
Augeからは素っ頓狂な疑問符が声として出た。如何なる交通機関を使用したとしてもギャドペカドルのいるヘイダルの基地からバベルまでは4日はかかるはずだ。
「...どうやって行くの?」
「走ってだ。大変な思いの中で寝る訳には行かない」
もちろん、ギャドペカドルだって1人の人間だ。
「えっ馬鹿?」
「そんな事言うな。馬鹿は感染る。貴様まで馬鹿になって仕舞うと後が無くなる。まぁ準備して直ぐに行く。貴様も動向には良く気を付ける方がいい」
彼女は机に戻り、受話器を元あった場所におこうとした。最後の一言を言う。
「私は全ての脅威に対して不安を持たせてはならないと思っている」
受話器は空中で手を離され、落下した。